軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

0175 フィオン防衛戦

フィオンの街は、盆地の中心にある。

東西を百メートル級の山に挟まれ、南には魔の山があるため、大軍が行動できるのは盆地の北側だけだ。

その北側は、左右の山が迫り、 隘路(あいろ) となっている。

ビンの首というか、ヒョウタンの腰の部分と言うか、きゅっと縮み、しばらく北に進むと外に拡がるという感じである。

攻めにくく守りやすい土地であるのは確かであった。

「敵襲!」

物見台の兵士が叫び、鐘が打ち鳴らされた。

鐘の音は、フィオンの街全域に響き渡る。

インベリー公ロリスを含め、軍首脳にとっては想定外ではない。

想定外ではないのだが、やはり大軍が攻めてきたと聞けば、誰しもが緊張するものであろう。

軍首脳は、そんな緊張にさらされていた。

「『グリーンストーム』起動」

守備隊長メレディスの指示が、フィオン中央指令所内に響く。

それと同時に、インベリー公ロリスと、騎士団長スタンリーが指令所に到着する。

「敵の状況は?」

「現在、隘路の北。騎馬隊。この速度なら、射程に入るまで一分です」

騎士団長スタンリーの問いに、守備隊長メレディスが答える。

守備隊長メレディス……かつて、公都アバディーンにて、守備副隊長を務めた男である。

公都守備隊長のナイジェルの指示により、公都陥落時にグリーンストーム用の風の魔石二個を公都から持ち出し、このフィオンの街まで無事に届けたのは彼だ。

その後、このフィオンの街の守備隊長となり、グリーンストームの射撃に関する責任者に任じられたのは当然の成り行きだったのかもしれない。

「よし。ある程度引きつけてから、拡散で一掃するぞ」

騎士団長の指示が飛ぶ。

守備隊長メレディスは、確かにグリーンストームの責任者ではあるのだが、実際のところその運用は、もっと上の人間が決めるのである。

例えば今回の様に、騎士団長などが。

メレディスに任されている部分はほとんどない。

とは言え、目の前で公都の陥落を見てきた以上、意見をしないわけにはいかない。

「騎士団長閣下、あまり引きつけ過ぎるのは危険では」

「お前の気持ちも分かる。だが、少しだけ敵を倒して、それで敵が怯み、中に入って来なければ、この兵器の有効活用にはならん」

騎士団長の言うことももっともなのである。

驚くほどの戦力差がある以上、逆転の目があるとしたらグリーンストームの有効活用次第……色々と仕方がないのかもしれない。

しかし実際のところ、どちらの危惧も現実とはならなかった。

連合軍は、隘路と盆地の境ギリギリ、つまり射程ギリギリで停止したのである。

その後、連合軍は左右に割れ、何かが『一体』、ゆっくりと出てきた。

「人工ゴーレム……」

騎士団長スタンリーは、小さな声を絞り出した。

報告は受けている。

公都では、グリーンストームの集束した射撃が効かなかったと。

「メレディス!」

インベリー公ロリスは、守備隊長メレディスの方を見て言った。

ロリスの言わんとするところは分かる。

「公爵閣下、あれです。あいつは、グリーンストームが効きませんでした」

メレディスは悲痛な、だが告げなければならない事実を改めて告げる。

もちろん、帰還の報告で告げてあるが、改めてである。

「スタンリー、どうする」

ロリスは騎士団長スタンリーを見て言った。

この場における現場責任者的人物は、スタンリーだからだ。

それはスタンリー自身も理解しており、顔を歪めながらも何らかの提案をしなければならない。

「グリーンストームが効かないことが分かっているのであれば、討って出るしかありません」

「それでいけるか?」

「分かりませんが、乾坤一擲、この一戦に全てを賭けた騎士団の突撃であれば、あるいは……」

正直、スタンリーにも上手くいくかわからない。

だが、他に方法はない。

「わかった。スタンリー、頼んだぞ」

インベリー公ロリスにそう言われると、騎士団長スタンリーは一礼し、自ら騎士団を率いるため、中央指令所を出て行った。

三分後。

フィオンの街の城門が開かれ、公国騎士団を先頭に、公国軍の突撃が敢行された。

連合軍から降り注ぐ矢の雨も、彼らの突撃を止めることは出来ず、速度を落とさせることすらもできない。

騎士団の突撃は、一分ちょっとで、一キロ先の連合軍と人工ゴーレムに届く。

気合に満ちたその突撃は、信じられないことに、連合軍の先頭を一瞬で打ち破った。

その時、フィオンの中央指令所で歓声が上がったのは当然であったろう。

そんな公国騎士団に、先頭集団を一撃で粉砕され、なんとか耐える連合軍。

だが、騎士団に遅れて到着した公国軍後続部隊も、その士気は異常に高かった。

戦争開始からこれまで、作戦とは言え撤退を繰り返し、一度も本格的な戦闘をすることを許されなかったのだ。

たまりにたまった鬱憤は相当なものであった。

中央指令所から確認できた人工ゴーレムは一体だけであり、その一体は、すでに多くの公国兵に群がられて、活動を停止して隘路の中に打ち捨てられていた。まさに数の暴力を体現したのだ。

突撃に参加した公国軍は、約二千人。

連合軍全体に比べればかなり少ない。だが、少なくともここ隘路において、その勢いと狂乱は連合軍を圧しつつあった。

そして、公国軍は、ついに隘路の向こう側に連合軍を追い返し、自らもさらに突き進んだ。

突き進む公国軍。

撤退を繰り返す連合軍。

何度もその光景が繰り返されていた。

だが、さすがに冷静になる公国軍の指揮官クラスも出てくる。

「脆すぎないか?」

そう思い始めた。

すでに、突撃した二千の公国軍のほとんどは、隘路を抜け、北側の平地で戦っている。

もし、ここで連合軍の別動隊が公国軍と隘路の間に入り込んだら?

二千の公国軍は袋のネズミになってしまう。

熱狂が冷め、その事実に思い至ってしまった公国軍前線指揮官たちから、突撃を促す力強さは無くなっていた。

部下たちも、指揮官の変化を敏感に感じ取ってしまった。

袋のネズミになることまでは考えられないとしても、指揮官が何かを気にしていることくらいは分かる。

戦場における士気とは、かくも容易に落ちるものなのだ。

そして、現場の最高指揮官である騎士団長スタンリーも、自分の中にも湧き起こったその疑惑を払うことは出来ずに、ついに命令を下す。

「退くぞ!」

幸い、隘路との間は、まだ塞がれていない。

十分に間に合う。

だが、急激な撤退は、狂乱に満ちた突撃よりもはるかに困難なものである。

部下たちは、なぜ撤退するのかを十分には理解していない。

さらに、どこまで退くのか、具体的にどうやって退くのかもわかっていない。

更に、連合軍は、異常なまでに整然と押し返してくる。

無理をせず、突っ込んでくることなく、整然と。

騎士団長スタンリー自ら 殿(しんがり) となり、最前線で押し寄せてくる連合軍と切り結びながら撤退を指揮する。

だが、スタンリー自身、その連合の戦闘に違和感を覚えていた。

(キレも鋭さも無い。本当に、噂に聞く『名将』オーブリー卿が率いているのか?)

公国軍は隘路を少しずつフィオンの街の方に戻っていた。

撤退は成功しつつあった。

そして、ついに、スタンリーも隘路を出た。

殿(しんがり) であるスタンリーが出たということは、公国軍全軍が、隘路を出てフィオンの街に撤退できそうだ……そんな希望が見えたのである。

その瞬間、本陣のオーブリー卿の口角が上がり、ニヤリと笑ったことをスタンリーは知らない。

隘路を抜けてフィオンの街に戻りつつある公国軍……だが、戦闘は続いている。

戦闘しながら、撤退戦を行っていたのだから当然ではあるのだが、殿だけではなく、かなり深い場所まで戦闘をしながらの撤退戦となっている。

そう、公国軍と連合軍は、入り乱れていたのだ。

入り乱れながら、フィオンの街に近付いて行く。

そのことに最初に気付いたのは、守備隊長メレディスであった。

彼は職務柄、いつ言われてもいいように、グリーンストームでの射撃の事を考えていた。

だが、今もし撃てと言われたら……味方を巻き込んでしまう。

そんな時間が、隘路を抜けてからずっと続いている。さすがにこれは変だろう?

「公爵閣下。敵味方が入り乱れており、グリーンストームは撃てません」

「うん? まだ撃つ必要はないぞ?」

インベリー公ロリスには、何が問題なのか理解できていなかった。

「閣下、敵味方が入り混じったまま、フィオンの街に近付いてきております。これではグリーンストームを封じられたまま、敵は街に到達します」

そこでロリスはようやく気付いたのだ。

連合軍の狙いに。

「並行追撃か!」

撤退する公国軍に並行して、あるいは入り混じって追撃することで、街からの大規模攻撃をためらわせる戦術。

街の城門も、撤退してきている味方を引き入れるために開いている。

そして、フィオンの街最大の戦力であるグリーンストームも、味方を巻き込む可能性が高いために撃つことは出来ない。

並行追撃による街への侵攻。

それが、オーブリー卿の狙いだったのである。

グリーンストームが効かないと分かっている人工ゴーレムがいるとなれば、近接戦を仕掛けるしかない。

事の最初から、公国軍はオーブリー卿の想定通りに動かされていたのだ。

一度隘路まで公国軍を引き入れ、撤退する際に同時に追撃する。

隘路から撤退させたのもわざと。

途中で倒しきらないのもわざと。

それどころか、最初の突撃を成功させたのすらわざとかもしれない。

「狡猾な!」

絞り出すように言ったロリスの言葉は、だが、むなしいだけであった。