作品タイトル不明
0678 アティンジョ大公国訪問Ⅲ
翌日。
アティンジョ大公国首都カムフォーまでの途上でも、移動しながらズルーマから二人に情報が伝えられた。
「我が一族……ギューガ一族と言いますが、かつて大公家によって滅ぼされた国に仕えていた者たちです。その国主の家はもうありません。今では、私利私欲で暗殺家業を請け負う……」
「どこかの暗殺教団のようです」
「……」
ズルーマの説明に、思わず涼が口をはさみ、アベルは小さく首を振る。
「バブリー家というのが、昨日の会話に出てきたと思うが」
「はい。かつて……先代大公様が即位される前までは、大公家に次ぐアティンジョ大公国の大貴族でした。ですが先代大公様によって、多くの力を削がれました。今でも決して弱くはありません……もし反乱を起こせば、その家の 格(かく) によって、他の貴族たちも従うかもしれません」
「勝てますか?」
「正面からぶつかれば、恐らくは、大公家が勝つでしょう。ですがギューガ一族が大公様を暗殺すれば……」
ズルーマは顔をしかめている。
先代大公であれば、そんなことはあり得なかっただろう。
なぜなら、幻人であったから。
大使館での一件から、ズルーマはヘルブ公や先代大公が幻人であることは知らないようであったが、驚くほど強いというのは理解していたはずだ。
昨日の長老も、『化物』と表現していたし。
指示を出すために、ズルーマは二人の元を離れていった。
「あっちでもこっちでも、国内で衝突しています」
涼は首を振りながら 愚痴(ぐち) をこぼす。
「権力を欲しがる人間は、どんな国にも一定数いるからな」
アベルが肩をすくめる。
「その点、アベルは幸運ですね」
「ん? リョウが権力を欲しがらないからか?」
「うちの 宰相(さいしょう) 閣下が王位を狙っていないからです」
「それは違いない」
「ハインライン侯が王位を狙ったら、絶対奪われますよ」
「それも違いない。まあ、その時は喜んで譲るがな」
涼の言葉に、アベルは再び肩をすくめる。
この王様も、あまり権力に 執着(しゅうちゃく) しないタイプなのだ。
「ちなみに僕は、権力に執着するタイプです」
なぜか胸を反らして悪そうな表情で言う涼。
「そうか?」
アベルが疑問を 呈(てい) す。
「権力があれば、ケーキ特権を手に入れることができますからね!」
「権力を手放せば、毎日ケーキとコーヒーを無料で 奢(おご) ると言われたらどうする?」
「もちろん、権力なんて手放すに決まっているじゃないですか。毎日ケーキとコーヒーですよ? 考えるまでもありません」
「うん、どう考えても権力に執着するタイプじゃないな。食べ物に執着するタイプだ」
「え?」
ナイトレイ王国が平和な理由……その一端が明らかにされた。
その日の午後、一団はアティンジョ大公国の首都カムフォーに到着した。
一団の到着と入れ替わりに、軍隊がカムフォーから出ていくのとすれ違う。
「数万人という規模の大軍ですよ?」
「地方反乱の 討伐(とうばつ) か?」
涼もアベルも、よく分からないまま見送った。
涼とアベルは、ズルーマに案内されて王宮に上がる。
「ようこそおいでくださいました!」
新大公バッシュは、 階(きざはし) の上からわざわざ降りてきて二人を出迎えた。
笑顔だ、そう、笑顔ではある。
しかし、 翳(かげ) を感じる。
その理由は、国内が落ち着いていないからだろう。
「ロンド公爵閣下、アベル殿、お二人を我が国の争いに巻き込んでしまいました。申し訳ありません」
「ああ、いえ、陛下、どうか顔をお上げください」
頭を下げるバッシュ、驚く涼。
「大体の説明は、ズルーマさんから聞きました」
「ズルーマは……もしかして、彼の一族の話も?」
「はい。昨日襲撃してきた者たちがそうだったようですので、話さざるを得なかったのでしょう」
「そうですか」
バッシュの言い方からすると、ヘルブ公だけでなく目の前のバッシュ新大公も、ズルーマの出自とその一族が敵に回っていることを知っているようだ。
二人は、バッシュに案内されて私室に通された。
「まず、この聖剣を……」
「ありがとうございます」
こうして、涼からバッシュに、聖剣タティエンが返却された。
「このタイミングになってしまったのをお詫びしなければなりません」
「はい?」
「実は明日、王宮が襲撃されます」
「はい??」
突然のバッシュの言葉に、びっくりして声が高くなる涼。
アベルは無言であるが、目を大きく見開いている。
「失礼しました。いえ、ゴージャス家……じゃなくて、バブリー家とかの人たちと、ギューガ一族とかが大公家を潰そうとしているというのは、ズルーマさんから話を聞きました。その関係ですね?」
「はい。まさにバブリー家を中心とした貴族の私兵たちが、明日襲撃してきます」
はっきりと言い切るバッシュ。
まだ成人したばかりであろうバッシュであるが、その表情には迷いも 逡巡(しゅんじゅん) もない。
むしろ力強さすら感じさせる。
「なぜ、明日襲撃してくると分かる?」
アベルが、言葉を飾らずに問う。
「そうなるように仕組んだからです」
バッシュも、言葉を飾らずに返す。
だが、さすがに補足するべきだろうと思ったのだろう。
「今回の計画は、半月前から動いていました。お二人が到着されるのは、もう少しだけ後……今回の件が終わってからになると考えていたのですが。それが巻き込むことになってしまい、申し訳ないと思っています」
「まあ、その辺りは仕方ない。海流や風の関係で早くなったのだろうからな」
「襲撃の間は、お二人には王宮の安全な場所で過ごしていただければと……」
「ああ、その辺は気にしないでください。僕もアベルも、自分の身を守るくらいはできますので……存分に戦ってください」
涼が笑いながら答える。
隣のアベルも肩をすくめながらも否定はしない。
アベルは小さく頷くと口を開いた。
「先ほど俺たちが首都に到着した際、軍が出ていった。かなりの軍だったが、あれが関係するんだな?」
「はい。あれは国軍主力三万です。本日から二泊三日の演習に出かけました」
「なるほど。それによって、王宮に兵力の空白状態を作った……バブリー家を誘い出そうというのか」
「おっしゃる通りです。この演習が半月前から計画されていまして……。敵からすれば、これほどのチャンスはそうはありません」
「だが、罠だと思うのではないか?」
「思うでしょう。しかし、これが彼らにとって最後のチャンスです」
アベルの問いに、バッシュが言い切る。
「ヘルブ公が日々回復しているから」
「はい。叔父上が完全に回復すれば、彼らには万が一にも機会はありません。ですから罠だと分かっても、今回やるしかない」
涼とアベルは、他にもいくつか話した後、バッシュの私室を出た。
王宮の中を案内されながら、二人は移動している。
「バッシュ陛下、変わりましたね」
「そうだな」
「以前、ヘルブ公の氷の棺を持ってきましたけど……まだあの頃は、言い方は悪いですが弱々しい感じがしていました。それが今は……」
「立場が人を作る、あるいは経験が顔を造る、か」
涼の感想に、アベルも頷きながら言う。
「自らの命を 囮(おとり) にしての迎撃戦だ。腹をくくらねばできん」
「国主というのは大変ですよね。僕の隣にも、自らそんな国主になった変な剣士がいますが」
「選択肢などなかった、仕方がないだろう」
肩をすくめるアベル。
「でもアベルもバッシュ陛下も、小さい頃から王族としての教育を受けているからこそ、いざという時に立ち上がれるのだと思います」
「そうか?」
「普通はそうはいかないと思うのです」
「他の国の王族は知らんが、少なくとも俺は、王族の全ての行動は民のために行われるものだと教えられたからな。兄上が亡くなり、父上がどうなったか分からない、その上、王都が 陥落(かんらく) した……俺が王として立つ以外の選択肢は、頭の中に浮かばなかった。それが、王国の民のためになると、少なくとも俺はそう考えて行動した」
「素晴らしいと思います」
アベルの言葉、その行動原理を、涼は素直に称賛した。
自分の身を犠牲にして、自分の全てを国民に捧げる……そんなことは、普通はできないのだ。
だからこそ、そんな普通にはできないことを当たり前にやるアベルだからこそ、国民からの支持を受ける。
そして、このアティンジョ大公国にも、困難な道に自分の身をさらそうとしている新大公がいる。
「そういえば、ヘルブ公も、敵に襲わせていましたっけ」
「もしや大公家の伝統か?」
涼とアベルが思い出していたのは、自治都市クベバサにおいて開かれた東方諸国合同会議の襲撃事件だ。
会議の会場入口で、アティンジョ大公が乗った馬車が襲撃された。
だがそれは、ヘルブ公が 撒(ま) いておいた 餌(えさ) に反乱分子たちが食いついた……罠。
結果は、ヘルブ公によって 一網打尽(いちもうだじん) 、何百という死体が転がった。
「だが、今回、バッシュ大公側は簡単な戦ではないだろう」
「裏から攻めるギューガ一族みたいな人もいますしね。せめてヘルブ公が万全であれば……」
「万全じゃないからこそ、最後のチャンスと見て攻めるんだ」
「そうでした。いろいろと難しい話です」
アベルも涼も小さく首を振った。
二人が案内されているのは、王宮の敷地内にある離れ。
そこは 迎賓館(げいひんかん) のようなもので、 国賓(こくひん) が滞在する建物らしい。
王宮外に宿泊して、もしものことがあってはいけないということで離れに泊まるように、バッシュ大公に勧められたのだ。
「王宮が襲撃されるらしいのですが、この離れも王宮の一部ですよね」
「まあ、相手の主目的は大公家……今回ならバッシュ殿が狙いだろう? ここは王宮本宮からは少し離れているから、大丈夫だということだろうな」
その離れは大理石のような石で造られた、平屋の立派なものだ。
「これは、すごいですね」
「立派なものだな」
涼もアベルも美しさに驚く。
ちなみに、この離れには 厩舎(きゅうしゃ) も併設してあるため、国賓らの馬もそこに入ることになる。
当然今回は、アンダルシアとフェイワンがそこに入っている。
「アンダルシアとフェイワンも、美味しそうにご飯を食べていました」
「俺たちも期待できると、そう言いたいんだな」
「アベル、みなまで言うなです」
「全部言ってるがな」
その夜、二人が期待した以上の 晩餐(ばんさん) が出され、満足して眠ることができたことを、ここに記しておく。