軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

0066 消えた調査団

その頃、王立中央大学の調査団約千名は、十一層の終わり、十二層に降りる階段前に到達していた。

元々、大海嘯の原因は三八層以下にいた魔物、と考えている総長クライブ率いる中央大学の調査団である。

十一層の調査も本格的には行わず、先を急いでいたのだ。

だが、この階段前で、さすがに無視できないものを発見していた。

「やはり、これは別の空間に繋がっていると?」

「はい。それは間違いありません。ただ、どこに繋がっているのかは、詳しく調べてみないことには……」

総長クライブの問いに、魔法学部の研究者が答えた。

「わかりました。これが大海嘯発生に関係している可能性があります。便宜上『門』と呼ぶことにします。機材を設置して、この『門』を徹底的に調べてください」

総長クライブの指示に従い、運ばれていた機材が降ろされ設置されていく。

クライブが『門』と命名したものは……ダンジョンの壁に生じた、黒い入り口であった。

高さ約五メートル、幅約四メートル。

入口は黒くなっており、中の様子をうかがい知ることはできない。

魔法学部の研究者たちが、いくつかの魔法と魔道具を使って調べた結果、別の空間に繋がっていることはわかっていた。

少なくとも過去に、中央諸国においてこのようなものが存在したという記録は無い。

そうであるなら、この『門』が大海嘯に関連したものである可能性は非常に高い。

総長クライブら中央大学の調査団の当初予想とは違うものではあるが、クライブは決して無能ではない。

自分らの予想が間違っており、この十一層が大海嘯の発生に何らかの影響を与えている。

その中心に、この『門』がある。

それらの事実を受け入れるのにやぶさかではなかった。

(想定とは違いましたけど、先を急いだかいはありました。他の調査団よりも先に、これの調査に取り掛かれたのは大きなアドバンテージでしょう)

総長クライブが、他に先駆けることが出来たことに満足している間にも、後ろから続々と機材の搬入、研究者の流入が続いていた。

破局は、突然訪れた。

それも、バカバカしいほどの理由によって。

その一部始終を、総長クライブは視界の端で捉えていた。

疲労困憊の中、二人で重そうな機材を運んでいた荷物運びの片方が、足を滑らせたのである。

なんとか転ばないように壁に手をついて身体を支えようとしたら……その壁がちょうど『門』であった……。

文字にすると、ただそれだけである。

ただそれだけであるのだが……起きた事象は激烈なものだ。

一瞬にして、クライブたち中央大学の調査団は全員、その場から消えた。

第十一層にいた人間が、全員消えたのである。

そして、十一層だけではなく、十層の人間たちも、同じように消えていた。

その時、十層には、赤き剣と宮廷魔法団の調査団がいた。

大海嘯の学術調査団は、三つの組織から送り込まれている。

総長クライブを頂点とする王立中央大学の調査団。

顧問アーサー率いる宮廷魔法団の調査団。

そして、主席教授クリストファー・ブラットが指揮する魔法大学の調査団。

魔法大学の調査団は、前二者に比べ、決して早い行動を取ってはいない。

未だに、調査団の人員誰一人としてダンジョンに潜ってすらいないのである。

だが、クリストファー教授の元には、大海嘯調査における多くの情報が集まってきていた。

彼は、中央大学と宮廷魔法団、両方の調査団内に、すでにスパイ網を確立していたのだ。

そもそも、今回の調査団において、最も意欲的であったのは中央大学総長クライブである。

それはもちろん、王国学術長の地位を手に入れる為。

そのことは、魔法大学も宮廷魔法団も理解していた。

そして別段、問題とはしていなかった。

クライブが学術長の地位に就きたいのであれば就けばいい。

ただ、中央大学の調査団のトップとして総長クライブが出てくると、魔法大学も宮廷魔法団も、それなりの地位の者をトップに据えて調査団を送り出さねばならなくなってしまう。

そこに頭を痛めてはいた。

たいした力の無い者をトップに据えて送り出せば……総長クライブにいいようにこき使われることは目に見えている。

こき使われるだけならまだしも、魔物との戦闘において矢面に立たされ、人的資源を失うことになっては目も当てられない。

どう考えても、中央大学の人材よりも、魔法大学と宮廷魔法団の人材の方が戦闘の経験が多いことを考えると、そういう使い方をされてしまうであろう……。

それを避けるために、二陣営は頭を悩ませたのである。

そして出された結論。

宮廷魔法団は、魔法使いとしての実績、経験において著名な顧問アーサーをトップに据えた。アーサーであれば、総長クライブと言えども軽々に扱うわけにはいかない。

それほどの国の重鎮である。

一方の魔法大学は、総長クライブにも比肩する腹黒さ……もとい、清濁併せ呑む人物であり、次期魔法大学学長に最も近いと言われるクリストファー主席教授を送り出した。

そんな意図で送り出されたクリストファー教授であるからして、至上命題は人材を失わないこととなる。

あわよくば、大海嘯に関する何らかの調査結果を手に入れることが出来れば重畳。

クリストファーの心の中では、その程度に割り切りをされていた。

情報収集の手法に関しても、先に入った二陣営からの横流し……人材の損耗が一番なさそうなのは確かである。

情報提供をしてくれる者に対しても、後の魔法大学への転籍をちらつかせたり、研究室を準備しているなどと、若い研究者にとっては喉から手が出るほどの条件を提示していた。

もちろん、それらの約束を反故にするつもりはない。

きちんとリクルートするつもりであるし、その地ならしもすでにしてある。

クリストファー教授は、清濁併せ呑む人物であるし、決してきれいごとにこだわるわけではないが、約束したことは守る男だ。

また、学内の権力争いにおいて、敵対勢力には容赦しない男であるが、純粋に研究だけに没頭する研究者たちに、何かを要求するようなことは無かった。

研究費の分配も、研究内容と実績に基づいて行っていたために、純粋な研究者たちからの人気も高い。

何も無理をしなくとも、次期学長の座を確実視されているのには、理由があるのだった。

そんなクリストファー教授指揮の元、魔法大学の調査団がいよいよダンジョンに潜ろうとしていた。

このタイミングで潜る理由は、もちろん中央大学の調査団が発見した『門』の情報が上がってきたからである。

(調査そのものは中央大学にさせて、我々は近くにいるだけでいいだろう。さすがに、ずっと地上にいたままのはずの魔法大学が、どうしてそんな詳細なことを知っているのか、とか言われたら厄介だしな)

クリストファー教授は、誰にも気づかれないほど、ほんのわずかに笑った。

魔法大学の調査団の数は千人を超える。

だが、ダンジョンに潜るのは、大学関連は五十人ほど。

残りは、ルンの街で雇ったC級冒険者たちが百人ほどである。

この百人というのは、現在ルンの街にいるC級冒険者、ほぼ全員。

この魔法大学の調査団がC級冒険者を先に雇ったために、中央大学はD級冒険者しか雇えなかったのだ。

その、中央大学に雇われたD級冒険者たちが、ダンジョン入り口から第11層まで配置され、物資の輸送路が確保されていることも、クリストファー教授は把握していた。

つまり、このダンジョン入り口から第十一層まで、ノーリスクで行けるのである。

魔法大学の労力によらずして。

「では潜るか」

クリストファー教授を先頭に、魔法大学の調査団がいよいよダンジョンに潜ろうとした時、事件は起きた。

目の前にいたD級冒険者たちが一瞬にして消えたのだ。

「なに……?」

「き、消えた……」

「何が起きた?」

ダンジョン内にいた人間が消えたのだ。

入り口近くにいた冒険者も、階段を少し下ったあたりにいた冒険者も、一瞬にして……。

「全員後退。ダンジョンから離れろ」

決して大きくないクリストファー教授の号令によって、決して機敏な動きではないものの、魔法大学の調査団は後ずさりしながらダンジョンから離れた。

(これはまた……何か起きたみたいだが……)

クリストファー教授はため息をついた後、空を見上げた。

「厄介な調査になってしまった……」

呟いた言葉は、誰の耳にも届かなかった。

ダンジョン入り口の周囲、二重防壁に囲まれた内側には、いくつもの大型天幕が設営されている。

その中には、大海嘯時に破壊された冒険者ギルド出張所の代わりとなっている物もあった。

出張所代わりと比べても一際大きな天幕、それは宮廷魔法団の分析班の天幕である。

そこは、魔道具である残留魔力検知機から送られてくる情報を収集し、分析する分析魔道具が設置され、多くの研究者が詰めている天幕となっていた。

その天幕の中には、イラリオンからのアベルへの手紙を届けた水属性魔法使いナタリーもいた。

宮廷魔法団付きの魔法使いとして今回の調査団に加わっているものの、まだ未成年であるナタリーは、分析の補助……読み上げられるデータを紙に記入したりする仕事……をすることが多かった。

この日も、そんな仕事をしている時に、事件は起きた。

「あれ?」

それは決して大きな声ではなかった。

だが、ナタリーは読み上げの聞き取りをしていたために、耳に入ってきたのだ。

「検知機が消えた……」

この天幕で『検知機』と言えば、ダンジョンに潜った班が使っている『残留魔力検知機』のことである。

風属性魔法の<探査>を使って、ここの分析魔道具と繋がり、常に情報を送ってくるのだ。

その検知機が、消えた?

「一瞬だけ反応が……四十層? あれ? なんでそんなところに……ああ、また反応が消えた」

その時、天幕の外から一際よく通る声が聞こえてきた。

確か今は、魔法大学の調査団がダンジョンに潜ろうとしていたはず……。

「急いでギルドに知らせろ」

その声は、魔法大学のクリストファー教授の声。

指示を出しながら、その声の主は、ナタリーのいる天幕に近付いてきた。

そしておもむろに入り口を開けて入ってきて言った。

「私は魔法大学のクリストファーだ。現在の、ここの責任者は誰だ?」

「はい、私です」

先ほどまで検知機の反応を探っていた男性ロッシュが手を挙げた。

「よし。これは調査団の幹部として、また国王陛下より全権委任された一人として尋ねるが、先ほど、ダンジョンの中で何らかの異常が発生しなかったか?」

「そ、それは……」

さすがにこれは答えていいのかどうか、非常に難しい事であった。

確かに、一つの『学術調査団』として派遣されてきているが、それぞれの出身組織ごとに明確に分かれて調査を行っている。

調査団の幹部とは言え、その命令に答えていいものかどうか……。

「君の立場はわかる。まず、こちらが掴んだ情報を提供しよう。先ほど、ダンジョン内で人が消えた」

「えっ!」

ロッシュの目は驚愕に見開かれた。

彼が見ていた検知機も消えたのである。

検知機だけが消えたと考えるよりも、使用している人たちにも何か起きたと考えるほうが、よりあり得ることだ。

「その表情だと、こちらでも消失を確認したわけだな」

「は、はい……」

事ここに至っては、情報を隠すわけにはいかない。

そんな場合ではない何かが、ダンジョンの中で起きたことを、ロッシュも感じていた。

「魔法団がいたのは十層だな?」

クリストファー教授の問いは、ただの確認である。彼のスパイ網は、魔法団が十層、中央大学が十一層にいたことを伝えていたからである。

「魔法団が使っている検知機は、我が魔法大学も製作に関わっている。そのために私も中身を理解しているのだが……」

隠す必要はない、正直に答えろという圧力だ。

「風属性魔法を使って、常時情報を送ってきているはずだ。場所の情報も含めて。消えた後、何か反応が無かったか?」

「一瞬だけありましたが……すぐに消えて、現在は接続が切れています」

「一瞬あった? その時の場所は?」

「表示は、四十層と……」

「四十だと……」

さすがにクリストファー教授も愕然とした。

過去の冒険者は、三八層までしか到達していない。

もちろんそれは、三九層以下への到達が絶対不可能というわけではない。

不可能というわけではないが……そもそも三十層より下は、B級パーティーでも探索が困難となる階層なのだ。

クリストファー教授の手元にある冒険者たちはC級冒険者百名……宮廷魔法団が消えたということは、同行していたB級パーティー『赤き剣』も消えたということである。

そうなると、このC級冒険者百名というのは、現在実質的なルンの街における最高戦力……だがそれですら、四十層となると、確実に到達できるかどうか不明なのだ。

「とりあえず冒険者ギルドに使いをやってある。すぐにギルドマスターもこちらに来るだろうから、その時は君も今の件を報告してくれ」

「はい、わかりました」

ロッシュは弱々しく答えた。

クリストファー教授を含めて、そこにいる誰しもが、この先どうすればいいのか……絶望に打ちひしがれていた。

いや、ただ一人、顔を上げ、動き出した人物がいた。

ナタリー・シュワルツコフただ一人、天幕を出て、大通りを南に走って行った。