軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外 <<幕間>> 先代皇帝と爆炎の魔法使い

デブヒ帝国、帝城皇帝執務室。

「はぁ~~~~~~」

大きく深いため息をついたのは、先代皇帝ルパート六世だ。

「ぜっっっっっっったい、怒るよなあ……」

そう言うと、再び、深い深いため息をつく。

皇帝であったルパートの長男、ヘルムート八世が騎馬の王アーンに討たれた現在、再びデブヒ帝国における最高権力は、先代皇帝であるルパートの手に戻っている。

そんなルパートが、怒られるのが嫌でため息をついているのだ。

何度も何度も。

そして、ついに……。

「ルビーン女公爵、ルスカ伯爵がみえられました」

「通せ」

ルビーン女公爵であるフィオナ、その夫でありルスカ伯爵である爆炎の魔法使いオスカーが執務室に入ってきた。

「よく来た、フィオナ、オスカー。まあそこに座れ」

「失礼いたします」

そこで、再び、ルパートは小さくため息をついた。

フィオナとオスカーは、二人の領地であるルビーン公爵領から帝都に呼び出された。

呼び出された理由は、まだ知らされていない。

ただ先帝ルパートから、「相談したいことがある」とだけ伝えられて。

その連絡を貰った時、フィオナもオスカーも首を傾げた。

ルパートが「相談」するなどということは、めったにない。

皇帝時代も、皇帝を退いて以降も、ルパートは他人に相談などしない。

こう書くと、いかにも独裁権力をもった皇帝ならではと思えるが、本質的にルパートは、他人に相談しないタイプの人間なのだ。

それはある意味、自分が全ての責任を負う覚悟を、常に持っているからでもある。

人に責任を押し付けない。自分が責任を負う。

唯一の例外が、その傍らで執政を務めたハンス・キルヒホフ伯爵であろう。

だが現在、ハンスは傍らにいない。

ルパートが離れた西方諸国使節団の、帝国使節団の団長代理として、西方諸国に残ったままだ。

「二人に来てもらったのはな……実はな……つまりな……」

ルパートが説明しようとするが、驚くほど 逡巡(しゅんじゅん) している。

フィオナもオスカーも、内心でかなり驚いていた。

こんな光景は見たことがないからだ。

フィオナは、ルパートの末娘だが、臣籍に降っており皇族ではなく貴族、公爵だ。

先の皇帝であるルパートとは、明確に立場が違うため、基本的に親しく会話をすることはない。

だが……。

「陛下、いえ、お父様、何か言いづらい事なのでしょう。私は大丈夫ですので、おっしゃってください」

フィオナの方から先を促した。

それがきっかけとなったのだろう、ルパートは言葉を紡いだ。

「うむ……そうか。実はな……オスカーに、西方諸国に行ってもらいたい……」

ルパートは、最後まで言い切れなかった。

ヒュンッ。

ルパートは、不可視の何かの魔法が、頬のすぐ横を通り抜けたのが分かった。

光属性魔法の何か……かもしれない……。

思わず 生唾(なまつば) を飲み込む。

「お父様……今、なんとおっしゃいました?」

「あ、いや、落ち着け、フィオナ」

「私は、落ち着いております」

「いや、絶対落ち着いていないから……」

皇女であった時から、いやフィオナが生まれ、そのすぐ後に母であり正妃であったフレデリカが亡くなってからずっと、ルパートはフィオナを 溺愛(できあい) してきた。

男親は、娘には弱いものだが、そんなある種の一般論を超えるレベルで溺愛してきた。

だからこそ、フィオナが怒るのを恐れる。

もちろん、心の中では「さっき、言ってくれと言ったじゃないか」と思っているのだが、口には出せない。

「ふぃ、フィオナ、話を聞いてくれ」

「お話は聞いております。どうぞ」

ルパートが 滂沱(ぼうだ) の汗を流しながら言い、フィオナが先を促す。

もちろん、先を促しているが、正直、言いたくないとルパートは思った。

そのため、フィオナの横に座る人物の方を見る。

口に出しては何も言わないが、オスカーにもルパートが求めていることは理解できた。

オスカーを西方諸国に行かせる理由にも、見当はついていた。

「フィオナ、落ち着いて陛下の話を聞こう」

「……はい」

オスカーが、フィオナの手を握りながら、落ち着いた声音でなだめる。

フィオナは、顔はしかめっ面のままだが、オスカーの手を握り返して頷いた。

それを見て、ルパートは 安堵(あんど) の吐息を吐く。

そして、ようやく続きの説明を行いはじめた。

「実は、どうしてもハンスを呼び戻す必要が生じてな」

「ハンス・キルヒホフ伯爵? 西方諸国使節団にいますね」

「ああ、そうだ。ハーゲンの<転移>でオスカーを向こうに送り、ハンスをこちらに戻す。そのために、オスカーに西方諸国に行って欲しいと言ったのだ」

なんとか説明できて、ルパートは小さく息を吐いた。

はっきり言って、この提案が受け入れられるのは分かっている。

フィオナは不快だろうが、オスカーは拒否しないだろうからだ。

オスカーは、フィオナが絡まない限りは理知的であるし、頭の回転も速い。

ハンスの代わりに、帝国使節団を、遠い西方諸国において 一糸(いっし) の乱れなく動かすとなると、指揮能力以上に非常に高いカリスマ性が必要となる。

指揮で理性を動かすのではなく、カリスマで感情を掴む必要があるからだ。

遠い異国の地では、その必要がある。

そう考えた場合、帝国広しと 雖(いえど) も、オスカー以外の選択肢は限りなく少ない。

いや、ルパートを除けば、選択肢はただ一人しかいないだろう。

それはフィオナだ。

つまり、オスカーかフィオナにしか、この役は務まらない。

しかも、両方共に出すというのも不可能だ。

皇帝が死んだことによって、現在の帝国は安定しているとはいいがたい。

先帝であり、偉大なるルパート六世が戻っても。

フィオナとオスカーが治めるルビーン公爵領は、帝国東部要の一つ。

現在は、二人の力で極めて安定した領地だが、元々ルパート治政末期に取り潰した貴族たちの領地ということもあって、油断のできない土地でもある。

そんな領地から、二人とも西方諸国に出すのはあまりに無謀……。

「お父様。いえ、先帝陛下」

フィオナが呼び掛ける。

それも、わざわざ言い方を変えて。

「あ、いや、フィオナよ、落ち着け……」

その時、ルパートは、フィオナの背後に立ち上る 劫火(ごうか) を見た。

幻であろう。幻であろうとは思うが、確かに見た。

何とか抑えようとしている怒りの感情が、だが抑えきれずに立ち上る。

それが具象化したような……。

火属性と光属性という、二属性を操るフィオナ。

その、火属性は、ある意味、とても攻撃的な……。

「先帝陛下、もう一度、お聞かせいただいてよろしいですか? オスカーを、いえ我が夫を、どうしたいと?」

「フィオナや……どうか、落ち着いて……」

「陛下、私は落ち着いております」

「いや、絶対落ち着いていないから……」

フィオナの顔に感情はない。

だが、怒りが表に出ている時よりも恐ろしい。ルパートは、素直にそう感じた。

そんなルパートは、何度も生唾を飲み込んでいる。

自分が、この世で最も大切にしている人物の、最大級の怒りをその身に受けようとしている……それは、誰であっても経験したくないものだ。

フィオナの横で、オスカーは小さく首を振った。

ハンスと交代で西方諸国へ。

おそらく、その命令を伝えられるだろうと予想した。

そして、予想した通りになった。

さらに……フィオナの怒りも、予想した通りになった……。

オスカーは、この方法が最も論理的に正しいということを理解している。

もっとも、ハーゲン・ベンダ男爵の<転移>を使って、使節団全体が、帝国使節団だけでもまとめて戻って来られれば、一番話は早い。

だが、先帝陛下はそれをしようとしない。

それができない事情があるということだ。

それは、使節団側の問題か、あるいは……ハーゲン・ベンダ男爵の<転移>の問題。

先の王国との戦争の際、<転移>によって、大軍を戦場に転移させた。

その後、ハーゲン・ベンダ男爵は死の淵を彷徨ったらしいが……。

今回は、それほどの大軍ではない。

帝国使節団だけなら、数百人だ。

だが、先帝陛下は命じない。

この<転移>に関して、オスカーは一つの仮説を持っている。

大軍を、長距離転移させる事ができない、という仮説だ。

一人、二人なら、四千キロを越えての転移も可能だ。

それは、実証されている。

だが、転移する人数が増えれば、それに反比例して、転移できる距離が短くなるのではないか。

だから、中央諸国と西方諸国の間を、大人数を転移させるのは不可能なのではないかと。

ハーゲン・ベンダ男爵の<転移>の詳細に関しては、帝室の最高機密。

オスカーはもちろん、フィオナにすらその情報は下りてこない。

そのため、確認のしようはないのだ……。

何にしても、<転移>で使節団全体を移動させられないというのであれば、打てる手は限られる。

その中でも、最も重視すべき点は、使節団が遠く故郷を離れた西方諸国にある、という点だ。

どれほどの精鋭であっても、故国を遠く、そして長く離れれば 郷愁(きょうしゅう) に駆られる。

国に戻りたくなる。

それは、綻びとなる。

理性ではなく、感情の問題だ。

だからこそ、そんな人間を束ねる人物は、感情を掴む事ができる者でなければならない。

オスカー自身は、自分にカリスマ性があるとは思っていない。

だが、自分の力が、部下たちに安心感を抱かせることは理解している。

「この人についていけば大丈夫」

そんな安心感。

客観的に見れば、これがカリスマの一部なのだが、オスカー自身には自覚はない……。

オスカーは、握ったフィオナの手を、軽く叩いた。

それだけで、フィオナは正常な状態に戻る。

「師匠……」

だが、先帝ルパートの前なのに、師匠呼びだ。

完全には、落ち着いていないらしい。

「陛下を、あまり困らせるものではないよ」

「はい。ですが……」

「私は大丈夫だから」

オスカーは、少しだけ微笑んだ。

オスカーは、フィオナの前でだけは、微笑む事ができる。

八年前のあの時から……凍りついていたオスカーの心が融け始めたことを、オスカー自身も、心の奥底では理解していたのかもしれない。

「ちゃんと、使節団を率いて戻ってくるから。待っていてくれるね?」

「はい……」

オスカーとは思えないほどの優しい言葉。

だが、フィオナの前では、これが普段のオスカーだ。

そして、オスカーの決断を受け入れるフィオナ。

無言のまま、安堵のため息を吐いたのは、先帝ルパートであった。

聖都マーローマーにとどまる西方諸国使節団。

帝国、王国、そして連合の使節団がとどまっている。

いくつもの事務処理と共に、先の教皇の死亡、魔物が空から降ってきた混乱など、まだ出発の目処は立っていない。

数カ月、場合によっては一年近く、このままの可能性もある……そんな噂すら、まことしやかに流れる始末だ。

そんな中、使節団のトップが集まることになった。

場所は、帝国使節団宿舎。

そこを訪れた王国使節団団長ヒュー・マクグラス、連合使節団団長ロベルト・ピルロ。

「実は、私、急遽帝国に戻ることになりまして」

帝国使節団団長代理ハンス・キルヒホフ伯爵は、そう切り出した。

「なるほど。それで、代わりの代理……変な言葉じゃが、それを紹介しようというのじゃな」

「先王陛下のご 慧眼(けいがん) 、恐れ入ります」

先王ロベルト・ピルロが言い、ハンスが 恭(うやうや) しく一礼した。

それと同時に、扉が開き、一人の男が入ってきた。

「私の代わりに、帝国使節団を率いることになりました、オスカー・ルスカ伯爵です」

ハンスが紹介すると、オスカーは一礼した。

「おい……」

「これは、また……」

ヒューもロベルト・ピルロも、さすがに言葉を続けられない。

オスカーが誰か知っているからだ。

いや、中央諸国の人間で、オスカーを知らない者などいないと言っても過言ではない。

「まさか、爆炎の魔法使いが……」

「先帝陛下の代理とは、いやはや」

ヒューが顔をしかめ、ロベルト・ピルロは逆に苦笑した。

オスカー・ルスカ伯爵が、帝国使節団団長代理に就任したことは、その日のうちに発表された。

その結果、帝国使節団の士気は上がった。

だが王国使節団には、爆炎の魔法使いとの因縁浅からぬ三人の冒険者がいる。

「オスカー・ルスカ伯爵って、ウィットナッシュで 対峙(たいじ) した人だよね」

「ものすごく強いんですよね」

「俺たち……大丈夫なのか……」

エトが思い出し、アモンが強さに憧れ、ニルスがこの先を想像して小さく首を振る。

西方諸国使節団も、いろいろと大変になりそうだ……。