軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

0494 大公国大使館

アティンジョ大公国大使館前には、人が大勢詰めかけていた。

中には、涼とアベルが見た事のある人たちもいる。

「『嬉食庵』の店主か?」

「お? ああ、あんたたちか。さっきも来てくれたのに、悪かったな」

そこには、『嬉食庵』の店主もいた。

よく見ると、『食べ倒れの店』の大将や、他の店の料理人たちもいる。

「食材買い占めをやめてくれって、みんな言いに来たんだが……」

集まった者たちの要望は同じであった。

もちろん、料理店関係者だけではなく、市場そのものの関係者もいるようだ。

だが……。

「誰も出てこないし、説明もない」

「まあ、そうだろうな」

口々に説明してくれるが、アベルとしては大使館が何も言わないのも理解できる。

理由はただ一つ。

説明する義務はないからだ。

そして、大使館には勝手に入ってはいけない。

街の治安を預かる守備隊すらも、入る事ができないという慣例がある。

中央諸国や西方諸国全てにあるその慣例は、この東方諸国大陸南部においてもあるようだ。

集まった人たちの中に、街の守備隊かそれに類する所属に見えるものが混じっているが、彼らも何も行動できないという点からも推測できる。

その時。

「門をお開けいただきたい!」

朗々たる声が辺りに響いた。

アベルですら、一瞬誰の声か理解できなかった。

だが、一瞬後、理解できたのだが……。

「リョウって、そんな声が出せるのか?」

その呟きは、誰にも聞こえない。

涼からすれば、剣道をやっていたのだから、腹から声を出せるのは当然なのだが……。

しかし、大使館からは何も返答がない。

「入ってこいというのならば、門を開けていただきたい」

再び響く声。

だが、内容が意味不明だ。

どう考えても、最初の言葉との整合性が取れない。

そして、次の瞬間。

大使館の門が消えた。

そう、その場にいたほとんどの者が、『消えた』と認識した。

もし注意深く見る者がいれば、門が、驚くほど細かく切り刻まれたことに気付いたであろう。

そんな者たちであっても、何によって細かく切り刻まれたのかまでは分からなかったであろうが。

「リョウの水の線か」

ただ一人、<ウォータージェット>の情報を持っているアベルだけが、推測できた。

どちらにしろ、大使館の門は無くなった。

それは、開かれたと同義。

「魔法で消える門とは凄いですね! 門を開けてくださったこと、感謝いたします!」

三度(みたび) 、響く涼の声。

大使館の人間は仰天していた。

当然であろう。

門が、突然無くなったのだから。

もちろん、門が消える魔法的機構など、備え付けられていない。

そもそも、開けるわけがない。

涼は、堂々と中に入った。

「入ってこいというのならば、門を開けていただきたい」と言った後、門が開いた……と解釈できる状態になったのだ。

入ってこいと言われたと思い、入ったのだ。

後で、そう言い訳できる。

誰しもが嘘だと認識できる事であっても、 体裁(ていさい) と 建前(たてまえ) 、あるいは形式を整えておけばまかり通る。

それが、外交の本質だ。

涼は、自らの言葉によって体裁を整えた。

そして、状況がその言葉通りに推移した。

だから、大使館に入った。

外交的には問題ない。

そして、ここは、外交の中枢たる大使館。

涼を、大使館への不法侵入で訴えるのは難しいであろう。

もちろん、それら全ては、『力』があるからこそなしえる。

その事を忘れてはいけない。

こちらに力がなければ、相手はかさにかかって圧力をかけてくる。

それもまた、外交の本質なのだから。

「ちょっと俺たちで話を聞きにいってくるから、みんなはここで待っててくれ」

アベルがそう言うと、大使館前にいた人たちは頷いた。

突然門がなくなり、「入ります」と言って魔法使いが入っていったが、自分たちまで入っていくのはさすがに 躊躇(ちゅうちょ) されたのだ。

アベルの言葉に従う方がいいであろう。

アベルは、誰も入ってこない事を確認すると、涼を追った。

想定外の門の消失により、大使館への侵入を許した大使館を守る大公国軍であるが、当然、すぐに対応を開始する。

門から歩いてくる、ローブを羽織った魔法使いを止めるために、周囲から襲いかかろうとしたのだが……。

ガンッ。

魔法使いに近づこうとしたとき、見えない壁にぶつかった。

「なんだ、これは!」

「<物理障壁>か?」

「やけに硬いぞ」

剣や槍で突くが、全く割れる様子がない。

「ああ、お出迎え感謝いたします。でも、大丈夫です。案内していただかなくとも、なんとなく分かりますから」

涼は、笑顔すら浮かべてそう言う。

普段の涼を知っているアベルは、その笑顔を見て、冷たい汗が背中を滑り降りるのを感じていた。

「すげー怒ってる」

そう呟いて。

涼が、館の前に到着すると、館の扉も消え去った。

2048本もの<ウォータージェット>で、瞬時に切り刻まれたのだ。

「開けていただき感謝いたします! 入ってこいということですよね!」

大使館前の門と同様に、 朗々(ろうろう) たる声でわざとらしく言う涼。

形式を整えておくのだ。

いちおう、スージェー王国大使館の園遊会に出ていたことは、大公国にも知られているであろうから、自分の行動が、あまりにスージェー王国の迷惑になるのはどうかと思う。

もっとも、独立国家たる自由都市に、軍を進駐させ、赴任した大使が併合する予定ですよなどと言っているのだから……今さらな気もするが。

館に入る涼。それについていくアベル。

もちろん、二人の前を塞ぐ形で、大公国軍人が並ぶのだが……。

(<アイスウォール> 移動)

「うおっ! か、勝手に見えない壁に押され……」

「なんだこれは?」

「おい、ちょっと待て!」

大公国軍人たちが、口々に何か言っている。

待て、とも聞こえるが、当然待つわけがない。

もちろん、涼もアベルも、目指す対象の部屋がどこにあるのかは知らない。

とはいえ、たいていの場合、偉い人は一階にはいない、ということは知っている。

この大公国大使館は、広いが木造二階建て。

二階にいるだろうという推測はできる。

突き進む涼。

これまで、一切の戦闘は起きていない。

<アイスウォール>に阻まれ、涼とアベルに触れる事ができないのだから、当然であろうが。

二階に上がった涼とアベル。

そこから、左右に廊下が延びているが、どちらに行けば求める対象がいるのかは分からない。

「一番大事な部屋は……」

涼は、普通の声の大きさで、独り言のように言いながら、右に進んだ。

前方を塞ぐ大公国軍の決意は固い。

死を賭して、魔法使いを防ごうとしているのが傍目にも分かる。

「ふむ」

涼は小さく呟くと、回れ右をして、階段から見て左手の廊下に向かい始めた。

もちろん、そちらにも大公国軍はいるが……正直、右手廊下を遮った者たちほどではないようだ。

「やっぱりこっちにしましょう」

涼は大きな声でそう言うと、再び回れ右をして、階段から見て右手側を突き進みだした。

<アイスウォール>で排除しながら。

「なっ、くそっ、何だこれは」

「見えないぞ? 見えないが押し出される……」

「<物理障壁>にしては固すぎる」

階下と同じ状況が繰り返され、戦わずして道が開かれていく。

突き進むと、奥に立派なドアが見えた。

その前にも、槍を構えた者たちがいる。

それを確認した涼。

「見つけました」

むしろ静かに、そう呟いた。

「<アイスアーマー ミスト2>」

涼が唱えると、涼とアベルの表面が、氷の装甲を纏う。

イリアジャ女王用に作った、見えにくい氷装甲だ。

「敵の本陣に突っ込みます」

「分かった」

涼は、いちおうアベルにそう告げた。

アベルも、それを受け入れた。

ここまできて、止める気は毛頭ない。

奥の部屋の扉を守る者たちも、見えない氷の壁でどけられ……涼が扉の前に立った瞬間、今までと同じように扉が消え去った。

中に入る二人。

部屋の奥には、余裕の表情で椅子に座る美男子。

その脇には、立ったまま顔を真っ赤にして怒りまくっている男性。

「お招きいただきありがとうございます。扉を開けていただいたので、こうしてまかりこしました」

涼が、 恭(うやうや) しく中央諸国式の正式な礼をする。

当然、完璧な儀礼。

涼は、ナイトレイ王国の筆頭公爵なのだから。