軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

0341 ドージェ・ピエトロ

涼が、マファルダ共和国首都ムッソレンテに入ったのは、国境を越えた二日後であった。

首都ムッソレンテは、海に面した貿易都市であり、驚くほど活気に満ち溢れている。

そんな様子を、馬車の窓から眺めて、何度も頷く涼。

「とても活気に満ちていますね」

なんとなく偉そうだ。

そして馬車は、市街地にほど近い、だがかなり広い敷地を確保した、見るからに高級な宿の前に止まった。

「ありがとうございました」

涼はそう言うと、御者にお代を渡す。もちろん、いくらかの色を付けて。

使節団から資金提供を受けているため、旅行資金は潤沢だ。

その間にも、宿から従業員が出てきて、馬車に積んである荷物を宿に運び入れる。

全てがスムーズ。

一瞬の遅滞もなく、欠片のストレスも感じない。

それこそが、一流の仕事。

涼は、上機嫌で宿の扉をくぐった。

そこは、巨大なロビー。

三階吹き抜け、ふんだんにガラスを使い、とても明るい。

涼ですら圧倒された。

今まで、『ファイ』で最高の宿といえば、トワイライトランドへの使節団として、ハインライン侯爵領で宿泊した宿であろう。

大貴族ハインライン侯爵家直轄の宿ということで、全てにおいて完璧であった。

だが今回の宿も、それに負けず劣らず良さそうな感じだ。

「ようこそ、ドージェ・ピエトロへ」

受付のお姉さんも、笑顔が素敵だ。

「こんにちは。とりあえず、三泊でお願いしたいのですが」

涼のお仕事は、相手に直接お手紙を渡すだけ。

今は、すでに夕方の三時なので、今日は出向かないが……。

え? もう三時ともなれば、一日の疲れをとる時間ですよ?

こんな時間からアポもない人の所に出向いたらダメですよ、うん、ダメです。

まあ、とにかく、お手紙を渡すだけなので、すぐに終わるはずなのだが……涼は、三泊はするつもりらしい。

涼の頭の中では、すでに、市街地巡りの計画が立てられつつあった。

もとになる資料は、もちろん、『旅のしおり』

宿舎を出る時に、余っているのを一冊借りてきた……。

なんと『旅のしおり』には、西方諸国唯一の共和国と、その首都についてまで、かなり詳しい情報が収められている……今回の、西方行では、共和国に行く予定は無いはずなのだが。

だが載っていたのだ。

未だ、その底を見せない『旅のしおり』、おそるべし。

涼が案内された部屋は、最上階八階。

百平米を軽く超える部屋に、当然のようについている客室露天風呂……。

中央諸国のみならず、西方諸国においても、高級宿が客室露天風呂を持っているのは標準装備なのだろうか……。

まあ、快適に過ごせるに越したことはない。

そんな涼を、国境を越えてからずっと監視する者たちがいた。

共和国諜報特務庁の者たちだ。

諜報活動はもちろん、近接戦においてもそこらの騎士など足元にも及ばぬほどの技量を持ち、共和国の独立を陰から支える精鋭といっても過言ではない。

だが、そんな精鋭の彼らであったが、ここ数日、状況はひっ迫していた。

「まだ代わりは来ないのか?」

「はい。本庁からは、そのまま監視を続けろの一点張りです」

「くそ……教会の奴らが入り込み過ぎなんだよ……人員が足りていない」

そう、ここ数日、西方教会の関係者が多数、共和国に入国し、その監視のためにかなりの人員が動員されていた。

もちろん、その入国者の多くが正規の手続きを踏んでの入国であるため、牢獄に入れたりはできない……。

だが、破壊工作に従事する者たちが入ってきている可能性はある。

監視の目を緩めることはできない。

結果的に、涼への監視は、ずっと同じ者たちが行っていた。

隊長:バンガン。

副隊長:アマーリア。

隊員:シュリ。

この三人だ。

本来なら、五人体制で、二十四時間ごとに、その五人が入れ替わって監視が行われる規定なのだが……先述した理由から、人が全く足りていなかった。

「バンガン隊長、宿内の監視はどうしますか? 三人では……」

アマーリア副隊長が、監視の方針を確認する。

今回は、あまりにも、いつもと違い過ぎる。

人数は足りず、交代要員もなく……しかも監視対象は、教会関係者や仮想敵国の人間ではなく、中央諸国から来た使節団の要人。

しかも、泊まるのは超一流の宿。

このクラスの宿ともなると、従業員を買収して情報を収集することなど不可能だ。

従業員も、厳選された者たちばかりなのだから。

「仕方ない……同じ階層に、誰か泊まるしかなかろう。ここは、俺が……」

「隊長ずるいです! めったに泊まれない高級宿だからって……」

「な、何を言っているんだ。俺が泊まるのは、俺なら何があっても対応できるからであって、決してここのディナーが美味いからとかそういうことじゃないぞ」

アマーリア副隊長が非難し、バンガン隊長が弁明する。

離れた場所にいる隊員シュリは、二人の様子を見て、小さく首を振る……。

その後。結局、潜入は中止となった。

本庁からの新たな指示で、別の監視対象が増えたため、そちらに隊員シュリを送らねばならなくなったからだ。

残された、バンガン隊長とアマーリア副隊長は、何度も何度もため息をつきながら、宿の外で監視を続けるのであった……。

翌日。

美味しい晩御飯、快適な睡眠、美味しい朝御飯。

全てが完璧であった。

涼は、食後に、軽くストレッチをこなしてから、宿を出た。

請け負った仕事である、お手紙を届けるお仕事をこなすためだ。

当然、涼を監視している諜報特務庁の二人、バンガン隊長とアマーリア副隊長はある程度の距離を取って、尾行する。

この『王国の筆頭公爵』が、何のために共和国に来たのか、その目的を探るのが、二人に課せられた主任務。

それと、もしも何らかの破壊活動を起こそうとした場合は、それを速やかに阻止することも許可されている。

そのために、二人とも近接戦は鍛えられていた。

涼は、あえて宿から歩いて出発した。

もちろん宿は、馬車を手配しようとしてくれたのだが、断ったのだ。

少し街を歩いてみたいからと。

それと……。

((ずっと監視されているのです))

((見るからに怪しい水属性の魔法使いを監視するのは、国としては当然だろう))

((頭から人を疑ってかかるどこかの王様……世界は、もう少し優しい人に満ち溢れていても、いいと思うんですよね。僕みたいに))

((最後の一言が無かったら、同意する人もいたかもな!))

『魂の響』による、そんな会話がなされているなどとは、周りの人間は知らない。

監視している二人も、もちろん知らない。

((住所はこの辺りなんですけど……う~ん、監視している二人に聞いてみるのがいいですかね))

((いや、ばか、やめろ。わざわざ争いを起こすな))

涼の提案は、遠い王都にいる王様によって止められた。

現場にいない人間には、現場の苦労など分からないという典型に違いない!

仕方ないので、涼は近くのカフェに入った。

((アベルに却下されたので、仕方なくカフェで聞くことにしましたよ。そう、これは仕方なくなのです。決して、美味しそうなリンドーのタルトがあったからではないですよ? 本当ですよ?))

((あ、うん……そのカフェを選んだ理由は、なんとなくわかった……))

だが、監視していた二人には、その理由は分からない。

「『カフェ・ロワイヤル』に入りました……」

「ああ、外から監視する」

「バンガン隊長、『カフェ・ロワイヤル』ですよ? あの、『カフェ・ロワイヤル』ですよ? 西方一とも言われるリンドーのタルトが有名な……そして、目が飛び出るほど高級な……」

「ああ……いや、それはわかったが……」

アマーリア副隊長の圧力に押され、冷や汗をかくバンガン隊長。

二人は、お互いに離れて監視すべきかとも思ったのだが……二人一組か、三人一組が基本なため、仕方がないのだ。

窓際に座ったロンド公爵が見える。

とっても美味しそうに、そして幸せそうにリンドーのタルトを食べている……。

「 羨(うらや) ましい……」

思わず、アマーリア副隊長の口から漏れる本音。

だが、二人は気づいていなかった。

そんな二人を見ている者たちがいることに……。