軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

0713 ミトリロ鉱石

涼が先王スタッフォードに紹介された翌日、国王執務室。

いつものように書類にサインするアベル。

いつものようにソファーにぬべ~っと寝転んで本を読んでいる涼。

何も変わらない。

「アベルが王としての道を踏み外さないかどうか、僕は常に見ています」

「……別に何も言ってないぞ?」

「分かっています! 涼は今日もぬべ~っと寝転んでいる、働いていないな、と思っているでしょう!」

「そんなことは全く思っていなかったが、そうだったのか」

「くっ…… 卑怯(ひきょう) なり、アベル王!」

何も変わらない、二人のいつもの光景が広がっていた。

「来週、ウィットナッシュに行くんだが、リョウも行くだろう?」

「え? ぼ、僕は錬金術が忙しくて……」

「まあ、無理にとは言わんが……。リョウが行くのが、一番ふさわしいと思うぞ」

「はい?」

アベルの言葉に首を 傾(かし) げる涼。

涼が行くのがふさわしい? はて? そんなものがあっただろうか。

しかし、王は待ってくれない。

「それはともかく、もうすぐ来るはずだから、そっちは一緒に聞いて……」

アベルが言い終わる前に、扉がノックされた。

入ってきた 侍従(じじゅう) が告げる。

「陛下、ケネス・ヘイワード子爵がおいでです」

「ああ、待っていた」

そうして、王立錬金工房主任研究員ケネス・ヘイワード子爵が入ってきた。

「え? ケネス?」

「ああ、リョウさんもいましたか。ちょうど良かったです」

ケネスはアベルに頭を下げた後、ソファーに座る涼を見つけて言った。

「ケネスも、アベル王の 横暴(おうぼう) の被害者なのですね! 忙しい研究があるのに、アベルが地位と権力をかさに着て登城を促したに違いありません」

「起きたことだけを言葉にすればそうなんだろうが……なぜだろうな、 理不尽(りふじん) なことを言われていると感じるのは」

「アベルの、小さな良心が痛んでいるからです。ケネスも、アベル被害者の会に入って、アベル王の 暴政(ぼうせい) を 糾弾(きゅうだん) しましょう!」

「うん、筆頭公爵が 扇動(せんどう) するな」

もちろん、アベル被害者の会など存在しない。

権力者と権力者の間で、どう動けばいいか悩む貴族……ケネスはそういう立場になっているが……笑っているところを見ると、冗談だと理解しているようだ。

「この三つは、リョウさんが持ってかえってきたものですよね」

ケネスはそう言うと、テーブルの上に運んできた物を置いていく。

ブレスレット。

ブローチ。

ジュース缶くらいの大きさの筒。

「ええ、ええ。西方諸国での 収穫物(しゅうかくぶつ) です」

涼は頷く。

西方教会の怖い司教たちとの戦闘で手に入れたものだ。

隠蔽(いんぺい) のブレスレット。

融合魔法のブローチ。

そして、魔法無効化の筒。

いずれも錬金道具である。

確かに持ってかえってきたものだが……なぜケネスが持っているのか分からない。

いつものように、 鞄(かばん) に入れていたはずだ。

魔人ガーウィンの魔法暴走によって、『多島海地域』に飛ばされた時には、鞄は無かった。

飛ばされた砂浜で、鞄に入れていた調味料の類が無いことを確認したから、それは間違いない。

逆に、西方諸国から魔人マーリンの転移で、一気に戦場に到着した時には……鞄はあった。

「ガーウィンとの戦闘の前に、鞄を地面に置いた気がします」

「はい。お二人が消えた後、これらが入った鞄が戦場に残っていました」

涼の言葉に、ケネスが頷く。

ケネスが回収し、二人が東方諸国から戻ってくる間に、解析していたのだ。

「いずれも、驚くほど高度で複雑な錬金道具でして……最近になって、ようやく分析が終わりました」

「ケネスがそれほどてこずるなんて……」

ケネス・ヘイワード子爵は、中央諸国を代表する天才錬金術師だ。

いや、おそらくは歴史に名を残すような錬金術師になるであろう。

そんな人物が、てこずるほどの錬金道具?

確かに、作ったのは、西方教会の歴史上でも最高の錬金術師らしいサカリアス 枢機卿(すうききょう) だ。

ドクトリンと言うべきだろうか、考え方、目指す方向性の違いが、中央諸国と西方諸国では大きいのかもしれない。

それだと、分析にも時間がかかるのは道理であろう。

「特に、この魔法無効化の筒は……正直、未だに理解できません」

「なんと……」

「理解できない魔法式がいくつもあります。やっかいなのは、それを試すことができない点でしょう。闇属性魔法系の部分だけでも、なかなか大変です」

「闇属性魔法……」

アベルと涼が、異口同音に呟く。

闇属性魔法は、人の精神に影響を及ぼす魔法が多い。

なので、簡単に試すわけにはいかなそうだ。

「ですが、それ以上に、何の属性なのか分からない魔法式がいくつもあるのです」

「属性が分からない?」

「はい。属性が分からないので、無属性と言うべきなのでしょうが……私では理解できませんでした。そうですね……中央諸国語の文の中に、突然、東方諸国語や見たことのない文字が混ざっている感じでしょうか。文法そのものも違うために、何がどうなっているのかすら分からない」

「そういえば、そんな感じでした」

ケネスの説明に、以前、チラリと魔法無効化の筒の魔法式を見た涼が頷く。

日本語の文章の中に、突然アラビア語が混じっていたり、 楔形(くさびがた) 文字があったりしたら理解できないだろう。

左から右に文字が流れる日本語、だが右から左に文字が流れるアラビア語……そもそも読み取れる自信のない楔形文字。

そんなものが混ざり合っていたら……。

そう、それは無理。

分析などできない!

「そういう状態なので、魔法無効化の筒はまだまだ理解が進んでいません。ただ、誰かに試させるのはまずい、という点だけは分かっています」

「え? そうなのです?」

「はい。先ほどの無属性の部分を除くとしても、闇属性の部分だけでも。ですが、闇属性部分に関しては、トワイライトランドに協力を仰ぎました」

「ああ……ロザリアさん」

涼は覚えている。

暗殺教団の一人として、使節団を襲撃した闇属性の魔法使いロザリア。

捕まえた後、トワイライトランドで保護されている。

そもそも、中央諸国で闇属性魔法を使える人物は少ない。

公式に、ナイトレイ王国が把握しているのは、ロザリアしかいない。

涼が左耳に下げている『魂の響』も、ロザリアの協力を得て闇属性魔法も利用して制作された物なのだ。

「彼女は錬金術師ではないので、かなり難しかったようですが、ただ一点だけ、はっきり分かった部分がありました」

「それは?」

「あの筒は、普通の魔法使いが使えば即死する可能性が高いということです」

「即死……」

ずっと黙っていたアベルが呟く。

涼は顔をしかめて無言。

確かに筒を使っていたアベラルド司教は、普通の状態ではなかった。

冷や汗を垂らし、時々苦痛に顔をゆがめていた。

命は失っていなかったが……。

適性が高くともああなる、ということかもしれない。

「ケネス、その筒の研究は、くれぐれも慎重にやってくれ。分析の過程で、誰かが命を落としたり、錬金工房が打撃を受けるのは避けたい」

「はい、承知しております」

アベルの言葉に、ケネスも深く頷いた。

「魔法無効化の筒はともかく、他の二つは……」

涼の視線が、隠蔽のブレスレットと融合魔法のブローチを行き来する。

「仕組みは大体わかりました。ただ量産化は難しいです」

「量産化?」

「はい。ハインライン侯爵から、量産化が可能かどうかとの問いがありまして、その点についても研究していたのです」

「さすがは宰相閣下……」

ケネスの答えに、驚く涼。

確かに隠蔽や、もしもの場合の融合魔法の錬金道具は、諜報活動をする者たちに持たせれば大きな効果を得るだろう。

宰相ハインライン侯爵は、その方面に関して中央諸国でも有数の大家だ。

「ケネス、量産化が難しい理由は何だ?」

「部品、と言いますか……ブレスレットもブローチも、魔石以外にもう一つ重要な部品があります。その部品は、中央諸国では産出しない鉱石から作られるものです」

「中央諸国では産出しない?」

「はい。ミトリロ鉱石と呼ばれ、暗黒大陸でごく少量取引される噂がある……そういうものです。私も分析できなかったために、中央神殿伝承官のラーシャータ・デヴォー子爵に協力を仰ぎ、特定した次第です」

ケネスが報告する。

王国の頭脳を結集しての分析だったらしい。

「なるほど、暗黒大陸か」

アベルが呟く。

暗黒大陸は、西方諸国の南に広がると言われている大陸だ。

もちろん涼もアベルも行ったことはない。

いやそれどころか、王国の人間で暗黒大陸に行ったことのある者がいるだろうか?

ケネスの報告が終わった後、涼も執務室を出た。

そして向かった先は、王城内にある王国魔法団司令部。

司令部なので、一番偉い人がここにいる。

「ん? リョウではないか、どうした?」

団長室に入っていくと、一番偉い人……アーサー・ベラシス魔法団団長が声をかけた。

よく一緒にいる魔法団相談役のイラリオン・バラハはいないようだ。

「お忙しいところすいません、アーサーさん。ちょっとお尋ねしたいことがありまして」

涼は挨拶もそこそこに尋ねる。

「アーサーさんは、若い頃に西方諸国に行かれていたと聞いたのですが、暗黒大陸に行かれたことはありますか?」

「いや、ないな」

アーサーは、遠い目になって昔を思い出しながら答える。

「あの頃、暗黒大陸北沿岸部は荒れていてな。一時的にだが、西方教会との関係が良くなかった時期でもあって、渡る手段が限られていた。確か、共和国からしか行けなかったな」

「マファルダ共和国?」

「そう、その共和国だ。わしらは、聖都近くのダンジョンにいることが多かったから……共和国より法国との関係の方が深かったのだ」

「なるほど」

大人の事情というのは、どこでもあるものなのだ……涼は頷く。

「なぜ暗黒大陸の話を?」

「いえ、実は暗黒大陸で取引されている鉱石の話を耳にしまして」

「暗黒大陸で取引されている鉱石? ああ……噂レベルだが、聞いたことがある。ミトリロ鉱石とかいうやつだな?」

「それです! アーサーさんでも、噂レベルなんですか」

「うむ、取引に関してはな。鉱石自体というか、それで作られた武器は見たことがあるがな」

「え!」

驚く涼。

「むしろ、ミトリロ鉱石は武器の材料として、最も有名な鉱石だぞ。もちろん手に入れようとすれば目が飛び出る値段……というより、出回らないから買うこともできんがな」

笑うアーサー。

「 羨(うらや) ましいです。そんな貴重なものを見ることができたなんて」

「リョウも、見たことあるだろ?」

「はい?」

アーサーが笑いながら言うが、涼には意味が分からない。

そんな貴重な鉱石で作られた武器……もちろん、見た覚えはない。

「リョウは、戻ってきてからも午前中は模擬戦をしているであろう?」

「はい。セーラと模擬戦をしています」

「そのセーラの剣が、それだ」

「なんですと……」

今明かされる、衝撃の真実!

二十分後、涼は王都にあるエルフ自治庁を訪れていた。

『西の森』の次期代表であるセーラは、王都にいる時には、この自治庁にいる。

もっとも、涼とアベルが東方諸国から戻ってくるまでは、西の森に 籠(こも) っていることが多かったらしいが……。

そして、自治庁の中でセーラがいるのはたいてい、訓練所。

王都騒乱で壊滅的な被害を受け、王都陥落時に放棄された自治庁であるが、アベルが王都を奪還した後、大規模な改修が行われた。

元々、自治庁の周りには、帝国ならびに王弟レイモンド側に寝返った北部貴族たちの屋敷が多かった。

アベル王の支配が確立し、それら北部貴族たちが全て取り潰された結果、自治庁の周りの屋敷も空き家が多く出た。

アベル王の許可を受けて、それらを吸収合併した自治庁。

かつての四倍の敷地となり、多くの防御的錬金術も施され、ある種の『 要塞(ようさい) 』となっている。

そんな要塞の一角に、巨大な屋内訓練場はあった。

そこでは、毎日、エルフたちが訓練に明け暮れる。

その指導者が、セーラ。

かつて、ルン騎士団を 鍛(きた) え上げたように、今度はエルフたちを鍛え上げている。

そんな訓練場だが、午前中は半分使えない。

なぜなら、その使えない半分で、激烈な模擬戦が繰り広げられているからだ。

そう、激烈な模擬戦。

指導者セーラと、ローブを着た魔法使いとの、剣による模擬戦。

そのローブを着た魔法使いこそが、涼である。

午前中に模擬戦を行った訓練場に、珍しく夕方の時間にやって来た涼。

こっそりと中を覗く……。

案の定、床に打ち倒されたエルフたちの 死屍累々(ししるいるい) 。

いや、もちろん死んではいない。

むしろ、涼としては見慣れた光景。

ルンでもそうだったし。

「リョウ!」

顔だけ覗かせた涼を目ざとく見つけるセーラ。

一瞬後には、涼の目の前にやってきて抱きつく。

「どうしたのだ? 午前中の模擬戦だけでは足りなかったか? 寝転がっている者たちを片付けて続きをするか?」

セーラが嬉しそうに問う。

どんな風に片付けられるのか、少しだけ興味を持ったが、涼は首を振る。

「ちょっと聞きたいことがあって。セーラの剣について」

「剣?」

セーラが持っているのは、木剣だ。

訓練をつけるために使っている木剣。

だが、涼との模擬戦の時には愛剣で戦う。

それだけでも、この午後の訓練でどれだけ 手心(てごころ) を加えているか分かるというものだ。

「剣は向こうに置いてある」

「ちょっと見せて」

二人は訓練場の奥に歩いていく。

それを見るエルフたち……もちろん、そのほとんどは床に打ち倒されたまま……顔や視線だけ。

その中に、敵意の籠った視線はない。

むしろ、敬意と尊敬……あるいは、少しだけの恐怖。

ここにいる者たちは、涼とセーラの模擬戦を毎日のように見ている。

セーラの強さは知っている。

毎日、こうやって訓練をつけてもらっているから。

そんなセーラと本気の模擬戦を繰り広げる涼。

涼と剣を交わしたものはほとんどいないが……その強さは 推(お) して知るべし。

そんな人物に対して、敬意や尊敬や恐怖を感じない者などいない。

二人は訓練場の奥に着く。

セーラは壁に立てかけてあった剣を取ると、涼に渡した。

涼は、剣を抜く。

見慣れた剣だ……いつもセーラが模擬戦で使っている剣。

「これ……ミトリロ鉱石で作られたやつ?」

「うむ。パーティーメンバーが打ってくれた、最後の一本だ」

セーラは少しだけ、寂しい表情になる。

「ものすごく貴重な鉱石なんでしょう?」

「リョウが欲しいと言っても、さすがにこの剣はあげないぞ?」

「いや、そんなことは言わないから」

口をへの字に曲げて言うセーラ、苦笑しながら否定する涼。

「そのパーティーメンバーさんがセーラの剣を打った時の、残った鉱石とかないかな?」

「う~ん、どうだろう。遺産とか形見とかそういうのは、全部弟子たちが引き継いだから、聞いてみないと分からない。私は、この剣だけでよかったからな」

セーラはそう言うと、涼から剣を受け取って軽く叩いた。

「リョウはミトリロ鉱石が必要なのか?」

「僕というより……アベル? 王立錬金工房? まあ、王国が、あるといいな~ということみたい」

「なるほど。ならば、弟子の所に聞きに行ってみるか?」

「え! 行けるの?」

「もちろん」

「その場所って遠い?」

「ルンの街だ」

「……はい?」