軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

0437 全ては彼方へ

響き渡る剣戟の音。

涼が突く。

そのまま更に一歩踏み込み、突きから『し』の字を描くように、一度落とした剣を強引に上へと切り上げる。

ガーウィンの右手首を斬り飛ばした。

だが、それは罠だった。

右手を捨てて、涼ですら認識できない速度での蹴りが、涼の右足を襲う。

「ぐっ」

思わず、左足一本でバックステップして距離を取る涼。

その右太ももの外側が、深々と切り裂かれている。

ガーウィンは、つま先に何か刃物でも仕込んでいるのかというほどに、深々と……。

距離が取られ、しかも足を痛めたことによって一気に突っ込んでくることはないだろうと判断したのだろう。

ガーウィンは、悠々と、斬り落とされた右手を地面から拾い、手首にくっつけた。

アーウィン・オルティスの体だからか、再生はしないようだが、斬り落としても簡単に接合できるらしい。

「それは 卑怯(ひきょう) です!」

涼が指摘する。

「いや、そう言われてもな。これも含めて、俺だ」

ガーウィンが言い放つ。

「<完全回復>」

遠くから魔王ナディアの声が聞こえ、魔法が 奔(はし) る。

『長距離拡散式女神の慈悲』による、涼に狙いを定めた治癒。

一瞬で、切り裂かれた右足が回復した。

「いや、お前も卑怯だろう!」

ガーウィンが指摘する。

「いや、そう言われても。これも含めて、王国軍ですから」

涼が言い放つ。

戦場で戦っているのは、すでに涼とガーウィンだけだ。

ガーウィンが生み出した『虚影兵』は、すでに全て消失し、眷属のオレンジュとイゾールダも倒れたまま。

アーウィンの体を操っていた、唯一生きている四将ジュクは……ガーウィンが乗り移って、アーウィンの体で戦っている……。

ジュクは、アーウィンの体の中にいるままらしい。

今までの展開を考えると、さすがにガーウィンも、不思議に思う部分がある。

(足が滑ったのは地面に氷を張られたからだ。それはいい。問題は、動けなくなり、<グラビティロッド>が全て消え、王国軍と戦っていた虚影兵まで消えちまったことだ。『力』を奪われたとみるべきだろうが……どうやって? そんなこと、リチャードすらできなかったぞ?)

答えは分からない。

分からないが、現実的にはそれでは済まない。

何とかしなければならないのだ。他には誰も助けてはくれないのだから。

(まあいい。解決法はある)

そこで一息ついて、呟いた。

「あの魔法使いを殺せばいい」

実は、その答えは全く論理的ではない。

この現象が、錬金術によって引き起こされた現象であれば、涼を殺しても解決しないのだから。

とはいえ、涼を殺し、残りの人間たち一人一人に『聞いて』いけば、解決するかもしれない……。

つまり、全く論理的ではないにもかかわらず、問題を解決する方法としては、ある種の正解でもあるのだ。

答えは一つとは限らない。

とりあえずは……。

「やはり……力で主張するしかないな」

「言いたいことがあるなら、剣で言えというやつです」

ガーウィンが禍々しく笑い、涼がニヤリと笑って答える。

一気に間合いを詰めたのはガーウィン。

涼の間合いを侵略し、その初手は、下からの切り上げ。

これは涼にとって想定外。

普通は、打ち下ろしか突きから入ることが多いからだ。

初手、切り上げはあまりない。

だから、反応が遅れた。

完全に、力が乗った切り上げを村雨で受けることになった……。

決して 華奢(きゃしゃ) ではないが、例えば盾使いウォーレンに比べればほっそりしている涼……切り上げを受け、ダメージは無いが、体ごと吹き飛ばされる。

涼全体の質量を上回る力を加えられれば、吹き飛ぶしかない。

これが、攻撃を想定していたものであれば、力が乗り切る前に受けるなり、切り上げられた剣を流すなり方法はあったのだが……。

吹き飛ぶ涼。

当然、そこに追撃を加えるガーウィン。

一気に地面を駆け、吹き飛ぶ涼の下に走り込み、剣を突き上げる。

スカッ。

涼はいない。

その瞬間、ガーウィンが前方に飛び込み、受け身を取って立ち上がったのは、考えての行動ではなかった。

勝手に体が動いた。

これまでに蓄積された経験が、無意識に体を動かしたのだ。

元居た場所を横薙ぐ氷の剣。

ガーウィンの直感は間違っていなかった。

そして、ガーウィンの直感は、さらに 警鐘(けいしょう) を鳴らす。

「気を付けろ」と。

<ウォータージェットスラスタ>によって細かな水を 纏(まと) った涼が、瞬間移動のように飛び込む。

一撃目は、ガーウィン同様の切り上げ。

「なめるな!」

怒鳴って、涼の切り上げを完全に受け止め、切り返しで事を決しようとするガーウィン。

だが……。

氷の剣は、ガーウィンの剣をすり抜けた。

「馬鹿な」

ガーウィンが、涼の持つ剣の刃は、そもそも魔法で生成しているものだと気づいたのはすぐであったが……それでも遅かった。

一刀両断。

左腰から右肩に斬り抜ける。

返す刀で首を刎ねた。

(くそ! 再生も接合もせん! やはり力がなくなっている。だが、まだだ、まだ終わらんぞ)

切断されながらも、体は宙に浮いたまま、涼に正対している。

ガーウィンは唱えた。

「<インプロージョン>」

それは、目標を異常な重力で押し潰す爆縮。

だが……。

疑似ブラックホールとも呼べる重力は生成されたが、想定通りに動かない。

「なぜだ?」

それは、ガーウィンにも想定外の状況。

しかし、すぐに気づいた。

この体の魔力の流れが変であることに。

「体の魔力が制御できん? ジュク?」

アーウィン・オルティスの体を乗っ取り、動かしている四将の一人ジュクにあえて言葉を発して呼びかける。

「この体は……私のものだ……好きにはさせない」

口が動き、そんな言葉が紡がれる。

だが、ガーウィンの声ではない。

外見相応の若い……。

「まさかこの状況で……公爵のガキに奪い返されただと……」

今度は、ガーウィンの声。

一人の体から、若い声と魔人の声が、交互に発せられる。

そして、若い声は……。

「私は王国貴族、シュールズベリー公爵アーウィン・オルティス。魔人の好きにはさせん」

「くそ。おい、公爵さん、諦めて魔力を離せ。このままだと暴走するぞ」

アーウィンの声に、焦った声を発するガーウィン。

外から見れば、一人二役をしているかのようなシュールな光景だが……。

状況を理解しているガーウィンは、本当に焦っていた。

<インプロージョン>によって、異常な重力が発生している。

その状況で、魔力の制御が半分失われた。失われた半分は暴走中。

重力とは空間の曲がり。

相対性理論を知らずとも、これまで何度も使ってきたガーウィンは、その二つが密接な関係にある事は知っている。

だから、重力を扱うことに長けた魔人の中には、空間を曲げて転移することができる者がいることも知っている。

このまま進むと、まず発動者である自分はどこかの空間に飛ばされることになる。

さらに……。

暴走した魔力は、強力な力に引き寄せられる。

落雷が高い場所に落ちるように……。

この場で強力な力は……先ほどまで戦っていた水属性の魔法使いか?

確かにそうだが、暴走した魔力は、人や魔物のような生物ではなく、物に走りやすい。

強力な力を持つ物といえば……戦場全体を回復していた馬鹿げた錬金装置があった。

あれにインプロージョンの暴走が衝突したら……辺り一帯が……消える?

あるいは、どこかに飛ばされるか?

暴走とは、何が起こるか分からないから暴走なのだ。

それは、長い間、この魔法を使ってきたガーウィンでも……分からない。

「おい、神官ども! その装置から離れろ! 暴走した魔力がそいつに引き寄せられるぞ!」

真面目に、ガーウィンは心からそう思ったから言ったのだ。

元々は、自分の完全覚醒のために、この王国東部地域で神のかけらを集める予定だったのだが……その計画は 頓挫(とんざ) した。

それどころか、自分の本体すら動かす事ができないほどの状況に追い込まれている。

しかも、インプロージョンを唱えたのは自分だ。

ここで魔力の制御を失ったために、インプロージョンがどこに暴走しようが、ガーウィン自身は必ずこの場から消えることになる。

結局、神のかけらは手に入らない。

だから、自分は諦めた。

どうなろうと、死にはしないだろうし……。

そして、自分が覚醒できないのであれば、もう別に、人間どもがどうなろうとどうでもいい……。

どうでもいいのだが……。

なんとなく、辺り一帯が消えたら、寝覚めが悪い気がしたのだ。

残酷で、破壊衝動が強くて、これまでにも多くの人間を殺してきたガーウィンがだ。

だが、 因果(いんが) は 巡(めぐ) るのか。

神官どもは、誰もガーウィンの声を聞いて動いたりはしていない。

信頼されていない。

仕方ないだろう。

それだけの事をしてきたのだし。

「くそっ……」

「違う!」

叫び声が聞こえた。

声を出したのは水属性の魔法使い。

「飛ぶのはそっちじゃない!」

などと言っている。

「は? 何を……」

暴走した魔力は、強力な力を持つ物に走る。

この場で、最もその条件に当てはまるのは、あの錬金装置だろうが?

だが、ガーウィンはそこで気づいた。

大きな見落としをしていたことに。

「そうか……。リチャードの“エクス”があった」

未だ、剣を支えに立つ国王アベル。

彼を支えている剣は、魔剣に偽装されているが、リチャード王の剣が元に……。

「アベル!」

涼が叫んで<ウォータージェットスラスタ>でアベルの元に飛んだのと、<インプロージョン>の魔力が暴走して、アベルの剣に走ったのは同時であった。

全ての音が消えた。

そして……その場から消えたのは五つ。

魔人ガーウィンの本体。

四将オレンジュの体。

四将イゾールダの体。

そして、アベル。

そして、涼。

「アベル……」

リーヒャの呟き。

「リョウ……」

セーラの呟き。

アベル、そして涼は、消えた。