軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

0687 素敵な宿と訪問者

「綺麗な 敷(し) き 藁(わら) で、アンダルシアたちも気持ち良さそうでした」

「そうだな。 厩舎(きゅうしゃ) を見るだけでも、いい宿かどうかは分かるよな」

「ありがとうございます」

涼が称賛し、アベルが同意し、二人を導く宿の案内人は微笑みながら頭を下げた。

涼とアベルと愛馬一行は、チュアロウの街で宿をとることができた。

それも最高の宿を。

街に入ってすぐに、涼が露店を出している果物屋さんに尋ねた結果だ。

尋ねられた果物屋さんが、巨大な<台車>からの見えざる圧力を受けて顔を引きつらせていたのは、気のせいに違いない……。

果物屋さんが答えた宿の名前は、『 嶺上開花(リンシャンカイホウ) 』。

「それで、この<台車>……ちょっと大きめな荷物なのですが、どこか置き場所はありますか?」

「屋内は難しいのですが、屋外でも大丈夫でしょうか? 大きめの防水布をかぶせる形でいかがでしょう?」

「ああ、屋外で大丈夫です。防水布もいりません、そのまま置かせていただければ」

「でしたら、裏庭の方に。どうぞこちらへ」

涼が四台の<台車>の置き場を尋ねると、案内人は裏庭に導いた。

高級なお宿というのは、宿泊者のあらゆる要求に答えることができる。

だからこそ、少々お高くとも人が泊まるのだ。

物理的、設備的に不可能であったとしても、返ってくる答えは「できません」ではなく、「このような方法ではいかがでしょうか」という、別の手段での問題解決の提案。

まさに社員教育の 賜物(たまもの) !

その夜、二人は、宿の温泉に入った。

そう、温泉!

「まさか、温泉があるとは!」

温泉から上がり、一人興奮している涼。

正直、普通のお風呂との違いがよく分からないアベルの冷静さとは、とても対照的だ。

「そういえば帝都ハンリンの近くにも温泉地があると聞いていたのですが、結局行けませんでしたからね。ここで入れたのはラッキーです!」

「お、おう」

「温泉宿ということは、ご飯も美味しいに違いありません!」

「そうなのか?」

涼が断言し、アベルが問う。

「僕の知る限り、高い確率であり得ます」

「まあ、この街最高の宿と果物屋が答えたからな。期待しよう」

その夜、お宿『嶺上開花』のお 食事処(しょくじどころ) で、素晴らしい夕食に 舌鼓(したつづみ) を打つ二人の姿があった。

「美味かったな!」

「ええ、びっくりしました。特に 麻婆豆腐(まーぼーどうふ) ……マーポトフって言いましたっけ? ピリ辛を通り越して凄く辛かったですけど、癖になる味でした」

「ああ、あれな。辛みの合間に美味さが押し寄せてくる感じだったな」

「さすがアベル、いい表現ですね!」

アベルも涼も、夕食を 堪能(たんのう) した。

そんな二人がデザートも平らげ、食後のお茶をゆっくり飲んでいると、宿の案内人がやってきた。

「夕食は、お口に合いましたでしょうか?」

「美味かった」

「絶品でした」

案内人の問いに、アベルも涼も満足して答えた。

「それはようございました」

案内人は微笑みながらそう言うと、ちょっと意味の分からない言葉を発した。

「お二人を訪ねて、代官所の方がみえられています」

「代官所?」

「何で僕らに?」

アベルも涼も首を傾げる。

「すまんが、何かの間違いではないか?」

アベルがそう問うたのは当然だろう。

知り合いなどいないし……。

「裏庭に置かれてある、大きな四つのお荷物を確認されて、確信されたとのことです」

「ああ……確かにあれはうちの荷物ですが」

涼は認めつつも首を傾げる。

「まあ、会おう」

「それしかありませんしね」

アベルと涼は、案内人について、お食事処を出ていった。

案内されたのは、ロビーの一角、ゆっくりと時間を過ごせるように椅子が並んでいる。

そこには、十人ほどが座っていた。

涼とアベルが来たのを見て、十人は立ち上がる。

「こちらが、お二人を訪ねられてきたチュアロウ代官所の方です」

案内人はそう言って紹介すると、一礼して去っていった。

「チュアロウ代官所、副代官のヒューランと申す。だが、その前に……どうだ?」

四十代半ばに見えるヒューラン副代官はそう言うと、後ろに控えている一見して冒険者の五人に問う。

「間違いない、その二人だ」

冒険者の一人が、そう答えた。

涼とアベルはチラリと視線を交わす。

二人とも気付いていた。

冒険者五人が、昼間、雇われた商隊のケンカ騒動を呆れたように見ていた人物たちであることに。

つまり、あの商隊の護衛冒険者たち。

ヒューラン副代官は一つ頷くと、口を開いた。

「突然の事で驚いているだろう。まずは座って話そう」

こうして、ヒューラン副代官と部下らしき五人、冒険者五人、そして涼とアベルの二人……合計十二人は、やたらと座り心地の良い椅子に座った。

「この五人は、チュアロウ所属の三級冒険班『冬雷』だ」

ヒューラン副代官は、五人の冒険者を紹介した。

五人は軽く頷く。

「お二人の名前を聞いてもいいだろうか」

「六級冒険者アベル」

「同じく、六級冒険者涼です」

ヒューラン副代官の問いに、アベルも涼も素直に答えた。

特に隠す必要もないので。

それを聞いて、なぜか『冬雷』の五人が頷いた。

「ふむ、冬雷の言う通り冒険者か。大きな荷物を運んでいたのを見たから、商人かと思ったが」

「運んでいるのを見た?」

「そう。二人が騒動の脇を抜けて行く時に、ちょうど我々は後ろからやってきたのだ。あまりにも大きな荷物であったために、印象に残っていた」

ヒューラン副代官は答えた。

それを聞いて、大きく目を見張る涼。

「そんな馬鹿な」とか「目立たないようにしていたのに」などと 呟(つぶや) いている。

それを受けてアベルは……小さく首を振るだけで、もはや何も言わなかった。

「確認をしたいのだが、騒動の時、脇を抜けていったのは水属性魔法を使ったのだな?」

「えっと……」

ヒューラン副代官の問いに、涼は少しだけ答えるのを 逡巡(しゅんじゅん) した。

この手の問いは、絶対厄介ごとに巻き込まれるに違いないからだ。

だが……。

「い、いちおう、そういうことになります」

嘘をついてまでごまかすまではないと思い、正直に答える。

「水属性魔法の使い手であり、冒険者であるなら話は早い」

ヒューラン副代官は、前のめりになって説明を始めた。

簡単に言うと、代官所が指揮を執って行っている治水工事を、手伝ってほしいということである。

大雨の度に 氾濫(はんらん) を起こす川の流れを変える…… 古今東西(ここんとうざい) 、民と行政の多くの 思惑(おもわく) が一致する『よくある例』。

水属性の魔法使いである涼は、確かに役に立つだろう。

しかし疑問もある。

「今までも、水属性の魔法使いなんていなくても、治水工事って行われてきたのではありませんか?」

涼が 素朴(そぼく) な疑問を述べる。

そう、水属性の魔法使いなどいなくとも、治水工事は行われる。

世界中で行われる。

いつの時代でも行われる。

それこそ、魔法などない……いや、ミカエル(仮名)によれば、魔法など使われなくなった地球においても、魔法無しでの治水工事は星の数ほど行われてきた。

そこに、涼が必要?

「治水工事というのは、 河川(かせん) 事業ですか? 川の流れを変えるとか?」

「いえ、今回行われているのは、湖の移動です」

「湖の、移動?」

ヒューラン副代官の答えに驚く涼。

川の流れを変える河川事業は、古今東西よく行われてきた。

だが、『湖の移動』を人為的に行うというのは、あまり聞いたことがない。

だいたい、湖や池というものは、移動はせずに潰してしまう。

ヒューラン副代官は経験豊富な行政官だ。

『湖の移動』という事業などほとんどないということは、もちろん理解している。

そのため、詳しい説明をするべきだと感じたようだ。

「 甘露(かんろ) 湖という昔からある湖なのですが、どうしても今回の治水事業で削らねばならなくなりました。ですが、周辺の民の強硬な反対が起きまして……一キロほど移動した場所に新たに移動し、 灌漑(かんがい) 用に新たに引かれる水路用の支流を通す形で、ようやく民の理解を得ることができたのです」

苦笑しながら説明するヒューラン副代官。

多くの場合、民の希望など無視して大規模事業などというものは進められてしまうものなのだが……。

涼の中で、ヒューラン副代官への評価が上がる。

基本的に善い奴である涼は、手伝ってやりたいなと思ってしまうのだ。

「すでに新たな甘露湖は造成されております。ですので、旧甘露湖への水の流入を止め、湖の水を抜く水路を繋ごうとしたのですが……」

「ですが?」

「水を抜く水路が、なぜかいつも、最後の部分の工事に取り掛かる前に道具が壊され、水の流入を止める 堤(つつみ) は夜のうちに壊されるのです」

「なんと……」

困った表情のヒューランに、驚いた表情の涼。

アベルも無言のままだが、眉をひそめている。

涼は、困っている人を見ると助けたいと思う、お人好しである。

とはいえ、これは……。

「それは……水属性魔法使いとか関係ない気が……」

「そうかもしれません。ただ、いずれも湖の周囲で起きていることですので……一度、優秀な水属性の魔法使いに見てもらおうということになりました。ですが、ここチュアロウの冒険者互助会には、水属性の魔法使いは誰一人登録していません」

「ああ……」

涼は小さく頷く。

帝都ハンリンの互助会にすら、水属性の魔法使いはほとんどいないという話であった。

そもそも、水属性の魔法使いは冒険者にならない……。

「正直、よく分からないので……」

涼はそこまで言って、アベルをチラリと見る。

アベルは無言のまま頷いた。

OKということだ。

「明日にでも、一度現場を見てみたいのですが」

「おぉ、ありがたい!」

涼の言葉に、ヒューランは嬉しそうに頷く。

「あの、依頼を引き受けるかはそれからということで……」

「構いません。見に来てくれるだけでも、冒険者互助会からの褒賞金は出るようにしておきます。もちろん、引き受けてくれればさらに出します」

「あ、はい……」

ヒューランの押しに頷く涼。

明日の朝八時に迎えに来る約束をして、ヒューランら十人は帰っていった。

十人が帰った後、もう一度お食事処でお茶を飲む涼とアベル。

「今回の依頼、嫌な予感がします」

涼が、深刻そうな表情で呟く。

それを横目に見るアベルは、だがジト目だ。

何かを見抜いているらしい。

「何ですかアベル、その目は!」

抗議する涼。

「いや、何の根拠もなく、適当に言っただろ?」

「え?」

アベルの追及に、視線が躍る涼。

「なんか、そんな感じで言っておけば、 思慮深(しりょぶか) げに見えるとか、そういう適当な感じだろ?」

「なぜばれた……」

「なんとなく、リョウのやりそうなことだからな。分かるようになった」

「くっ……これまで磨いてきた技術が、一つずつ見破られていきます。一枚ずつ 剥(む) かれていく、玉ねぎのような気分です」

「なんだ、そのたとえは」

涼の変わったたとえに肩をすくめるアベル。

涼は気を取り直して、お茶を一口飲んだ後、口を開いた。

「アベルって、いちおう国王陛下じゃないですか?」

「そうだな、いちおう国王だな」

「ということは、ナイトレイ王国で行われる治水事業とかにも詳しいわけですよね?」

「詳しいと言っていいのか分からんが……必要なことは勉強した」

涼の 棘(とげ) のある言い方に対して、一切の 痛痒(つうよう) を感じずに答えるアベル。

慣れとは恐ろしいものである。

「その豊富な経験の中に、今回のような事例ってありました?」

「いや、まずそもそも、湖の移動などしない」

「ですよね」

アベルの答えに、大きく頷いて同意する涼。

そう、まずそこからなのだ。

「治水事業関連での問題というと……土地の権利関係か。だがそれは、事業を始める前に解決してから、工事には取り掛かるからな」

「お金で解決、というやつですね」

アベルの説明に涼が頷く。

ある程度のお金を積めば、たいていの問題は解決できる。

それが公共事業……涼の頭の中では、何やら公共事業周りは 歪(ゆが) んで記憶されているらしい。

「とはいえ、道具が壊されているとなると、誰かの破壊工作だろう。一体誰が、という話になるよな」

「僕は湖賊だと思いますね」

「コゾク? 何だそれは?」

涼が自信満々に答え、アベルが首をひねる。

「山に現れる賊は 山賊(さんぞく) 、海に現れる賊は 海賊(かいぞく) 。今回は湖に現れる賊なので、湖賊です」

「そんな賊は聞いたことがないが、どんなやつらなんだ?」

「さあ?」

「おい……」

「僕も今思いついたので」

「期待した俺が間違っていたよ」

アベルは盛大にため息をついた。

慣れても、完璧とはいかないらしい。

「もしかしたら、湖の中に秘密基地……拠点があるのかもしれません」

「は?」

「そして夜な夜な、湖が割れ、湖賊専用空中機動戦艦が飛び立っている可能性があります」

「リョウの想像だよな?」

「ええ、もちろんです!」

「よく色々考えつくな」

胸を張って堂々と主張する涼、呆れを通り越して感心し始めるアベル。

想像力は貴重なものだ。

「でもそう考えると、全てのつじつまが合いますよ?」

「つじつまが合うだけだな」

「まあ、いいです。義賊な湖賊、『そんなアベルは、腹ペコ剣士』の続編に、ライバルとして登場させてやりますから」

「なに?」

「アベルの永遠のライバルになるかもしれませんね!」

「それを聞いて、俺はどんな反応をすればいいんだよ……」

アベルは、小さく首を振る。

結局、いつも通りの反応であった。

翌早朝。

涼とアベルは少し早めに起きた。

当然、温泉に入るためだ。

温泉から上がると……。

「朝の温泉というのはいいな!」

「でしょう?」

元気 溌剌(はつらつ) なアベルの言葉に、我が意を得たりと頷く涼。

そんな二人は、元気に朝食を食べる。

活力に満ちた二人が一度部屋に上がり、八時ちょうどに階段の上からロビーを見ると、すでに迎えが来ていた。

来ているのだが……。

「あれって、昨日の冒険者たちだけだよな?」

「ええ。『冬雷』の五人だけです。副代官のヒューランさんは来てませんね」

アベルと涼は首を傾げながらも、階段を降りていった。

『冬雷』の五人が頭を下げる。

中心にいる槍士と思われる人物が口を開き説明を始めた。

「昨日紹介された『冬雷』だ。俺が班長のキュンライ、斥候のランウ、土属性魔法使いのゴー、火属性呪法使いのマー、そして治癒師のフェイウェイだ」

槍士キュンライが簡単に紹介をした。

涼とアベルは、昨日名前は告げてある。

しかし、疑問があり……アベルはこういう場合、率先して口を開く。

「昨日来ていたヒューラン副代官は来ていないんだな? 昨日の言い方だと、彼も迎えに来ると思っていたのだが」

「ああ。現場で怪異が起き、夜中からずっと向こうに行っているそうだ。代官所の人間が連絡に来た。それで、俺たちだけで二人を迎えに来たわけだ」

「怪異?」

「俺たちも聞いたのは『怪異』という言葉だけなのでな。中身は知らされていない。悪いな」

アベルの問いに、槍士キュンライも答えられない。

肩をすくめるしかなかった。

アベルは、自分の隣でうずうずしている水属性の魔法使いに気付いていた。

だが、アベルとキュンライが会話をしているため、それが終わるのをおとなしく待っていたらしい。

「リョウ、何か気になることがあるのか?」

「よくぞ聞いてくれました、アベル。ゴーさんとマーさんに質問が!」

「はい?」

涼の言葉に、魔法使いゴーと、呪法使いマーが異口同音に答える。

二人はとても顔が似ている。

というより、多分双子だ。

服の色が、黄土色っぽいゴーと、えんじ色っぽいマー……。

「まず、呪法使いのマーさんに質問があります!」

「はい?」

「呪法使いにも、属性があるんですか?」

「ええ、あります」

「おぉ……」

マーの答えに驚く涼。

なんとなくこれまで、そこは明確に聞いた覚えがなかったからだ。

呪法使いは呪符を使う。

呪符は、四属性の魔法を放つことができる……だがそれは、『魔力』というレベルで見た場合には、属性に分かれていない。

例えば、呪符から氷の槍が放たれたからといって、水属性の魔力が使われてはいないということ。

これは以前、涼自身が呪法使いとの戦闘の中で検証したから確信している。

「人それぞれが持つ『属性』というものは、生まれながらに決まっていると言われています。ですので、呪法使いだろうが魔法使いだろうが、使える属性は決まっています」

「ああ、確かに」

呪法使いマーの答えに、大きく頷く涼。

生まれながらに決まっていることについては、この世界『ファイ』の管理者的なミカエル(仮名)から聞いたことがあるので、涼も覚えている。

そう考えると、呪法使いも属性が決まっているのは当然なのかもしれない。

むしろ『呪符』というものが、特殊なのだろう。

「やはり呪符じたいが無属性……」

涼のそんな呟きは、隣にいるアベルにだけ聞こえた。

「あ、そうでした! もう一つだけ、今度はゴーさんとマーさん、お二人に質問が」

「はい?」

「お二人で戦ったら、どちらが強いですか?」

「私ですね」

涼の問いに、 間髪(かんはつ) を 容(い) れずに答えたのは魔法使いゴー。

「おぉ!」

魔法使いとしてちょっと嬉しくなる涼。

「いや、体調次第では私が勝つので、ほとんど差はありません」

そう言い返したのは呪法使いマー。

「おぉ……」

その言い返しの迫力に驚く涼。

「マー……私の方が勝率は上だろう?」

「兄者、せいぜい六割程度です。ちょっとした差です」

ゴーとマーの争いは……すぐに片が付いた。

「どっちも私より弱い。現場に行きますよ」

槍士キュンライがはっきりと言い切った。

それを恨みがましい目で見るゴーとマー。

「魔法使いも呪法使いも、永遠の敵は前衛職ということですね」

「うん、勝手に永遠の敵にするなよ」

涼が納得したかのように大きく頷き、前衛職であるアベルは肩をすくめた。

その間、二人の女性、斥候のランウと治癒師のフェイウェイは沈黙を貫いた。

だがアベルは見ていた。

二人の口が無音のまま、「またか」と動いたのを。