軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

0217 裏切り

「くそ、裏切りか? 一体どの貴族が裏切った」

「閣下、全員です。北部貴族全てが……」

「バカな……」

さすがに、そこまでは想定していなかった。

軍務卿エリオットも決して無能ではない。

帝国軍が、王国北部の貴族たちに粉をかけて自陣営に引き込もうとしていたのは知っていた。

この戦闘に、北部貴族が参陣するとなった時に、戦闘時の裏切りもあり得ると考えてもいた。

だが、さすがに『北部全貴族』の裏切りなど、それは想定できるものではない。

実際、隣で聞いていた顧問アーサーも、驚愕に目を見開いたまま、しばらく動けなかったのである。

それは、この戦闘における趨勢が決したというそんな小さな話ではなく、『北部全貴族』の裏切りが、王国の命運そのものに与えるあまりの大きさに、瞬時に思い至ったからでもある。

だが……、

「とりあえず、この地を脱するのが先決」

「ですな」

軍務卿エリオットも顧問アーサーも、今、必要なことにフォーカスして考えることにした。

「魔法団、土属性は全員、泥濘系を使え。火属性はファイヤーウォール、風属性は風圧。とにかく遅滞戦闘につとめよ。敵の足を止めよ」

顧問アーサーは、ありったけの大声で叫ぶ。

「急げ、敵は貴族だけじゃないぞ! 前方の帝国軍も突っ込んでくる」

自分も、侯爵という高位貴族である軍務卿エリオットも叫ぶのであった……。

「副長、我らは突撃を敢行しなくともよいのですか?」

副官ユルゲンが問う。

「必要ない。それは騎士団たちがやる。我らはゆっくりと前進する」

オスカーの指示に迷いはなかった。

敵は潰走を始めたが、完全に戦列が崩壊したわけではない。

遠目に見ても、遅滞戦闘を展開している集団が確認できる。

あれに巻き込まれて貴重な部下を失ったりしたら、フィオナに顔向けできないだろう。

「いいな、絶対に出すぎるな。我らは魔法使いだ。近接戦は他の奴らに任せておけ」

こういう時は『魔法使い』という身分を使うに限る。

無論、この師団は、近接戦も問題なくこなす集団だが、それでも魔法使いであるのは事実である。

皇帝魔法師団は、ゆっくりとした進軍を開始した。

王国軍の騎士ザックと騎士スコッティーは、混乱しつつも、迫りくる貴族軍と戦っていた。

「 殿(しんがり) ってのは、一番死ぬ確率が高いらしいぜ」

「そんなこといっても、この状況だと騎士団が殿をするしかないでしょう」

実際、遅滞戦闘の主戦たる宮廷魔法団と、近接戦で最も強い王国騎士団が、殿を務めていた。

「おい、ザック、あの子」

スコッティーが、かなり背の低い魔法使いを指さす。

身長よりもかなり大きな杖を用い、地面を凍らせて敵を滑らせ、遅滞戦闘という観点から見ると、かなり高い効果を上げている。

だが、それでもなんとかして近寄ってくる貴族軍兵士もおり、近付いてくるたびに、氷の槍を飛ばして倒しながら、また氷を張る、というのを繰り返していた。

「よし、スコッティー、あの魔法使いのサポートにつくぞ」

ザックがそういうと、スコッティーも頷いて二人は走った。

ほどなくして、その水属性魔法使いの横に並ぶ。

「近付いてきた敵は任せろ」

「君は氷を張ることに集中して」

ザックとスコッティーがそう言うと、魔法使いは前を向いたまま頷いた。

二人は知らないが、この魔法使いの名はナタリー・シュワルツコフ。

王国における水属性魔法の大家、シュワルツコフ家の娘であり、イラリオンとアベルの間の伝信役をしていた娘である。

ルンの街から戻って来て、最初の任務が、この戦闘への参戦であった……。

いろいろとついていない……。

三人が遅滞戦闘に努めて。

「だいぶ、味方は撤退できたぞ」

「本当に最後尾の殿だな。あとは、あのペアか」

三人は、自分たち同様に殿を務めている、魔法使いと騎士のペアを見た。

「あれはアーサー・ベラシス様と……もしかして、我らが隊長ドンタン殿か?」

「だな。さすがは中隊長」

ザックとスコッティーは、煽り抜きで感心していた。

ナタリーは、その血が持つ潜在力故に。

顧問アーサーは、その経験故に。

未だ魔力が空にならずに遅滞戦闘を行える魔法使いは、この二人だけだったのだ。

その瞬間、五人の視線が交わった。

ナタリーと顧問アーサーは頷くと、同時に、大きめの魔法を放つ。

「<氷床>」

「あまねく地を駆ける者を捉えよ その自由を奪え<泥濘地帯>」

今まで以上に広範囲の地面が凍り、隣は泥の大地となり、広範囲で貴族軍の足を止める。

それを確認すると、騎士三人と一緒に、駆けだした。

五人は、まさに脱兎のごとく、戦場を後にした。

デスボロー平原から半日以上駆けた距離。

王国軍本軍の残党は、ようやく本格的な休憩をとれていた。

「よう、さっきはお疲れさん」

騎士ザックが、騎士スコッティーと一緒に声をかけたのは、座って水を飲んでいる魔法使いの女の子であった。

「あ、どうも」

女の子は、それだけ言い、ちょこんと頭を下げた。

「俺は王国騎士団のザック・クーラー、こっちはスコッティー・コブック」

「私は、魔法団のナタリー・シュワルツコフです」

お互いに挨拶をした。

ナタリーの自己紹介を聞いて反応したのは、スコッティーであった。

「シュワルツコフって言うと、王都の有名な水属性魔法使い一族だよね」

「はい、それです」

スコッティーの問いに、ナタリーは頷いて答えた。

「どうりで、あれだけ長時間、魔法を行使し続けることができたわけだ」

スコッティーは何度も頷いた。

ナタリーは少し照れて、頬を紅くしていた。

「ナタリー、大丈夫か? むくつけき男どもに囲まれて怖くなってはおらんか?」

「あ、ベラシス様」

そんな風に三人の会話に加わったのは、魔法団顧問アーサー・ベラシスである。

「いや、むくつけきって……」

ザックがつっこむ。

「なんじゃ、まさかお主、ナタリーに気があるのではあるまいな? ナタリーも気を付けるんじゃぞ。こういう騎士が、突然野獣になったりするからの」

「なるほど」

顧問アーサーの注意に反応したのは、なぜか騎士スコッティーであった。

「おい、スコッティー、裏切んな! お前も、その騎士だろうが」

当然、キレたのはザックである。

「いやあ、ザックさんは手当たり次第なんで……」

「まじふざけんな。俺はセーラさんひとすじ……」

スコッティーのふざけに、なぜかカミングアウトするザック。

それを聞いて驚いたのはナタリーであった。

「セーラさんって、もしかしてルンの街の?」

「ん? ナタリー、セーラさんを知ってるの?」

ザックは驚いて何も言えず、ナタリーに問うたのはスコッティーであった。

「あ、はい。けっこう長い間、ルンの街に行っていたので……」

「そうか、ナタリーはアベルとの連絡役をしておったな」

「アベル!」

ザックとスコッティーは、異口同音に叫んだ。

世界は狭いらしい。

「そういえばナタリーは、さっき詠唱無しで魔法を行使しておったな。一段階上に行ったのぉ」

嬉しそうに、顧問アーサー・ベラシスは褒めた。

「ありがとうございます」

ナタリーは、今までで一番顔を赤くして答えた。

「ベラシス殿、詠唱無しの魔法というのは、やはり難しいのですか?」

スコッティーが興味本位で問う。

「難しい、というより、ほぼ不可能じゃ」

「え……」

ザックもスコッティーも絶句する。

「わしはもちろん、イラリオンもできん。わしらの世代は、早口で詠唱してなんとかする、それが限界じゃ」

そういうと、アーサーは笑った。

「イラリオン様も出来ないことをナタリーは……」

二人は畏怖に満ちた目で、ナタリーを見た。

「い、いえ、私は、水魔法を実際に無詠唱でやっているのを見せてもらったから……」

「リョウか」

アーサーはそう言って頷いた。

「はい」

そして、ナタリーも頷いた。

「あの水属性の魔法使いが……」

「ライバルは、相当に高い壁だな、ザック」

ザックとスコッティーも、それぞれの記憶から、涼の姿を頭の中に思い浮かべていた。