作品タイトル不明
0645 奥の手
ひとしきり、ナイトレイ王国の未来について語り合った国王と筆頭公爵の元に、戦闘による損害算出や記録などを終えたラー・ウー船長とミャン・マー一等航海士がやってきた。
「敵を完全に振り切りました」
ラー・ウー船長が二人に告げる。
それは喜ばしい報告だ。
だが船長の顔は 渋(しぶ) い。横にいるミャン・マー航海士の顔も渋い。
「ですが、シュンボウルの町で調達する予定だった食料が手に入っていません」
「ああ……」
ラー・ウー船長の言葉に、アベルも涼も言葉が続かない。
そう、元々シュンボウルの港町に行こうとしたのは、そこで食料を手に入れるためだ。
「節約しても、あと三日分の食料しかありません」
続けて報告したのはミャン・マー航海士。
一等航海士は、船全般の実務に関して責任を持つ。
食料の管理もその範囲なのだろう。
「いちおう、三日以内に到着できそうな港町をいくつか選びましたが、正直どうなるか分かりません」
「つまりシュンボウルみたいに、コウリ親王の手の者が先回りしているということだな」
「ええ、可能性はあります」
アベルの指摘に頷くラー・ウー船長。
「このまま北上して、なんとかペイユ国の港に行くのは……」
「早くて六日かかります。三日ほど食事を 我慢(がまん) してもらうことに……」
「お、おう……」
つまり現実的ではないらしい。
アベルと、ラー・ウー船長、ミャン・マー航海士の三人が話している間、涼はなぜか空を見上げていた。
ぼんやりとではなく、かなりしっかりと。
「どうしたリョウ」
「ええ……うまくいくか分からないのですけど、試してみたいことがあります。うまくいけば、食料が手に入るかもしれません」
「えっ」
涼の言葉に、ラー・ウー船長とミャン・マー航海士が驚いた。
当然だろう。
こんな海の真ん中で食料が手に入るかも?
「お願いします」
ラー・ウー船長がミャン・マー航海士と頷き合った後、そう言った。
涼は一度深く呼吸をした後、空に向かって叫んだ。
「レオノール! そこで見ているのならちょっと来てください! 欲しいものがあります!」
腹から出した涼の声はけっこう通ったようで、第一甲板上にいた乗組員たちの多くが涼の方を見た。
その表情は、一様に驚いている。
だが叫んだ後は、特に何も起きないと認識すると再び仕事を始めた。
涼が叫んでから一分、何も起きない。
アベルはもちろん、ラー・ウー船長とミャン・マー航海士も何もしゃべらない。
もっともあとの二人は顔を見合わせたりしたうえで、無言なので、何が起きているか分からないが喋らないでおこうという妥協の産物だろう。
涼を除けば、アベルだけが何が起きたか理解していたのかもしれない。
そう、涼が叫んだ中にあった名前……レオノール。
それはもちろん、悪魔の名。
ある種、非常に恐ろしい者たち。
少なくとも、近くにいて心休まる相手……ではない。
さらに一分が過ぎた頃。
何の 脈絡(みゃくらく) もなく、第一甲板上に四メートル四方の黒い壁とも言うべきものが生まれた。
それを初めて見た時、ラー・ウー船長とミャン・マー航海士は理解できなかった。
だから一度視線は素通りし、再び戻った。
理解できないものを見た時、人は二度見をするらしい。
「マジで、いきなり門を開けとか横暴すぎ……」
「うるさいジャン・ジャック! 我はまだ許しておらんぞ。お前があの二人をリョウにけしかけ……やあ、リョウ!」
『門』から二人の悪魔が出てきた。
一人は神官のような服を着た男性。
もう一人はなんというか……水着のようなものを着た女性……ただしツノ付き尻尾付き。
「最近気づいたのですが、レオノールは現れるたびに着ている服が替わっていますよね」
「うむ。今日はさっきまでプールに入っておってな。そこから見ていたらリョウが呼んだから急いでやってきたのじゃ」
「俺に、強制的に門を開かせてな」
涼がレオノールの 恰好(かっこう) を見て言い、レオノールが説明をし、ジャン・ジャックが文句を言う。
「パストラさんとアルジェンタさんでしたっけ。あの二人に僕との戦闘を勧めたのはジャン・ジャックだと言っていました」
「ちょ、待て、なんでリョウがそれを知って……」
「もちろんパストラさんが言ったからです」
「あの野郎……」
「つまりジャン・ジャックは僕に借りがあるわけです」
「むぅ……」
涼は対悪魔に関してはつっこみ役になり、正論を吐く立場になる……。
不本意な部分もあるのだが、今は緊急事態!
使えるものは何でも使うのだ。
「それでリョウ、さっき欲しいものがあると言うたな?」
「ええ。あの二人の件で、レオノールは願いがないかと言いましたよね。見つけました、お願い」
「おぉ! 言うがよい、叶えてしんぜよう」
レオノールが嬉しそうに促す。
「この船のみんなが食べる食料が欲しいです」
「食料?」
涼の言葉に首をかしげるレオノール。
そして会話を聞いて驚くアベル、ラー・ウー船長とミャン・マー航海士。
「もうすぐこの船の食料が尽きてしまうのですが、調達先に悪い人たちが先回りをしていたのです。まあ、僕とアベルが街に突っ込んでいってもいいのですが、もっとスマートな解決法を思いつきました」
そう、それが涼の出した解答。
実はずっと、レオノールに何かを頼もうと考えてはいたのだ。
とはいえ、自分で手に入れることができるものを頼むのは違う気がするし。
いろいろ考えても、ちょうどいいものが思い浮かばない。
そこに、このトラブル。
この悪魔たちならなんとなく食料も調達してくる気がすると思って聞いてみたのだが……。
「うむ、良かろう。それで、具体的にどんな食料がいい?」
「ミャン・マーさん、調達するはずだった食料の一覧とかあります?」
「はい、これです」
ミャン・マー航海士はそう言うと、四枚の紙を渡した。
それは、シュンボウルで調達するはずだったものの一覧。
「食料だけではなく他にも書いてありますが……」
「ふむ……まあ、問題なかろう」
四枚の紙にさっと目を通して、レオノールは 請(う) け 負(お) った。
「持ってきたらリョウとの戦闘だな!」
「それはダメです」
レオノールが嬉しそうに言うが、涼が 毅然(きぜん) とした表情で断る。
「なぜ!」
「今回のは、パストラさんとアルジェンタさん、あとそこのジャン・ジャックによってかけられた迷惑の 償還(しょうかん) です。なので、レオノールと僕の戦闘はついてきません」
「えぇ~」
涼がはっきりと言い切り、レオノールが顔をしかめる。
涼としても、食料を持ってきてくれるのならちょっと可哀そうかなとも思う。
思うのだが……その戦闘は絶対に激烈なものになり、涼が死ぬ可能性は高いのだ。
可哀そうという感情だけで、受け入れられるものではない……。
「仕方ない。この 痴(し) れ者たちのせいなのは確かじゃからな」
レオノールはそう言うと、傍らにいるジャン・ジャックを 睨(にら) みつける。
「いや、俺? 俺のせいなのか? 確かにあの二人には『リョウならいけるんじゃ』みたいには言った覚えがあるけど」
「ほら! それですよ、それ!」
ジャン・ジャックの言い訳に、指摘する涼。
「あ、あれはその場のノリみたいな……」
「ノリで死にそうになるんですから。人は頑丈じゃないんです!」
「人も頑丈になればいいじゃないか?」
「数億年の進化の過程で、いつか人も頑丈さを手に入れるかもしれませんが、今すぐは無理です」
ジャン・ジャックの適当な言葉に、首を振る涼。
こうしてみると、涼はとても常識人に見える。
そう、実は涼は常識人なのかもしれない。
……はい、言い過ぎました。
「まあ、ちょっと待っておれ。いくつか時間のかかるものもあるが……調達したら、この甲板に落とせばよいか?」
「ええ、よろしくお願いします」
レオノールの確認に頷く涼。
もちろん、ミャン・マー航海士が頷くのを確認している。
「よし、ジャン・ジャック行くぞ」
「なんか、また俺、働かされるんじゃ……」
「当たり前じゃ! あの二人にも働いてもらうぞ!」
「えぇ……」
人は、口から出した言葉に責任を持たねばならない。
悪魔も、口から出した言葉に責任を持たねばならないようだ。
涼はその光景を見て、昔の人は本当に凄いなと考えていた。
『 沈黙(ちんもく) は 金(きん) 』。
まさに 至言(しげん) 。
余計な言葉を吐かなければ、いらぬ責任をとることもない。
侮辱(ぶじょく) 罪や 名誉棄損(めいよきそん) 罪に問われることもない。
言葉を吐いた人は必ず言う……そんなつもりじゃなかった。
関係ないのだ。
全ては、言われた側が決める、決めることができる。
言葉を吐くだけで、 生殺与奪(せいさつよだつ) の権利を他の人にくれてやっている……考えてみれば本当にとんでもない。
なんて恐ろしい。
そんな言葉の責任をとることになった悪魔が一人……引きずられて『門』に消えていった。
第一甲板上に 静寂(せいじゃく) が戻った。
いや、それは間違いだ。
レオノールとジャン・ジャックが『門』から現れた瞬間から、第一甲板上にいた者たちの視線は二人に釘づけになり、ずっと無言のままだったから。
涼と、涼の問いに答えたミャン・マー航海士以外は、誰も口を開かなかった。
「ラー・ウー船長、とりあえずあとは待つだけです」
涼がラー・ウー船長の方を向いて言った。
「……あ、はい。ありがとうございます」
ラー・ウー船長ですら、多少 呆(ほう) けていたらしい。
そして、ミャン・マー航海士と共に、食料が届いた場合の荷の移動と場所確保のために、船倉に降りていった。
「レオノールに調達してもらうとは、なかなかいい考えだな」
「でしょう? 正直、上手く引き受けてもらえるか分かりませんでしたけど……」
アベルが称賛し、涼もうまくいって良かったと頷く。
もちろん、本当にうまくいくかどうかは全て持ってきてもらうまで分からないわけだが。
とりあえず後は待つだけ。
「いくつか時間がかかると言ってましたから、ゆっくりと待ちましょう」
「そうだな」
涼が言い、アベルが答えた瞬間だった。
ドドドン。
『門』が甲板と平行に生じ、中から穀物が入っていると思われる袋がいくつも出てきた。
「はやっ」
「すまん! 誰かこれを船倉に運んでくれ!」
涼が驚き、アベルが乗組員を呼ぶ。
ドドドン。
さらにいくつかの 樽(たる) が出てくる。
「すまん! これも頼む!」
ドドドン。
さらにさらに、野菜の入った木箱がいくつも出てきた。
「すまん! さらに追加だ!」
ドドドン。
果物の入った木箱も出てきた。
人が足りない。
「これって……」
「俺たちも運ぶしかない」
こうして、涼とアベルも届けられた食料を船倉に運ぶ仕事に駆り出された……。
最初の穀物が届けられてから二十分後。
第一甲板上は食べ物で埋め尽くされている。
届けられるとすぐに船倉に運び込んでいるのだが、追い付いていないのだ。
そこに、二人の悪魔が現れた。
「いやあ、壮観だな」
「リョウがおらんぞ?」
埋め尽くされた甲板を見てジャン・ジャックが頷き、レオノールが涼を探す。
荷運びに駆り出されていた涼はしばらくして戻ってきた。
「あ、レオノールとジャン・ジャック」
「リョウ、遅いではないか」
「いや荷物運びに駆り出されて……」
レオノールが責め、涼が理由を述べる。
ジャン・ジャックは、なぜか片足で立ち、両手を大きく広げて水平バランスをとっている……。
涼にはその意味は、全く分からない。
「言われた物は全て届けたぞ」
「いや船倉を見ると、どう考えても書かれてあった以上の量が調達されているみたいなんですが……」
「そうか? パストラとアルジェンタが調達した分もあるからな。全体では多くなったかもしれん。まあ、船が沈まなければ問題ないであろう?」
「あ、はい……」
そこに、アベルとミャン・マー航海士もやってきた。
なので涼はミャン・マー航海士に尋ねる。
「ミャン・マーさん、必要分は揃いましたかね?」
「はい、もちろんです。かなり多めにいただいたみたいで……。助かりました」
そう言ってミャン・マー航海士は、レオノールにダーウェイ式の礼で感謝した。
「うむ、気にするな。我への感謝は、リョウに回すがよい」
レオノールが 鷹揚(おうよう) に頷いて言った。
レオノールも 器(うつわ) がでかいな~と涼は感心する。
感心したのだが、次の一言で全て吹き飛んだ。
「これで貸し借り無しじゃからな。次に会う時は、また戦おうぞ」
「別に僕は戦わなくてもいいんですが……」
「ダメじゃ。リョウと戦ってリョウを殺すのは我じゃからな」
ニコニコ笑顔のレオノール。
言葉が含む 不穏(ふおん) さと、素敵な表情との落差はかなりのものだ。
「まあ、その辺はとにかくとして。助かりました、ありがとうございます」
涼はそう言って、丁寧に頭を下げた。
後ろでアベルも無言のまま頭を下げている。
そう、親しき中にも礼儀あり。
「うむ、ではまたな」
「リョウ、俺とも戦っ……痛い! こらレオノール、耳を引っ張るな、おい……」
レオノールとジャン・ジャックは『門』に消えていった。