軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第75話「秋色の宝物」

収穫祭の熱狂も過ぎ去り、領地には穏やかな秋の時間が流れていた。

季節はすっかり秋。窓から見える森は赤や黄色に鮮やかに色づき、空はどこまでも高く澄み渡っている。

僕は窓際の、日当たりの良いソファの上で完璧な「お昼寝ポジション」を見つけ、うとうとしていた。まさにスローライフの極み。

『ナビ……。平和だ……。これ以上ないくらい、完璧なお昼寝日和だ』

《はい、メル。現在のあなたのバイタルサインは極めて安定的です。ストレスレベルは計測下限値を下回っています。あなたの『のんびりスローライフ』の達成度は、現在98%です》

『残りの2%は、何?』

《イリス様の、突発的な介入による安眠妨害のリスクです》

『……だろうね』

僕がナビとのいつも通りのやり取りに、くすりと笑った、まさにその時だった。

「メルー!いつまでぐうたらしているの!こんなにお天気がいいのに!」

ドン、ドン、ドン!と、遠くから廊下を走ってくる乱暴な足音が聞こえてくる。

(来た……)

ナビの予測、的中率100%である。

僕は聞こえないふりをして目を閉じた。そして完璧な寝息を立てる。

今、僕が最も優先すべきはお昼寝だ。扉が開いても僕は眠り続ける。絶対に!

バン!と、勢いよく部屋のドアが開け放たれた。

「メルー!いつまでぐうたらしているの!こんなにお天気がいいのに!」

僕の決意を嘲笑うかのように、姉であるイリ姉の元気すぎる声が部屋に響き渡る。

しかし僕は動かない。僕は眠っているのだから。

「あら、寝ているの?ふーん……」

イリ姉の静かな、しかし何かを企んでいるような声。

次の瞬間、僕の頬に、むにゅっ、という柔らかい感触と悪魔のような力が加えられた。

「ほーら、起きなさい、メル。いつまで寝たふりをしているのかしら?」

「いひゃい!いひゃいれふ、いりねえ!」

僕の頬を容赦なく、むにーっと引っ張る姉。

僕の、完璧だったはずの平穏は、こうして無慈悲にも打ち砕かれたのだった。

「ほら、起きなさい!さっさと行くわよ!」

「うわっ、ちょっと、引っ張らないでよ!……一体なんなのさ、イリ姉。せっかく気持ちよく眠れそうだったのに」

僕が不満の声を上げると、イリ姉は、にっと悪戯っぽく笑った。

「森で一番大きくて、一番真っ赤なカエデの葉っぱを見つける競争よ!」

「競争……?やだよ、面倒くさい。僕はここで寝てる」

「だーめ!決定事項です!」

僕のささやかな抵抗は、姉の有無を言わせぬ一言の前に、あっさりと砕け散った。

結局、僕はずるずると姉に引きずられるようにして、森へ付き合うことになったのだった。

屋敷を出て森へと向かう道の途中。ルカとリリィの家の前を通りかかると、ちょうど二人が庭先で遊んでいるのが見えた。

「おーい、メル、イリス姉ちゃん!どこ行くんだー?」

ルカの元気な声に、イリ姉が、ふふん、と得意げに振り返った。

「いいところに会ったわね二人とも!わたくしたちこれから森へ、『宝さがし』に行くところよ!」

「宝さがし!?なんだそれ、面白そうだな!」

ルカが目を輝かせる。

「宝さがし、ですって。なんだかわくわくしますね。具体的には何を探すんですか?」

「森へ行って一番大きくて、一番真っ赤なカエデの葉っぱを見つける競争よ!優勝者には何と!!わたしから、名誉が与えられるわ!」

イリ姉が、大げさに胸を張る。

(イリ姉からの名誉か……。いらないなあ……。僕が今一番ほしいのは、平穏なお昼寝タイムだよ……。)

「よっしゃあ!やるぜ!俺が一番すごいの見つけてやる!」

「うふふ、楽しそうですね。わたしもご一緒させていただいても、よろしいですか?」

こうして僕の、ささやかなお昼寝計画はいつの間にか、四人での賑やかな森の散策へと、その姿を変えてしまったのだった。

賑やかなおしゃべりと共に、僕たちは村の小道を抜けて森の入り口へとたどり着く。

一歩、足を踏み入れると、ひんやりとした澄んだ空気が僕たちを包んだ。

「さあ、ここからが勝負よ!」

イリ姉の宣言を合図に、ルカが「うおおーっ!」と叫びながら一番に駆け出した。

リリィとイリ姉も楽しそうに、その後を追う。

僕もやれやれと肩をすくめながら、その一番後ろをとぼとぼと歩いていった。

森の奥へと足を踏み入れると、カサカカと足元の落ち葉が心地よい音を立てる。ひんやりとした風が火照った頬を撫でて、土と木の香りを運んでくる。見上げた木々の隙間からは木漏れ日が、キラキラと地面に光の模様を描いていた。

そんな宝物でいっぱいの森の中で、僕たちはすぐに、それぞれの「宝さがし」に夢中になっていった。

リリィが顔の大きさほどもある真っ赤なカエデの葉を見つけて、嬉しそうに声を上げた。

「見て、メル様!とっても大きくて真っ赤ですよ!」

「へん、大きさならこっちの方がでけえぜ!」

すかさずルカが、さらに大きな葉っぱを自慢げに掲げる。

そんな二人を見て、イリ姉は、ふふん、と余裕の笑みを浮かべた。

「二人とも、大きさじゃないのよ、美しさで勝負よ!」

イリ姉が誇らしげに見せてきたのは、赤から黄色へのグラデーションが絶妙な葉だった。

僕はといえば面倒なので、適当に歩いているだけ。

ああ、やっぱりソファで寝てればよかったなあ、とそんなことを考えていた、その時だった。

ふと見上げた高い枝の先に、一枚だけ、奇跡のように完璧な形をした黄金色のイチョウの葉が引っかかっているのが見えた。

(あれ、綺麗だな……)

僕は周りに誰も見ていないことを確認すると、その葉に向かって人差し指をぴんと伸ばす。

指先に、ごく小さな、カミソリのように鋭い風の刃を生成する。

それを弾丸のようにまっすぐ、葉っぱの付け根に向かって飛ばした。

ぷつり、と小さな音を立てて葉の付け根が、綺麗に切断される。

黄金色の葉は切り口から、ひらひらと、まるで僕の計算通りに手の中に吸い込まれるように舞い落ちてきた。

僕は、何食わぬ顔で手に入れた黄金色の葉を、自分の「宝物」の束に加えると皆の元へと戻った。

「あら、メル。どこに行ってたのよ」

「ん、ちょっとね」

しばらく森を歩き回り、みんなの宝物もずいぶんと集まってきた。

その時リリィが、「ねえみんな。たくさん歩いたから少し、休憩しないかな?」と、優しく提案した。

ちょうど日当たりの良い開けた場所があったので僕たちは、そこに腰を下ろすことにした。

そして、それぞれが見つけた「宝物」を地面に広げて、見せ合いっこを始めた。

「どうよ!俺のが一番でけえだろ!」

「大きさじゃないって言ってるでしょ!この、色の繊細さが分からないの!?」

ルカとイリ姉がいつものように、ぎゃあぎゃあと張り合っている。

そのひとしきりの自慢大会が、一区切りついた時だった。

「なあ、リリィ!あそこの坂でどんぐり転がし競争しようぜ!」

「まあ、楽しそうですわね。メル様、イリス様、少しだけ失礼しますわね」

二人が少し離れた、なだらかな斜面へと駆けていく。

その楽しそうな後ろ姿を見送り、広場には僕とイリ姉の二人だけの、静かな時間が流れた。

僕はイリ姉と二人で、並んで切り株に座っていた。

イリ姉は自分が集めた一番のお気に入りの葉を、太陽にかざしながらぽつりと独り言のようにつぶやいた。

「この赤、綺麗ね。……あの光の劇で見たお花の赤みたい」

僕は少し驚いてイリ姉を見る。

イリ姉は僕の方を見ずに、葉を見つめたまま続ける。

「あれ、本当に綺麗だったわよ。ありがとう、メル」

その普段のイリ姉からは、考えられないほど素直で優しい声。

前世の僕は誰かに感謝されることはあっても「ありがとう」と、こんなふうに真っ直ぐに心を込めて言われたことがあっただろうか。

会社のためノルマのため。そんな乾いた関係性の中だけで生きてきた気がする。

姉の不器用だけど心のこもった、たった一言。

それが僕の心の、固く凍っていた部分を少しだけ、溶かしてくれるような温かさを持っていた。

僕は、そのあまりのくすぐったいような嬉しいような気持ちを、どう処理していいか分からなくて思わず少しだけふざけてしまった。

イリ姉の額に自分の手のひらを、ぺたりと当ててみる。

「イリ姉、熱でもあるの?」

「……は?」

次の瞬間イリ姉の顔が、カッと夕焼けよりも真っ赤に染まった。

「なっ……!なによ!人が、せっかく素直に褒めてあげてるっていうのに!あんた本当に失礼なんだから!」

「あいたっ!ご、ごめん!」

僕の背中を小さな拳で、ぽかぽかと本気で叩いてくるイリ姉。

さっきまでの、しっとりとした良い雰囲気は、どこかへ吹き飛んでしまった。

でも僕は、そんなイリ姉の怒った横顔を見ながら心の中でくすりと笑っていた。

うん。やっぱり僕のお姉ちゃんは、こうでなくちゃね。

そんなことを考えていると、どんぐり転がしに飽きたのか、ルカとリリィが僕たちの元へ戻ってきた。

イリ姉がオレンジ色に染まり始めた空を見上げて声を上げる。

「あら、もう、こんな時間?そろそろ戻らないと母様たちに心配されるわね」

その一言をきっかけに、僕たちの楽しい宝さがしは終わりを迎えた。

やがて日が傾き始め森はオレンジ色の光に包まれる。

四人で今日の収穫を大事に抱えながら、屋敷への道を並んで歩いた。

強引に森へ連れ出されたけれど、悪い一日ではなかったな、と僕は思った。

姉の、あの素直な言葉。それこそが今日僕が見つけた一番の「宝物」だったのかもしれない。