軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第55話「ヨナス商会開店」

その日の朝、村の広場は、夜明け前から何やらそわそわとした空気に包まれていた。

広場の一角、以前は古びた空き家だった場所に、新しくて美しい木造のお店が完成していた。

その店先には、まだ布のかかった真新しい看板と、村の子供たちが作った可愛らしい花輪が飾られている。

開店の時間にはまだ早いが、村人たちは自然と店の前に集まり、小さな列を作り始めていた。

「皆様、本日はお日柄も良く!」

開店の時刻。店の前に作られた小さな壇の上で、父様が朗らかに声を上げた。

僕たち家族は、来賓席からその様子を見守っている。

「本日、ここに我がフェリスウェル領で初めての御用商人、ヨナス殿の店が開店する運びとなった!」

父様の言葉に、村人たちから温かい拍手が送られる。

壇上のヨナスさんは、緊張でガチガチになりながらも、深々と頭を下げた。

「あ、ありがとうございます!このご恩は一生忘れやせん!」

レオ兄様が合図をすると、ゴードンさんの息子が看板にかかっていた布をさっと外す。

現れたのは、『ヨナス商会:フェリスウェル御用達』という、誇らしげな文字だった。

「さあ、どうぞ中へ!」

開店の号令と共に、村人たちがわっと店の中へと流れ込む。

その誰もが、まず驚きの声を上げた。

「おおっ!なんだこの内装は!?」

「木の香りが、すごくいいなあ……」

店の棚や梁、そして扉までもが、釘を一本も使わない、美しい木組みで仕上げられていた。

店の入り口では、大工のゴードンさんが、小さな模型を手に、得意げに解説している。

「へっへっへ。こいつぁ、メルヴィン坊ちゃまがお教えくださった、新しい技術でさあ!見てくだせえ、こうやって組むだけで、びくともしねえ頑丈な棚ができるんで!」

ゴードンさんが、模型を一度分解し、あっという間に再び組み立ててみせると、村人たちから「おおーっ!」という歓声が上がった。

僕は、沸き立つ村人たちの様子を眺めつつ、心の中でナビに呟いた。

『……ナビ、これなら大丈夫だね』

《はい。理想的な反応です》

店の中は、どこを見ても心躍るものばかりだった。

正面の棚には、束ねられたフェリスハーブや、それを使った香草塩の小袋が並んでいる。

右の壁には、僕とリディアが作った石鹸と、新しい髪洗い(シャンプー)の香り見本が置かれていた。

さらに奥の棚には、王都から仕入れてきた蜂蜜酒や、鮮やかな染布、香り高い香辛料の瓶が整然と並んでいる。

村では見かけない珍しい品々に、客たちは思わず足を止め、目を輝かせていた。

奥のカウンターでは、ヨナスさんの奥さんが、少しだけ嬉しい悲鳴を上げていた。

「あなた!大変ですわ!開店してすぐなのに、棚に並べたトランプが、もう半分以上売れてしまいました!」

紙の生産は軌道に乗り始めているけれど、一枚一枚に絵を描くトランプは、まだそんなに数が作れないのだ。

店の軒下には、小さなテーブルと椅子が二つ置かれていた。

そこは、新しい遊びトランプの体験コーナーだ。

「今日はここでトランプが遊べまーす。最初は七並べの遊び方を教えるね!」

ヨナスさんが雇った、若い店員さんが村の子供たちにルールを説明している。

「よーし、俺はルールおぼえたぜ!!早速やろう!!」

「もう、ルカはせっかち何だから。本当にルール覚えたの……?」

リリィが呆れたように、でも楽しそうにそっと釘を刺した。

僕は、そんな様子をしばらく眺めていたが一人分の席が空いたのを見て、すっとその輪に加わった。

ゲームが中盤に差し掛かり、みんなが次のカードに集中していた、その時だった。

「よっしゃ、俺の番だな!これだ!」

ルカが、まだ自分の番でもないのに、興奮のあまり、手札から一枚、カードを場に叩きつけた。

その、あまりにも堂々としたフライング。

それに、一番に気づいたのは、やっぱりリリィだった。

「もう、ルカったら!まだメル様の番でしょ!」

「えっ!?そうだっけ!?」

周りの子供たちからも「あー、ルカ、またやったー!」「お手つきだぞー!」と楽しそうなヤジが飛ぶ。

僕も思わずくすりと笑ってしまった。

「ルカ、気が早いよ」

ルカは顔を真っ赤にして、慌ててカードを引っ込めた。

「ち、違うんだ!今のは練習で!」

そんな苦しい言い訳。

『ナビ、ルカすごく慌ててるね』

《はい。勝利への焦りが、基本的な手順の遵守を怠らせています。典型的なヒューマンエラーです》

店の外が子供たちの歓声に包まれている一方で、店の中では。

「うおおおっ!革命だ!これで俺の番だな!」

「くっ……!まさか、このタイミングでジョーカーを出すとは……!」

村の男たちが、もう一つのテーブルを囲んで、大富豪に夢中になっていた。

街道整備を終えた職人さんや、畑仕事の合間にやってきた農夫さんたちだ。

「はっはっは!まさか、こんな面白い遊びがあったとはなあ!」

「ああ、こいつはいい!仕事の疲れが、すっと飛んでいくようだぜ!」

大人も子供も、誰もが新しい遊びに心を奪われている。

七並べにすっかり夢中になった子供たちは今度は店の中にある、もう一つのテーブルへと移動した。

「次はババ抜きを教えるよ。この一枚だけ違う絵のカードこれが『ババ』だよ」

店員さんの説明に、子供たちの輪から、どっと笑いが起こる。

誰が最後までババを持っているのか。その単純で分かりやすいルールが、子供たちの心を完全に掴んだようだった。

いつの間にか、体験卓の後ろには、順番を待つ子供たちの小さな列ができていた。

しかし、子供たちは興奮のあまり、「次は俺だ!」「私よ!」と、少しだけ揉め始めている。

その様子を見ていたイリ姉が、ふう、と一つ、お姉さんぶったため息をついた。

そして、おもむろにその輪の中へと歩み寄ると、パン、と軽く一度だけ、手を叩いた。

「はい、みんな。そんなに慌てなくても大丈夫よ」

イリ姉のよく通る声に、子供たちは動きを止め自然と耳を傾けた。

「これはメルが、みんなで楽しく遊べるように考えてくれたの。だから順番にやれば、みんなちゃんと楽しめるわ」

彼女はにっこり微笑みながら、一人一人を優しく見回す。

その柔らかい声に、子供たちは少し恥ずかしそうに顔を見合わせ、「「はーい!」」と元気に返事をした。

さっきまでの騒がしさが嘘のように、そこにはきちんと整った列ができていた。

「……えっ、誰?」

思わず、僕はぽかんと口を開けてしまった。

隣のルカも、同じように目を丸くしている。

「な、なんだ今の……イリスだよな?」

「うん……でも、別人みたい。誰?」

ルカと僕が顔を見合わせて、半分笑いながらひそひそ声を交わす。

「うそでしょ。あのイリスが、あんな優しく仕切るなんて……」

リリィまで目を丸くして小声でつぶやいた。

その声がほんの少し聞こえていたのか、イリ姉は振り返って、ぷいと頬を膨らませる。

「ちょっと! 聞こえてるわよ!」

その仕草が真剣な顔とのギャップで、余計におかしくて――僕たちは思わず、くすくすと笑ってしまった。

体験会が終わり、僕たちは軒下で一休みしていた。

ルカは、まだ悔しそうだ。

「次は絶対勝つからな、メル!」

「うん、また遊ぼう」

そんな僕のところに、イリ姉がやってきて、そっと僕の襟を直してくれた。

「ほら、帰るわよ」

その横顔は、少しだけ誇らしそうに見えた。

僕たちの後ろでは、ヨナス商会の賑わいが、いつまでも続いていた。