作品タイトル不明
0427 布陣
「なんだと? ヴィム・ローが敗退した?」
「はい、ガーウィン様」
ウイングストン、シュールズベリー公爵邸別館。
ヴィム・ローは、ガーウィンの最上位の眷属、四将の一人。
千騎の実体兵を与えて、連合西部国境の街を荒らしていた。
対処していたのは、連合の中でも、ヴォルトゥリーノ大公国であったが、強力な戦力ではなかったため、ヴィム・ローはこれまで、たいした損害なく街を荒らし続けていたのだ。
それが……。
「実体兵五百騎を失ったとの事です」
「半数か! だが、たとえ十倍の騎士であっても、我が実体兵を倒すことなどできまい……。まさか、オレンジュのように城攻めを失敗したわけではあるまい?」
ガーウィンは、ソファーに座るオレンジュの方をチラリと見て問うた。
いきなり話題に上がったオレンジュは、聞こえなかったふりをしてあらぬ方向を見ている。
「いえ、ヴィム・ローには、城壁のある街を攻めるなと厳命してあります」
「なんでヴィム・ローには無理させないで、俺には城攻めをさせたんだ……」
イゾールダの答えに、呟きと言うには大きすぎる声で文句を言うオレンジュ。
「ガーウィン様の経験を増やすためです。グリーニュとブルーニュは高位眷属です。彼らが経験した事は、ガーウィン様の経験となります」
「それ、ホントなのかね……」
イゾールダの言葉に、オレンジュが納得できない表情で言い返す。
ガーウィンを見ながら。
オレンジュから見て、ガーウィンは決して賢くない。
高位眷属の経験した事がガーウィンの経験になるのであれば、何千年も経験を積んできているはずだし、もう少し賢くなっていてもおかしくない……。
「オレンジュ! 文句があるのか!」
「いいえ、ガーウィン様。何一つありません!」
四将は、いわば魔人ガーウィンの一部。
裏切るという事はあり得ない。
多分、できない。
(その瞬間、存在が消滅する……ような気がする)
オレンジュは勝手にそう思っている。
口に出した言葉は、全く別の事。
「連合軍つったら、あれでしょ。『名将』が率いているっつー」
オレンジュも、今回覚醒してから、中央諸国の情勢について学んだのだ。
なにせ、数百年ぶりに目が覚めたのだから、かつての知識は使いものにならない。
時代の流れに、自分が持つ知識を追いつかせねばならない。
とはいえ、水魔法の発展については、学んだ中には無かったが……。
「ええ。連合執政オーブリー卿。それにしても……眷属の力は、人間とは比べものにならないはず。それで半数を失うのは理解できない……」
イゾールダは、首を振りながら答えた。
「我らが知らぬ何かが、あるのやもしれぬ」
ガーウィンは呟いた。
「さすがオーブリー卿……魔人軍を破るとは……」
報告を受けた際の、アベル王の第一声。
「人工ゴーレムを総出撃させたという情報が入ってきております」
騎士団長ドンタンの報告だ。
それを聞いて、アベルは大きく頷いた。
三年前の、連合によるインベリー公国侵攻戦において、初めて人工ゴーレムが投入された。
それは、王国から連合に行ったフランク・デ・ヴェルデが中心となって作られたもの。
三年経った現在、連合の人工ゴーレムは、二百体以上あると言われている。
「魔人の眷属のようなものと当たるには、ゴーレムは確かにいいのかもしれないな」
アベルの呟きにドンタンは頷いた。
人的 損耗(そんもう) を減らす……その一点において、ゴーレムは、騎士も魔法使いも、もちろん冒険者をも圧倒している。
戦っても、味方は、誰も死なないのだから。
そのため、実は王国においても、ケネス・ヘイワード子爵を中心に、 極秘裏(ごくひり) にゴーレムの開発が始まっていた。
とはいえ、人工のゴーレム製造は簡単ではない。
フランク・デ・ヴェルデですら、王国にいた時から数えて、二十年以上の年月をかけて、ようやく満足のいくものを作る事ができたのだ。
あの、天才錬金術師フランク・デ・ヴェルデですらだ。
フランクに並ぶと言われるケネス・ヘイワード子爵であっても、人工のゴーレムを作るのは、簡単な事ではない……。
足があり、手があり、体があって頭もあり、とりあえず動く……。
それだけの物なら作れる。
だが、それはあくまで実験段階だ。
そこから、多くの試行錯誤を繰り返して、戦場で戦う事ができるものとなるには……まだまだ時間がかかる。
戦争の形も、いろいろと変わろうとしているのかもしれなかった。
王国軍夜営の国王天幕。
幹部が集まって情報の共有が行われている。
国王アベル一世
王妃リーヒャ
カーライル伯爵ウォーレン
カーライル伯爵夫人リン
王国騎士団長ドンタン
王国魔法団長アーサー・ベラシス 最高顧問イラリオン・バラハ
ワルキューレ騎士団長イモージェン
王都中央神殿大神官ガブリエル
王都中央神殿モンク隊総長グウェイン 副総長チェイス
王都中央神殿伝承官ラーシャータ・デヴォー子爵
シルバーデール騎士団長フェイス
ルン辺境伯領騎士団長ネヴィル・ブラック
王立錬金工房長兼主任研究員ケネス・ヘイワード子爵
他にも、各地の領騎士団を率いる者たち……。
五十人を超える幹部たちが集まっているが、さすが国王の天幕。まだまだ余裕はありそうだ。
「敵は、ストーンレイクの北、ビシー平野に布陣を終えているとの事です」
「ウイングストンの民を人質に取られる懸念は無くなったか」
ドンタンの報告に、ホッとして一つ頷いて答えるアベル。
だが、すぐに別の事実に気付いた。
「ビシー平野というと……三年前の解放戦の戦場だな」
「おっしゃる通りです」
三年前、王国解放戦の最終局面。
アベル率いる南部軍が、王国東部に陣取っていた帝国軍を打ち破った場所がビシー平野であった。
ビシー平野は、かなり広い平野であり、大軍どうしが展開する場所としては、ある意味理想的な場所。
魔人軍は、そのビシー平野にすでに布陣しているという。
「 籠城(ろうじょう) を行うつもりがないということ。そして、正面から我らと戦おうというのでしょう」
ドンタンが言うと、天幕に集った多くの者たちが頷いた。
彼らの多くが同じ考えである。
『正面から叩き潰す』
ほんの少し前に、連合が連合領で暴れる魔人軍を破ったという報告も、彼らの気持ちを 昂(たかぶ) らせるのに作用したのかもしれない。
そして、いくつかの策は準備してある。
むろん、それが魔人とその眷属たちに、どれほど効くのかは分からない。
だがその全てが、現在、王国が準備できる最高のものだ。
「偵察によりますと、布陣する敵は、実体兵のみ約一万」
「なるほど」
ドンタンの続けての報告に、頷くアベル。
王国軍は五万。
敵より多くの兵を揃える、という戦略の第一歩は、踏み外していない。
だが……。
「魔人は、虚影兵を、時間をかけずに生み出すことができると言われております」
伝承官ラーシャータが注意を促す。
「ああ。恐らく、アーウィン……魔人もそこにいるのだろう」
アベルは顔をしかめながら言った。
正直、未だにアーウィン・オルティスが魔人である事を、受け入れにくい部分がある。
だが、そんな状態のまま戦場に立てば、味方を死地に追いやることになる。
だから、アベルは、立ち上がってはっきりと言い切った。
「アーウィン・オルティス、魔人を倒す。王国の存亡は、この一戦にかかっている。皆の奮戦を期待する」
「おう!」
士気は高い。
人が勝てる相手ではない……そう言われている魔人を相手にするのに、士気は高い。
これは、王としてのアベルのカリスマ性の高さゆえであろうか。
魔人ではあっても、未だ完全に覚醒しているわけではない……その認識があったからかもしれない。
そして、眷属は倒せない相手ではない。
それは、連合が証明した。
王国だって、ハフリーナの街で証明したではないか!
少なくとも、王国軍の士気は高かったのだ。
だいたいにおいて。
「なあ、スコッティー。俺らって、働き過ぎじゃないか?」
「ああ、ザック。全く同感だ。頼むから、一人で、ドンタン騎士団長殿に直訴してきてくれないか?」
「いや、そんな事したら、俺だけ大目玉くらうだろう。だいたい、何で俺だけ行かせようとする……」
「そりゃあ、置かれた状況を的確に理解しているからさ。もうすぐ魔人やその眷属たちと戦う、その最前線に置かれた、この状況をな」
王国騎士団中隊長ザック・クーラーとスコッティー・コブックの会話だ。
二人がいるのは、魔人軍と対峙する王国軍中央の最前線。
王国軍中央の前衛に、王国騎士団は配置されている。
間違いなく、戦端が開かれれば、最初に激戦の 渦中(かちゅう) へと投じられる戦力であった。
もちろん、それは望むところ。
そのために、この三年、訓練してきたのだ。
ザックは、まあ、セーラに認められたいという不純な動機が多少はあるが。
そんな彼らだが、「働きすぎ」という面も否めなかった。
ウイングストンで、魔人の眷属らと公爵家の関係を確認してすぐに、部隊を置いてあるハフリーナの街に戻った。
すると、すぐに本隊に合流せよという命令が出て、ほとんどとんぼ返りで東街道まで出て、王都から進発した王国軍に合流。
そのまま、休みなくこの戦場に到着した。
鍛えているために、体力的には実は疲れていないのだが、ぼやいてしまうのは昔からの癖だろうか……。
彼らは、すぐ隣に並ぶ三百人の騎士団を見る。
それは、新興の騎士団であるが、噂に名高い、という形容詞がよくつけられる騎士団。
「カーライル騎士団。カーライル伯爵……かつての『赤き剣』の不倒ウォーレン殿が鍛え上げただけあって、凄いな」
「ああ。立っているだけで精鋭と感じさせる……かなりの実力を 内包(ないほう) していなければ、そんなことにはならない」
ザックもスコッティーも、ただ整然と立つ三百人の騎士団を見て感嘆の言葉をあげる。
全員が首までの高さの大盾を持つ。
武器は、短めの直剣のみ。
基本的に、その直剣もほとんど使わず、大盾が武器にもなると噂されている。
「カーライル伯ウォーレン殿は、間違いなく、アベルが最も信頼する貴族だよな」
「当然だ。そのウォーレン殿をここに配したという事は、この中央前衛に作戦全体の成否がかかっているという事だ」
ザックの問いに、スコッティーは大きく頷いて答えた。
中央前衛が王国騎士団、カーライル騎士団。
右翼前衛がルン辺境伯領騎士団。
左翼前衛がシルバーデール騎士団。
三つの前衛には、最も強力な騎士団が配置されている。
その中でも、作戦上、中央前衛に与えられた役割は大きい……。
翻(ひるがえ) って魔人軍本営。
「敵は騎士団を中心に五万です」
イゾールダが報告する。
「ハッ! 数だけは集めたじゃないか」
魔人ガーウィンはそう言うと、 禍々(まがまが) しい笑いを浮かべて続けた。
「俺のためにな」
ガーウィンが戦争を引き起こしたのは、この王国東部で人、特に戦場を 闊歩(かっぽ) するような者たちを死なせ、その神のかけらを回収するためだ。
そう考えると、五万騎というのは、素晴らしい数と言える。
「半分も死なせれば、俺も完全復活できるか」
ガーウィンの言葉に、イゾールダが頷く。
もう一人の四将、オレンジュは無言のまま頬を掻いている。
小さく首を傾げているようにすら見える。
「オレンジュ! 何か言いたいことがあるのか?」
「いいえ、ガーウィン様。何もありません!」
返事だけは立派なオレンジュ。
「それで、イゾールダ。王国軍は誰が率いている?」
「はい。国王自らが率いているそうです」
イゾールダの報告に、少しだけ驚いた表情を見せるガーウィン。
「さすが、リチャードの 末裔(まつえい) 。自ら戦場に出てくるか。その点だけは褒めてやる」
ニヤリと笑って、ガーウィンは言う。
そして、少し考えこんだ。
それを見て、オレンジュは嫌な予感を覚えた。
それは、これまでの経験から。
たいてい、この後に続くガーウィンの言葉は、あまり良くないものだ……。
「うむ。この戦、俺が全面的な指揮をとろう」
「ああ……」
ガーウィンが宣言し、それを聞いたオレンジュの口から思わず声が漏れる。
その声は、決して大きなものではなかったが、ガーウィンの耳には聞こえる。
「オレンジュ! 何か文句でもあるのか!」
「いえ……ガーウィン様は、あまり賢くないから、そういうのはイゾールダに任せた方が……」
「黙れオレンジュ! お前に言われたくない!」
「いや、そりゃあ、俺も賢くはないですが、ガーウィン様も同じくらい……」
「ええい! もう決めた事だ! そもそも人間の騎士五万くらい、簡単にひねりつぶせるわ! イゾールダ、そうは思わぬか?」
ガーウィンに答えを求められたイゾールダは、顔色一つ変えずに答えた。
「もちろんでございます、ガーウィン様」
それを聞いて一つ大きく頷くガーウィン。
そして言葉を続けた。
「聞いたなオレンジュ。そもそもこの程度の敵、俺やお前たち、誰か一人でもいれば倒せる程度のものであろうが!」
「最初から、そう割り切っていれば倒せますが……。いわゆる、兵の指揮はガーウィン様には向いていない……」
「くどいぞ、オレンジュ!」
オレンジュは小さくため息をついた。
まあ、最終的に負ける事はない……それは分かっているのだ。
だからこそ、用兵を競うような事をする必要もないのに……。
オレンジュはそう思っている。
「まあ、いいか。どうせ負けないのであれば、ガーウィン様の好きにさせるのもありか」
オレンジュはそう呟くと、対峙する王国軍を見るのであった。