軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

0122 ハロルド・ロレンス

事故現場における衛兵の仕事は、野次馬を現場に近づけないことである。

今回の様な、王都で起きた派手な事故の場合、野次馬の数は尋常ではない。

結果、本来なら休暇のはずだった衛兵たちも、現場に駆り出されていた。

それでも、野次馬の数に比べれば微々たるものである。

そのため、現場の周囲には、錬金道具の一種である『立入禁止ロープ』が張られていた。

このロープに触れると、ビリッと刺激が走るのである。

それによって、それ以上中に入っていけないということを野次馬たちに知らしめるためのロープだ。

だが、その老人は、『立入禁止ロープ』を手で掴みながら、中に入ってきた。

衛兵たちの目の前で。

「おい、爺さん、ここは入って来ちゃダメだ。てか、なんでロープを掴んで平気なんだよ」

衛兵の一人が、その老人を追い出そうとする。

「ふむ。これは、わしが作るのに協力した道具じゃからな。原理は誰よりも詳しいわい」

「は?」

「わしは、王国筆頭宮廷魔法使いのイラリオン・バラハじゃ。とっとと、ここの責任者を呼んでこんかい」

イラリオンがそう言うと、数瞬、誰も動くことが出来なかったが、言われた内容を理解した一人が、慌てて駆け出して行った。

残された衛兵たちは、お互いをちらちら見ながら、全員無言であった。

突然現れた王国の重鎮に対して、誰も適切に対処できる自信がなかったからである。

そもそも、最初に対処した衛兵は、「おい、爺さん」で話しかけているのだ……その衛兵の顔色は夜でもはっきりわかるくらいに、土気色になっていた。

一分後、衛兵の責任者らしき人物が慌てて駆けてきた。

「お待たせしましたイラリオン様。自分が、王都衛兵隊副隊長で、この現場を取り仕切っておりますレックスであります」

レックス副隊長は、敬礼をし、自己紹介をした。

「うむ、レックス副隊長、忙しいところすまんが、現状を説明してもらってよいかな。なにせ、先ほどの爆発、うちの研究所も揺れてのぉ。研究員たちも煙が見えたとか騒いで、仕事にならんのじゃ。わしも責任者として、いろいろ説明せねばならんじゃろうし。わかっとる範囲でよいのじゃ、どうだろうか」

「は、はい。現在、事故調査官も入っておりますが、まだこちらには内容の報告は……」

「それは、私が説明しましょう」

レックス副隊長が説明しようとするのを、横から遮る者がいた。

「ハロルド・ロレンス伯爵? 内務卿殿は既にご到着であったか。随分と早いのぉ」

「さすがにあれだけの爆発です。王城の方でもごたごたしておりまして……急いで来る羽目になりました」

イラリオンの感想に、既に来ていた理由を説明するハロルド・ロレンス内務卿。

(それにしても早い。いや、早すぎじゃろう……)

イラリオンの頭の片隅に、ほんのわずかな疑念が湧いた瞬間であった。

「事故調査官が言うには、火属性魔法の暴走であろうということです」

「火属性魔法に、あれほどの爆発を引き起こす魔法があるのか……知らなんだわい」

ハロルド・ロレンスの説明に、イラリオンは納得できないのを隠しもせずに論評する。

「これは手厳しい。イラリオン様が知らない魔法などありますまい。今回の魔法も、錬金術との融合魔法の失敗か、複数人による同時発動の暴走ではないか、と」

「ふむ。錬金術との融合魔法か……」

それを聞いてイラリオンは考え込んだ。

もちろん、実際は『黒い粉』による爆発の衝撃であることは分かっているのであるが、最近発表された『錬金術との融合魔法』そのものは、イラリオンも興味のある研究対象であった。

とはいえ、『錬金術との融合魔法』であっても、あれほどの破壊力は生み出せないことも、実はイラリオンは知っている。

とはいえ、それを追及しても仕方がない。

それよりも、今は確かめておきたいことがある。

「だいたいわかったわい。して、巻き込まれた者とかおるのか? この建物の有様は酷いのぉ。周囲の建物にも被害が出ておる様じゃが」

「ええ。酷いものです。この中心となった建物の一階で、十人の遺体が見つかっております。辺りに飛び散っていた物から、冒険者であろうと思われます。それも、融合魔法の根拠の一つです」

(融合魔法が使える冒険者など、まだおらんわい! そんなことができてたまるものか!)

イラリオンは心の中だけで毒づく。

「冒険者十人か。そやつらの身元は分かっておるのか?」

「いえ、まだですね。気になりますか?」

ハロルド・ロレンスはその質問の瞬間、一瞬だけ雰囲気が変わった……ようにイラリオンには思えた。

突っ込み過ぎは危険である。

「うむ。融合魔法に取り組むほどの冒険者であれば、引退後に我が研究所に引き抜きたいからのぉ。もし、これまでにピックアップしてある者たちであったら……その者たちが死んだのであれば、早急に代わりの人材に唾をつけておかねばならんからな」

イラリオンはのんきな雰囲気で応える。

「なるほど。それはおっしゃる通りですね。今、冒険者ギルドの職員を呼んで、身元確認をしているところです。そろそろ確認が終わって報告が……」

そう言っているところに、男が一人やって来た。

それはイラリオンも見知っている、王都冒険者ギルドサブマスターのジョザイア・オンサーガーであった。

「内務卿、確認できました……そちらは、イラリオン様? ご無沙汰しております」

「うむ。サブマスターのジョザイアじゃな。久しいの」

「それで、ジョザイア殿、冒険者は?」

ハロルド・ロレンスの問いに、ジョザイアは顔をしかめた。

「確かに、王都の冒険者です。C級パーティー『竜の爪』の六人と、D級パーティー『黒の影』の四人ですね」

ジョザイアは、仲間の死に心を痛めた。

イラリオンは、『明けの明星』が巻き込まれていなかったことにホッとした。

(六人の方は、冒険者詰め所とかにおったやつらじゃな。四人の方が、シーカが雇ったと言っておった者たちか……)

イラリオンは、事前の情報と突き合わせた。

「そうですか。残念です。確認、ありがとうございました。こちらで、検査と手続きが終了しましたら、遺体はギルドの方に返却いたします。今しばらくお待ちください」

「わかりました。よろしくお願いします」

ハロルド・ロレンスとジョザイアの会話は終わり、ジョザイアはギルドの方へ歩いていった。

「さて、では、わしも戻るとしよう。伯爵、手数をかけたの」

「なんのこれしき」

イラリオンが野次馬の前に進むと、野次馬が自然と左右に割れた。

そして、研究所の方へと帰って行った。

それを見るハロルド・ロレンスは、その目に名状しがたい光をわずかに浮かべて、また現場の方へと戻っていくのであった。