軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

0468 女王即位式

女王即位式当日。

涼とアベルは、二人で朝食を摂っていた。

いつもは、イリアジャ姫も一緒に食べるのだが、今日はいない。

即位式は、祖先や歴代の王などへの報告要素もある、霊的な側面も持つ式典だ。

そのため、即位する王や女王は、朝食は食べないらしい。

「朝食は大切なのに……可哀そうですね」

「まあ、王の体は、人間であって人間ではないからな」

涼がイリアジャ姫の健康を憂い、アベルが自らの経験から述べる。

「人間じゃない?」

「ああ。過去と未来を繋ぐ役割というか……王というものは、普通の人が手に入れる幸せは手に入らないだろう? もちろん、それを受け入れたうえで即位するし、俺は即位したが……」

「まあ、そうですね。普通の人が楽しむような……カフェ・ド・ショコラのケーキ全種類を食べるとか、王城食堂食べ放題を企画するとか、あるいは王都の露店五十店巡りとかはできないですよね」

「うん、どれも普通の人は楽しまないな」

「そうですか? じゃあ、嫌いな人を手あたり次第に氷漬けにするとか、アベルの足下を凍らせて滑って転ばせるとか、王国騎士団詰所を襲撃するとか……。そっち系の方が、より現実的ですかね」

「捕まるからな?」

涼の意見をすべて却下する国王アベル。

「アベルを見ていると、普通の人が手に入れる幸せを諦めた代わりに、善良な民を 虐(しいた) げる権力を手にしたのだと理解できます」

「なんだそれは……」

「イリアジャ姫には、そんな風にならないように、即位したらお話ししないといけません!」

決意に満ちた涼を横目に、小さく首を振るアベル。

そんな所に、護国卿カブイ・ソマルがやってきた。

「リョウ殿、依頼されていたブレスレットができ上がった」

そう言って、差し出されたブレスレットは、 精緻(せいち) な装飾が施された銀製で、中央にベイト・ボールから採れた青い魔石がはまっている、なかなか 瀟洒(しょうしゃ) なものだ。

「おぉ! いいですね! ありがとうございます!」

涼は受け取り、確認すると、感謝して頭を下げた。

そして、さっそく氷の板を出して、ブレスレットと繋いだ。

氷の板も、繋いだ水の線も、涼が魔法で生成したものだ。

だから、いつでも取り出し自由!

「三分で終わります。少々お待ちを」

「承知した。すまん、私にもコーヒーをくれ」

涼が、作業しながら言い、カブイ・ソマルは空いた椅子に座って、給仕をしている侍女にコーヒーをお願いした。

涼の作業を待っている間に、アベルとカブイ・ソマルの間で、会話が始まった。

話題は、王太子宮の事だ。

「王太子宮を封鎖したというのは聞いたんだが、王太子妃とジョルト殿だったか、その二人はどこに?」

「王太子宮の一角に、そのままお住まいだ。宮は広いからな。封鎖とは言っても、完全に人の出入りが無いわけではない。さすがに王太子宮となると、遂行される日常業務だけでも煩雑であるし。元々、怪しげな人の出入りはほとんどなかったから、宮の出入り口に、宮の守備兵だけでなく王城守備兵も立っている、という形だ」

アベルの問いに、カブイ・ソマルは顔をしかめて答える。

もっと厳しい措置を取りたかったのだろう。

だが、様々な事情から、現状まで持っていくのが限界だったのか……。

「あれだけ派手な事が起きたのだ。噂は広がっているだろう?」

「まあな。さすがに、王太子妃棟の一角が崩落したのだ。当然、様々な噂が巡る。王城の中だけでなく、王都でもだ。それでも……王太子妃は王太子妃なのだ」

「序列というのは厄介だな」

「まったくだ」

アベルが苦労を想像し、カブイ・ソマルは小さく頷いた。

きっちり三分後。

「よし、完成です」

涼はそう言うと、いろいろ試している。

そして、カブイ・ソマルに渡した。

「この、青い魔石部分をなでれば発動します。先日、姫様が 纏(まと) ったのと同じものです」

「ああ、感謝する、リョウ殿。昨晩、殿下に話したら、嬉しそうにされていた。やはり気丈に振る舞っていても、心配な部分はあったのだろう。右腕にお填めになるとおっしゃっていた」

カブイ・ソマルはそう言って受け取ると、部屋を出ていった。

「襲撃……あるよな、やっぱり……」

「あるでしょうね……。考えを変えて、諦めてくれれば一番いいのですが」

アベルはため息をつきながら言い、涼もため息をつきながら同意する。

「仮に、襲撃が、大陸の何とか大公国の手の者で、目的がジョルト殿を王位に就けることだったとして……。王位に就けたって、海軍とかが味方に付かないと意味ないと思うんです。その辺、どう考えているんでしょうね?」

「さてな。すぐに支配することが目的ではないのかもな」

涼の問いに、アベルはコーヒーを飲みながら答える。

「支配が目的ではない? スージェー王国内が、混乱していて欲しいということですか? 大陸南端の何とか連邦で内戦起こして、そこに介入するのが主目的で、多島海地域からちょっかいを出してほしくないと。だから混乱させておく?」

「そんな感じだ。そもそも、カブイ・ソマルの反乱が上手くいき、イリアジャ姫をすぐに即位させていたら……スージェー王国は、けっこう強くなってたんじゃないか? 支配者が変わるだけで、ガラリと変わる場合があるからな。もちろん、かなり上手くやらなきゃいかんが」

「そうなっていれば、引き起こそうとしていた大陸南端連邦の内戦に、スージェー王国が介入してくる……それは困るから護国卿を毒殺しようとし、姫様を殺そうとする……。う~ん……」

「成功すれば良し。失敗しても、王太子宮の軍や王太子領が火種としてくすぶるから、悪くはない。どっちに転んでも悪くない」

涼が納得しにくい顔をし、アベルも完全な自信があるわけではないが、とりあえず説明がつくことを言う。

「謀略って難しいですね」

「まったくだ」

涼もアベルも、謀略家には向いていないのかもしれない。

イリアジャ姫の女王即位式は、予定通り正午から始まった。

王城内にある、大謁見の間。

『大』と付くだけあって、広い。

コンサートホールのようなイメージだろうか。

だが、コンサートホールよりも、天井は高いように思える。

そして、基本、全員立ったままだ。

まあ、王が即位しようというのだから、それを座って見届けようとすれば、ある種、不敬かもしれない。

正面入口から、一番奥の玉座、王冠と宗教関係者と思える人物が待つ場所まで、赤い絨毯が敷かれている。

その通路を守るように、白い礼装に身を包んだ近衛騎士団が並ぶ。

イリアジャ姫は、そこを歩いていくらしい。

姫が王冠を受ける壇上に、ただ一つ玉座が置かれている。

その壇上直下に、王室に連なる者たちと、閣僚が並ぶ。

その後ろに、名誉職的な肩書を与えられている有力貴族たちが並び、涼やアベルが立つように言われた来賓席は、その後ろ、通路の真ん中より少し前方だろうか。

一人ひとりの間は、かなりゆったりとスペースがとられている。

どんな世界においても、偉い人たちは、ぎゅうぎゅうに詰められるのは嫌いなのだ。

広めのパーソナルスペースが必要である。

それは仕方ない。

そのため、涼もアベルも、隣とはゆったりのスペースが確保されていた。

それでも、ちょっと近づいて小声で喋る。

そんな光景はよくある。

「なあ、リョウ」

「なんですか? また……」

「金じゃないぞ!」

「くっ……さすがに、このネタはもう無理ですか……」

アベルが先回りをし、機先を制せられた涼は悔しがる。

「聞きたかったのは、例の紙だ」

「紙? ああ、お札……いえ、ボイズナン先生は『呪符』と呼ばれていると言ってましたね。以前、護国卿のカブイ・ソマルさんが言っていた通りです」

「ボイズナンって、毒の講義をしてくれた老人だよな。先生呼びか……」

「当然です。知らない事を教えてくれるのですから、敬意を払うのは当たり前でしょう? 最も簡単に敬意を払っている姿勢を示せるのは、名前の後に『先生』と付ける事です。これで、よほど偏屈な人じゃない限り、色々教えてくれます」

「やっぱりリョウって、人たらしだな……」

「アベル、人たらしじゃないと、天下を統一する事はできないのですよ!」

「テン……カって何だ?」

「え? あれ? ああ……えっと、この世の中全部……です……」

アベルには、天下という言葉は通じなかった。

天下の人たらし、豊臣秀吉の話をしても意味がなさそうだ。

通じない理由はよく分からないが、涼は臨機応変に別の言葉で言い換えた。

「世の中全部? 世界の統一? それはあまりに現実的じゃないだろう」

「せ、世界の統一になります……か……そう、世の中全部だと、そうですかね……」

言葉の言い換えは失敗した。

意味が大きくなりすぎて、一気に現実味がなくなってしまったようだ……。

残念。

「ボイズナン先生の話を聞いた限りでは、呪符は、ある種の錬金道具みたいな感じですね」

「ほっほぉ~」

「ただ、僕らが見たのは、王太子宮のあの一回だけなので、正確なところは分かりませんが。それに、呪法使いは呪符を使うだけではなくて、魔法を使える人もいるそうなので、対処するのはいろいろと大変そうです」

「なるほどな」

涼の説明に、アベルは小さく頷いた。

相手に呪法使いがいるのは確実だが、それだけとは限らないのだ。

どれほどの戦力を送り込み、伏せているのか……。

事が起きてみるまで分からない。

涼は、ふと辺りを見回した。

「即位式って、国によっていろいろ違いますね」

「そりゃあ当然だろう。って、リョウが見た事があるやつって、ルンの広場でやった俺のだけだろ? あれは例外中の例外だぞ」

アベルは、三年半前、王国南部ルンの街で、王座に就いた。

それは、正式な手順を踏まず、三種の神器を揃える事もなく、ある意味、 簒奪(さんだつ) と言われても仕方のない状況で。

「もちろん、ルンでの、アベルの王座 強奪(ごうだつ) が普通じゃないのは理解していますよ」

「強奪って……」

「大丈夫、僕はアベルの行動を支持していますから。王国の民のためを思って立ち上がったアベルは、立派だとさえ思っています」

「お、おう……」

「自らの身を犠牲にして王座に就き、僕にケーキ特権を与えてくれたのですから」

「ケーキ特権はあまり関係が……」

「僕も王国の民ですからね。同時に、アベル王の熱烈な支持者です」

「そうか……ありがとうな……」

最後は、涼が親指を立ててサムズアップし、アベルは力なく感謝した。

いくらかの認識のずれがある気もするが、それは仕方ない。

人それぞれなのだ……。

二人がそんな話をしている間に、即位式が始まった。

即位式は、本当に即位式だけ。

イリアジャ姫が入ってきて、玉座の前に行き、王冠を被せられ……他にも何か貰って玉座に座る。

そこで歓声が上がり、その歓声の中をイリアジャ女王が退場する。

文字にすればそれだけ。

他には何もない。

基本的に、イリアジャ姫が言葉を発することもない。

女王としてのお言葉は、明日、王城のバルコニーから国民に向けて発するらしい。

そのためのバルコニーが、王城にはあるのだ。

扉が開き、イリアジャ姫が入ってきた。

その瞬間、声ともならない声が会場を走る。

「おぉ……」

「お美しい……」

「女王陛下……」

そんな声が。

一人で、静かに、歩みを進める姫。

速すぎず、遅すぎず。

清楚でありながら、華麗。

並ぶ者たち全ての視線が、歩むイリアジャ姫に注がれる。

「ああ、やっぱり、まだ<アイスアーマー>は起動していませんね」

「王冠を被せられるとか言ってたからな」

「では、こっそり守りましょう。< 動的(ダイナミック) 水蒸気機雷(スチームマイン) Ⅱ-アクティブ>」

涼は、イリアジャ姫からの一定の距離を保って移動し続ける水蒸気機雷を発動した。

「例の呪符とかは大丈夫なのか?」

「まだないみたいですから、大丈夫です。壇上についたら、別の形に変えます」

アベルと涼が囁くように会話する。

姫に王冠を被せる宗教関係者が凍りついてしまったら、さすがにまずいから……。

涼は、とっても常識的な魔法使いなのだ。

だが……。

イリアジャ姫が二人の前を過ぎ、大臣たちの前に達した時。

パキッ、パキッ、パキッ。

どこからともなく飛来した三本の短剣が、イリアジャ姫の周りで凍りついた。

<動的水蒸気機雷Ⅱ>が起動して防ぐ!

最も早く行動したのはイリアジャ姫であった。

自分が標的であり、必ず攻撃は行われると心の中で準備していたからであろう。

すぐに、右手首につけた銀色のブレスレットの魔石をこする。

その体が、細かな氷で覆われた。

もちろん、傍からはほとんど認識できない。

だが、涼からは見える。

「<動的水蒸気機雷Ⅱ-アクティブ>解除」

姫を守っていた水蒸気機雷を消す。

それは、絨毯に沿って立っていた近衛騎士たちが、姫の周りに集まり、自らの身を盾にして守りそうだったからだ。

『敵味方識別タグ』のようなものはない。

現状、敵味方関係なく、水蒸気機雷は発動してしまう……。

右手のブレスレットから<アイスアーマー ミスト>の錬金道具版を発動したイリアジャ姫は、普通の斬撃程度では傷つかない。

「キャーーーー」

来賓席の中や、貴族席の中から、悲鳴が上がった。

そして、悲鳴の中から姿を現したのは……。

「あれは……なんだ?」

現れたのは、半死体とでも呼ぶべきものだった。

「ゾンビ?」

思わず、涼が呟く。

だが、驚くほど動きが速い。

「ゾンビというより、ヴァンパイアの眷属、ストラゴイに近い?」

ヴァンパイアの眷属ストラゴイは、普通の人間よりもはるかに速く動き、力も強い。

現れたのは、それだけではなかった。

「ぐはっ」

「こっちでも出たぞ!」

入り口近く、下級貴族たちのいる辺りでも、何かが現れていた。

よく見ると、鎧を身につけ、剣を振り回している。

見た目は、普通の人間に見えるのだが……目が閉じている。

まぶたの上から、糸で縫ったかのように見える。

「死霊の騎士?」

涼が再び呟くが、適当だ。

見て、直感的に思い浮かんだ単語がそれなだけで、この世界にそんな者がいるのかどうか、知識は全くない。

どちらにしろ普通の人間ではないのだろう。

四人現れ、四人とも強い。

ストラゴイもどきも、八体現れ、暴れまわっている。

死霊騎士四人、ストラゴイもどき八体、かなり強い。

当然目立つ。

そして、犠牲者もかなり出ている。

近衛騎士は、六人ほどでイリアジャ姫の周りを固めているが、残りの近衛騎士と、部屋の外から援軍として駆け付けた守備兵は、ストラゴイもどきと死霊騎士に対処し始めた。

もちろん、それは陽動。

瞬間、姫の周りを守っていた六人の近衛騎士の喉に、同時に短剣が突き刺さる。

倒れる近衛騎士を飛び越えて、灰色の影がイリアジャ姫に襲いかかった。

だが……。

カキンッ。

灰色の剣を弾き飛ばす、白い礼装の男。

カキンッ。

二人目の灰色の剣を弾き飛ばす、正装の護国卿。

カキンッ。

三人目の灰色の剣を弾き飛ばす、ローブの魔法使い。

アベル、カブイ・ソマル、そして涼がイリアジャ姫を守った。

「敵さん、けっこうな人数がいないか?」

「王太子宮から運び込まれた道具箱などから、出てきたな」

「呪法使いは姿を見せていません」

アベルが問い、カブイ・ソマルが答え、涼が本番はこれからだと注意を促す。

イリアジャ姫を襲った灰色の男たちは、人間のようだ。

涼は、何かを感じ取り、天井を見上げる。

天井は高い。

そして暗い。

だが、違和感がある。

目を凝らしてみると……呪符が貼ってあるのが見えた。

しかも呪符の色は、ご丁寧に天井の色と同じ……。

意識してみない限り、絶対気づかない。

「天井に呪符があります」

「何枚だ?」

「一、二……いっぱい!」

「……どうする?」

「<アイシクルランス>」

涼が、その中の一枚を狙って氷の槍を飛ばした。

直撃する……直前に、槍の軌道が曲がり、関係ない場所の屋根に突き刺さった。

「むぅ、前回同様に軌道を曲げられました」

「つまり、あれには手が出せないということか」

「人がいなくなれば、天井そのものを落とす方法が使えますけど、さすがに……」

「まあ、無理だな」

大謁見の間全体が混乱している。

外から入ってきた守備兵たちも増えたため、二千人近くの人間たちが動き回っているのだから、仕方ないのだろうが……。

涼は、周囲に注意を向けたままだが、優しい声音で、守るイリアジャ姫に呼び掛けた。

「姫、申し訳ありませんが、もうしばらくここにいてください」

「囮、ですね」

イリアジャ姫は、うっすら笑みすら浮かべて答える。

それを聞いて驚いたのはカブイ・ソマルだ。

「それは……」

「どうせ、出入口は混乱しています。おそらく、大謁見の間の外も。混乱した中を逃げ回るより、ここでどっしりと腰を落ち着けて迎え撃った方がいいでしょう」

カブイ・ソマルが抗議しようとして、イリアジャ姫自身がそれを止めた。

危機においてこそ、その人の本質が現れる。

涼は、イリアジャ姫の心も頭も、すでに女王になる準備ができていると感じた。

それは、とても喜ばしい事。

なぜなら、そうでなければこの状況に、心が潰れてしまうから。

泣き、叫び、 喚(わめ) く……。だが、そんなことをしても、状況は改善しない。

冷静な対応こそが、自分と周りを救うのだ。

「姫は、普通の刺突や斬撃では傷つきません。よほど強力な魔法攻撃であれば別ですが、それは僕が迎撃します。アベルと護国卿は、襲いかかってくる敵を倒してください」

「了解」

「承知した」

涼が指示を出し、アベルとカブイ・ソマルが頷く。

彼らを囲んだままの、三人の灰色の男たちは、隙を窺っている……だが、近接戦において一流の三人、そう簡単に隙などできない。

結果、手番が移った。

アベルが、一気に、目の前の灰色の間合いを侵略する。

そのまま、一合も剣を合わせることを許さず、首を斬り飛ばした。

それを横目に見ていた、二人目の灰色……そんな斬撃を見せられたら動揺するというものだ。

そこにつけこんだのが、カブイ・ソマル。

右手に握った儀礼剣で攻撃するとみせて、体をくるりと回転させていつの間にか現れた左手のナイフで、灰色の頸動脈を斬り裂いた。

三人目の灰色は動けなかった。

仲間二人が、ほとんど一瞬で倒されたのは理解できた。

目の前の、ローブの魔法使いが来るかと思って身構えたのだが……。

彼の死は、左側からだった。

一人目の首を斬り飛ばしたアベルが、そのまま三人目の灰色の首に、剣を突き刺す。

姫を囲んだ灰色の三人は、ほとんど一瞬のうちに倒された。

「<アイスウォール20層パッケージ>」

三人目が倒されるのとほぼ同時に、涼が唱える。

ドゴンッ。ドドドドドドドド……。

四人を覆うように張られた氷の壁に当たる石 礫(つぶて) 。

いつの間にか、四人の上に現れた呪符からの攻撃だ。

「これは、この前のか」

「ええ。しかも今回は、僕らに向けてだけ……」

涼が口をつぐんだ。

その視線は、イリアジャ姫の右手首へ。

そして石礫を放ち始めた呪符へ。

さらに、天井へ。

「そうですか……錬金道具だけど、錬金道具じゃない……」

涼の呟きは、アベルにもカブイ・ソマルにも聞こえたが、二人とも首を傾げる。

言ってる意味が理解できない。

「<アイスウォール20層パッケージ>」

涼は、それ以上は説明せずに、再度、氷の覆いを張りなおした。

そして、攻撃を続けている呪符をじっと見る。

少しだけ視線を動かして、心の中で唱える。

(<アイシクルランス16>)

準備を整えたうえで……。

「そこっ!」

大謁見の間の壁に、十六本の氷の槍を放った。

パリン。

何かが割れたような音が響く。

現れたのは……。

「白い仮面?」

白い仮面に白いローブを纏った人物が、壁際に現れた。

アベルが、一気に飛び込み間合いを侵略する。

必殺の打ち下ろし。

カキンッ。

だが、白仮面はその一撃を受けきった。

その瞬間、アベルの周りを石が覆った。

「アベル!」

思わず涼が叫ぶ。

もちろん、石で包まれたアベルからの返事はない。

その間も、石礫は降り続いている。

さらに……。

「天井から何かきます!」

イリアジャ姫が叫ぶ。

意識を強引に引き戻して、涼は見上げた。

「ここで、天井の霊符から怪物を降らせる?」

涼の表情が怒りへと変わる。

「アベルを奪って、かさにかかって攻めようと……」

それは、低い、低い、声。

「姫、動かないで」

「はい……」

今や、涼に絶対の信頼を置いているイリアジャ姫すらも、涼のその声には畏れを感じる。

だが同時に、絶対に動いてはいけないと認識した。

「<ウォータージェット2048>」

もはや、無数と言ってもいい水の線が、霊符から生まれたばかりの怪物たちを切り刻む。

生まれるそばから切り刻まれる。

「<パーマフロスト>」

さらに、天井付近で動くもの全てを永久凍土に沈める。

それは、天井全てを氷の世界に変えた。

だが……呪符と霊符だけは、やはり凍りついていない。

「全面展開の<パーマフロスト>すら当たらない。やはり空間を歪めている……」

ギリリと奥歯を噛む。

今の涼に、普段の余裕はない。

アベルを奪われたのだから。

だが、だからこそ……。

「力で叩き潰します。<フローティングマジックサークル>」

三十二個の魔法陣が、宙に浮かぶ。

その魔法陣が、天井に向かって飛んだ。

等間隔に展開し、一つ一つの魔法陣自体が大きくなり、三十二個の魔法陣で天井全体を覆う。

「<パーマフロスト 常時展開>」

魔法陣からの永久凍土の展開。

新たに生み出されようとしていた怪物たちを、生まれた瞬間に凍りつかせていく。

天井を覆った魔法陣の上は、全て氷の世界。

呪符や霊符は凍りつかないが、そこから生み出された怪物は凍りつく。

半分生み出された怪物も凍りつく。

それら怪物同士も凍りつく。

凍りついた怪物らと、天井そのものも凍りつく。

結果、霊符は、出口に怪物が詰まってしまったかのように、新たな怪物を生み出せなくなった。

強引に、力技で封じ込めに成功したのを見届けて、涼は、白仮面を睨みつける。

白仮面の口からは、何かブツブツと言葉が出続けている。

おそらく、呪符や霊符への命令なのだろう。

カブイ・ソマルが対峙しているが、決定的には踏み込めていない。

先ほどの、アベルの事例を見ていたのだ。

地面に、呪符が仕掛けられていると見抜いていた。

涼は、アベルだった石の塊を見る。

立った状態の石の 棺(ひつぎ) 、というべきだろうか。

死んではいない気がする……だが、無事かは分からない。

小さく、しかし、深く息を吐く。

強制的に、肺の中の空気を全て吐き出すことによって、その後、嫌でも吸うことになる。

結果、深呼吸が成立する。

それで、少しだけ冷静になれた。

そして、冷静になれたおかげで思い出した。

「魂の響!」

ナイトレイ王国に、超長距離通信で報告して以来、接続を切ったままにしていた『魂の響』

アベルは、どうせすぐ隣にいるし、わざわざ使う必要が全くなかったからだ。

もちろん、今も、涼の左耳に着いている。

((アベル、アベル、聞こえますか?))

((ああ、リョウ。ようやくか、遅いぞ))

アベルの声を聞いて、涼は崩れ落ちそうになった。

少なくとも、『魂』は無事なのだ。

((突然、アベルが『いしのなかにいる』になってしまいました))

((ああ、不覚をとった。罠を踏み抜いたみたいだな……まるでダンジョンだ))

((冗談言ってないで! 今、どんな状態なんですか?))

((石でできた箱の中に、閉じ込められた感じか? 体は動くが、狭いから勢いをつけられん。闘技:完全貫通も、隙間が無さすぎて不発だった。どうも、中から割って出るのは難しそうだ))

((分かりました。慎重に石を切った方がいいでしょうね))

((石を切る?))

((ほら、昔、野生のゴーレムを少しずつ<アブレシブジェット>で削って、黄色い魔石を削りだしたじゃないですか。あんな感じで))

((ああ……ロンドの森からの途中だな))

涼とアベルが、ロンドの森からルンの街に移動する途中で、野生のゴーレムに襲撃されたのだ。

その中の一体から、魔石を取り出したのだが、その際に、涼の<アブレシブジェット>で、少しずつゴーレムを削って取り出した。

それと同じようにしようというのだ。

((なので、白仮面を倒してからになるので、ちょっと待ってください))

((ああ、頼んだ))

涼は、小さく息を吐いた。

それは、先ほどと違って、少しだけ落ちついた雰囲気を涼に纏わせた。

アベルの無事が確認できたからだ。

もっとも、それに気づいたのは、傍らにいるイリアジャ姫だけ。

「姫、もう少しだけ、ここで」

「はい、大丈夫です」

(<アイスバーン><ウォータージェットスラスタ>)

ザシュッ。

村雨が、白仮面の胸を真一文字に斬り裂いた。

仮面越しでも分かる。

白仮面が驚いているのが。

白仮面にしてみれば、涼が、瞬間移動で現れたように見えただろう。

しかも、床の罠が発動しない。

<アイスバーン>で封じているのを気づけというのは、当然無理だ。

後方に跳び退る白仮面。

同時に、後ろに向けて複数の石の槍を放ち、壁をぶち抜く。

逃げの一手。

(<アバター><ウォータージェットスラスタ>)

逃がさない涼。

三人の涼。

前から二人の涼が白仮面に迫る。

カキンッ、カキンッ。

受けきる白仮面。

もちろん、それは罠。

ドンッ。

再び跳び退った白仮面の、さらに後ろに回り込み、首の付け根を村雨で叩き付ける。

白仮面は、気絶して崩れ落ちた。

「安心せい、峰打ちじゃ」

だが、涼のその呟きに、つっこんでくれる者はいない。

ちょっとだけ悲しくなった涼は、その気持ちを振り払い、カブイ・ソマルの方を向いて言った。

「コマキュタ藩王国にいた時に見たのですけど、魔法使いの手にはめる枷みたいなのってありますか?」

「ああ、すぐに持ってこさせる」

涼は、姫の前に来て頭を下げた。

「イリアジャ姫、お待たせいたしました」

「いえ……。あ、あの、アベルさんは……」

「あ、忘れてました」

((おい、こら、『魂の響』を繋げたままってことは、今のはわざとだろうが))

((アベル、聞こえていたんですか。峰打ちにつっこんでくれないから、聞こえていないのかと))

((ミネウチが何なのか、俺は知らん))

((しまった……。そこのネタを仕込むのを忘れていました。今度、教えてあげますね。あと、魔法も、もう少し勉強した方がいいですよ。魔法の罠を見抜けないなんて))

((……あれは、呪符だろ?))

((根本は同じです。魔法をきちんと学んでいれば、あんな罠にはかからないのです))

涼の論法は、アベルには全く納得いかないものであったが、反論できない。

なにせ、罠にかかってしまったのは事実なのだから。

((俺だって、昔王城にいた頃に、ちゃんと魔法を学んだんだぞ。だが、リョウの魔法とか、今の呪符とか、その頃習ったのとはあまりにも違う……))

((言い訳は聞きたくありません!))

((あ、はい……))

((もう一度、しっかり学んでください))

((リョウが教えてくれるんだろう?))

((仕方ありません。その際は、ケーキ特権で教えてあげます))

((寛大だな。ものすごい量の、書類まみれになると思うんだがな))

アベルの言葉から、想像する涼。

一度、体が震えた。

アベルに教える資料作成のために、書類まみれになる自らの姿が見えたから。

((い、イラリオン様に講義してもらってください……))

((イラリオンは詠唱するだろう? それじゃいかんだろうが))

((詠唱なんて 些事(さじ) です。偉い人にはそれが分からんのです))

((うん、分からん。リョウ頼むな))

((何か、逃げ出す良い方法を考えないと……))

((……聞こえているぞ))

その後、五分かけて慎重に石棺は削られ、アベルは無事に脱出できたのだった。

だが、まだ、めでたしめでたし……とはならない。

「あの、呪符とか霊符、どうやって剥がすんですかね」

「分からん。そのために、生かしたまま捕らえたんだろう?」

「まあ、そうですけど……」

涼とアベルは、天井を見上げながら、そんな話をしている。

天井に貼られた呪符、霊符はもちろん、大謁見の間のあちこちに隠して貼られていた呪符、霊符のいずれも、剥がせないのだ。

それどころか、触ることもできない。

呪符の上に、半円透明の氷がかぶっているかのように、触ろうと手を伸ばすと、手が横に流れていく……。

「白仮面を気絶させても、機能を停止しない。あ、でも、怪物たちは出るのをやめましたね」

「白仮面は、審問をする者たちが連れて行ったんだろう? そのうち情報は得られるだろうよ」

アベルの言葉に、涼は眉をひそめて言う。

「それは、拷問とかそういうのですか?」

「さあ……自白させる魔法や錬金術が発達している国なら、そういうのはしないだろうが……。この多島海地域というか、スージェー王国がどうかは知らんしな」

「アベルならともかく、イリアジャ姫がその片棒を担ぐのは見たくありません」

「俺ならともかくって、何だ?」

「ほら、アベルは、ククク、全てを話した方が楽に死ねるぞ、さあ、吐け~! って言ったりするじゃないですか?」

「言った覚えがないな。そもそもそいつ、結局、殺すつもりだろ……楽に死ねるって……」

「よく気づきましたね。世界には、恐ろしい人たちがいっぱいいるということですね」

「うん、完璧に 支離滅裂(しりめつれつ) だな」

アベルは、ふと思い出したことを涼に聞くことにした。

「なあ、さっき、リョウは不思議なことを言っていたよな」

「ん? アベルは善い人だ、という言葉以上に不思議なことなど言ってませんよ」

「たわ言はいい」

「たわ言……」

「錬金道具だけど錬金道具じゃないと」

石礫を放ち始めた呪符を見て、涼が呟いた言葉だ。

その後、涼は、壁に向かって氷の槍を放ち、白仮面を表に引きずり出した。

「ああ、あれですね。ほら、姫様に渡したブレスレット。あれって<アイスアーマー ミスト>を錬金道具で再現するやつなんですよ。で、僕からの魔法供給が無くてもいいように、魔石がはめ込んであったじゃないですか?」

「ああ、青い魔石な」

「錬金道具って、はめ込んだ魔石から魔力を供給するようにすれば、そうやって自律的に魔法現象を発現できるのですけど、例の呪符とか霊符って、魔石が付いてるようには見えないでしょう?」

「確かに。ああ、だから、どこからか呪法使いが魔力を供給していると判断したのか」

「そういうことです」

アベルの答えに、何度も頷く涼。

問題解決のために閃くことができたのが、純粋に嬉しかった。

二人がそんな会話をしていると。

「あっ」

突然、誰かが声をあげた。

涼もアベルも、声をあげた人を見る。

その人は、天井を見上げている。

二人も天井を見ると……。

「お札が降ってきます」

「勝手に剥がれたみたいだな」

そう、それは、まるで、いいじゃないかと踊りながら江戸末期に起きた現象。

社会科の授業で習った気がする。

空からお札が降ってくる。

だが、それら呪符や霊符は、落ちる途中で、燃えた。

「ありゃ……」

思わず涼が声をあげる。

天井から落ちてきたものだけでなく、大謁見の間全体に貼ってあった呪符、霊符全てが、一瞬で燃えつきた。

「一枚くらいは手に入れられると思ったのに……」

残念そうに言う涼。

仕組みまでは分からないにしても、何が描いてあるのかは興味があったのだ。

「触ることもできないのに……手に入れられるとは思えんが」

否定するアベル。

自分を石の中に閉じ込めたため、正直苦手意識を持ってしまっているのだ。

なぜ、剥がれ落ちたのか。

なぜ、燃え尽きたのか。

「閣下!」

慌てて入ってきた守備兵が、カブイ・ソマルの下に走り寄った。

そして、小さな声で報告する。

「なんだと!」

驚き、顔をしかめるカブイ・ソマル。

気になる二人は、カブイ・ソマルの下に歩み寄った。

それを見て、カブイ・ソマルの方から、涼とアベルに言った。

「先ほど捕らえた男、護送中に死にました」

「なに?」

「なんと……」

アベルも涼も驚く。

だが、同時に納得していた。

死んだから、呪符や霊符が剥がれ、燃え尽きたのだと。

「護送途中で、突然体が燃え上がったそうです。そのため、死体も残らず、全てが灰になったと」

「徹底しているな」

「白仮面本人に、その仕掛けがあったのか、それとも、まだ別に仲間がいるのか……」

カブイ・ソマルが補足説明し、アベルが感想を述べ、涼が本質をつく。

そんな三人の下へ、イリアジャ姫が来た。

「護国卿、報告は聞きました。このまま即位式を行います」

「で、殿下……」

イリアジャ姫が告げ、カブイ・ソマルが驚く。

「あれだけの妨害を受けてもスージェー王国は揺るがない。そう示したいのです」

「おっしゃりたいことは分かりますが、まだ敵が残っている可能性が……」

「私には、守ってくれる方たちがいます。だから大丈夫です」

イリアジャ姫はそう言うと、涼とアベルを見た。

「お任せください」

「いい判断だと思う」

涼が請け負い、アベルも支持する。

それを見て、カブイ・ソマルは首を垂れた。

「承知いたしました。十分ほどお待ちください。準備を整えます」

そして、十分後、女王イリアジャが即位した。