作品タイトル不明
0406 教皇就任式当日
教皇就任式当日。
教皇就任式とは、教皇が即位して、ちょうど一年後に行われる式典で、遠方へのお披露目も兼ねている。
さすがに、中央諸国から使節団が訪れるのは今回が初めてであるが、比較的交流のある、暗黒大陸の国家や宗教指導者層などはよく招かれる。
今回も、総計四百人近い人数が、暗黒大陸から招かれているらしい……。
「分かれてますね、右手と左手に。あまり見慣れない服装ですよね」
アモンが目の良さを活かして指摘する。
「なんというか、派手な色だな」
「原色を多用していますね。宗教関連の方々もいるみたいですけど、その方々の服も赤とか緑とかを複数の色を組み合わせて、目立つね」
「デザインは、けっこうカッコいいですね!」
ニルスが事実を述べ、エトが中央諸国の神官や西方諸国の聖職者たちとの服の違いを指摘し、涼が自分の判断基準に忠実に感想を述べる。
カフェ・ローマーで見た者たちは、西方諸国の服を着ていたが、こういった式典では自国の服を着るらしい。
彼らがいるのは、教皇庁敷地内にある巨大な円形集会場の観客席にあたる場所だ。
円形集会場は、地球のローマにあるコロッセオのような外見で、今回のような大人数が参加する行事の際に使われる。
円形集会場は、『円形』と呼ばれているが、楕円形だ。
いわゆるまん丸なものを、真円と呼ぶが、楕円形は、その真円をぶちっと押し潰したような形。
涼たち王国使節団が座っている席が、ちょうどそのぶちっと押し潰した場所の中央。
王国使節団の右側に帝国使節団、左側に連合使節団。
ちなみに、その対岸が西方教会の聖職者たちの席となっている。
そして、ぶちっと押し潰されていない場所に、暗黒大陸からの来賓たちが座っているようだ。
「僕たちは、一カ所に固められていますけど、暗黒大陸からの来賓たちは、左右に分かれていますね」
涼の指摘通り、楕円の長軸の先、右の先端と左の先端に、別れて座っている。
「教皇庁で知り合った修道士に聞いたのですが、暗黒大陸沿岸の、東部国家群と西部国家群で分かれているのだそうです。この国家群同士は、百年以上にわたって戦争状態にあるそうなので、教会も注意しているそうで……」
そう答えたのは、『十号室』の後ろに座っている、『十一号室』の神官ジークだ。
いつの間にか、教皇庁内にも知り合いを作ったらしい。
涼ですら作れていないのに……ジーク恐るべし!
「あ、リョウさんもご存じの、カールレ修道士です」
既知(きち) の方でした……。
「そういえば、グラハム枢機卿とかはいないよな?」
ニルスが、正面の観客席を見て言う。
「大司教以上は、客席ではなくて、アリーナの方に入って来るらしいです」
これもジークが答えた。
おそらく、カールレ修道士経由であろう。
カーン。
その時、鐘が鳴った。
ただ一度であるが、それだけで、正面の西方教会関係者席は静まる。
その静まりが、暗黒大陸来賓席に広がり、最終的に中央諸国使節団の席にまで広がった。
十号室の四人も、十一号室の三人も口を閉じる。
咳(せき) 払(ばら) い一つない、完全な 静寂(せいじゃく) 。
三千人はいるはずの集会場がだ。
完全な静寂の中、アリーナに入ってきた一団。
先頭は 緋(ひ) 色の服を着た十二人の枢機卿。
緋色である点はいつも通りだが、遠目にもかなり豪奢であることが分かる。
その枢機卿たちの後ろから、白い法服の男性が一人。
教皇。
二度、消えたはずの男。
二度、涼が倒したはずの男。
二度……復活したらしい。
見たところ、以前と全く同じに見える。
だが、それは、数カ月前、中央諸国使節団歓迎式典で見た教皇の雰囲気と同じに見える。
そう、二度の戦闘時の教皇ではなく。
外見は、いずれの時も同じに見えたのだが……。
歓迎式典の時に感じた教皇の違和感……中身が空っぽな感じ。
今、再びそう感じていた。
戦闘時は、全くそんな事は感じなかったことを考えると、何か理由があるのだろうが……。
「この前の、戦闘の時とは違う?」
そう呟いたのはエト。
涼は驚いてエトの方を見て囁いた。
「エトもそう思います? 戦闘した時とは、なんか違いますよね」
「うん。なんだろう、戦闘の時は、満ち足りた感じというか……そんな感じだったよね。でも、今は……あの時よりも力を感じない……かな?」
涼の囁きに、エトは首を傾げながら答えた。
この頃には、周囲にも囁き位の会話は交わされ始めている。
主にその原因は、正面に座る聖職者たちのすすり泣きであったろう。
栄(は) えあるこの場に居合わせることができた事を感謝し、泣いているのだ。
「力を感じない……あ、もしかして、魔力?」
「ああ! 勇者パーティーの魔法使いたちとかの魔力の供給が無くなったから? 確か、歓迎式典の時は、他の二十八人は分からないけど、少なくとも勇者パーティーの四人は、まだ捕まっていなかったよね?」
涼が思いつき、エトが確認して頷いた。
あの、勇者パーティー四人の魔力供給が、かなり凄いものであったことを、涼は実感した。
さすがに、西方諸国トップクラスの魔法使い四人だ!
「それにしても、魔力を吸い上げてからの非接触供給って……現代地球の非接触電力供給みたいで凄いです。仕組みや魔法式を見たいですよね。そうして、ぜひ、うちの水田管理ゴーレムに組み込んで……」
涼のその呟きは、隣に座るニルスにももちろん聞こえた。
「何で水田管理ゴーレムに、そんなとんでもない魔力の供給をしなきゃならんのだ……」
「いつ、どこで、強力な魔物と戦うことになるか分からないじゃないですか! あるいは、外国の軍隊や冒険者が攻めてくるかもしれません! 備えあれば 患(うれ) いなしです」
ニルスのため息交じりの言葉に、涼はいっそ堂々と言い切った。
そんな会話を交わしている間に、最後に大司教たちがアリーナに入って来て、式典が始まった。
教皇が祝福の言葉を述べ、西方教会の聖職者たちが、一斉に 跪(ひざまず) いた。
二千人もの人間が、一斉に跪く光景は、なかなか見られるものではない。
「おぉ……」
思わず、ニルスの口から漏れる感嘆の声。
「これは壮観……」
ハロルドも呟く。
「やはりリーダーは、周囲から 畏敬(いけい) の念を抱かれる必要があるのかもしれません」
「リョウ、なぜ俺の方を向いて言う?」
「ベツニ……」
涼が、ニルスの方を向いて言ったのは偶然だ。偶然だと思う。偶然だといいな……。
ニルスが、涼の言葉に反応したのは必然だ。間違いなく必然だ。言うまでもなく必然だ……。
涼が、ニルスの追及をごまかしたのは当然だ……当然のようにごまかしきれていないが!
さらに式典は進み、聖職者たちは全員着席し、教皇が、暗黒大陸からの来賓ならびに、中央諸国使節団に対して、謝意を述べ始めた。
ふと、涼は周囲を見回した。
今回は当然、使節団は護衛冒険者たちだけではなく、文官たちも臨席している。
今日は一切の交渉は行われず、法国政府からも、ぜひ教皇就任式に出席して欲しいと言われている。
だが、文官たちの多くは、頭がくらくらしているようだ。
中には、目をつむっている者たちもいる。
連日の、大小多くの交渉が、文官たちに与える負担はかなり大きいらしい……。
涼は小さく首を振って、視線を前に戻した。
教皇は、来賓や使節団への謝意の後、何やら聖典から引用して話している。
この辺りは、さっぱり分からない。
当然、それは涼だけではなく、ニルス、アモン、ハロルド、そしてゴワンの脳筋四人衆も同様らしい。
「リョウ、今、ものすごく失礼な事を考えなかったか?」
「な、何も考えてないですよ?」
突然のニルスからの指摘。
涼は慌ててごまかした。
いついかなる時も、油断してはいけない!
王国使節団で、そんな会話が交わされている時、お隣の連合使節団では、団長である先王ロベルト・ピルロが小さく首を傾げていた。
「陛下、いかがなさいましたか?」
傍らに控える護衛隊長グロウンが問う。
「うむ。文官たちの様子がな……」
ロベルト・ピルロは、小さな声でそう答えた。
言われてグロウンが周りを見る。
「ああ、確かに……。連日の交渉で、かなり疲れているようで……」
その表情は、心の底から、文官たちを気遣うものだ。
だが、ロベルト・ピルロは首を振る。
「たとえそうなのだとしても、おかしい」
「はい?」
ロベルト・ピルロの呟きに、グロウンは首を傾げる。
先王ロベルト・ピルロの言っている意味が理解できない。
ロベルト・ピルロは、連合使節団だけではなく、王国使節団の方も見ている。
「やはり……。王国の文官たちも同様か」
確かに、王国の文官たちも、疲れ切っており、中には眠っている者もいる。
ロベルト・ピルロは、何かに気付いたかのように、目を瞑った。
目を瞑り、何かを探っている。
その間、もちろん護衛隊長グロウンは言葉を掛けたりはしない。
ロベルト・ピルロが、何かを探ったり、考えたりしているのだ……邪魔をしないのが護衛隊長の役目。
「魔力が抜かれておる」
「え?」
目を開けたロベルト・ピルロはそう呟き、グロウンは驚きの声を上げた。
「地面……というか、この観客席だな。我々の体から、魔力を抜いておる。おそらく、全員じゃ」
「全員といいますと?」
「そのまま、この観客席に座っている、少なくとも使節団全員」
ロベルト・ピルロの言葉に、グロウンは愕然とした。
そして、もう一度周囲を見回す。
「ですが、文官たち以外は何とも……」
「うむ、一見そう見える。文官たちは、総じて、魔力量が多くはない。魔力量が多い者たちは、魔法大学に進んだり、現場に出て魔法を行使しているからな。そっちの方が、手当てが多くつく。ここにきておる者たちは、生粋の文官。魔力量は多くない。じゃから、魔力を抜かれた影響は、冒険者たちよりも顕著に出る。もちろん、騎士たちよりもな」
『ファイ』においては、全ての人間が魔力を保有していることが知られている。
保有している魔力を、外に放出することができる者は、魔法使いと呼ばれる。
だが、外に放出できずとも、魔力は、あらゆる人の体内をめぐっている。
何らかの理由によって、体内をめぐる魔力が極端に減るとそれは魔力切れと呼ばれ、気を失う……あるいは眠ることになる。
元々魔力量が多くない人の場合は、他より早く魔力切れとなる……。
「しかし、この観客席を通して魔力を吸い出すなど……いったい誰が、そんなことを」
護衛隊長グロウンは、首を振りながら呟く。
「当然、こんな大掛かりな仕掛けができるのは、教会の上層部の誰か、であろうな。さて、どうしたものか……」
ロベルト・ピルロは、顔をしかめて首を振った。
原因は分かったが、問題を解決する方法が思いつかない。
ロベルト・ピルロが、この微細とも言える魔力の流れに気付いたのは、彼が超一流の魔法使いだからだ。
だが、そんな彼にしても、この状況を脱する、解決法は思いつかなかった。
「わしは思いつかんが、あの者なら思いつく気がする……。そう思うのも、また不思議な事よの」
少しだけ笑いながら、ロベルト・ピルロはそう呟いた。
そして、傍らのグロウンに言った。
「グロウン、急ぎ、隣の王国使節団に行って、リョウ殿を呼んできてくれ」
「リョウ殿を?」
「うむ。今起きている異常事態への対処に力を借りたい、と言ってな」