作品タイトル不明
0761 教皇との邂逅
涼とアベルとスコッティーが、カフェからスキーズブラズニルに戻ってきた。
その際、港に泊まっているかなり大きな船が目に入る。
スキーズブラズニルは、巨大なクリッパー船だ。
この港には暗黒大陸沿岸を行き来する船が多く 係留(けいりゅう) されているが、中には海を越えて西方諸国にまで行く船もある。
それらの船は大きい。
しかし、それらと比べても、スキーズブラズニルは一回り以上大きいのだ。
そんなスキーズブラズニルと 遜色(そんしょく) ないほど大きな船……。
「俺たちが広場に行っている間に入ってきたんだな、でかいな」
アベルが素直な感想を述べる。
「あれは 戦列艦(せんれつかん) ? いえ、戦列艦は三層甲板……あれは二層? もちろん、小型の戦列艦なら二層甲板もありですが……でも、フリゲート艦とか言うほうがしっくりくる? よく分かりませんけど……」
「うん?」
涼の呟きにアベルが反応する。
船を見て、涼は考えた。
舷側、つまり船の側面に『 蓋(ふた) 』が何十と並んでいる。
地球の船の場合なら、その蓋がカパッと開いて、船の中から大砲が突き出されて相手を砲撃するのだ。
だが、この『ファイ』においては未だ、火薬は一般的ではない。
西方諸国で聞き、多島海地域では攻撃された経験から、あそこから魔法使いが攻撃魔法を放つ……と思う。
「まあ、とにかく、軍艦です」
「ほぉ。だがこのジェルダン港には、軍艦は一隻も無かったよな」
「ええ、僕らが入港して、一度も見ていません。それに、あの軍艦、陸上に人を置いているので外国の船な気が……」
涼が呟きながら甲板に上がった。
涼とアベルが甲板で氷の椅子に座っていると、船に残っていたザックが報告に来た。
「あれは、西方教会の船だそうです」
涼とアベルが気にしていることを聞いて、確認して来たらしい。
「西方教会?」
「しかも、港の外には艦隊もいるそうです」
「戦争でもするのか?」
ザックの報告に、アベルが顔をしかめる。
ザックは報告を済ませると、騎士団員に呼ばれて去っていった。
再び残された涼とアベル。
「暗黒大陸にも、西方教会の支部とかあるんですかね?」
涼の素朴な疑問。
「暗黒大陸に住む者たちは、半数が六大神、二割ほどが西方教会かその分派を信仰していると言われている。少なくとも俺は以前、王城でそう習った」
「出ましたね、王子様教育!」
涼が鋭く指摘する。
「いや、その通りだが……王族の教養として知っておかんとまずいだろ」
「そうなのです?」
一般庶民涼には、よく分からない。
「今回みたいに暗黒大陸に来ることになって、 禁忌(きんき) となっている行動をとったり言葉を発してしまったらまずいだろ? 異国の人間で現地の事情を知らないから……民ならそれが通るが、一国を代表する王や王族では、それは許されん」
「ああ、言われてみれば」
涼も同意する。
王や王族は、人であって人ではない。
もちろん神でもない。
国の象徴だ。
象徴なればこそ、最高の教育を受け、最高の教養を身に付けているのが当然……そう見られてしまう。
その 一挙手(いっきょしゅ) 一投足(いっとうそく) 、全てを見られ続ける者たち。
普通の人なら、一週間と耐えられまい。
「王族って大変ですよね」
「まあ、それも役割の一つだからな」
庶民的感想の涼に対して、肩をすくめるアベル。
アベルは、いろいろと諦めて……もとい、受け入れているのだろう。
涼はそう理解することにした。
「で、話を戻すのですが」
「うん?」
「六大神って何ですか?」
暗黒大陸の多くの人が信仰しているものらしいが、涼は知らない。
知らないことは尋ねるに限る。
目の前に、何でも回答者の国王陛下がいるのだし。
「六大神とは、六属性それぞれを司る神のことだな」
「王国の神殿の人たちが信仰している……光の女神様みたいな?」
「そう。かつての六大神信仰の流れを継いでいる」
アベルは頷く。
「とはいえ、神の像や絵があるわけではないし、それぞれの属性の魔法は、それぞれの神が人に与えてくれたものだ……というものだな」
「ある意味、原始宗教ともいうべきものかもしれないですね」
アベルの説明に、涼は自分で理解できる言葉を当てはめる。
日本には、 八百万(やおよろず) の神で多くのものに神が宿っているという信仰があるが、起源はそれに近いのかもしれない。
人が 畏(おそ) れ 敬(うやま) うものへの敬意。
『ファイ』においては、それが魔法ということなのだろう。
「だから暗黒大陸においては、いわゆる宗教勢力と呼ばれるものは、あまり力を持っていない。人の怪我や病気を治す者たちは、治癒師と呼ばれ、他の属性の魔法使い同様に、魔法で怪我した者たちを治癒することによって対価を得ているらしいぞ」
「なるほど。六大神の信仰、少し興味がありますね」
「そうか?」
「だって、ほら、王都からルンに戻る時にちょっかいかけてきた闇属性魔法の神官みたいな人がいたじゃないですか。ああいう感じなんでしょう?」
「いたな、そういえば」
アベルも思い出して頷く。
最終的に、なぜかそこに現れた悪魔レオノールと涼は死闘を繰り広げる羽目になったのだ。
「中央諸国では、闇属性魔法を使う人たちはほとんどいないですけど、暗黒大陸ではどうなっているんでしょう」
「ああ……俺も知識として教え込まれただけだからな。今、どうなっているとか、実際に民がどう信仰しているかとかは知らん」
「そんなことでいいんですか!」
「そう言われてもな」
「だいたい偉い人たちは、時間が無い時間が無いって言い訳をするんです!」
涼が 弾劾(だんがい) する。
いつものことだが、アベルは全く 痛痒(つうよう) を感じていない。
もしかしたら、こういうのがないと物足りないくらいに思ってきているのかもしれない……。
「六大神……神様って、中央諸国だと光の神様しか残っていないですよね? 他の方々も、実はいた? それとも光の神様も実は存在しておらず……」
「リョウ、それ以上は言わない方がいいぞ」
アベルがニヤリと笑いながら止める。
「はい?」
「うちの王妃は、聖女とさえ呼ばれた人物だ。リョウのそんな話を聞いたら……」
「り、リーヒャには内密に!」
涼は慌てて口止めを図る。
アベルは笑いながら頷いた後、話を続けた。
「そういえば、中央諸国でも古くからある村だと、光の女神以外を信仰している者たちがいるという話を聞いたことがあるな」
アベルが思い出したように言う。
その話を聞いて、涼も思い出したことがあった。
「ニルスの村が、そうなのかもしれません」
「守護獣がいる村か?」
「ええ。風だか土だかの信仰があるみたいなことを、エトが言っていました」
涼も詳しくは覚えていないのだが……。
「かつて、神殺しが起きた」
「……はい?」
「そういう伝承があるんだ。神同士が争い、共倒れした。ただ 一柱(ひとはしら) 、戦わなかった光の女神だけが生き残った。だから、今は光の女神だけが信仰されている……」
「なるほど」
アベルが簡単に説明し、涼が頷く。
地球にもある、神話のようなものだろう。
地球の神話においても、神が神を殺す、あるいは神が神を食らうというのは、よく描かれる。
『我が子を食らうサトゥルヌス』の絵でよく知られる、ギリシャ神話もそうだ。
クロノスが、自らの子であるヘスティアー、デーメーテール、ヘーラー、ハーデース、ポセイドンを飲み込んでいった神話から描かれた。
「神様たちですら争うのなら、人同士が戦争をするのは仕方ないのかもしれません」
「……そうか?」
「だって、神様って、人よりは賢いでしょう? そんな方々も争うんですよ、共倒れするまで。だったら、神様よりも愚かな人間たちが戦争をするのは止むを得ません」
「嫌な結論だな」
「ええ、まったくです」
アベルが顔をしかめて言い、涼も同意する。
嫌な結論だが、だからといって戦争を 肯定(こうてい) するわけではもちろんない。
「いつか人は、その 叡智(えいち) によって、戦争をしない種へ進化するに違いありません」
「進化……」
「それくらいないと、戦争からは逃れられないに違いないのです」
「やっぱり嫌な結論だな」
「アベルが、その最初の一人になってもいいのですよ?」
「戦争をしない種、か?」
「ええ。アベルならいけるに違いないと僕は確信しています」
なぜか力強く頷く涼。
そんな涼を、とても 胡散臭(うさんくさ) い目で見るアベル。
「なんですか、その目は!」
「いや、別に」
「別にじゃないです。しかも今、肩をすくめながら、別にって言ったでしょ。文句があるならはっきり言うべきです」
「じゃあ聞くが、具体的にどうやって進化するんだ?」
「それは知りません」
「おい……」
はっきりと断言する涼、あまりの断言に力が抜けるアベル。
「そんなこと、簡単に分かるわけないでしょう。アベルがものすごく努力して、世界中の 文献(ぶんけん) を読み 漁(あさ) り、多くの種との交流を経た末に、進化する……可能性が出てくるかもしれません」
「可能性? かもしれません? しかも俺に努力させようとするな……」
「アベルが種の進化をしようというのに、他の人に努力させるのですか? なんて横暴な。いくら王様でも、そういうことをするのはいけないと思うのです」
「うん、俺、進化したいとか一言も言ってないからな」
魔法使いと剣士の会話は嚙み合わないのかもしれない。
「そういえば、さっきザックさん、港の外に艦隊がいるって言ってましたよね」
「ああ、言ってたな。西方教会の艦隊なんだろう」
「何のためですかね。暗黒大陸の情勢に介入するんでしょうか」
「いや、しないだろ」
「でも、暗黒大陸の二割の人たちは、西方教会かその分派とかを信仰しているんでしょう? その人たちを保護する、みたいな名目で介入するのは歴史上、よくある話ですよ?」
涼は知っている。
本当に、 枚挙(まいきょ) にいとまがないほどに、軍事介入の大義名分に使われる。
自国民の保護、民族の保護。
信仰する宗教を理由に軍事介入の例はあまり聞かない……。
「第二回以降の十字軍は、そうなるのかな?」
涼が呟く。
しかしそれも、一つや二つの理由で起こされたわけではない。
歴史家によって、十字軍関係の研究は複雑な状況になっているのだ。
歴史学の世界に、片足の先っぽだけつっこんだ涼でも知っている。
「宗教と経済が絡むと、いろいろと複雑になるのです」
涼が小さく首を振りながら言う。
「西方教会からやってきた者たちに直接聞くのが一番いいんだろうな。可能なら、指揮官とかに」
「またアベルは無茶な要求を」
「無茶?」
「スコッティーさんやザックさんに、その指揮官を 拉致(らち) してこいというのでしょう?」
「言わねーよ! なんで拉致するんだよ」
涼の適当指摘に、言い返すアベル。
二人がスキーズブラズニルの甲板でそんな会話を交わしている間に、西方教会の人たちが戻ってきたのが見えた。
それを遠目に見る二人。
涼は少し首を傾げた後、右拳を左掌に打ちつけた。
「なるほど」とか「思い出した」を表すジェスチャーだ。
そして両手を大きく上げてアピールした。
相手も涼を認識したのが分かった。
離れていても分かるくらい、はっきりと驚いた後、後ろに従う人たちに何か言って、スキーズブラズニルの方に歩いてきた。
その人物は、スキーズブラズニルのタラップを上がり、甲板にやってくる。
「お久しぶりです、グラハムさん」
「やはり、リョウさんでしたか。それに、アベル殿……いや失礼、アベル陛下」
「ああ、グラハム殿も教皇の地位に上がられたとか。遅ればせながら、おめでとうと言わせてほしい」
涼、グラハム、アベルが挨拶をし合う。
涼はもちろん、中央諸国でも西方諸国でもグラハムのことをよく知っている。
しかしアベルの場合は……実は、勇者ローマンと王都の路地で戦った、その時くらいなのだ。
その時グラハムは、勇者パーティーの神官として同行していたので。
当然、共通の知人が会話のきっかけとなる。
「ローマンとナディアは……」
「王国で過ごしている。問題は起きていないから大丈夫だ」
「感謝いたします」
グラハムは笑顔で答えた。
しかし、アベルの答えを聞いて受け入れられない人物が一人。
その人物はナイトレイ王国の筆頭公爵で、ローマンとナディアを王国に招いた人物でもある。
「問題は起きていないじゃないでしょう。ガーウィンとの戦争に巻き込んだじゃないですか」
「いや、あれは、王国 存亡(そんぼう) の危機だったんだぞ。それに俺が巻き込んだわけじゃなくて、どこで知ったのか二人が自発的に助けに来てくれたんだ」
涼が鋭く指摘し、アベルが釈明する。
そう、勇者ローマンと魔王ナディアは、魔人ガーウィンとの戦いにおいて王国軍が危機に陥った際に、助勢しに来てくれたのだ。
「だいたい俺より、リョウの方が助けられただろうが」
「僕?」
「ナディアの魔法で回復してもらったから、ガーウィンと戦い続けることができたんだろう?」
「そ、それは確かにそうですが……」
すぐに劣勢に追い込まれる涼。
だが、二人の会話を聞いていた人物が助け舟を出してくれた。
「無事に過ごせているのなら、それで問題ありません」
グラハムは笑顔で言った。
涼が氷のイスを生成し、三人で氷のテーブルを囲む。
「リョウさんが消えたという報告を一年前に受けた覚えがあります」
「あ……」
グラハムが笑顔で切り出し、涼が言葉に詰まる。
そう、涼は王国使節団の一員として、西方諸国に滞在していた。
堕天した者との戦いなどを無事に切り抜けた後、アベルから『魂の響』を通して、 遺言(ゆいごん) ともいえるような言葉を受けたのだ。
そして、なんとかして中央諸国に戻る……それも、すぐに戻る方法を模索して、西ダンジョンの魔人マーリンと、『 棺桶(かんおけ) 』に入れた堕天せし者レグナの協力によって転移することができた。
『十号室』の三人には言ったが、他には……伝えていない気がする。
多分、ニルス辺りは団長のヒュー・マクグラスには報告しただろう。
しかしヒューから先は……。
「マクグラス団長が、消えたとおっしゃいました。我が教会には、そう伝えるのがいいだろうと判断されたのだろうと、それ以上は追及しませんでした」
「なるほど……」
「言える範囲でいいので、ここで教えていただけると助かりますが」
グラハムは笑顔のまま言う。
だが、その笑顔は恐ろしいのだ。
涼も知っている。
物理的に何かすることはないだろうが……。
「えっと、棺桶……ほら、広場で閉じ込めた存在、彼の協力を得て、中央諸国に転移したのです」
「ほっほぉ」
「それもこれも、アベルが死にそうな報告をしてきたのが全ての 元凶(げんきょう) です。ですから、責任はアベルにあります」
「知っているかリョウ、そういうのを 責任転嫁(せきにんてんか) というんだぞ」
涼が意図的に『魔人マーリン』を省いて説明し、責任をなすりつけられたアベルが顔をしかめる。
「つまり、あの時戦った存在が閉じ込められた箱……棺桶は中央諸国にある? 大丈夫なのですか?」
「あ、いえ、僕らがこの暗黒大陸に来る時に『棺桶』も戻ってきました。多分、今さら人間に悪いことはしないと思います……」
「リョウさんがそう言うのなら信じましょう」
グラハムは、特に追及する気もないので 矛(ほこ) を収めた。
もう一つ、気になっている点があるのだ。
「それでアベル陛下は、なぜ暗黒大陸に? それにこの巨大な船は?」
「これはスキーズブラズニルだ」
「ああ、これがスキーズブラズニル号でしたか。名前は聞いております。西方諸国と中央諸国の間の、試験航海中だと。ということは、それに便乗されて?」
「そういうことだ。元々は、西方諸国に赴いた後、暗黒大陸に足を延ばすつもりだった。だが、嵐に遭ってな」
「それはそれは」
アベルが簡潔に説明し、グラハムも何度も頷いた。
「グラハムさんも嵐に遭った経験が?」
「ええ。ローマンたちと旅をしていた時に、何度も」
涼の問いに、懐かしそうな表情になってグラハムは答える。
勇者パーティーにいた頃というのは、グラハムの人生の中でもひときわ輝いていた時間だった……今でもそう思うことがある。
大変ではあったので、戻りたいかといわれれば微妙だが。
それでも、懐かしく思う気持ちはある。
それを読み取ったのだろう。
アベルは言った。
「いつか……そう、航路が開かれたら、西方教会の教皇として中央諸国にくればいい。ローマンやナディアも喜ぶだろう」
「それは楽しみですね」
アベルの提案に、嬉しそうに答えるグラハム。
無言だが笑顔を浮かべて、何度も頷く涼。
すでに頭の中には、再会の光景を思い浮かべていたのかもしれない。
「そういえば、アベル陛下は、なぜスキーズブラズニルにおいでになるのですか?」
「うん? どういう意味だ?」
グラハムの問いに、首を傾げるアベル。
純粋に、質問の意味が分からないのだ。
もちろん、涼も意味が分からず首を傾げている。
「陛下は国王ですので、 国賓(こくひん) 待遇。王宮でなくとも、 迎賓館(げいひんかん) ……いや、ジェルダンには迎賓館は無いかもしれませんが、少なくともジェルダン政府が街の宿屋を借り上げ、そちらに 逗留(とうりゅう) しているのが普通かと?」
「そう……実は、ジェルダン政府からの返事待ちなのだ」
「……はい?」
今度はグラハムが、意味が分からないようだ。
「ちょっと寄っただけなので国王への謁見なども求めるつもりはなかったし、街の宿に泊まるつもりもなく、補給を受けたらすぐに出航しようと思っていた。しかし港湾長官が、そういうわけにはいかないのでと言うからな。待つことになったのだが……」
「軽く見られているアベルは、未だになしのつぶてなのです」
アベルが肩をすくめながら説明し、涼が引き継ぐ。
「ああ、それは……」
グラハムは理由を知っている。
東部諸国からの圧力のせいで、王宮と政府が混乱しているからだ。
そのために、それ以外の部分が回っていない。
しかし、これは外に出すにはデリケートな情報。
公表されていない事柄を、相手がいかに国王であろうが、旧知の人物であろうが伝えるのはまずい。
だから……。
「今、いろいろと王宮と政府が混乱しているようなのです」
「説明は受けていないが、そうなんだろうと想像はできる」
「実はその関連で、私も今から東部諸国に行ってきます」
「ふむ、そうか」
グラハムの言葉に、アベルは少し考えて頷いた。
何か想像できたらしい。
ちなみに涼は一度首を傾げた後、何かを 閃(ひらめ) いたらしく大きく頷いた。
「ファンデビー法国も 覇権(はけん) 国家への道を……」
などと呟いている。
アベルは、誤解していることを理解したが、とりあえずこの場では何も言わないことにした。
ふと、グラハムの船が目に入る。
「あれが旗艦……教皇が乗る船なんだろう? でかいな」
「ええ、教皇御座船『アークエンジェル』です」
「アークエンジェル!」
アベルの問いに、グラハムが答えたが、激烈な反応を示したのは涼だ。
涼はすぐに甲板の端まで走り、アークエンジェルをじっと見た。
二層甲板だが、かつてマファルダ共和国で見た建造中の三層甲板の戦列艦と比べても、大きさに遜色はない。
三層甲板船に比べれば重心が低いため、いろいろと設計の自由度は高そうだ。
いやいや、それより船名だ!
涼は再びアベルとグラハムの元に走って戻ってきて問うた。
「なぜアークエンジェルという名前なんですか?」
そう、アークエンジェルというのは、地球においては大天使と訳される。
天使の中でもリーダー的な立場というべきだろうか。
つまり、命名者は転生者の可能性がある!
「代々、教皇御座船の名前はアークエンジェルなのです。開祖ニュー様の時代から」
「なんですと!」
グラハムが笑顔で答え、さらに驚く涼。
一人ついていけないアベル。
「アークエンジェルだと、何なんだ?」
首を傾げている。
「いえ、アークエンジェルというのは伝説的な船の名前なのです」
有名なアニメに出てくる母艦の名前という意味で、伝説的……。
しかし涼のその説明には、グラハムもよく分かっていないようだ。
まあ当然だろう。
ニューの頃からその名前ということは、数千年間、アークエンジェルという艦名が受け継がれてきたということだ。
命名された当初どうだったかなど、誰も分かるまい。
そこまで思考を進めて、涼はふと思い出した。
「西方教会においては、天使を『エンジェル』とは呼ばないんですか?」
涼の問いに、グラハムは驚いたように目を見開いた。
「かなり古い……そう、それこそニュー様の生きた時代、天使様のことをエンジェルと呼んでいた時代があったようです。しかし聖職者の中でも知らない者が多いことですのに、よくリョウさんは知っていましたね」
「え、あ、いやあ、なんとなく……どこかで聞いたなと」
グラハムの説明、涼のごまかし。
その後、グラハムに特に追及されることもなく、会話は続く。
三人で、さらにいくらかの情報を交換した後、グラハムは自らの船に戻っていった。
その教皇御座船アークエンジェルが出港したのは、それから十分後であった。