作品タイトル不明
0763 ケーキとコーヒーの戦い
涼とアベルがグラハムと話した二日後。
未だジェルダン王宮からも政府からも呼ばれないアベル王。
「ナイトレイ王国の権威も 堕(お) ちたものです」
「うん?」
「到着して、もう五日ですか? ジェルダン政府からなしのつぶてです」
「ナシノブツ? よく分からんが、仕方ないだろう。昨日、パウリーナ船長が報告に来てくれたじゃないか」
「ええ、東部諸国に正式加盟しろって要請のせいですよね」
アベルの言葉に、憤懣やるかたない様子の涼が頷く。
「なんて身勝手な」とか「あの時、助けてやらずにそのまま放置すべきでした」などと 不穏(ふおん) な言葉を吐いている。
「パウリーナ船長や船員さんたちの情報収集力はさすがですが……でも、待ってるだけでは状況は改善しませんよ」
「それはそうだが……」
「僕に、いい考えがあります!」
「何だろう、聞くまでもなく却下と言いたくなるこの気持ちは」
アベルが呟く。
翻(ひるがえ) って自信満々の涼。
「久しぶりに、アベルの単騎特攻を発動するのです!」
「ああ、そんなことだろうと思ったわ」
「王宮に単騎特攻をかけて、ジェルダン国王に直談判するのです。王と王の対話ですから、うまくいくと思うのですよ」
「そこにいたるまでに、『対話』とはとても言えない状況になっていると思うんだ」
「そこはアベルのやり方次第でしょう」
いかにも自分は一切関知しませんという雰囲気の涼。
「やっぱり聞くまでもなかったが、却下だ」
「なぜ!」
「マジで戦争になるからだ」
「むぅ」
「つーか、別に俺は、今の状況で何の問題もないぞ」
「問題は無いですよ、確かに。船で訓練したり勉強して、街をぶらりと散策したりカフェでまったりする……世の国王たちが知れば、 嫉妬(しっと) に駆られるような生活ですもんね」
「反論できないのが悲しいな。国王って、そんな幸せも手にできないんだよな」
アベルは小さく首を振る。
「明日の食べ物にも困らない、のんべんだらりとした生活を送らせてもらっているのですから、普通の幸せが手に入らないくらい何だというのですか!」
「うん、いつも俺のソファーでぬべ~っと寝転がっているリョウにだけは言われたくない」
「失敬な! あれは僕のソファーです」
「いいや、そこははっきりと言える。俺の執務室なんだから、俺のソファーだ」
涼とアベルの 熾烈(しれつ) な主張のぶつけ合い。
中学生のような言い合い、などと言ってはいけない。
ここで退けば、ソファーの所有権を失うのだ!
そう、人には、決して負けられない戦いがある。
「王国に戻ったら、ソファーの所有権を賭けて勝負しましょう」
「ほぉ、何で勝負するんだ?」
「決まっています。ケーキの大食い勝負です!」
「……うん?」
「ソファーと言えばコーヒーとケーキのセットです。ケーキの大食い勝負で決するのは当然なのです」
涼は言い切る。
まず最初に、自分に有利な土俵に引きずり込むのが肝要なのだ。
相手は国王、つまり王国の最高権力者。
どんな汚い手を使ってくるか知れたものではないわけで。
「ダメだな」
「やっぱり来ましたね! そうやって自分の有利な土俵に……」
「コーヒーとケーキのセットというのなら、コーヒーとケーキの大食い勝負でなければいかんだろう」
「え……」
アベルの言葉に、言葉を失う涼。
これは、完全に想定外だ。
ケーキなら、なんとか勝てる……気がする……と思う。
だが、コーヒーもとなると……。
「すぐに、お腹の中がちゃぷちゃぷしそうな気が……」
「それは知らん。自分で何とかしろ、水属性の魔法使いだろ」
「なんて言い草!」
笑いながらいなすアベル、国王の横暴を非難する涼。
ちなみに、二人はそんなことを話しながら、街の広場を歩いている。
付き添いは、スコッティーだ。
スコッティーはもう慣れたもので、二人の会話は完全にスルーしている。
まあ、護衛なので、周囲の警戒が仕事ではある……。
前方から近付いてきた人物を見て、思わず口走ったのは涼であった。
「あれ? ステファニアさん?」
「……ロンド公爵」
そう、西方教会のステファニア枢機卿。
かつて涼は、彼女から尋問されたことがある。
宿舎のロビーで。
ステファニアも、もちろん涼のことは覚えている。
異端審問にかけようとしたから……ではなくて、教皇就任式の際、円形集会場でいわば人の代表として熾烈な戦闘を繰り広げたのを見たからだ。
一年前、使節団から『消えた』という報告を受けたが……。
「なぜ、ここに」
ステファニアの口から出たのは、とても常識的な疑問だ。
「ちょっと補給に寄っただけです。あ、そういえば、一昨日、グラハムさんにお会いしました。ステファニアさんがいらっしゃるのは、その関係ですか?」
「はい」
ステファニアの返事は必要最小限だ。
グラハムが、どこまで話しているのか分からないため、どの情報を口にしていいか判断がつかない。
だから、話題を変えることにした。
「失礼ですが、そちらの方は」
涼の隣に立つ剣士の名前を問う。
「こちら、うちの国王のアベルです」
「ナイトレイ王国国王のアベルだ」
涼がとても適当な紹介をし、アベルがまともな自己紹介をする。
ステファニアは、少しだけ目を見張って驚く。
だが、すぐに表情を戻した。
「大変失礼いたしました、アベル陛下。西方教会のステファニアです」
「報告は受けている、ステファニア枢機卿。グラハム聖下の右腕、異端審問庁長官だな」
「お耳汚しを」
「そうだ、ちょうどいいな」
アベルは、何かを思いついたらしい。
それを胡乱気な目で見る涼。
「何だ、リョウ、その目は」
「いえ、絶対、ろくでもないことを思いついたのだろうと」
「リョウにだけは言われたくない」
アベルは小さく首を振った後、言葉を続ける。
「ジェルダン教会は、大司教座が置かれていると聞いた。暗黒大陸唯一の大司教座ということは、歴史があるのだろう? いい機会だから、見学させてほしいのだ。その許可というか、口添えをしてもらえないか」
「もちろんです、陛下。ジェルダン教会はすぐ近くにありますので、ご案内いたしましょう」
「そうか、それはすまないな」
アベルは 鷹揚(おうよう) に頷いた。
ステファニアの案内で移動する三人。
「暗黒大陸唯一の大司教座?」
「ああ。東部諸国でも西部諸国連邦でもなく、このジェルダン王国の、ジェルダンの街に置かれているそうだ」
「どうしてですかね」
「ジェルダンの街が、北部沿岸でかなり歴史のある街だかららしいぞ」
涼の疑問にアベルが答える。
「この前、王子様教育は敗北したのに……まるで何事もなかったかのように、僕ら一般庶民が知らない情報を手に入れて」
「いろいろ知っておいた方がいいだろう? どんな情報が、いつ自分を救うか分からんってのは、リョウがよく言ってることだろう」
笑いながら答えるアベル。
一行は、五分ほど歩いてジェルダン教会に到着した。
その石造りの建物は新しくはない。
だがそれだけに、歴史を感じさせる。
表には、緑と白の祭服を着た聖職者が、信者であろう者たちと語り合っていた。
「ステファニア 猊下(げいか) 、おかえりなさいませ」
その聖職者が、笑顔でステファニアを迎える。
それが合図になったのか、話していた信者らはステファニアの方にも頭を下げて、去っていった。
「エンゾン大司教、こちらは中央諸国ナイトレイ王国国王アベル一世陛下と、筆頭公爵のロンド公爵です。ジェルダン教会の見学を希望されましたので、お連れ致しました。お二人とも、グラハム聖下が勇者パーティーにいらした頃からの旧知の方々です」
「ナイトレイ王国のアベルだ。エンゾン大司教、よろしく頼む」
「どうぞ僕のことは、リョウとお呼びください。ステファニアさんも」
「ええ……リョウ殿」
アベルと涼が自己紹介し、ステファニアは涼の呼び方を受け入れた。
「ようこそおいでくださいました。管理を任されておりますエンゾンです。教会は、全ての方を受け入れております。どうぞ、こちらへ」
こうして、エンゾン大司教の案内の下、涼とアベルと無言のまま護衛するスコッティーの三人は、歴史あるジェルダン教会の中を見学した。
暗黒大陸唯一の大司教座が置かれ、歴史もあるということで、昔からの 聖遺物(せいいぶつ) の類すら保管されていて、歴史学の道に片足の先だけ突っ込んでいた涼は、ワクワクしながら見て回った。
アベルも、興味津々の態でいくつもの質問をエンゾンに投げかけた。
王たるもの、興味の幅が広いのは有用な特質らしい。
最後、食堂で暗黒大陸産のコーヒーで締められたことを、ここに付記しておく。