作品タイトル不明
0636 その後
「う~ん……」
「リョウ!」
涼の耳に、懐かしい声が飛び込んできた。
目を開けると、声の主が。
「アベル……ここは……?」
涼はアベルを確認すると、周囲を見回し状況を確認する。
自分はベッドに寝ているようだ。
手で触ってみると、お腹は 塞(ふさ) がっている……誰かが<エクストラヒール>などをかけてくれたのかもしれない。
さすがに各国首脳が集まっていれば、その 随行員(ずいこういん) の中にハイレベルな治癒師もいるのだろう。
涼が横になっているベッドが置かれている部屋は、学校の保健室みたいな感じだ。
「ここは、最高評議会内の医務室だ」
「ああ、どうりで」
学校の保健室に似ていると思ったのは、間違っていなかったらしい。
「戦闘音が聞こえなくなってからも、誰も出てこなかったから会議室に戻ったら氷漬けになったヘルブ公と、床に倒れたリョウがいたんだ」
「そうでした! ヘルブ公は? ちゃんと氷漬けは維持されてます?」
「大丈夫だ」
「右手首から先と剣……聖剣タティエンとか言うらしいですけど、それは?」
「右手? 剣も無かったぞ?」
「なんですと……」
涼は確かに、ヘルブ公の右手首を斬り落とした覚えがある。
右手と一緒に剣も床に落ちた……それがない?
少し気持ち悪さを感じるが、今のところ大きな問題ではない……と思う。
多分。
その後、多くの首脳たちが医務室を訪れ、涼に感謝した。
さすがにまだ涼に無理をさせてはいけないと思い、皆、すぐに出ていったが。
最後に入ってきたのは、アティンジョ大公国のズルーマ。
かつての二等書記官。
現在は、外務事務次官に昇進しているらしい。
「リョウ殿、ヘルブ公を止めていただき感謝いたします」
深々と頭を下げた。
それは心からの感謝のこもった礼。
最初に会った時から、ずっと 怒鳴(どな) られた記憶しかない涼とアベルだが、ズルーマに悪い印象を持ってはいない。
アティンジョ大公が亡くなり、ヘルブ公が氷漬けとなっている現状では、この外交団の責任者はズルーマ外務事務次官なのだそうだ。
「閣下を……ヘルブ公を、公都にお連れしたいのですが、ご協力いただけますか?」
「もちろんです」
涼は一も二もなく頷く。
そして、気になっていたことを尋ねることにした。
「他国の人間が口をはさむべきではないのでしょうが……大公が亡くなり、大公弟も動けない状態になったのですが、大公位は……」
「大公陛下にもしものことがあった場合、公子バッシュ殿下が大公位を継がれることが決まっております」
「ああ、良かったです」
さすがアティンジョ大公は、すでに手を打っていたのだ。
詳しい段取りはまた後程と言って、ズルーマも医務室を出ていった。
残されたのは涼とアベルの二人。
アベルは気付いていた。
涼の表情が、ずっと硬いことに。
もちろんその理由は分かっている。
「リョウのせいじゃない」
「え?」
「ヘルブ公を氷漬けにせざるを得なかったこと、気にしているだろう?」
こういう時のアベルの口調は優しい。
涼の苦悩を理解しているから。
「そもそも命を絶てと言われていたのに、殺さずに暴走を止めたんだから」
「でも……もう少しうまくやれたんじゃないかと思ってしまうんです」
涼も、アベルが言っていることは理解している。
少なくとも、頭では理解している。
だが、心は 偽(いつわ) れない。
「たとえば魔人を封印するみたいな感じで、錬金術を使って幻王を封印するとか……」
「なるほど」
涼が具体的な話をしたことで、アベルも完全に理解した。
そう、もっと錬金術を鍛えておけばという 悔(く) い。
「魔人を封印するために、ケネスとフランク・デ・ヴェルデが協力して錬金道具を作り、戦場に持っていった」
「その二人が!? 現代における錬金術師の頂点と言ってもいいじゃないですか」
「魔人の力を削いで、考えられる完全な状況を整えて魔人を捉えたのだが……結局、封印できなかった」
「なんと……」
「あの二人でもできなかったのだ。力ある者を封印するというのは、本当に難しいということだ」
アベルは小さく首を振る。
涼も無言のまま頷いた。
逆に言えば、数百年の昔、魔人を封印した者たちが異常なのだ。
伝説ではリチャード王によると言われているが……なるほど、伝説に 謳(うた) われるほどの錬金術師でなければ不可能なのかもしれない。
「錬金術の道は遥か遠くまで続いています」
「確かにな」
二人は小さくため息をついた。
涼はしばらく考えた後、静かに言った。
「いつになるか分かりませんけど……必ず、幻王を倒します」
「幻王を倒せば、ヘルブ公が乗っ取られることがなくなるからか?」
「ええ。そこを解決しないまま解放するのは無理です。今もまだ、乗っ取られたままの可能性の方が高いですし」
「確かにな」
涼の言葉にアベルが頷く。
「首を斬り飛ばして心臓を貫くか」
「殺さない方法もあるかもしれません」
「ん? 幻王を殺さないでヘルブ公を自由にする方法か? あるかそんなの」
「説得です」
「……は?」
アベルは 素(す) っ 頓狂(とんきょう) な声をあげる。
「幻王を打ち倒した後に命を取らずに、 滔々(とうとう) と言って聞かせるのです」
「争いの愚かしさを、暴力の恐ろしさを、そしてアベルの 理不尽(りふじん) さを……」
「先に言われた……」
アベルに先に言われ、 愕然(がくぜん) とする涼。
「同じ手が何度も通じるほど世の中は甘くないぞ」
「おそるべし……ボケ潰しのアベル」
「その二つ名は、なんか嫌だな」
そう言うと、二人は笑った。
これまで、涼は何度かアベルの命を救ってきた。
だが理解している。
涼の心は、アベルによって救われていると。
今回のように、何度も何度も……。
翌日。
東方諸国合同会議は終了し、各国代表団は自治都市クベバサを後にした。
涼とアベルは、氷漬けのヘルブ公をアティンジョ大公国首都カムフォーまで運ぶ。
ズルーマが団長代行となったアティンジョ大公国外交団と共に。
ダーウェイのリュン親王からも許可を貰っている。
同時に、その役目を終えた後、アティンジョ大公国からダーウェイに戻るための足として公船第十船を使う許可が下りていた。
涼は辞退したのだが、リュン親王だけでなくシオ・フェン公主からもぜひにと言われれば、さすがに断り切れない。
第十船船長ラー・ウーも笑顔で頷いた。
第十船は、アティンジョ大公国の港町ホイアンに回航される。
涼とアベルは首都カムフォーで役目を終えた後、港町ホイアンに移動してそこから第十船に乗って、帝都ハンリンに戻るという日程であった。
後日の再会を期して、二人はリュン親王、シオ・フェン公主らダーウェイ外交団と別れた。
ダーウェイ本国で、まさかあんなことが起きているとは想像もできずに……。