軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

0528 訓練終了

離宮襲撃事件から三週間。

首都ジョンジョンは、平和であった。

特にスー・クー邸は、その中心にあったと言っても過言ではない。

「貫け!<アイシクルランス16>」

庭に響く涼の詠唱。

その全てを剣で弾く音。

「まだまだ! 再び貫け!<アイシクルランス32>」

倍増した氷の槍を、再び剣で弾く音。

「お見事です。少し休みましょう」

「はい……ありがとうございます……」

涼の言葉に、息も 絶(た) え 絶(だ) えに答えるミーファ。

少し形を変えた、ミーファの訓練風景だ。

「リョウの氷の槍を、三十二本でも弾けるというのは悪くないな」

「ありがとうございます!」

アベルが褒め、ミーファは疲労を隠せないながらも、嬉しそうに頭を下げる。

「悪くないどころか、ルン騎士団でもトップスリーに入りますよ! 片手剣にこだわるのなら、パリィ……弾き、流す技術は必須ですからね」

「王国最精鋭のルン騎士団で上位三人に入るほどか!」

涼の言葉に、アベルが嬉しそうに頷く。

弟子の成長は、師匠にとって最も嬉しいものだ。

「あの、ルン騎士団というのは……?」

ミーファは、 椅子(いす) に座り疲労の回復に努めながら質問した。

「俺たちの、ナイトレイ王国で最も強力な騎士団の一つだ。ああ、騎士団というのは……なんというか、戦闘集団だ」

「剣や槍、盾を使って、戦場で敵を倒すために日々訓練を繰り返す人たちです。冒険者以上に、戦うプロですね」

アベルと涼が説明する。

ミーファは、中央諸国の知識がほとんど無いため、騎士団の説明からだ。

「そんな人たちと比べても大丈夫なくらいに……強くなれているのでしょうか」

ミーファが心配そうに問う。

「うん、大丈夫!」

涼が、右手親指を立てて、サムズアップで保証する。

サムズアップをした後、涼はミーファの片手剣を見る。

じっと見る。

「あの、リョウさん?」

「おいリョウ、ミーファが気味悪がっているぞ」

ミーファとアベルが、片手剣をじっと見る涼に声をかける。

「ああ……ミーファが片手剣にこだわるのって、もしかして、ダーウェイでは片手剣が主流だったりするから?」

「え……」

涼の指摘に驚くミーファ。

「いや、 御史台(ぎょしだい) で話した時に、ダーウェイでは片手剣が主流だとボッフォさんが言っていたんですよね。で、ミーファは公主様の侍女として向こうの宮廷に行くでしょう? そこで、 荒事(あらごと) になって敵の武器を奪っての戦闘になったら、片手剣で戦うことになる……であるのならば、片手剣の扱いに慣れた方がいい、だから今のうちから鍛えている……?」

「はい、まったくその通りです」

先ほど以上に、大きく目を見開き驚いた表情で、ミーファは頷いて涼の推論を 肯定(こうてい) した。

涼は、何度か頷いたが、アベルを見て頷くのをやめた。

「アベルは全然驚いていませんけど、まさか知っていたんですか?」

「知っていたわけではないが、そういう理由だろうとは推測していた」

「くっ……それが上から目線の態度になっている理由ですか!」

「別に上から目線ではないだろうが」

なぜか涼が悔しそうに言い、アベルは苦笑する。

「昔から、ダーウェイの辺り……中央諸国では『東国』と呼んでいる辺りでは、片手剣が主流だと聞いていたからな。だから、その辺の理由かなと思っていただけだ」

「教育の力……恐るべし」

「まあ、ギリギリ両手で握ろうと思えば握れるんだろうが……バスタードソードに比べても短いからな」

「剣の長さや柄の長さは、どう使うかによって決まっていますからね。何の理由もなく決まっているわけではありません。武器というのは、命が懸かっています。自分の命、守るべき大切な人の命、そして……敵の命。長さ、重さ、太さはもちろん、その全てが機能性の極み。それが武器の形状だと思います」

涼もアベルも、剣を使う。

だが、二人の剣の形状は違う。

長さも、重さも、重心の位置も、もちろん手で握る柄の長さも。

その全てが、必要があって、『その長さ』になっている。

「ミーファは、シオ・フェン公主を守るために、全てを捧げるんだな」

「はい、師匠」

アベルが、とても優しい目でミーファに確認し、ミーファは力強く頷いた。

そこだけは、絶対にぶれない、ミーファの最も 根幹(こんかん) をなす部分だ。

「よし! では訓練の続きをしましょう。持久力があるというのは、生き残る確率が上がるのと同義です。頑張りましょう、ミーファ」

「はい! お願いします!」

涼が再びの訓練を促し、ミーファも立ち上がって庭の中央に歩いていった。

それを見ながら、アベルは言う。

「持久力の塊であるリョウが言うと説得力があるな」

「最後まで立ち続けた者が、生き残りますからね。疲れて動けなくなって、相手の攻撃を防げませんでしたとか、悲しいでしょう」

「違いない。よし、俺も混ぜてもらおうかな。リョウ、俺にも氷の槍を放ってくれ」

アベルはそう言うと、椅子から立ち上がり、庭の中央に歩き始めた。

「え? アベルもやるんですか?」

「ああ。できるだろ?」

「もちろんできますけど……アベルへの槍は、先を丸めない 尖(とが) ったやつにしましょう」

「いや、それは、もしも失敗すると死ぬから、やめて欲しい……」

「そうですか? じゃあ、アベルは二百五十六本から始めましょう」

「それ……無理だろ……」

そんな三人が訓練を行っているスー・クー邸の応接室では、スー・クーとモゴック局長が話し合っていた。

ちなみにモゴック局長は、奥方と共に、シオ・フェン公主の輿入れにお供するミーファの見送りに、ミファソシから来たのだ。

「公主様の出立は三日後。なんとかそれまでに、デザイ騒動の背後関係が、ある程度は明らかになりましたね」

「はい。ですがというか、やはりというかデザイに資金提供していた……」

「そう……ダーウェイの次期皇帝位争いの余波ですね。三人の親王の誰なのかまでは分かりませんでしたが」

モゴック局長もスー・クーも、顔をしかめている。

さすがに、ボスンター国内での調査では、ダーウェイの次期皇帝位を争う三人の親王の誰からの資金提供なのかまでは、解明できなかった。

そして、当然のように、調査の途中でデザイは死んだ。

獄中で、自殺……。

「自殺を装ってはいたが、十中八九……」

「口封じでしょうな」

スー・クーが推測し、モゴック局長も同意する。

今回の自殺により、御史台もかなり慌ただしくなったらしい。

「確か、皇太子であった第一皇子が亡くなってから、ダーウェイは乱れたのであったな……」

「おっしゃる通りです。その後、三人の皇子が、親王に進みましたが……未だ新たな皇太子が立てられていないということは、ダーウェイ皇帝も迷っているのでしょう」

「第二皇子、第三皇子、それと第四皇子であったか……。それというのは、親王に進んでいない、例えば第五皇子や第六皇子などは……」

「はい。次期皇帝位の候補として入っていないということになります。もちろん、今後、親王位に就かれれば可能性は出てきますが……周りからも、遅きに失したと認識されるでしょう。おそらくはもう目はないかと」

「まあ、目がないとなれば、有力者たちも担ぎ出そうとはせんだろうな」

スー・クーは、盛大にため息をついた。

ダーウェイは、巨大である。

その絶対君主である皇帝の力も、巨大である。

そんな皇帝の位に就くためであれば、なりふり構わない。

そもそも争いに敗れれば、その後の命の保証はないのだ。

新たな皇帝より、死を 賜(たまわ) る可能性が高い。

「そんな次期皇帝位争いの外にある第六皇子に嫁ぐのに、故国で命を狙われるとは……」

「いろいろと仕方ないとはいえ、やるせないですな」

スー・クーもモゴック局長も、 聡明(そうめい) なシオ・フェン公主の事が好きだ。

そんな公主が、権力争いに巻き込まれるのは見たくないのだが……。

彼らがどうにかできる事ではない。

それもまた理解している。

「せめて、ミーファをはじめ、供としてついていく侍女たちが、公主様の慰めとなってくれれば良いのだがな」

スー・クーの言葉に、モゴック局長も頷いた。

翌日、夕方。

スー・クー邸の庭で、アベルとミーファの模擬戦が行われている。

庭の周りに置かれている椅子には、いつものように涼が座っているが、今日はそれだけではなかった。

屋敷の主スー・クー、ミーファの両親であるモゴック局長と奥方も椅子に座って見ていた。

今日が、ミーファの訓練最終日である。

「よし、それまで!」

アベルが、訓練の終わりを告げた。

ミーファは息が上がっている。

今日は、ほぼ丸一日、連続戦闘が行われ、最後はアベルとの全力の模擬戦。

当然、疲労の極にある。

だがミーファは、剣を鞘に納め、直立不動となる。

そして、深々とアベルに一礼した。

「ありがとうございました!」

声はかすれていたが、はっきりと、そして心の底からの感謝を込めて。

「ミーファ、これまでよく頑張った」

そう言う、アベルの視線は優しい。

「今、俺がミーファに伝えられるものは、全て伝えたはずだ。もちろん、剣の道はまだまだ遠くまで続いている。俺も、道半ばだからな。だから、これからもしっかりと練習に励めよ」

「はい」

「ああ、そうだ」

アベルが、思い出したように言うと、すぐその右後ろには、いつの間にか涼がきていた。

何かを、両手で捧げるように持っている。

アベルはそれを受け取ると、ミーファの方に差し出した。

「これは、師匠から旅立つ弟子への手向けだ。持っていって欲しい」

「これは……」

アベルが手渡したのは、長めの短剣であった。

剣と言うには少し短いが、短剣と言われて想像する物よりは少し長い。

刃渡り五十九センチの短剣。

「御史台に確認したら、この長さならダーウェイ後宮で護身用に持っていても大丈夫らしい。式典などでは無理だが、普段の後宮なら。申請が必要らしいが、シオ・フェン公主が申請してくれるそうだ」

「これで、公主様をお守りします……」

ミーファは受け取ると、ボロボロと涙を流し始めた。

アベルは、少し困った顔をしている。

こういう時に、気の利いた言葉をかけるのが苦手なのだ。

助け舟を出したのは、ミーファの両親であった。

「アベル先生、ミーファのご指導ありがとうございました」

「先生には、何と言っていいか。以前のミーファの剣も、それなりのものだと思っていましたが、今みせていただいたものは、全く別物でした。まさかこれほどまでに成長するとは……」

奥方とモゴック局長が、アベルに感謝する。

「全てはミーファ自身の努力の 賜物(たまもの) です。今夜、疲労がピークに達するでしょう。屋敷で、ゆっくりと休ませてやってください。若いので、一晩寝れば、明日には回復しているでしょうが」

アベルは微笑みながら答えた。

その間も、ミーファは立ったまま泣いている。

それを、後ろから優しく支えるモゴック局長と奥方。

そこには、家族の愛があった。

モゴック家三人がスー・クー邸を去った後、涼とアベルはスー・クーの執務室に呼ばれる。

「明後日、シオ・フェン公主が 輿(こし) 入(い) れのため、出立される」

スー・クーの言葉に、頷くアベルと涼。

「アベル殿も、ミーファの訓練が終わるまでは留まるとおっしゃっていたが、そのミーファも公主と共に出立する。となれば、お二人も北、つまりダーウェイに向かわれるのであろう?」

「ああ。ダーウェイを抜けて、中央諸国に戻る予定だ」

アベルは、はっきりと言い切った。

「公主様の輿入れに入れ込めば楽だったのだが、さすがに国の事業故、無理であった」

スー・クーの無茶な言葉に、アベルも涼もさすがに苦笑する。

シオ・フェン公主本人は、むしろそれを望むかもしれないが……だからといって、そうはいかない。

ダーウェイ本国から輿入れの責任者がきて、ボスンター国の護衛と協力して、輿入れが行われるのだ。

「輿入れは、十隻の船団で、お披露目を兼ねてダーウェイの港に寄港しながら、帝都ハンリンに向かう。最初の寄港地は、ダーウェイ最南部、港町ランダなのだが……」

スー・クーは、そこで一度お茶を飲んで、のどを潤した。

そして、言葉を続ける。

「このジョンジョンからランダの街まで、輿入れ船団の後ろに商船が続く。お見送りのようなもので、東方諸国の慣習の一つとなっている。その商船になら、お二人を乗せる余裕がある」

「おぉ!」

スー・クーの言葉に、思わず涼が声をあげる。

「もちろん、それらの商船は、港町ランダで交易をおこなって、このジョンジョンにまた戻って来るので、お二人はランダで降りていただいて、そこからは自力でダーウェイ国内を北上していただくことになりますが……」

「俺は、それで構わない」

「僕も、構いません」

スー・クーの提案に、アベルも涼も、一も二もなく承諾した。

「我が国発行の身分証明書は準備する。ただ、ダーウェイ南部では効力は期待できるが、正直、帝都近くまで行きますと、どうなるか……」

「まあ、何とかする」

「そう言っていただけると、助かる。それと、お二方の資産……多島海地域から持ち込まれたお金ですが、持ち運びしやすいように、信用状にしておこうか? ダーウェイに入って、ランダの街ででもダーウェイ国用の信用状に書き換えを行えば、あとはダーウェイのどこの銀行ででもお金を下ろすことが可能だ」

スー・クーの言葉に、うんうんと頷いていた涼であったが、最後の部分でびっくりして、大きく目を見開いた。

「今、銀行とおっしゃいましたか?」

「え? うむ、言ったが?」

「銀行とは何だ?」

涼が問い、スー・クーが頷き、アベルが知らない言葉を問う。

中央諸国にも、西方諸国にも、銀行は無かった。

冒険者ギルドが、代わりをしていた。

「冒険者ギルドが、冒険者の余剰金を預かっていて、国内ならどこからでも下ろせるじゃないですか? あれみたいな感じです」

「なるほど。それは便利だな」

涼が説明し、アベルが頷く。

それを見て、スー・クーは、中央諸国に銀行が無い事を察した。

「その辺りの手続きまで、お二人が乗る商船の者にさせよう」

「よろしいのですか?」

「もちろん。お二人に乗っていただく商船は、スー・クー号。私の、うちの商船ですから」

スー・クーはそう言うと、にっこり微笑んだ。

「代官なだけでなく、商人でもあったのですね。どうりで、この立派なお屋敷……」

「以前は、冒険者か何かをされていたと思っていました」

涼とアベルが述べる。

「どちらも正解だ。実家とは別に、冒険者時代に得たお金を元手に商売を始めた。主力製品は馬だが、他にもいろいろと」

「ヴォーグは、これを見習うべきだったんじゃないか……」

アベルの呟きは、誰にも聞こえなかった。

二日後。

シオ・フェン公主の輿入れ式が行われた。

そして、ジョンジョン市民に見送られて、輿入れ船団十隻が、ジョンジョンの港を発つ。

その後を追って、数十隻の商船がジョンジョンを出航した。

その中には、スー・クー号に乗った、涼とアベルもいる。

「ついに、超大国ダーウェイですよ! 楽しみですね」

「スムーズに抜けられるといいな」

涼もアベルも、笑顔を浮かべて未来に思いを馳せるのだった。