軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

0117 腐敗

ナイトレイ王国王都クリスタルパレス。

元々は、王城の名が『クリスタルパレス』であったが、いつの間にかそれは王都の名となり、王城はただ『パレス』とだけ呼ばれるようになった。

王城はその名にふさわしく、窓に水晶が埋め込まれ、煌びやかな建物となっている。

王国においては、各地の領主館なども、窓には板ガラスが嵌められている。

『パレス』は、大国の王城ということもあり、水晶とガラスがふんだんに使用され、城内も常に魔法による灯りが照らし出し、他国からの使節、あるいは駐在する大使たちの中にもファンがいるほどであった。

そんな王城内の一角に、王国騎士団本部はある。

現在、王国騎士団に所属する騎士は全部で五百人であるが、本部に詰めているのは二百人ほどであり、残りは王都内にある騎士団詰め所・演習場での勤務となる。

王国騎士団の騎士のほとんどは、貴族家の当主、後継ぎ、次男以下……貴族の血が流れる者たち。

ただし、『当主』『後継ぎ』『次男以下』と、それぞれの立場に違いがあり、それらは明確な差別として現れることすらもあった。

一口に『貴族』と言っても、いろいろあるのである。

そんな王国騎士団のトップ、騎士団長は、ウェア伯爵バッカラー・トー。

ウェア伯爵家の当主である。

堂々たる体躯、その体格から想像しやすい豪快な剣技を繰り出すと言われている。

元々はウェア伯爵家の次男であったが、十年前の『大戦』に出征した、父である当主、後継ぎであった兄が戦死したことによって、めでたく伯爵の座を射止めたのだ。

そこからは、引き継いだ財産を使い、方々に賄賂を贈り……ようやく騎士団長の座をつかむことに成功した。

もちろん、大量の賄賂で騎士団長の座を得たと言っても、元々騎士として、剣の腕は王国でも上位である。

騎士団長になってからは、かなり衰えたと言われるが、今日は騎士団本部の一角で剣の訓練を行っていた。

「団長、ペールギュント伯爵がお見えです」

「うん? 約束していたか?」

そんなバッカラー団長の元に、副官が走り寄って来て客の来訪を告げる。

「いえ、予定には入っておりません」

「ふむ。すぐ戻る。酒でも出しておけ」

そういうと、バッカラーは汗を拭いてから部屋に向かうのであった。

「ペールギュント伯爵、お待たせしましたかな」

バッカラーは応接室に入ると、さっそく声をかけた。

「いやいや、団長殿、突然こちらから押しかけて来たのです。お気になさらずに」

ペールギュント伯爵と言えば、宮廷でも悪評に事欠かない人物として知られている。

だが同時に、金さえ積めば大抵の物ごとを解決する人物としても知られ、そういう人間はいつの時代、どんな社会においても、一部から重宝されるのだ。

もちろん、別の一部からは蛇蝎のごとく嫌われるのであるが。

バッカラーがこの地位に登り詰める時にも役に立ってもらったのは、言うまでもない。

「して、今日は?」

副官がバッカラーのお茶を淹れ、部屋から下がると、切り出した。

「うむ、実は団長殿にお願いがござってな」

そういうと、ペールギュント伯爵は机の端に、何物かが詰まった袋をじゃらりと置いてから話し出す。

大抵の人間は、それがお金の詰まった袋であることを理解できるに違いない。

「実は、ワッシャー男爵の三男が働き口を探しておりまして。ぜひ王国騎士団に所属できないかと言われましてな」

「ふむ」

「どうでしょう、団長のお力で、何とかしていただけないでしょうか」

「団員の枠も埋まっておりましてな」

バッカラー団長がそう言うと、ペールギュント伯爵は先ほどと同じ袋を、もう一つ取り出し机の端に置いた。

「重々承知しております。そこを何とか……」

「そう言われましても」

バッカラー団長がそう言ったところで、さらにペールギュント伯爵は先ほどと同じ袋を取り出して机の端に置く。

これで、袋が三つ並んだ。

「ペールギュント伯爵に頼まれては仕方ありませんな」

バッカラー団長は首を振りながら、そう言った。

「おぉ、さすが団長殿。感謝いたしますぞ」

そういうと、長居は無用とばかりにペールギュント伯爵は立ち上がり、バッカラーと握手をしてから部屋を出て行った。

その間、机の上に置かれた袋には、バッカラーもペールギュント伯爵も全く言及しない。

バッカラーはペールギュント伯爵が出て行ったのを確認すると、三つの袋を持ち、となりの部屋の隅に置いてある、人ひとりが入れそうなほど大きな箱に、無造作に放り込んだ。

その箱には、既に七割ほど同じような袋が詰め込まれている。

ありていに言って、バッカラーが貰った賄賂である。

騎士団長に登り詰めて以降、バッカラーは、賄賂を贈る側から貰う側に、華麗なる転身を遂げたのだ。

賄賂を贈る側か、貰う側か。

それが、現在のナイトレイ王国における、地位を表す指標になっているのかもしれない。

かつて王国騎士団と言えば、王国男子の人気職種トップであった。

実際、先代の騎士団長の時代、ナイトレイ王国の王国騎士団と言えばその勇猛さを恐れられたものである。

だが、当時の騎士団長アレクシス・ハインラインが引退して、まだ十年ほどであるにもかかわらず、騎士団の中枢はすでに腐りかけていた。

王国騎士団本部から直線距離にして約百メートル、そこが王城『パレス』の中心であり、国王スタッフォード四世の執務室が置かれた場所である。

その執務室の二部屋隣り、そこが侍従長ソレルが控える部屋であった。

侍従長ソレル……今年五五歳、少し体形が丸くなってきて頭も薄くなってきているが、国王陛下の信頼は厚い……と言われている。

国王陛下の公務を取り仕切るのが、侍従長の仕事である。

国王がまともであれば、侍従長の権力が強くなるなどということは本来あり得ない。

だが、地球の歴史においても、常に最高権力者のすぐそばにいるその立ち位置の為、間違って権力を持ってしまう場合がしばしばある……。

そして現在のナイトレイ王国は、間違った方向に進んでいたのである。

今日も侍従長ソレルの元には、付け届けの山が出来ている。

ソレルに睨まれると、国王への目通りから書類の決裁など、ありとあらゆることに支障をきたす。

ソレルが書類を抜いたり、署名をさせなかったりなど、嫌がらせを行うからだ。

それが、わずかな付け届けで滞りなく決裁されるというのであれば、そちらを選ぶ者は決して少なくないだろう。

「侍従長の嫌がらせで決裁されませんでした」

そんな言い訳、誰も聞いてくれないのだから。

だが、そんな侍従長ソレルでも頭の上がらない人物がいる。

それが、財務省を取り仕切る財務卿フーカであった。

財務省を取り仕切るということは、徴税権を握るということである。

収入に対して税金が掛けられるわけだが、ソレルはもちろん脱税している。

『付け届け』で手に入れたお金を申告できるわけがないからだ。

そして財務卿フーカは、その事を把握している。

把握したうえで、目こぼしをしているのだ。

ソレルからすれば、把握され、しかも目こぼしされている現状というのは、屈辱的である。

そうではあるのだが、あえて何も考えないようにしていた。

考えればイライラするが、考えなければ自分に関係のない別の世界の事……そう割り切ればいいのだから。

全てを思い通りには出来ない以上、何かを割り切って捨てる……ソレルはこれまでの人生から、その必要性を嫌というほど経験していた。

侍従長ソレルの目の前に、その頭の上がらない人物である財務卿フーカがいた。

後ろには、内務卿ハロルド・ロレンス伯爵を連れている。

「侍従長殿。陛下に可及的速やかにお伝えしなければならないことがございまして。今からお話しできますかな」

これは問うているが、もちろん強制的に会わせろという命令である。

ソレルに選択権は無い。

「財務卿閣下、内務卿閣下、もちろんでございます。どうぞこちらへ」

ソレルが先に立ち、国王執務室の扉をノックする。

「陛下、財務卿フーカ伯爵、内務卿ロレンス伯爵が可及に御裁可を仰ぎたい案件があるとのことでいらしておられます」

「うむ。通せ」

その言葉を受け、ソレルは二人を執務室に案内する。

ソレルの仕事はここまでである。

速やかに退出しなければならない。

特に財務卿フーカは、その辺り、非常に厳しい。

それでも後ろから声は聞こえてきていた。

「陛下、崩落しましたロー大橋の修繕費用が、想定以上にかかることが分かりました。つきましてはその費用捻出のために、『ヴェイドラ』の開発費を一時的に大橋修繕に回したく……」

ソレルの耳に聞こえたのはそこまでであった。

(ヴェイドラ? 何だそれは、聞いたことが無い……)

侍従長として国王の執務を取り仕切る自分が、聞いたことも無いことがこの王城内に存在する……。

非常に気にはなる。

だが、ソレルはあえてその気持ちを封印した。

世の中には知らないでいいことが多い。

貴族の世界では特にである。

それが王城となればなおさらであり……知ってしまえば命が危険にさらされることも多々ある。

そう、知らない方がいいことなのだ、『ヴェイドラ』などというものは。

「内務卿のお陰でなんとか目処が立ちました。感謝いたしますぞ」

「いえ、これも王国のため。何事も国内の流通あってこそです。一刻も早いロー大橋の復旧は最優先事項。その費用の捻出に奔走されている閣下には、敬服いたします」

国王の執務室を出た財務卿フーカと、内務卿ハロルド・ロレンスは王城内を歩いていた。

「さすがは慧眼の誉れ高いハロルド卿。まったく、他の大臣共はその辺りがまったくわかっていない」

フーカは、確保した予算を削られるのを渋りまくる各大臣たちとの折衝に、辟易していた。

「『ヴェイドラ』の一刻も早い開発は、国防の上で非常に重要であることは確かですが、スムーズな流通の復活あってこそです。それをヴェイドラ開発を所管する内務省の責任者である内務卿が、最も理解されていたことこそ、私としては敬服いたしましたよ」

なんとかロー大橋復旧の費用増加分を回してもらう目処が立ったことから、財務卿フーカは愛想がよかった。

「恐縮です」

ハロルド・ロレンスは軽く頭を下げる。

すでに五十歳を超えた財務卿フーカに対し、内務卿ハロルド・ロレンスは未だ三五歳。

親子ほどではないが、それなりに年齢差がある。

また、各省への予算権と国内の徴税権を握る財務省の、役所としての格というものもある。

それは、財務卿と内務卿の差として出ていた。

もちろん、国内の治安と防衛を担う内務省も、決して小さい省ではない。

所属する職員数で言うなら、衛兵や国防兵器の開発にも責任を負うため、内務省は最も大きいと言えるであろう。

その内務省を、三十代半ばで取り仕切っている辺り、ハロルド・ロレンスは非常に有能であるという評価は、衆目の一致するところであった。

「あ、財務卿閣下、お探ししておりました。東の件、実は問題が起こりまして」

「またか!」

財務卿フーカを探していたらしい部下の一言に、先ほどまでの上機嫌は霧散し、フーカは顔をしかめた。

「ハロルド卿、すまぬが先に行く。では、また」

そういうと、フーカは報告を聞きながら小走りで自分の執務室に去って行った。

それを横目に、ハロルド・ロレンスは、ほんのわずかだけ口角を上げる。

そして、自分の執務室へと歩いていくのであった。

アベルは、数日かけて、一通りの情報を集めた。

その上で、

「真っ黒か……」

ぼそりと呟いた。

隣で話していたリーヒャとリンは、話すのを止めてアベルの方を向いた。

「騎士団長バッカラーと侍従長ソレルは、汚職まみれで真っ黒。財務卿フーカはまだ不明」

(汚職まみれではあるが、国王陛下に手を出す……大逆の罪まで犯しているかとなると、そこまではない気がするんだよなあ)

アベルはそう感じていた。

「あれからまだ五日くらいでしょ? よくこんな情報、集められたね」

リンが、机の上の紙を見ながら、感心して言った。

「昔なじみたちからの情報だ」

「騎士団、陛下の身の回り……確かに、アベルの古い友人たちが入ってそうな場所よね。だからこそ、財務省には誰もいない……」

アベルが情報の出所を明かすと、リーヒャが茶化すように言う。

「うるせえ。しょうがねえだろ、財務省とかに入る数字の強い奴は……ああ、どれだけ考えてもいない……」

「なんとなく、アベルと取り巻き達の小さい頃の姿が想像できてしまう……」

リンは、両手を胸の前で組んで、何度も頷きながら言うのであった。