軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

0252 涼 vs オスカー

まるで、時が止まったかのようであった。

誰も動かず。

誰も声を発せず。

南部軍最前線勢は、相手の一斉砲撃を受けて立ち止まり、中には腰を抜かしている者もいる。

それはそうであろう。

一千本もの魔法砲撃を受けて、もうダメだと思った瞬間、見えない氷の壁が目の前に現れて全てを弾き返したのだから。

皇帝魔法師団の魔法使い達も、声を発する者はいなかったが、内心は驚いていた。

自分たちの砲撃が、氷の壁一枚で弾き返されたのだから。

もちろん、驚いていない者が四人ほどいるが。

そんな、誰も動けない状況を破ったのは、涼の後ろから聞こえてきた複数の足音。

そして、声であった。

「ハーゲン・ベンダ男爵による<転移>か?」

「おそらく。ただ、我が一族の情報網でも、集団で転移できるという報告が上がってきたことはありませんでした。さすが帝国。徹底的に情報を隠していたのですな」

アベルとフェルプスの会話だ。

二人はそんな会話をしながら、涼の横に並んだ。

ハーゲン・ベンダ男爵。

『帝国軍付き男爵』という、なんとも奇妙な立場の人物である。

中央諸国でただ一人、いわゆる『時空魔法』と呼ばれるものを使うことができる男。

知られる魔法は、<無限収納>と<転移>。

どちらも、軍隊にとっては極めて便利な魔法であるため、彼は「常に」帝国軍と共に行動している。

彼の『時空魔法』が特殊なのは、それが使えるようになった経緯にもある。

彼の父、先代のベンダ男爵も『時空魔法』を使うことができた。

その先代男爵が時空魔法を使えている間は、現ハーゲン・ベンダ男爵は時空魔法を使えなかった。

そして、先代が死んだ瞬間、ハーゲン・ベンダ男爵は時空魔法を使えるようになった……まさに、一族の呪いを引き継いだかのように。

アベルらがそんなことを話していると、皇帝魔法師団から、二人の人物が前に出てきた。

もちろん、団長たるフィオナ皇女と、副長にして『爆炎の魔法使い』と呼ばれるオスカーである。

「あれは……代表戦、ってことでしょうか」

「そういうことだろうな」

涼が問い、アベルが答えた。

「だが、あの二人を相手にするのは厳しいぞ……」

アベルが顔をしかめながらそう言うと、フェルプスが補足した。

「爆炎の魔法使いは、近接戦においても無類の強さを誇るという情報があります。以前、帝国の武闘大会で結果を残しています。また、フィオナ皇女も、腰に佩く宝剣レイヴンを、歴代の誰よりも使いこなすと評判です」

「近接戦も強い魔法使いってのは、そんなにたくさんいるのかよ……」

アベルは小さくため息をついて、そんな言葉を吐いた。

「当然です。近付かれたら終わりです、なんて、ロマンを通り越してマロンになってしまいますよ」

「うん、まったく何を言っているのかわからんな」

涼の言葉を、アベルは全否定した。

「まあ、冗談は置いといて。魔法使いだとかそういう前に、一人の人間として、自己防衛の一環として近接戦もこなせる必要がある……僕はそう思っているだけです」

「……他の魔法使いにも聞かせてやりたいな」

「リンにはウォーレンがいるし、リーヒャにはアベルがいるでしょう? ちゃんと守ってくれるじゃないですか」

「リョウは……セーラか?」

「いえ、セーラを守れるようになりたいですよね」

「そ、そうか……セーラの近接戦を上回る……のか……」

アベルにも全く想像できないレベルの話であった……。

涼は、一歩前に出て唱えた。

「<アバター>」

分身体が現れる。

さすがに、その光景は、帝国の師弟コンビをも驚かせた。

二人が息を飲んだ音が、涼にまで聞こえた気がした。

その二人に聞こえるように、あえて大きな声で言う。

「あの二人の相手など、僕一人で十分です」

「待て、リョウ」

さすがに、それはまずいと思ったのであろう。アベルが涼を止めようと声をかける。

「アベルが出るわけにもいかないでしょう? もし間違って討ち取られでもしたら……」

「いちおうA級剣士だぞ。そもそもこの場面で、俺以外が出るわけにもいかんだろう。皇帝の娘対新人国王なら、ちょうどいいだろうが」

国王陛下はやる気に満ちていた。

やはり、国王である前に、冒険者であり、同時に剣士なのだ。

涼は<アバター>を解除し、アベルが横に並んだ。

「死なないでくださいね」

「お前もな」

そう言うと、涼とアベルは、拳同士を突き合わせた。

お互いに言葉はいらない。

二組に分かれた闘いは、突然始まった。

剣士対剣士の戦い。

大きめの、両手剣としても片手剣としても使える、いわゆるバスタードソードと呼ばれる種類の剣を扱うアベル。

細身で、アベルの剣に比べれば少し短い宝剣レイヴンを扱う皇女フィオナ。

宝剣レイヴンの効果によって、疑似ヘイスト状態となり、いつも以上のスピードが出るフィオナは、はっきり言って異常であるが、アベルはそれに対応していた。

大振りをせず、剣の角度をわずかに変えて流す。足を動かしてかわす。さらに視線によるフェイントを織り交ぜる。

全てを有機的に結合させることによって、剣速の差を殺す。

さらに、防御一辺倒ではなく、適切なタイミングでの攻撃が、フィオナの攻撃魔法の発動を封じていた。

かつて模擬戦において、勇者ローマンにすら効果を発揮した、剣戟中の近接攻撃魔法であったが、アベルは完全に封じていた。

(さすがA級剣士。速度以外、全てで上回られている……。これほど苦戦するなど、師匠以外にはなかったのだが)

フィオナの表情は全く変わらない。

だが、心の中では驚いていた。

決して侮っていたわけではない。

だが、正直、宝剣レイヴンの疑似ヘイスト状態であれば、上回れない相手ではないと思っていたのだ。

だが、現実は……、

(倒せるとは思えない……)

(噂にたがわぬ剣さばき……)

アベルは舌を巻いていた。

もちろん、皇女フィオナの剣の腕が凄いというのは、聞いてはいた。

以前、資料も読んだことがある。

だが、読むのとやるのじゃ大違い、というやつである。

速度差、というものが、剣戟において非常に厄介であることはよく分かっている。

だが、それでも、技術で上回ればなんとかなると正直思っていたのだ。

だが、現実は……、

(俺が行くと言ったのは、失敗だったかもしれん……)

アベル対フィオナの剣戟は、ある種の膠着状態へと進んでいった。

もう一方は……お互いに剣を抜きながら、なぜか魔法戦から始まった。

原因は、もちろん涼の一言である。

曰く、

「やはり、皇女様を氷漬けにして王都に飾ると映えるでしょうね」

相手の冷静さを奪うのは、対人戦の初歩の初歩。

「貴様!」

オスカーはそう叫ぶと、即座に唱えた。

「<真・天地崩落>」

もちろん、涼は迎撃する。

「<アイシクルランス256>」

天井から降り注ぐ炎を纏った岩の雨を、極太の氷の槍が迎え撃った。

空中で対消滅を繰り返し、全ての炎岩は消え去る。

だが、それだけで終わるわけがない。

「<炎飛槍>」

涼の周囲、あらゆる場所から炎の槍が現れ、涼に向かって飛びだした。

「<動的水蒸気機雷>」

あえて、アイスウォールではなく水蒸気機雷で迎撃する涼。

対消滅時に発生する光が眩しいからである。

それは目くらましの意味で。

目くらましをすれば、当然仕掛ける!

涼は、村雨を構えて突っ込んだ。

だが……、

「<炎滝>」

オスカーは、まるで炎の滝を横にしたような、攻撃。

涼の目くらましからの近接戦移行を読んだのだ。

「<積層アイスウォール10層><ウォータージェットスラスタ>」

想定以上に強力な炎の滝。

普通の氷の壁ではもたないと判断した涼は、積層を選択。

しかも、後方へのウォータージェット移動付きである。

積層の氷の壁も、半分以上を食い破る威力の炎。

ウィットナッシュの時とは比べ物にならないほどの威力に、素直に涼は驚いた。

(これは……かつての悪魔レオノールの業火並み? 人間でも、こんな短期間に強くなれるとは驚きですよ)

涼は心の中でそう呟く。

<炎滝>と<積層アイスウォール>とがぶつかり、何十何百の対消滅の光が辺りを照らす。

それに隠れるかのように、オスカーは小さく唱えた。

「<ピアッシングファイア>」

その瞬間、涼の全周に数百の白い炎の針が生じ、涼に襲い掛かった。

<炎飛槍>では突き破れなかったために、数での制圧を選択したのだ。

「無駄! <ウォータージェット1024>」

1024本のウォータージェットが生じ、涼の周りを乱数軌道で周回する。

そして、自ら白い炎の針に激突し、そこでも対消滅が繰り返された。

まったく逆のパターンを、涼は、『ハサン』とレオノールに破られている。

同様に、破られたオスカーが驚いているのが、涼からも見えた。

ひときわ大きな対消滅の光が二人の間で起きた瞬間、一気に涼はオスカーに突っ込んだ。

小細工なしの突撃。そして、最速の面打ち。

「<障壁>」

オスカーは、<物理障壁>と<魔法障壁>を同時に張ってそれを防ぐ。

だが……。

ズシュッ。

涼の村雨は、まるでバターでも切り裂くかのように、オスカーの障壁を切り裂いた。

「なんだと……」

障壁を切り裂き、そのままオスカーに迫る村雨の刃を、体さばきでかわしながら、オスカーの口からは驚きの声が漏れた。

それも当然であろう。

勇者ローマンの聖剣アスタロトすらも弾き返した<障壁>である。

それが簡単に切り裂かれるなど想像できるわけがない!

「<地炎>」

オスカーの呟きで、半径五メートルの地面が全て溶け、溶岩のように溶けた。

オスカーが立っている場所以外。

「くっ」

涼はバックステップして距離を取る。

近接戦を封じられた。

<アイスバーン>などで、溶岩を無効化すればいいのだが、それだけではうまくない。

だが、涼は、一ついいアイデアを思いつく。

「これならどうする? <積層アイスウォール10層パッケージ><スコール>」

その瞬間、驟雨で足元の溶岩が固められ、同時に、オスカーの周りを、氷の壁が包み込む……全方位を。

壁から、中心にいるオスカーに向かって、氷の壁の厚みが増していく魔法。

かつて、悪魔レオノール、A級ブルーノに放った技。

「児戯! <炎槍乱舞>」

オスカーが叫ぶと、周囲に何十本もの炎の槍が発生し、自転しながら、さらにオスカーを中心に公転し、次々と全方位から迫る氷の壁を薙ぎ払い続け、最終的にはそれを打ち破った。

打ち破るのは、当然、涼の想定の範囲内だ。

涼は、心の中で何かを短く唱え、村雨を構え、<ウォータージェットスラスタ>で再びオスカーの元に突っ込んだ。

迫りくる氷の壁を打ち破った直後であっても、もちろんオスカーは油断などしていなかった。

当然、それに合わせて涼が攻撃を仕掛けてくると予測していたからだ。

そして、案の定、突っ込んできた。

音速の<ウォータージェットスラスタ>であるが、オスカーとて尋常の者ではない。

抜き身の剣を構え直し、足を開いて何があっても対応できるように踏ん張った……踏ん張ろうとした……。

「っ……」

声にならない声がオスカーの口から洩れた。

踏ん張ろうとした足元が、凍っていたのだ。

踏ん張りがきかずバランスを崩すオスカー。

そこへ、音速を超える突撃をかける涼。

村雨を一閃。

斬り飛ばされるオスカーの左腕。

首を狙った涼の目論見は外された。

しかも……。

ドゴンッ。

「ぐおっ」

爆発をもろに食らう涼。斬り飛ばした左腕が爆発した!

僅かな魔力の流れすらなく、突然、左腕が爆発した。

オスカーが、自らの身体にかけている遅延魔法……四肢が切り飛ばされた場合に爆発するという、とんでもない代物だ。

さすがの涼でさえ、斬り飛ばした後の左腕は、意識の外に出てしまっている。

そこからの爆発は、完全に想定外であった。

バックステップして距離をとる両者。

戦場に響く音は、全くなくなった。

この時、すでにフィオナ対アベルの剣戟は止まっていた。

どちらの勝利でもなく……お互いに、決着をつけるべきは自分たちではなく、最高の魔法使いどうしの戦いがそれなのだと、自然と手が止まった……。

爆発によって、右目の辺りに火傷を負い、片方の視力を失った涼。

村雨に斬り飛ばされ、左腕を失ったオスカー。

それでも、二人の戦意は、いささかも衰えていない。

右目に、うっすらと氷を張り、火傷を癒そうとする涼。

斬り飛ばされた腕の断面を焼き、出血を止めるオスカー。

涼は、正眼に村雨を構えた。

そして唱える。

「<アバター>」

ほんの僅かに、村雨の鞘が発光し、分身が現れる。

ここからの技は、当然決まっている。

「<アイシクルランスシャワー><ウォータージェットスラスタ>」

オスカーに向かって、無数の氷の槍が撃ちだされ、同時に、三体の涼の背面から微細とも言える水が噴き出し、氷の槍と同じ速度で突っ込む。

氷の槍の着弾、三体の涼の斬撃、それは一瞬で生じ、一気に収束する。

だが……。

収束した先に、オスカーはいなかった。

見よう見まねで、自ら炎を発して、「飛んだ」のだ。

涼の<ウォータージェットスラスタ>を真似て……。

本来、見たからといって真似できるものではない。

だが、オスカーは飛んだ。

もちろん、初めての経験であるため、着地は失敗している。

地面に転げ落ちた。

だが、素早く受け身を取って、いつでも反撃できるように片膝立ちの体勢をとった。

体勢をとった瞬間……オスカーは失敗したことに気づいた。

分身が収束したはずの場所に、いない。

誰もいない。

本体がいない……。

オスカーが右手をかざしたのは、偶然だったのか、それとも幼少期からの尋常ではない経験によるものなのか。

直上から降ってきた涼。

かざされたオスカーの右腕によって、わずかに剣筋がずれる。

オスカーの頭ではなく、右腕、右肩を斬り落とす。

オスカーは、失敗を悟った瞬間、右半身を捨てていた。

噴き上がる血煙の中……。

目の前に降りてきた涼に、何も考えずに魔法を放つ。

「<エンタシスファイア>」

驚くほど太いピアッシングファイアが発生し、涼に突き刺さった。

白い炎の柱を、腹に突き刺された涼。

左腕を斬り飛ばされ、さらに右肩から先を失ったオスカー。

二人は指呼の間にいる。

手を伸ばせばすぐに届く距離。

だが、どちらも動けなかった。

意識を繋ぎ留めておくだけで精一杯……。

ほんの僅か、動くだけでとどめをさせるのに!