作品タイトル不明
0332 死地
「リョウ……今、なんて……」
ニルスが、恐る恐る尋ねる。
ニルスだけではない。
全員の顔が強張っている。
視線は、骸骨王から離すことができないが、涼の言葉に意識が向いているのは分かった。
「恐らく、この部屋は、魔法無効空間になったと……」
涼がそう言うと、エトとジークが、何やら試した。
「魔法……使えない……」
「はい……」
エトもジークも、その顔は、絶望に染まっている。
「魔法が使えないってことは、相手も使えないってことだ」
「いえ……多分、相手は使える」
「はあ?」
涼が言い、ニルスが納得いかないとの声を上げる。
ベヒモスのベヒちゃんは、魔法無効化によってワイバーンたちの魔法を封じたが、自分は魔法を使っていた……。
原理は全く分からないが……骸骨王は、自分だけ魔法を使える可能性がある。
「そもそも、あの骸骨野郎が、何の魔物なのか分からんが……」
「ターンアンデッドが使えれば……」
ニルスがぼやき、ジークが悔しそうに呟く。
「なるほど。ターンアンデッド封じの魔法無効空間……」
涼は、そう推測した。
その時、地面から湧き上がるものがあった。
「さらに骸骨? 騎士?」
「おいおい、一体じゃないのかよ」
アモンが指摘し、ニルスがさらにぼやく。
五十層のボスは一体。
「ボスは一体だけど、ボスが召喚する場合もあるってこと?」
エトが言い、ハロルドとゴワンが頷いた。
召喚された骸骨騎士は八体。
「アモンはボスをやれ、気をつけろよ。ハロルド、ゴワン、それとジークは、俺と遊撃で倒しまくるぞ。リョウ、エトを頼む」
「はい」
ニルスの指示が飛び、全員が動き出す。
剣士としての力量で、ニルスを上回り始めたアモンがボスに当たる。
残りの前衛三人と、杖術で近接戦もこなすジークが、わらわらと湧いた骸骨騎士たちを倒してまわる。
そして、攻撃力、防御力ともにほぼ皆無の、だが絶対に死なせてはいけないエトを、涼が守る。
ニルスは、ある意味、最も信頼する男に、エトの身を任せたのだ。
もちろん、涼はそれを理解している。
魔法が使えないこの状況で、複数の敵からエトを守る……それは驚くほど難しいオーダーである。
だが、信頼は裏切れない。
涼は村雨を抜き、氷の刃を生成した。
やはり、魔法無効空間においても、村雨は使える。
「エト、後ろ、入口の扉の所まで下がります。あそこで迎撃しますよ」
「うん」
全方位から襲いかかられれば、守り抜くことは不可能だ。
せめて、後方の安全を確保し、その安全域と涼の間にエトを置いて、守り抜くしかない。
この状況において、最も安全と思われるのは、入ってきた扉であろう。
他の壁は……それらの壁から、新たな骸骨騎士が出てこない保証はない……。
涼は、全方位の気配を探りながら、背後にエトを隠し、前方から襲ってくる骸骨騎士たちと切り結ぶ。
切り結びながら、少しずつ下がる。
常に、骸骨騎士とエトの間に、自分の体を入れながら。
時々、大きな横薙ぎを入れ、骸骨騎士を飛びのかせ、そのタイミングで大きく後退する。
個人だろうが集団だろうが、撤退戦が一番難しい。
神経をすり減らすような撤退戦を続け……数分後。
「リョウ、扉に着いたよ」
「了解」
背後のエトが、扉に到着したことを報告する。
ようやく、背後に安全域を抱えることに成功した。
「ここから反撃ですよ」
涼がそう言った瞬間……。
「骸骨騎士が、増えた……」
涼たちの前方、つまり、涼とニルスら四人との間に、新たに八体の骸骨騎士が現れた。
涼は、一気に飛び込む。
振り下ろしてきた骸骨騎士の剣を受け流しながら、右足を大きく踏み込む。
踏み込んだ右足に重心を移しつつ、流すために後ろに残していた剣を戻す勢いで、骸骨騎士の首を刎ねる。
これまでの撤退戦で、首を刎ねるか胸の魔石を割れば倒せることは把握している。
撤退とは、反撃のための情報収集行動でもあるのだ。
首を刎ねた瞬間、今度は、刎ねる勢いで前に出した左足に一度重心を移し、さらに右足を大きく踏み込む。
同時に、右手を村雨から離し、左手を一気に突き出す。
左手一本突き。
切っ先は、前方にいた骸骨騎士の胸の魔石を砕いた。
「すごい……」
涼の、連続二体撃破に、エトが呟く。
エトは、近接戦は完全に門外漢だ。
パーティーの役に立とうと、小型の連射式弩を装備し、中距離での攻撃はできるようになった。
もちろん、骸骨相手には、矢は通用しないために、今回は攻撃手段がないのだが……。
そんな、近接戦が門外漢のエトですら、涼の剣技が普通でないことは理解できていた。
門外漢とはいえ、この数年、ニルスとアモンの訓練は見てきたし、肩を並べて戦ってきたのだ。
魔物や盗賊の討伐も、数えきれないほどやってきた。
B級剣士のレベルは知っている。
そんな彼らと比べても、涼は……普通ではない。
剣(けん) の 理(ことわり) が違う。
そう、それはあるのかもしれない。
アモンは、ヒューム流剣術の基礎を習ったらしい。
ニルスは、ほとんど我流だ。
涼の剣は……どちらとも全く違う。
アモンと涼の模擬戦は、この西方諸国に来る途中でも見る機会があった。
だが、それはただ一合で終わった……。
思えば、涼の剣をしっかりと見たのは、今回が初めてかもしれない。
そもそも、『十号室』と一緒の時には、だいたい涼は魔法ばかりであったし……。
こんな、魔法無効空間のような場所でもなければ、剣をふるう機会もない……?
でも、それにしては、スムーズな剣……。
エトが、そんなことを考えている間も、涼は向かってくる骸骨騎士たちを倒す。
だが、一番に考えるのは、エトの安全。
出過ぎてはいけない。
常に、骸骨騎士たちと、エトの間に体を入れる。
場合によっては、エトのすぐ前まで戻ることもある。
それが、扉の前での、涼とエトの戦闘であった。
涼、エトと、アモン、ボスの間では、ニルス、ハロルド、ゴワン、そしてジークが骸骨騎士を相手に戦っていた。
すでに、八体の骸骨騎士が、二回、新たに現れている。
「くそ! これは、ボスを倒さない限り湧き続けるってやつか」
「そうかもしれません」
ニルスのぐちに、ハロルドが同意する。
もちろん、その間も剣は止めない。
動き続け、剣を振り続ける。
本来、骸骨相手に剣では分が悪い。
棍棒や 鎚(つち) のような、殴る系の武器が良いのだ。
だが、さすがにB級、C級冒険者ともなれば、剣で骸骨を倒すことも可能になる。
突きで、骨を砕くことも可能になる。
C級以上というのは、一流なのだ。
ニルス、ハロルドそしてゴワンの剣を使う三人と比べて、ジークの杖は広い範囲に対して攻撃もできる。
特に、振り回しは効果的であった。
槍や 薙刀(なぎなた) のように、頭の上で片手で振り回したり、両手で持ってバットを振るかの如く横に薙いだり……。
『突かば槍 払えば薙刀 持たば 太刀(たち) 』
杖の特徴を言い表した、古くから日本に伝わる言葉。
もちろんジークはそんな言葉は知らないが、杖の特徴を生かし切った戦いを繰り広げていた。
ジークの杖は、場合によっては、一撃で骸骨騎士を消滅させる。
なぜなら、聖なる祝福を受けた杖だから。
骸骨などのアンデッドに対して、最強の武器であることを証明していた。
では、三人の剣を使う者たちはどうか。
骸骨騎士たちの剣は、はっきり言って、かなりのレベルであった。
冒険者で言えば、C級……場合によっては、B級かもしれない。
それほどに厄介な剣。
さすがのニルスでも、簡単には倒せない。
だが、簡単ではないが、焦らなければ倒せる。
そして、焦る必要のない状況は組み上げてあった。
最大の懸案である、エトの安全は涼に預けた。
確かにここは、魔法無効空間であり、涼は魔法使いである……だがそれでも、涼ならやってくれる。
『絶対に』エトを守ってくれる。
完全なる信頼。
おそらく、ニルスは、自分自身に対する以上に、涼を信頼している……仲間を守ることに関して。
ボスには、アモンを当てた。
すでに、剣技において、ニルスを凌いでいる……ニルス自身、そう認識していた。
しかも、アモンの伸びしろは、まだまだある。
間違いなく、剣の天才。
それに関して、ニルスは全く悔しいとは思っていなかった。
それどころか、どこまで行くのか見てみたい……その思いが強い。
才能があり、努力も惜しまない。
さらに、性格も素直。
これほどに、伸びる要素を持った人間など、そうそういない。
ニルスは、尊敬するアベル王の姿を、アモンに重ねていた。
だからこそ、この場面において、アモンにボスを任せた。
アベルなら、こういう場面で、必ず結果を出す。
きっとアモンも……。
骸骨王は、驚くほどの剣の使い手であった。
盾を持たず、両手、あるいは片手で剣を持ちながら、目にもとまらぬ剣を振るう。
生前は、一国に 冠絶(かんぜつ) するとすら言われるような剣士だったに違いない。
それほどに素晴らしい剣を振るう。
その剣を受けながら、だが、アモンは……微笑んでいた。
いや、嬉しそうだと言ってもいいかもしれない。
剣戟の内容は、アモンが押されている。
骸骨王が攻撃し、アモンが防御する。
ずっと、その構図だ。
だが、アモンの表情は、全く辛そうではない。
絶望に 歪(ゆが) んでもいない。
骸骨王の攻撃を一つ一つ丁寧に受ける。
「なるほど」とか「骸骨王は突きが好きなんですね」とか呟きながら……。
この二人の戦いで驚くべきは、骸骨王の手数であったろう。
剣を繰り出しながら、 石礫(いしつぶて) も放ってくるのだ。
剣を交わすほどのクロスレンジにおいて、魔法を織り交ぜる……。
およそ、普通ではない。
アモンが思い浮かべたのは、かつて見た、アベル王とフィオナ皇女の戦いであった。
フィオナも、剣戟の中に魔法攻撃を織り交ぜていた。
おそらく、それを見たことがあったからであろう。
アモンは、完璧に対応した。
さすがのアモンであっても、初見であったら対応できたかどうか……。
さらに、この魔法無効空間においても、「相手は魔法を放ってくるかも」と涼が言っていたのが頭にあったのもよかった。
実際に放ってきたのだから。
正確な理屈は分からないが、骸骨王が魔法を放つ瞬間だけ、魔法無効空間が歪むような感じを、アモンは感じていた。
骸骨王と自分の間だけ、魔法無効化が外されるような。
そうであるなら、骸骨王だけが魔法を使える理由も分かるというものだ。
「それって、すごく難しい魔法制御なんですよね。以前、リョウさんが似たようなことを言っていました」
アモンは微笑みながらそう言った。
骸骨王は、もちろん何も言わない。
骸骨なので、表情も変わらない。
ただ……少しだけ笑った気がした。
もちろん、アモンの気のせいだろう。
だとしても……笑って、すごいだろう? そう言った気がした。
アモンと骸骨王の剣戟は、ひたすら続いている。
骸骨王はアンデッドなため、全く疲れない。
そのため、激しい剣戟は長くなれば長くなるほど、人間側に不利となる。
なぜなら、人間は疲れるから。
当然、アモンは人間なため、不利になるのだが……。
全く疲れは見せなかった。
それどころか、反撃すら始めていた。
未だに、骸骨王の攻撃、アモンの防御という構図は変わらないのだが、少しだけ、アモンが攻撃をしはじめていた。
それも、骸骨王が見せてきた攻撃をなぞって……。
「う~ん、もう少し、引きを早くした方がいいのか」とか、
「重心を、少し後ろに残したままがいいかな」とか、
「なるほど、ここで片手に移行したのは、剣を返すためか」などと呟きながら。
もし、骸骨王に感情があれば、不気味さを感じたであろう。
これだけ激しく戦い続けているのに、疲れの一つも見せない。
しかも、自分の技をコピーされていく。
それでいて、防御に全く隙が無い……。
不気味さを通り越して、焦り始めたかもしれない。
時間が経てばたつほど、目の前の剣士は、自分の技を吸収して強くなっていくのだから。
実際、アモンは楽しくなっていた。
剣を交えれば交えるほど、自分の技が増えていくのを実感し、強くなっていることすら感じることができていたから。
これは、真剣勝負で、時々起きることだ。
剣の世界だけでなく、多くの分野で、人が経験することができるものだ。
だが、一度も経験しないまま死ぬ人もいる……それもまた事実。
あるいは、経験しているのに、それを自覚しないままに過ごしてしまう人もいる……それもまた事実。
アモンは違った。
経験し、自覚し、成長した。
今、この瞬間にも成長していた。
何十回目か、あるいは何百回目か、骸骨王の技をコピーして、繰り出した。
パキッ。
骸骨王の肋骨の一本を割った。
骸骨王が放っていた時以上の技を放ち、骸骨王の想定を上回るようになったのだ。
コピーが、オリジナルを超えた瞬間であった。
骸骨王は、特に突きが得意だ。
アモンも、突きが好きなために、それを理解できた。
これまでにも、何千回もの突きを放ってきた骸骨王。
そして、また……。
三連突き、四連突き、五連突き……止まらない連続突き。
目にも止まらない突きの連続。
「知っていますか? 突きで腕と剣が伸びきった瞬間は力が籠っているけど、それ以外の時は……」
アモンは、そう呟くと、骸骨王の突きの一つを、腕を伸ばして剣の『腹』で受けた。
そのポイントは、骸骨王の想定外のポイントであり、力の籠っていないタイミング。
骸骨王の剣は大きく後方に弾かれる。
アモンは剣の腹で受けると同時に、右足を大きく踏み込み、同時に左手を柄から離し、右手一本で大きく横に薙いだ。
以前、涼が見せてくれたように……日本の剣術で言うところの、抜刀術を放った瞬間の体勢。
その剣は、骸骨王の首に届き……一息で 刎(は) ねた。
転げ落ちた頭蓋骨が……少し笑った気がした。
そして……言葉を発した気がした。
見事、と……。