軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第82話「新しいコート」

父様から正式な許可を得た翌朝。

僕が約束の場所である広場の隣の空き地へ向かうと、そこには既にゴードンさんたち職人衆の姿があった。

まだ朝早いというのに、皆やる気に満ち溢れた良い顔をしている。

「おはよう、ゴードンさん。みんな、早いね」

僕の声に、槌を肩に担いだゴードンさんが、にっと歯を見せて笑った。

「へっ、メルヴィン様こそ!いやあ、昨夜は楽しみで、なかなか寝付けやせんでしたわい!」

他の職人たちも「そうだ、そうだ」「俺たちの遊び場だからな!」と楽しそうに頷いている。

その子供のようなはしゃぎっぷりに、僕は思わず笑みがこぼれた。

ゴードンさんは、ぐるりとまだただの空き地であるその場所を見渡すと、僕に向き直った。

「して、メルヴィン様。『コート作り』っちゅうのは、一体何から始めればよろしいんで?」

僕は、まず用意しておいたゴールの設計図をゴードンさんに見せた。

「こういうものを作りたいんだ」

その不思議な形の絵に、ゴードンさんが首を傾げた。

「ほう……。ただの棒じゃ、いけやせんのかい?」

「うん。今のままだとゴールに高さの制限がないでしょ?だから、ボールがすごく高く上がっちゃってもゴールになっちゃう。それだと、ただ高く蹴り上げるだけの運任せの遊びになっちゃうから」

僕の説明に、ゴードンさんはなるほどと頷いた。

「でも、この上の棒があれば『この枠の中にボールを入れたらゴール』っていう、はっきりしたルールができるんだ。それに、後ろに網を張れば、ボールが入った時にちゃんと止まってくれるから、分かりやすいしね」

「なるほどな!そいつは、ただの的じゃなくて、遊びそのものを面白くするための仕掛けって訳ですかい!」

僕のアイデアに、ゴードンさんの職人魂に火がついたようだった。

「よし、じゃあ始めようか。作業は二手に分かれて同時に進めよう。僕がこっちでコートを作るから、ゴードンさんたちはあっちでゴールの作成をお願いできるかな?」

「へい、承知いたしやした!」

僕のその言葉に、ゴードンさんはにっと歯を見せて笑うと、くるりと自分の弟子たちの方を振り返った。

「聞いたな、お前ら!わしらはゴール作りだ!寸法は一ミリたりとも狂うんじゃねえぞ!」

ゴードンさんの活気のある的確な指示が飛ぶ。

弟子たちが木材を切り出し、カンナをかけ、ヤスリをかける小気味よい音が辺りに響き渡る。

その少し離れた場所では、漁に使う網を編むのが得意な老人が、黙々と、しかし驚くべき速さで、丈夫でしなやかなゴールネットを編み上げていた。

僕はその活気あるゴール班の作業の様子に満足げに頷くと、今度は自分の班のメンバーである若い職人たちに向き直った。

「よし、僕たちも始めようか」

僕は空き地の地面を指差しながら、説明を始めた。

「ただ線を引くだけじゃないんだ。まず地面を完全に平らにしないと、ボールが変な方向に跳ねちゃうからね」

僕のその説明に、若い職人たちがにやりと笑う。

「へっ、お任せくだい。整地は、わしら大工の基本中の基本でさあ!」

彼らは鍬や鋤を巧みに使い、地面の石を取り除き、窪みを埋め、出っ張りを削り、あっという間に空き地を平らなグラウンドへと変えていく。

それは昼過ぎまでかかる、地道だが重要な作業だった。

そして、最後にいよいよライン引きだ。

僕はナビが視界に表示してくれている長方形のガイドラインの角に簡単な目印をつけ、職人たちにその目印と目印を繋ぐようにロープを張ってもらう。

「よし。じゃあ、このロープに沿って石灰石の粉を引いていこう」

「へい!」

職人の一人が麻袋から粉を手ですくって撒こうとした、その時だった。

「あ、待っておじさん!その粉、素手で触っちゃだめだよ!手が荒れちゃうから!」

「へ?そうなんで?」

「あ、待って。それだと線がガタガタになっちゃうな……」

『ナビ、前世にあった、あの線を引く車輪のついた箱のやつ。あれの簡単な作り方分かる?』

《はい。簡易的な『ラインカー』の設計図を表示します。木箱、車輪、木の棒があれば、すぐに作製可能です》

(よし、完璧だ!)

僕は、こちらの様子を見に来ていたゴードンさんにお願いする。

「ゴードンさん、ちょっと手伝って。余っている小さな木箱と車輪を二つ、あと木の棒を一本、貸してくれるかな?」

ゴードンさんは不思議そうな顔をしながらも、すぐに言われた通りのものを用意してくれた。

僕はその場で簡単な設計図を地面に描いて、説明する。

木箱の底に小さな穴をいくつか開ける。

その木箱を、車輪をつけた木の棒で貫通させる。

「……よし、できた」

あっという間に、世界で初めての簡易的な「ラインカー」が誕生した。

木箱に石灰石の粉を入れ、それを手押し車のように押して歩くと、底の穴から粉がさらさらと均一に落ちていくという仕組みだ。

「へっ……!なるほど、こいつは考えやしたな、メルヴィン様!」

ゴードンさんが感心したように唸る。

僕たちはその出来立ての発明品を使って、ロープに沿ってガラガラと軽やかな音を立てながら、石灰石の粉を地面に均一に引いていった。

夕暮れ時。

村の広場には、これまで誰も見たことのない、完璧なフットサルコートと、網が張られた立派なゴールが完成した。

「へっ、どうでい、メルヴィン様!世界一のゴールだぜ!」

ゴードンさんが汗を拭いながら、誇らしげに胸を張る。

早速、大人たちがチームに分かれて試合を始めようとしていた。

僕はそんな彼らを、少しだけ待たせた。

「待って、ゴードンさん。そんなに立派なゴールができたなら、もう一つ大事な役割が必要になるよ」

「役割ですかい?」

「うん。あのゴールを専門に守る人。『ゴールキーパー』っていうんだ。その人だけは特別に手を使ってもいいんだよ」

僕のその新しいルールの提案に、大人たちは「なんだと!?手を!?」「そりゃあ、ずるいじゃねえか!」と大騒ぎ。

「じゃあ、誰がやるんだ!」「俺は点を取りてえぞ!」と、誰もがやりたがらないキーパー役の押し付け合いが始まった。

結局、じゃんけんで負けた一番若い弟子が、しぶしぶゴール前に立つことになる。

僕はやれやれと肩をすくめると、コートの真ん中にボールを置いた。

「よし、じゃあ始めるよ。僕が合図をするから」

僕はコートの外へと出ると、大きく息を吸い込んで叫んだ。

「……キックオフ!」

僕のその言葉を合図に、大人たちの初めての本格的な試合が開始された。

しかし、その試合は僕の想像をはるかに超えて荒々しいものだった。

ゴードンさんが巨体で相手を突き飛ばしてボールを奪えば、若い職人が相手の服を掴んで止める。

それはもはやスポーツではなく、ただのボールの奪い合いだ。

そのあまりに危険なプレーを見て、僕は静かに人差し指をぱちんと鳴らした。

するとコートの真ん中から「パンッ!」という短い破裂音が響いた。

「みんな、待って!いったん止まって!」

僕がそう声を張り上げると、大人たちはまだ何が起きたのか分からないという顔で僕を見ている。

「それじゃあ、ただの喧嘩になっちゃう。この遊びはボールを奪うものであって、相手を倒すものじゃないんだ。そういう乱暴な真似は『ファール』って言って、つまり『反則』だよ」

「はんそく?」

「うん。フットサルはボールを奪い合うものであって、相手の体を狙うものじゃない。相手を押し倒したり掴んだりするのは禁止。もしそれをやったら、相手チームに有利な場所からボールを蹴る権利が与えられる」

僕の新しいルールの説明に、大人たちは最初は「ちぇっ」「細かいこと言うなあ」と不満そうだった。

試合が再開されると、大人たちは戸惑っていた。

力任せにプレーできないとなると、どうボールを奪えばいいのか分からない。

ボールを持っていたのは巨体のゴードンさんだ。彼は体を壁のようにして、ボールを誰にも近づけさせない。

その膠着状態を破ったのは、一番小柄な若い職人だった。

彼はゴードンさんの体にぶつかるのではなく、その足元、ボールだけを狙って素早く足を差し出した。

「おっと!」

ゴードンさんがボールを蹴ろうとした、まさにその一瞬。ボールは若い職人の足に吸い付くように奪われていた。

その鮮やかなプレーに、周りで見ていた他の大人たちからどよめきが上がった。

「おい、見たか、今の!」

「ああ……。ゴードンの旦那の体にゃ一切触れずに、ボールだけを抜き去りやがった……!」

「なるほど!そういうことか!力じゃねえ、技で奪うのか、この遊びは!」

それまで不満そうだった大人たちの顔つきが変わる。

その目には、新しいルールの本質を理解した子供のような好奇心と闘争心が宿っていた。

その少しだけぎこちない、しかし確実に「競技」へと進化していく大人たちの真剣な眼差し。

僕はその光景を満足げに眺めていると、脳内にナビの声が響いた。

《メル。提案があります》

『なに?』

《現状の口頭でのルール説明では、個人の解釈の違いによる新たな紛争が発生する可能性があります。よって、公式なルールブックの作成と専門の審判員の育成を強く推奨します》

(ああ、僕のお昼寝の時間が、また遠のいていく……)

僕は内心、大いに慌てた。

『いや、待って、ナビ。まだ早いよ。今はみんな、ただ楽しくボールを蹴ってるだけなんだから。そんな本格的なもの、今持ち込んだら逆に面倒なことになる』

僕は必死に反論する。

『そのルールブックと審判の件は、今後の『検討課題』ってことにして、僕の頭の引き出しの一番奥の方にしまっておいてくれる?』

《……了解しました。当該案件を「保留」ステータスに移行します》

(よし!危なかった……!)

なんとか目先の面倒事を回避することに成功した僕は、改めて安堵のため息を一つ漏らした。

僕の平和な時間は、どうやらまだ、かろうじて守られそうだ。