軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

0670 東方三帝会戦

「なにゆえダーウェイの領土を侵すか」

「あまねく全てはチョオウチ帝国の領土である。正統なる支配者が戻ってきただけのことだ」

「 痴(し) れ 事(ごと) をぬかすな。チョオウチなど、史書にかけらも出てこぬわ」

「無知なダーウェイの民に、真の支配者の帰還を教えてやる」

ダーウェイ軍とチョオウチ帝国軍が対峙する間で、それぞれの使者が自分たちの正当性を主張し、相手の非道を 弾劾(だんがい) している。

決して、悪口を言い合っているわけではない。

東方諸国においては、戦場で衝突する前に、このようなやりとりが時々行われる。

北河南岸のシュンタイ城を確保したチョオウチ帝国。

そこから動かないチョオウチ帝国軍を迎撃するために北上してきたダーウェイ軍。

戦場は自然と、シュンタイ城南に広がるピューライ平原に設定された。

ピューライ平原の北側に布陣するチョオウチ帝国軍。

ピューライ平原の南側に布陣するダーウェイ軍。

両軍とも、皇帝が率いている。

「さすがに、皇帝同士が一番前に出てきて言い合ったりはしないんですね」

「まあ、それはないだろう。実際そんなことになったら、ダーウェイは大変だろう?」

「そうですか? こっちの皇帝陛下は決して 愚鈍(ぐどん) ではありませんよ。民を思う心は本物です。皇太子殿下が亡くなられてからは 呆(ほう) けていたとご自身でおっしゃっていましたけど、今ではかつての良さを取り戻しているように見えます。議論でも負けないはずです!」

「うん、そういうところではなくて、こっちは人間、相手は幻人だろ。もしも攻撃してきたら、すぐに決着がついてしまうぞ」

「あ……」

アベルの指摘に絶句する涼。

確かにそんな可能性がないとは言えない。

「あ、後で、皇帝陛下に<アイスアーマー ミスト>を着てもらう提案をしてみます」

「いや、あの言い合いは形式的なものらしく、終わったようだ」

正当性を主張していた使者たちは、それぞれの陣営に戻った。

当然、『正当性の主張』で勝ち負けが決まるなどということはないのだ。

二人がいるのはダーウェイ本陣の一角。

リュン親王の幕僚たちの 傍(かたわ) らだ。

リュン親王自身は皇帝ツーインのすぐそばに侍っているが、彼の 幕僚(ばくりょう) であるリンシュン侍従長、ウェンシュ侍従、そしてルヤオ隊長らが近くにいる。

いくつかの大きな荷物もあるようで、時々ルヤオ隊長や彼女が率いる親王 羽林(うりん) 軍の魔法砲撃隊の者たちが調整しているところを見ると、錬金道具のようだ。

もちろん涼は気になったのだが、さすがに邪魔をしてはいけないので、チラチラ見るだけにしていた。

それをアベルが横で見て、小さく首を振っていたのは内緒である。

「敵が動きました!」

ずっと 遠眼鏡(とおめがね) を見ていた物見担当の兵が叫ぶ。

「やはり初手は魔物を進めてきましたね」

「予想通りゴブリン」

「ゴブリンのくせに、あれほど整然と進むとは」

ルヤオ隊長とリンシュン侍従長が予想通りと頷き、ゴブリンにあるまじき整然とした進軍に驚くウェンシュ侍従。

「豚頭の……オークでしたっけ。あれは整然と進んでいるのを見たことがありますけど、ゴブリンっていつも適当ですよね」

「適当って……。まあ、リョウの言いたいことは分かる。オークは知能が高いらしいが、ゴブリンの知能は高くないからな。整然と進軍する姿なんてあり得ないだろう」

「つまり幻人たちは、完全に魔物を操ることができるということですよね。歩け、攻撃しろ、やってしまえみたいな、適当な指示を出せるだけじゃなくて」

「そういうことだな」

以前、二人やリュン親王らが緑荘平野で対峙した魔物はオークであった。

ユン将軍が率いた魔物だ。

オークは比較的知能も高く、野生でも組織立って戦うこともあると言われているため、多少は驚きはしたものの今回に比べれば衝撃の度合いは小さかったのだ。

ゴブリンとは違うのだ、ゴブリンとは。

「とはいえ、リンシュン侍従長やルヤオ隊長の様子を見ていると、それなりに想定内みたいだから軍首脳が浮足立つことはないだろう」

「なるほど」

アベルが指摘し、涼も頷く。

予想以上であっても、想定を大きく超えられなければ問題ない。

それは何においても同じらしい。

「ゴブリン約三千体!」

その報告に合わせてダーウェイ本陣から指示が飛ぶ。

「魔法隊に迎撃させよ!」

指示を出すのは禁軍統領ティン・メウ。

特に誰からの指示も仰いでいないということは、想定通りの手はずなのだろう。

指示の下、ダーウェイ軍魔法隊からの一斉砲撃。

数千本の火属性攻撃魔法が飛ぶ。

「凄いですね」

「なかなか壮観だな」

涼やアベルですらも感嘆する。

しかし……。

ゴブリンに着弾する前に、その魔法砲撃全てが空中で弾かれた。

「え……」

「何か浮いているな」

涼が驚き、アベルがその視力の良さを生かして指摘する。

その言葉を受けて、慌てて遠眼鏡を見る涼。

「呪符!」

そう、これがあるのだ!

敵は幻人。

『中身』のない『器』の者たちは呪法を使えるという。

呪符を飛ばすことができる。

おそらく、幻人のほとんどは 橋頭堡(きょうとうほ) として確保したシュンタイ城内に潜んだままだろう。

「城までかなりの距離があるが……その距離、呪符を飛ばせるのか?」

「以前、スージェー王国でイリアジャ女王が襲撃された時に聞いた話だと、そんなに長距離は飛ばせないってことだったんですけど」

当時まだ即位前の王女だったイリアジャが王太子妃に呼ばれていって、そこで襲撃された後の話だ。

「幻王がいると、その辺りの能力もブーストされるんですかね?」

「ぶーす? 強化されるということか? 確かにそれならありそうだな」

「マリエさんは魔法使いでしたけど、幻人やら幻王ってのは、魔法より呪法に寄ってる感じがします」

「そうだな。種族特性か? そういうのがあるのかもな」

涼の指摘に、アベルも同意する。

「僕ら、幻人のことをまだまだ知らなすぎですね」

「自分たち人間の事も知らんのだ。他種族を知らんのは当然じゃないか?」

「でもそんな相手と戦っているんですよ。敵を知り己を知れば百戦危うからずです」

「『孫子』ってすげーな」

アベルは感心して頷いた。

数百もの空中に浮かぶ呪符の盾に守られ、ゴブリンたちは整然と前進を続けている。

それに対してダーウェイ軍は打つ手がないかのように、何も動かない。

「まさか呪符を想定していなかったわけではないだろうが……」

「これだけの遠距離で、呪符が来るとは思っていなかった可能性はあります」

アベルも涼も、動かないダーウェイ軍を懸念している。

だが周りを見ると、焦ってはいないようだ。

ちなみに周りとは、リンシュン侍従長やルヤオ隊長である。

ウェンシュ侍従は、少しだけ顔をしかめているが……。

ゴブリン隊が前進し続け、その前方に呪符が浮いていたが……ある瞬間、空中に浮いていた呪符が全て落ちた。

「あれ?」

「落ちたな」

次の瞬間、それを待っていたかのようにダーウェイ軍からの魔法砲撃が飛ぶ。

数千本もの攻撃魔法がゴブリンたちに直撃した。

「いったい何が……」

「魔力 遮断(しゃだん) 壁です」

涼の疑問に答えたのは、錬金術師でもあるルヤオ隊長であった。

「魔力遮断壁? 魔力を遮断する?」

「はい。先ほど呪符が落ちたあたりに設置しておいた錬金道具です」

「そんなものが……。錬金道具?」

「道具とはいっても、けっこう大掛かりで設置にも稼働にも時間がかかるものです。それに、ダーウェイですら数はそれほどありません。実際、チューレイ殿下はあまりにも大掛かりすぎるために、設置し稼働する前に乱戦に巻き込まれたようですから」

「でも、魔力の供給を遮断できるのは凄いですね」

ルヤオ隊長が教えてくれた新たな錬金道具に興奮する涼。

呪法使いたちが使う呪符は、呪法使いから魔力が供給されて飛んだり魔法を生成したりできる。

呪符自体に魔石などを積んでいるわけではないからだ。

だから、その魔力供給を遮断することができれば、呪符の効能が失われて落ちるのは道理。

事前にそんなものを設置し稼働しておいたということは、これもまたダーウェイ側の想定内ということだろう。

「ダーウェイ軍の読みが凄いです」

「リュン殿下がついていますから」

涼が素直に称賛すると、ルヤオ隊長がその理由を述べた。

リュン親王は、軍を率いる者としても有能らしい。

「くそ! どういうことだ!」

チョオウチ帝国軍本陣が置かれたシュンタイ城の城壁上で、皇帝ワンシャン・クが 怒鳴(どな) った。

周囲には幕僚たちがいるが、全員無言。

中には、何が起きたのか推測できた者もいたが、わざわざ進言しない。

興奮した状態の皇帝ワンシャン・クは、そんな進言に耳を貸したりはしないからだ。

落ち着くまで待つのが吉。

しかし、なかなか落ち着かない場合もあるわけで……。

「以前、リンスイが送ってよこした情報の中には、あんなもの書いてなかったであろうが!」

「おそらくはリンスイも知らなかったのではないかと」

「愚か者が! だから無能は好かん!」

かつてビン親王の最側近と言われていたリンスイ……なぜか罵倒される。

「呪符が使えぬのなら仕方ない。鎧オーガを出せ! 前面に押し立てて、その後ろにゴブリンを進軍させよ」

力押しを指示する皇帝ワンシャン・ク。

周りの幕僚は特に止めない。

それも一つの方法かと、自分を納得させている……。

それを、少し離れた城壁上から見ている人物がいた。

「我らが皇帝陛下は、本当に戦が 下手(へた) だな」

苦笑しながら首を振る幻王。

「ですが、それも含めて予定通りかと」

「ああ、ぜひ力押しを続けてほしいな。そのために、魔物だけを与えて『器』はこちらの指揮下に置いたのだ」

黒ローブのタオランが言い、幻王も意図を補足する。

「派手に動いてくれた方が目くらましになるというもの」

「ユン将軍と斥候隊の準備、できているとのことです」

「承知した。もうしばらく待たせよ」

新たな報告を受けたタオランに頷く幻王。

「鎧を着せたオーガなら相手に届くであろうさ。いろいろと動くのは、近接戦に移行してからだ。さて……人と魔物との戦い、ここからもうしばらく見させてもらうとしよう」

その動きは、ダーウェイ本陣からも確認できた。

「鉄の壁?」

「動いているな」

常に遠眼鏡を見ていると疲れるため、涼もアベルも基本は裸眼だ。

そのため、光を反射する金属が壁のようにずらりと並んだのは分かったのだが、それが何なのかまでは見て取れなかった。

「敵、オーガに鎧を着せて進めてきます!」

本陣付きの、物見担当兵士が叫ぶ。

彼は常に遠眼鏡で見ている。

疲れるだろうなと涼は思うのだが……。

「リョウが代わってやればいいだろう」

「アベルの目の良さを活かすのが筋だと思います」

結局、どちらも動かない。

人それぞれの役割を果たすべきかなと思う。

そう、他人の領分を侵すのは良いことだとは思わない!

「オーガに鎧を着せて、動く盾にしたってことか」

「ものすごく脳筋な思考です」

アベルも涼も、あまりにも直接的なその思考に 呆(あき) れている。

呆れてはいるが、効果的であることも理解している。

同時に、他国ではできないであろうことも。

「そもそも、オーガに鎧を着せることができないでしょう?」

「そんな命令、聞くわけないからな」

「魔物を操ることができるってすごいですね」

「これまでに考えられなかったことが、いろいろ出てきそうだな」

涼もアベルもため息をついた。

「う~ん」

アベルが首をかしげている。

「どうしたんですか、アベル」

「いや、この光景、どこかで見た気がするなと思ってな」

「デジャヴってやつですか?」

「でじゃぶ?」

「 既視感(きしかん) 。そんなはずはないのに、どこかで見た気がするな~という感じです。でもそれは、ただの気のせいです」

涼が断定する。

「いや、思い出したぞ。連合だ」

「連合?」

「ハンダルー諸国連合が、インベリー公国に攻め込んだ時だ」

「ああ! 人工ゴーレムを前面に押し立てて、城攻めをしたやつですね」

アベルも涼も思い出した。

インベリー公が立てこもる、ヴェイドラもどきを設置した街に対して、連合は人工ゴーレムを最前線に押し立てて力攻めを行った。

街からのヴェイドラによる攻撃を最前列にいたゴーレムが弾くことによって、最終的に 陥落(かんらく) させた。

「でもあれで連合を率いていたのって執政の人でしょう?」

「そう、オーブリー卿だな」

「そうそう、そのオーブリー卿って、『名将』って呼ばれている戦上手だって聞きました」

「その通りだ」

「その人と似たような作戦ということは、今回のオーガに鎧を着せて、最前線に投入する手法は名将クラスの作戦ってことになるじゃないですか!」

涼は驚愕している。

そんなすごい将軍が幻人の側にいるのかと。

「いや……そうか?」

だが、アベルは懐疑的だ。

「さっきのゴブリンの時といい、センスがいいとは思えんぞ」

「あ、あれはわざとだった可能性があります」

「……そうか?」

「いえ、すいません、やっぱり……あんまり上手じゃないかも」

結局、涼も前言を 翻(ひるがえ) した。

同じような作戦なのに、戦上手と名高い人がやれば凄いと称賛され、そうでもない人がやればう~んと言われる。

世の中は理不尽である。

だがどんな作戦だろうが、何らかの結果が出る。

成功、あるいは失敗……。

「矢による攻撃、全て鎧に弾かれて効果がありません!」

「魔法による攻撃、新たな呪符が浮いていて効きません!」

ダーウェイ本陣に報告が入る。

「再び魔法遮断壁に到達すれば呪符は剥がれ落ちるだろう。だが……」

「あの鎧、しかもオーガとなれば、魔法が直撃しても突っ込んでくるぞ」

「オーガを倒しても、その後ろに隠れてついてきているゴブリンとは近接戦になる」

本陣で交わされる幕僚たちの会話だ。

皇帝ツーインは禁軍統領ティンを見て言う。

「ティン、禁軍一万を動かす」

「承知!」

そしてティン統領は後ろを向いて一つ頷いた。

それを受けたのは、禁軍統領補イー・シマ。

最前線で禁軍を指揮するのは彼だ。

ティン統領の下で鍛えられ、実戦を何度も経験している三十代前半の指揮官。

南下するペイユ軍を、リュン親王の指揮下で迎撃したこともある。

「魔法遮断壁を越えたな」

「呪符が剥がれ落ちましたよ!」

アベルが目の良さを活かして言い、涼が興奮して言う。

「鎧が走り始めたか」

「あくまでも正面から突撃。脳筋おそるべし」

アベルと涼には、鎧を着たオーガが走り始めたのが見えた。

当然、その後ろにいるゴブリンたちも走り始める。

しばらくすると、走ってくるオーガに対して、ダーウェイ軍から何かが一斉に投げられた。

投げられたのは、拳大の二個の鉄球をロープでつないだものだ。

それは、走ってくるオーガの足に絡まる……両足に絡まる場合もあれば、片足の場合もある。

だがどちらにしてもオーガはバランスを崩し倒れた。

「ボーラ!」

「連結球か。少し大きめか?」

涼が地球での武器の名前を叫び、アベルが王国での名前を呼ぶ。

「え? アベル、あの武器を知っているんですか?」

「ああ。中央諸国にもあるからな。だが、今飛ばされたやつは少し大きめだな。もしかして、オーガ対策に大きいのを準備したのかもな」

二人がそんなことを話している間にも、事態は進んでいる。

鎧オーガたちが足を取られてこけた瞬間、その後ろを走ってきていたゴブリンらに向けて、ダーウェイ軍から一斉に魔法砲撃が行われる。

使役されたゴブリンたちであっても、突然オーガたちが倒れ、自分たちに魔法が降り注げばうろたえるようだ。

足が止まった。

「突撃!」

間髪(かんはつ) を 容(い) れずに発せられる禁軍への突撃命令。

ボーラが届く距離というのは、すでに十メートルを切っているということ。

軍で言えば、すでに 指呼(しこ) の距離。

ダーウェイ軍は、二メートル半もの巨大なオーガが迫ってくる中、動くのを我慢していたのだ。

普通の兵なら無理であろう。

恐怖に駆られて暴発する。

だが、彼らは禁軍。

皇帝の親衛隊。

ダーウェイの最精鋭だ。

最精鋭の最精鋭たる 所以(ゆえん) 、それはひとえに心の強さ。

抑えに抑え、我慢に我慢を重ねたがゆえの反発力は、強力なものであった。

禁軍一万が槍を構え突撃する。

鎧を着けているとはいえ、いや着けているからこそ動きの鈍い倒れたオーガたちには、鎧の隙間から槍を突き刺してとどめを刺す。

さらにゴブリンたちに対しては、一方的な 殺戮(さつりく) であった。

「禁軍の人たち、凄いですね」

「ゴブリンでは相手にならんだろう」

「ここまで見越しての作戦立案でしょうかね」

「大きめの連結球を準備していた点といい、そうだろうな。やるな、リュン親王」

涼もアベルも、リュン親王に対する評価は高い。

だからこそ、皇帝レースにも協力をしたわけで。

だが、高い評価のさらに上の力を見せてくるリュン親王に、驚きを禁じ得ないでいた。

「ぜひ王国に連れて帰って王国軍の作戦立案を……」

「無理だろ」

涼の呟きをアベルが否定する。

もちろん二人の会話は小声だ。

冗談とはいえ、すぐ近くにはリュン親王を 慕(した) うリンシュン侍従長やルヤオ隊長がいるから……。

「王国にも、ああいう先読みの凄い 将帥(しょうすい) とかいないですかね」

「フェルプスが、ああいうタイプだな」

「フェルプスさん? ハインライン侯爵の嫡男で、B級冒険者で、イケメンで、アベルを超える女性人気が凄い、あのフェルプスさん?」

「……最後のはなぜ付けたのか分らんが、まあそのフェルプスだ。というか、そもそも親父さんも戦に関する読みの深さはすげーからな。あの一族はそういうのが得意なんだろ」

アベルが小さく肩をすくめる。

どうも王国にも、その中枢に優秀な人材はいるらしい。

「そもそも、我らが宰相閣下ハインライン侯に苦手なことってあるんですかね」

「……料理、とか?」

「料理苦手なんです?」

「昔、そんな噂を聞いた」

「まあ、侯爵ですし、宰相閣下でもありますし、料理する必要もないでしょう?」

「ああ、ないな」

何をさせてもトップクラスの結果を出してしまう人がたまにいる。

味方であればこれほど心強いことはないのだ。

料理さえさせなければいいのだから……。

二人が小声でそんなことを話している間にも、事態は推移している。

「禁軍、圧倒的ですけど、敵も次から次へと繰り出してきます」

「魔物は 無尽蔵(むじんぞう) なのか?」

「あの魔物、どっから調達しているのか気になりますね。まさか、幻人には魔物を作り出す能力があるとかだったら大変です」

「確かに次から次に魔物が来るが、禁軍もうまく対処しているぞ。千人くらいずつ入れ替わっている」

「ああ、ほんとだ。本陣にいる禁軍の人たちと入れ替わってますね。適度に休憩を取らせると。前線がこれだけ近い場所にあるからこそできるんですかね」

「大軍を動員する利点の一つは、一部を休ませながら戦い続けることができるということだからな。休ませている軍は、いざという時の予備戦力にもなるわけだし」

「確かに」

アベルの説明に頷く涼。

少数で多数を破るのはロマンだが、戦の正道ではない。

ダーウェイは大国である。

だからこそ、大軍の用兵に関してもノウハウが蓄積されているようだ。

「しかしこれは……ある種の 膠着(こうちゃく) 状態ですか?」

「そうとも言えるだろう。どちらかが焦れて大技を放ってくるか?」

「この両軍で焦れるのって、絶対向こうでしょう?」

「全く同感だな」

そして、物見担当が叫んだ。

「敵…… 飛翔体(ひしょうたい) 、多数!」

だが、本陣の人間は首をかしげる。

「飛翔体?」

それぞれが持つ遠眼鏡で見る。

さすがに、まだシュンタイ城を出たばかりの『飛翔体』が何なのかは視認できない。

だが、視認せずとも数百メートル以内の動きを理解できる水属性の魔法使いがいる。

「まさか……」

しかし、その涼の表情も驚いたものになっている。

「どうしたリョウ」

「物見の人が叫んだ飛翔体って……」

再び物見担当が叫んだ。

「ワイバーンです! ワイバーン、五十体以上!」