作品タイトル不明
0648 迷い人
ソンジャン隊長から『提供』された地図を頼りに、早歩きで北上する涼とアベル。
「先ほどの隊長さん、 可哀(かわい) そうでした」
「んあ?」
「アベルの追及に心が折れそうになっていたじゃないですか」
「そうか?」
涼が小さく首を振りながら嘆くのに、アベルは首をかしげる。
最初、氷漬けになった仲間を見た時にはそんな感じだったが、その後はむしろ、腹をくくって答えていた気がするからだ。
仲間を救うために最善を尽くしていた気がする。
「それもこれも、リョウが突然、もう一人を氷漬けにしたからだろう?」
「し、仕方ないじゃないですか! <氷棺>をやってみたら成功したんですから!」
アベルの追及に、焦ったように答える涼。
<スコール>で涼の水によって全身を覆った後の<氷棺>なら、魔法使いや呪法使いを氷漬けにすることができるのは知っている。
だが、ただの<氷棺>だけだと、魔法使いや呪法使いを氷漬けにすることはできない。
だから今回も無理だろうと思って<氷棺>を放ったのだ。
相手は幻人だし。
半分実験的に。
そしたら、氷漬けに成功してしまった……。
「幻人って、ホント、何なんでしょう……」
「ああ、俺たちがこれまで対峙してきた人外の者たちとは、また違うものだよな」
「まったくです……」
「最初の二人……いや、二体というべきなのか? 気絶させようとしたら消滅したしな」
「そうでした! 『 器(うつわ) 』というのがあれですよね。 脆(もろ) かったですけど……でも隊長さんたちが引き連れていたということは、上手く使えば人間相手に効果があるんでしょうね」
「指示を出せば、呪法が使えるんじゃなかったか?」
アベルが、ユン将軍の頭から抜き出した情報に、少しだけ書いてあった内容を思い出している。
「え? そんな情報、書いてありました?」
「あったと思う」
そう言いながら、さっそく紙をめくっている。
もちろん早歩きで移動しながら。
「やっぱり書いてあるぞ」
「アベルって器用ですよね……」
「そうか?」
アベルが該当箇所を見つけて示し、涼がアベルの器用さを褒めた。
涼の魔法によって、小規模な森林破壊を起こしながら二人はほぼ一直線に森の中を進んでいる。
そう、せっかくソンジャン隊長から提供された地図があるのに、一直線の方が早いからという理由で……。
もちろん、その地図は参考にされている。
チョオウチ帝国の首都からペイユ国国境、さらにペイユ国北部の一部まで描かれてあり、全く知識の無かった二人にとっては素晴らしいものだ。
だが一直線に進むと……。
36時間後、二人は道を下に 臨(のぞ) む 崖(がけ) の上に出ていた。
「下の道、 関所(せきしょ) みたいなのがありますよ?」
「ここ、どこだ?」
涼もアベルも、想定していない場所に出たらしい……。
もう一度、二人で地図を見なおす。
出るはずだった場所の近くには、関所などない。
「あ! ここですよ!」
涼が地図上に見つけた。
「いや、けっこう離れていないか?」
アベルが首をかしげる。
その関所の印は、自分たちが通るはずだった場所から、けっこう離れている。
もしそこなのだとしたら……。
もしそこから帝国の首都を目指すのだとしたら……。
「チョオウチ帝国軍本隊とかが陣を構えているって隊長さんが言っていた場所を、通り抜ける羽目になります」
「厄介だな」
涼の指が地図上をツツーと走り、アベルが顔をしかめる。
その指は確かに、ソンジャン隊長が「ここに本隊がいます」と言ってバツ印を付けた場所を、しっかりと横切ったからだ。
「避けた方がいいよな」
「僕なら避けますけど、アベルの行動を止めはしませんよ。突っ込みたいなら、幻王とかその辺はしっかり倒してきてくださいね」
「うん、断る」
涼もアベルも、少し遠回りになるかもしれないがチョオウチ帝国軍本隊は避けて、首都を目指そうという結論で一致した。
さらに30時間後。
「幻人がいっぱいいます」
「どうしてこうなった……」
二人は見事に、チョオウチ帝国軍本隊の近くに到着した。
正確には、涼の<パッシブソナー>で四百メートルほどは離れているのだが……。
「アベル、僕たちは戦争をしにきたのではありません」
「そうだな。皇帝を救出にきただけだ」
涼とアベルは目的を確認する。
これは大切なことだ。
ここを誤ると、うまくいくこともうまくいかなくなる!
そう、二人は争いたくないと思っている。
だが争いは、一方だけの事情では決まらない。
カンカンカン、カンカンカン……。
突然鳴り響く鐘の音。
「敵襲!」
帝国軍本隊のあちこちから声が上がる。
「ばれた?」
「見つかったか?」
二人はたちまち臨戦態勢をとる。
だが涼の<パッシブソナー>によると……。
「西の方から……騎馬の部隊がやってきます。あ、南からも……」
「騎馬? ここは森の中だぞ?」
「でもこの反応は、騎馬ですよ?」
一般的に、森の中を騎馬で駆け抜けるのは 至難(しなん) だ。
ゆっくり歩くのですら、慣れていない者には無理であろう。
それなのに……。
「けっこうな速さです」
涼はソナーで視ながら驚いている。
こんな速さで森の中を騎馬で駆け抜けることができるのかと。
「俺たちは巻き込まれるわけにはいかない」
「この攻めてきてる人たちの邪魔になってはいけません」
「こっそり脇を抜けよう」
「そうしましょう」
チョオウチ帝国軍本隊を襲撃したのは、確かに騎馬の一団であった。
まさに人馬一体で森を駆け抜け、チョオウチ帝国軍に一撃を叩きつける。
「シャアッ!」
掛け声とともに帝国軍を襲うのは、ペイユ国軍。
「急いで柵の内側に入れ!」
帝国軍の中から指示が飛ぶ。
帝国軍本隊の周囲には、かなり頑丈な木の 柵(さく) がめぐらされている。
それがあれば、騎馬の突撃を受けても大丈夫なようにだ。
だが帝国軍の多くは、柵の中にいなかった。
まさか森の中に襲撃してくるとは思っていなかった。
まさか人間ごときが、圧倒的に強者たる幻人を打ち倒せるとは思っていなかった……。
それは明らかな油断。
しかし同時に、心の奥底に絶対にあり続ける自信でもある。
相手の奇策で先手を奪われても、地力では勝っていると思っているからこその。
そのため、最初は混乱した帝国軍であったが、すぐに柵の内側に入り迎撃態勢を整える。
木の柵があれば大丈夫だ。
柵で騎馬の突撃を受け止め、破壊力を奪えば……あとは『器』たちの呪法でなんとでもなる!
その自信は間違っていない。
間違っていないのだが……この場には、彼らの知らない魔法使いがいた。
相棒の剣士とコソコソと移動しながらも情勢をうかがっていた水属性の魔法使い。
彼が心の中で唱えた瞬間……。
(<ウォータージェット256>)
木の柵が一斉に倒れた。
「え?」
それは信じられない光景であったろう。
注意深い者が見れば、根本付近からスパッと切れているのが分かったろうが……そんな余裕のある者はいなかった。
柵が倒れるのは、ペイユ国軍にとっても意外であった。
木の柵で突撃を止められ、どうすべきか判断しかねていたところに突然柵が倒れたのだ。
「突撃!」
ほとんど条件反射で指揮官が叫ぶ。
「うぉー!」
完全に条件反射で部下たちは突っ込む。
徒歩の幻人対騎馬のペイユ国軍の戦いは、乱戦となっていった。