軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

0417 終幕 そして、絶たれた希望

それが何なのか……。

外見は、人に見える。

白く輝く法衣を纏った聖職者に。

だが、そこにいる誰もが認識している。

「あれは人ではない」と。

アリーナの中央にいるのだが、観客席まで、その『圧』を感じる。

氷漬けにしたはずのアラクネ……化物クモが消えていることに気付いたのは、おそらく涼だけだったろう。

おそらく、それを依り代か媒介にしての顕現……。

涼は確信していた。

「堕天使……」

瞬間。

涼は、堕天使と目が合ったことを認識した。

だが次の瞬間。

ゴンッ。

<アイスウォール複層氷30層>が一瞬のうちに消滅した。

「<アイスウォール複層氷100層>」

慌てて100層で張りなおす。

100層は、涼が現在瞬時に張れる最高層数だが……。

「魔法じゃなかった……」

先ほど、堕天使が放ち、三十層の氷の壁が瞬時に消えたものは、魔法ではないように感じたのだ。

「エネルギーそのもの、って感じ……それはあり得るの?」

正直、分からない。

正直、理解できない。

だが、目の前にいる。

それは、敵としている。

対処しなければ……全員が死ぬ。

その認識は、涼だけが持ったものではなかった。

強者であればあるほど、その認識を強く持った。

アリーナ中央の堕天使。

北から、グラハムとステファニアが襲いかかった。

東から、ニルスとアモンが襲いかかった。

そして、南から……マスター・マクグラスが襲いかかった。

援護するかのように、南から火属性魔法が飛ぶ。

ロベルト・ピルロだ。

だが、ロベルト・ピルロの魔法砲撃は、堕天使にあたる直前に消滅した。

消滅した瞬間、小さな光を発し、一瞬、堕天使の腕に魔力が流れたのが涼には見えた。

「まさか……吸収した?」

堕天使が、純粋なエネルギーと、物質の間を自由に行き来できると、仮定してみよう。

魔法は……ある種のエネルギーだ。

正直、涼も、魔法の全てを理解しているとはとても言えないが、それでも、ある種のエネルギーであるとは思っている。

本来、『エネルギーどうしがぶつかる』ということはあり得ない。

『エネルギーを帯びた物質がぶつかる』ならよくある。

では、魔法における『対消滅』は?

魔法を正確に理解しない限り、この辺りは解けない問題なのだろう……。

三方から襲いかかった剣士たち。

その打ち下ろしは速く、その突きは鋭く、その薙ぎは剣閃すら残さない……。

だが……。

カキンッ。

全ての剣は、堕天使に届く前に弾かれた。

おそらく、打ちかかった者たちも分かっていたのだ。

聖剣であろうと、届かないであろうということは。

それでも、打ちかからねばならなかった。

理由は、恐怖。

一騎当千、百戦錬磨……そんな彼らですら、いや彼らだからこそ理解できる、人の本質に直接訴えかけてくる恐怖。

恐怖に突き動かされ、攻撃するしかなかったのだ。

だが、予想通り……全ての剣は届かなかった。

涼は、動かなかった。

涼ですら、堕天使に対する恐怖は感じていた。

だが、それ以上に理解していた。

この世界の剣では届かないと。

あれは『倒せるものではない』と。

倒せないならどうする?

諦めるか?

否!

「倒す必要はない」

そう。

「閉じ込めればいい」

そう。

「封印すればいい」

だが、問題がある。

あれは物質ではない。

物質であるなら、物質で囲んで閉じ込めればいい。

だが、あれはそうではない。

あれが物質とエネルギーの間を行き来するものであるのなら……どう閉じ込める?

エネルギーを閉じ込めたい……その方法は?

何かないのか?

「ある!」

涼は頭をあげると、エトに告げた。

「ちょっと下に行ってくる!」

「え? リョウ?」

「<ウォータージェット6>」

ウォータージェットが円を描き、直径五メートルほどの穴を穿つ。

かつて、アベルらをダンジョン四十層に助けに行った際に使った手法だ。

そして、涼は、躊躇なく飛び込んだ。

穴の先は……。

第一層。

いくつかのテンプル騎士の死体と……棺桶大の錬金道具。

「<アイスバーン>」

棺桶を穴の中央にまで滑らせてきて……。

「<氷筍>」

棺桶と涼がいる地面から、霜柱が湧き上がる……それは大きな氷の柱となって、涼と棺桶を掲げたまま、観客席まで伸びた。

わずか数秒で、涼と棺桶が観客席に現れた。

「リョウ、それは……」

「ええ。魔力と神のかけらを集める機構が備わっています。いくつかの魔法式と魔法陣を複合的に組み込んで、あいつを閉じ込めます!」

エトの問いに、涼は明確に答えた。

「う~ん……これって、磁力線の周りをまわる荷電粒子みたいな……神のかけらって、荷電粒子なの? いや、なんか違うけど……この関係性は似ている……絶対、この魔法式って、あの枢機卿さんの発明じゃなくて、堕天使が教えたでしょう……。ラーマ運動みたい……トカマク型核融合炉のプラズマ閉じ込め……こうすれば、永遠に回り続ける? 永久機関……いや、逆か……壮大なるエネルギーの浪費機関……」

涼がぶつぶつ言いながら、棺桶をいじくっている間も、アリーナ中央での戦闘は続いている。

とはいえ、人間側が一方的に剣で斬りつけ、全く傷つかない堕天使が彼らを弾き飛ばす……その繰り返しであるが。

さすがに、ハラハラしながら、アリーナと涼とを交互に見るエト。

そうして、ようやく、涼が立ち上がる。

「できました!」

だが、立ち上がり、もう一度アリーナ中央を見て、少し考えこんだ。

そして呟く。

「ダメだ……この棺桶では足りない……」

アリーナ中央の、おそらく堕天使がこの三次元に顕現した存在。

数百人、数千人分の魔力と神のかけらを集めて、地下の魔法陣を起動する予定だったこの棺桶でも、あの堕天使を封印するには『頑丈さ』が足りない。

(ループ機構は形成できているし、その『閉じた輪』の中に堕天使のエネルギーを取り込むけど……やはり大きすぎる……分割するか、さらにもう一重、閉じ込めるかしないと、魔法式そのものが耐えられない……やはり、この世界のものではないというのは厄介……)

涼は考える。

何かいい物はないかと。

何かいい方法はないかと。

その視線は、もう一度、目の前にある棺桶に向く。

そして、閃いた。

(もう一個、棺桶があった! あれを使って、二重閉じ込め法みたいにすれば……)

涼はチラリと、南側観客席を見る。

そこには、中央諸国使節団がいる。

棺桶の真上は、真ん中……王国使節団!

観客席の床には、涼の<アイスバーン>がある。

ならば……。

(<ウォータージェット>)

<アイスバーン>の底側から<ウォータージェット>を発して、氷の床一枚を残して、その下を水で掘り進める。

そして、達する第一層。

(<アイスバーン><氷筍>)

さきほど同様に、氷の床で棺桶を滑らせ、霜柱のように棺桶が下から掲げられ、一気に最上層……残された一枚の氷が開くと同時に、棺桶が観客席に現れる。

周りで驚く使節団。

誰も説明はないが、その中の多くの者が、「どうせリョウがやっているんだろう」と認識していた。

涼も有名になったのだ……。

(<アイスバーン>)

氷の筍によって掲げられた棺桶は、氷の滑り台によって、南側観客席から涼のいる東側観客席まで滑り降りてきた。

無事、涼の前に到着。

すかさず、魔法式と魔法陣を新たに描きこむ涼。

先ほど修正を施した棺桶は、目の前にやってきた南側の棺桶に比べて、ほんの少しだけ小さい。

これは、一層で見た時に<精査>したので確かだ。

であるなら、この南側の棺桶の中に入るはず!

「完成!」

素晴らしいスピードであった。

共和国のゴーレム『シビリアン』をロールアウトした時の、ニール・アンダーセンもかくやというスピード。

それは、涼の錬金術も、十分、一流の領域に達しているというその証かもしれない。

東側棺桶を、南側棺桶の中に入れる。

そして、再び考える。

封印するべき道具は完成した。

だが、これをアリーナ中央に持っていって、「これに入ってください」と言っても、当然入ってくれる相手ではない。

それに、二重閉じ込めにしても、まだ不安が残る。

そんな事が可能なのかどうかわからないが、堕天使に何らかのダメージを与えて、もう少し『弱く』しなければ、入れた瞬間に棺桶が吹き飛ぶ可能性が高い。

だが、アリーナ中央では、それこそ百戦錬磨の強者たちが、聖剣を持って襲っているが……全て堕天使の<障壁>らしきものに弾かれて、一撃も入れる事ができていない。

聖剣ですら、破る事ができない、この世のものならざるものの障壁。

魔法を吸収し、聖剣が届かない相手。

この世のものではない相手。

そんな相手に、ダメージを与えて弱くするなど、不可能。

「何かないか、何か……」

涼は視線を巡らせる。

そして、一点で止まった。

それは、彼が腰に差す……。

「村雨……」

鞘から抜き、右手に持つ。

何度も、共に死線を潜り抜けてきた、まさに涼の相棒。

その剣は、人ならざるもの、剣の師匠である妖精王から授かった物。

「君に、頼るしかないのかも……」

涼は呟いた。

その瞬間、少しだけ、本当にうっすらと、村雨が青く光った気がした。

まるで、「頼っていいよ」と答えたかのような。

涼は、村雨に氷の刃を生じさせ左手に持つ。

右肩に、二重にした『棺桶』を担ぐ。

そしてエトに言った。

「行ってきます」

「行ってらっしゃい」

エトが答える。

アリーナ中央では、届かない聖剣で、それでも恐怖に突き動かされた百戦錬磨のツワモノたちが、堕天使に斬りつけている。

彼らも理解しているのだ。

聖剣でも届かないと。

堕天使の<障壁>に弾かれると。

だが、頭ではないのだ。

心なのだ。

心が動かされるのだ……恐怖によって。

目の前の存在によって、心の奥底から湧き上がる恐怖。

恐怖はやがて絶望となる。

絶望となれば、体も動かなくなる。

彼らは知っている。

だから、まだ動けるうちに、斬りかかるのだ。

北側から襲ったグラハムとステファニア。

東側から襲ったニルスとアモン。

そして、南側から襲ったヒュー・マクグラス。

彼らも、いよいよ受け入れざるを得ない状況にあることを感じ始めていた。

この存在の前には、人はなすすべがないと。

そんな……瞬間、彼らの頭上を青い光が奔った。

青い光は堕天使の西側に降り、『棺桶』を地面に置くと、間髪を容れずに堕天使を襲った。

パリン。

ガキンッ。

ガラスが割れたような音が響き、すぐに硬質な物どうしがぶつかり合う音も続く。

涼の打ち下ろしが、堕天使の障壁を破り、いつの間にか堕天使の手に握られた剣が、その打ち下ろしを防いだ音。

聖剣ですら割れなかった障壁を、涼は割った。

「堕天使、あなたの相手は、僕と村雨です」

涼が 啖呵(たんか) を切った瞬間、堕天使がうっすら笑ったように見えた。

そして、二人の剣戟が始まった。

涼が攻める。

打ち下ろし、切り上げ、 袈裟(けさ) 懸(が) け、逆袈裟、横薙ぎ……そして突き。

だが、その攻めは、決して荒れていない。

むしろ丁寧に、これまで身に付けてきた剣を一つ一つなぞるように。

ただし、高速の剣閃。

堕天使が守る。

かわし、流し、はっきりと受け……それは守りの精髄。

そう、その守りに、一切の緩みはない。

むしろ完璧に、涼の全ての攻撃を一つ一つ守り弾く。

当然、高速の剣閃。

「凄い……」

その言葉は、誰が漏らしたものだったか。

すでに、アリーナ中央で戦っているのは、涼と堕天使のみだ。

グラハム、ステファニア、ニルス、アモン、そしてヒューも、遠巻きに二人の戦闘を見ている。

彼らが持つ聖剣が届く相手ではない……。

分かっていたが、心が恐怖に突き動かされた。

だから、攻撃せざるを得なかった。

しかし……。

自分の代わりに涼が戦ってくれる。

しかも、涼の剣は、この恐怖の対象に届く!

だから、彼らは見守ることにした。

そんな中、繰り広げられる剣戟。

奇をてらったものではない。

むしろ、正統派とも言っていい剣の流れ。

そう、だからこそ、見る者に、嫌でもそのレベルの高さを感じさせる。

努力に努力を重ね、何度も打ち倒されそのたびに起き上がって剣を取り……それを繰り返して積み上げ、築き上げてきた剣。

それは、決して天才の剣ではないのかもしれない。

それでも一切手を抜くことなく、 真摯(しんし) に剣と向き合ってきたからこそ到達した、圧倒的な努力の剣。

それは、 儚(はかな) さや 脆(もろ) さなど全く感じさせない……。

「分厚いな……」

マスター(剣を極めし者) ・マクグラスは、涼が真摯に剣と向き合ってきた時間によって作られたその『分厚さ』を、見て取る事ができた。

だから、そう呟いた。

それは、かつて自分も通ってきた道。

アベルのような、天才がさらに努力して到達する高みとは違う……。

だが、決して、彼らが到達する高みに負けず劣りもしない……。

そんな、別の高み。

ヒューは知っている。

その高みには、一人では上っていけないことを。

自分の全てを預けられる、『相棒』に出会わなければ上っていけないことを。

それはヒューにとっての聖剣ガラハット。

おそらく、涼にとっては、今振るっている氷の剣……。

ヒューは、涼の剣の由来や来歴は全く知らない。

銘(めい) があるのかすら知らない。

涼が剣を信じ、剣が涼のために全力を出している……それは理解できた。

人と人の間の信頼とは違う。

完全なる、一心同体。

剣が、剣士の体の一部となり、お互いを高い『次元』に引き上げる。

そんな光景を見る事ができるのは、剣士にとって幸せな事。

「あいつ、魔法使いなのにな……」

ヒューは思わずそう呟いた後、苦笑した。

理解したのだ。

そんな事は関係ないと。

ただ真摯に剣と向き合い、心を通じ合わせ、高みに上る男。

それだけなのだと。

涼の攻め、堕天使の守りで始まった剣戟は、涼の守り、堕天使の攻めに変わっていた。

初めは、「攻めてこい」とでも言うかのように、どっしりと構えていた堕天使であったが、今では激しく攻めている。

まるで、涼の攻めを受け続けるうちに、自分も熱くなったかのように……。

目を凝らしてみれば、もしかしたら、うっすら笑っているのが見えたかもしれない。

そして、当然のように、そんな苛烈な攻めを受けている涼も、笑っている。

なぜ笑っているのか?

笑う理由など一つだ。

楽しいからだ。

もちろん、致命打を受ければ死ぬ。

それは理解している。

理解しているが……楽しいと感じるものは仕方あるまい。

堕天使の横薙ぎを受け、袈裟懸けをよけ、そこからの切り返しに体を開いてかわし、袈裟懸けで反撃する。

そんな涼の袈裟懸けを、足さばきでかわしつつ、さらに一歩横に踏み出し、死角からの斬撃。

涼は、堕天使の剣筋はこれまで見た事のない剣であったが、はっきり言ってワクワクしながら受けている。

致命打を受ければ死ぬのに。

そして、ついに……。

受けに失敗する。

ザシュッ。

大きく切り裂かれる涼の右腕。

驚くべきことに、堕天使の剣は、妖精王のローブごと斬り裂いたのだ。

「大丈夫、骨には達していない」

瞬時に判断する涼。

だが、すぐに、別の、もっと重要な事に思い至った。

「ローブが斬られた……?」

だが、ローブはすぐに、自ら修復した。

まるで意思があるかのように。

「良かったです」

涼はホッとした。大切なローブがボロボロになる姿は見たくないのだ。

……。

そう、そうじゃないよね、涼が心配すべきはそこじゃない。

腕は深く傷つき、かなりの出血があるのだから。

服より体の事でしょう、心配するなら。

だが、涼は言い放つ。

「これくらいはハンデです。腕を斬り落とされたわけではありません」

それを聞いて、堕天使は明らかに笑った。

これまでの、うっすらとした笑いとは違う。明確な笑い。

それでこそ。そんな戦いを喜ぶかのような……。

涼の、鉄壁の防御すら破る堕天使。

だが、涼は絶望したりはしない。

一見不可能に見えても、必ず突破口はある。

涼は、多くの人外と戦ってきた経験から、その事を知っている。

成功体験こそが、人に自信を持たせるのだ。

涼は、正眼に構えた。

右腕は深く傷ついている。

だが、問題ない。

涼の剣は、左腕で支えるのだ。

右腕は、剣を導くもの……。

堕天使も、これまでと違う涼の雰囲気の変化を悟ったのだろう。

大きく剣を振りかぶった。

一撃で決める。

一撃で決まる。

完全な静寂の中、動かない二人。

カランッ。

何かが落ちた音。

それがきっかけとなった。

二人、同時に飛び込む。

先に振り下ろされる堕天使の剣。

ほんの少しだけ、左半身をさらに前に出し半身になる涼。

右腕を頭上に突き出す。

斬り飛ばされる涼の右腕。

だが同時に、左手一本で支えられた村雨が、堕天使の胸を貫いていた。

左手一本突き。

さらに、突き刺さった胸から広がる氷。

涼の魔法ではない。

村雨だ。

魔法が利かない相手のはずなのに、だが、村雨は柄と刀身を青く輝かせながら堕天使の動きを止めた。

「棺桶、起動!」

涼が叫ぶ。

その瞬間、堕天使の表情が驚きに変わった。

そして、涼が最初に飛んできた時に持ってきた棺桶に目をやった。

数瞬後、フッと笑う。

それが何で、どんな改造をされたのかを理解したのかもしれない。

「かつて、数百年に渡って魔人を捕らえていた錬金術です。それも、魔人自身の魔力を使って」

コナ村の近く、南の魔人を捕らえていた機構の応用だ。

魔人自身の魔力を使って、魔人を捕らえ続ける……ある種の外法。

涼が『ハサン』から引き継いだ『黒いノート』にも似た魔法式が載っていた。

もちろん、当時は、涼には全く理解できないものであったが、この三年で涼の錬金術に関する知識は増え、経験も積んだ。

スキルは磨かれたのだ!

今回は、堕天使のエネルギーを使って、堕天使自身を閉じ込める。

それは、恐らく、天才錬金術師ケネス・ヘイワード子爵すらも知らない技法。

「そして、神のかけらという、恐らく高次元のものにすら重要な要素を、捕らえて離さない機構がこの棺桶には備えられています。あなたが、サカリアス枢機卿に伝えた魔法式でしょう? それを使えば、高次元からやってきたあなたを捕らえるだろうということは、容易に予測できました」

涼は説明する。

説明しているが、同時に、理解してもいた。

目の前の堕天使は、いわば死に場所を求めて、この三次元に顕現したのだろうと。

もちろん、誰が相手で、どこで死んでもいいわけではない。

自らの死にふさわしい相手、ふさわしい場所、そして、自分自身を納得させる状況でなければならない……。

おそらく、このアリーナに顕現して、すぐに気づいたのだ。

この場にいる中で、涼こそその相手にふさわしいと。

いや、もしかしたらもっと前に涼の存在を知っていた可能性もある……例えば、地下宮殿の吹き抜けで教皇を倒した時とかに……。

だが、このアリーナに降りて、明確に理解した。

涼こそ、最後の相手にふさわしいと。

それは、涼そのものの力を理解したというより、妖精王のローブを纏っていたから。

自らの力に干渉する事ができる妖精王の剣を持っているのを認識したから。

だから、観客席にいた涼を最初に撃った。

そして涼は、『棺桶』を準備し、村雨と共に剣で戦い……おそらく堕天使を納得させた。

いずれは、神からのエネルギー供給が途絶えている堕天使は、消滅するだろう。

だが、できれば自ら動いて幕引きをしたかった……そういうことなのだろうと、涼は勝手に解釈した。

「納得したのなら、この棺桶でゆっくり眠ってください」

涼は、むしろ穏やかな口調でそう言った。

堕天使は、うっすらと笑い……『棺桶』に吸い込まれた。

転げるように走ってきたエトによって、涼の右腕は無事再生された。

その後、棺桶の保管について話し合われた。

涼はもちろん、棺桶を移動させることができる、ほとんど唯一の人物であるため、話し合いには最後まで残っていた。

その間に、中央諸国使節団は宿舎に戻った……。

話し合いが終わり、さすがに、宿舎に着いた涼も、疲労を感じていた。

魔力の消費はそれほどでもないが、精神的な部分でだ。

腕一本斬り飛ばされれば、それも当然だろうが。

「おかえり、リョウ」

「リョウさん、おかえりなさい」

「風呂でも入ってこいよ」

エト、アモン、ニルスの出迎えで、ようやく、少しだけ元気になれた涼。

久しぶりに、遠く離れた国王陛下に報告することにした。

((さすがに疲れましたよ。これは超過勤務手当を貰わなければ、やってられません))

((……リョウ))

((アベル? どうしたんですか?))

答えたアベルの声は、これまでに涼が聞いたことがないほど暗いものであった。

((……すまん、リョウ。もう、王国はダメかもしれん))

((アベル?))

((使節団の人間だけでも生き残ってくれ……いいな? 絶対に中央諸国に帰ってくるなよ?))

((アベル?!))

((戻ってくるな……))

そこで、交信が途切れた。

その後、何度接続を試みても、アベルには繋がらない。

『魂の響』が繋がらないなど、これまで一度もなかったこと。

異常な事が起きたのは確かだ。

そんな涼の、尋常でない様子を、『十号室』の三人は、横で見ていた。

「リョウ?」

静かに呼びかけるニルス。

さすがに、冗談を言える雰囲気でないことは分かる。

「アベルとの交信が途絶えました」

「え?」

涼の絞り出すような言葉に、絶句するニルス。

エトとアモンも何も言えない。

「中央諸国には戻ってくるなと言われたけど、そういう訳にはいきません……」

「でも、一カ月はかかる……」

涼の言葉に、ニルスが常識的な事を言う。

「マーリンさんは?」

「確か、魔力が……ダンジョンの魔力が、まだ戻り切っていないから、中央諸国までの転移は届かないって言ってたよね……」

アモンとエトが、魔人マーリンでの転移の可能性を探ったが、無理であった。

勇者ローマンと魔王ナディアを転移で送っていったために消費した魔力……マーリンだけではなく、転移の土台となる西ダンジョンの魔力……『十号室』の者たちが認識している『魔力』と同一のものなのかどうか不明だが……回復に、かなりの時間がかかるらしい。

涼は何かを思いついて、顔をあげて言った。

「帝国宿舎に行きます」

「え? おい、リョウ!」

歩き出した涼に、思わず声をかけるニルス。

だが、涼は速足で宿舎を出て行った。

帝国使節団宿舎。

「ナイトレイ王国、ロンド公爵リョウ・ミハラです」

涼はそう言いながら、身分証明プレートを前に突き出し、入り口から入った。

「え? 公爵?」

「あれって、さっきの水属性魔法使い?」

「いや、ちょっとお待ちを!」

「勝手に入らないで……」

全ての声を無視して、掴んでくる者を<アイスウォール>で排除しながら突き進む涼。

「先帝陛下にお目通り願います」

そう言いながら、全ての邪魔者を排除して、最上階の皇帝の部屋の扉を開けた。

「失礼します、先帝陛下……いない?」

そこは、ひと際豪奢な部屋……先帝用に設えられた部屋であるのは一目でわかるが……そこにいたのは、一人の貴族であった。

彼は先帝ではない。

涼も知っている貴族。

「ハンス・キルヒホフ伯爵?」

「ええ、こんにちは、ロンド公爵閣下」

「失礼ですが、先帝陛下は……」

「陛下はいらっしゃいません」

涼の問いに、ハンス・キルヒホフ伯爵は、何の気負いもなく答えた。

涼の頭に、突然答えが閃いた。

それは、あの集会場でのトラブルの間中、ずっと……僅かに引っかかっていた事。

涼とロベルト・ピルロの元に来たのも、ハンス・キルヒホフ伯爵だった。

先帝ではなく。

そう、先帝は、あの時点ですでに……。

「もう、この西方諸国には、いらっしゃらない?」

「ええ。さすがですね、よくお判りになられました」

それを聞いて、涼は膝から崩れ落ちる。

「ロンド公爵?」

訝しげに問うたのはハンス。

「それは……先帝陛下は……<転移>を使えるハーゲン・ベンダ男爵と共に中央諸国に戻っている……つまり、ここにはもう、ハーゲン・ベンダ男爵はいない、ということ……ですよね」

涼の確認するような言葉は、すでに力なく小さい。

「はい、おっしゃる通りです」

ハンスは頷いて答えた。

涼が、速やかに中央諸国に戻る方法が、完全に失われた瞬間であった……。