軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第50話「王都からの便り」

あれから、数ヶ月が過ぎた。

僕たちの領地では、温泉がすっかり日常の一部になっていた。

村人たちは仕事の合間に疲れを癒やし、リディアが開発した薬湯は、お屋敷の女性陣の肌をますますすべすべにしている。

そして僕は、と言えば。

『ナビ、今日のフルーツ牛乳は桃の味がする』

《はい。ヒューゴ氏が、季節の果物を取り入れた新作を開発したようです。あなたのQOLは、順調に向上しています》

完成したばかりの露天風呂に浸かりながら、湯上りの一杯を味わう。

うん、今日も僕ののんびりスローライフは完璧だ。

そんな、いつもと変わらない、平和な午後だった。

村の入り口の方から、パカラッ、パカラッ、と、聞き慣れない、軽快な馬蹄の音が聞こえてきたのは。

「なんだい、あの馬車は?」

「見たことない紋章だな。どこぞの貴族様かい?」

村人たちが、物珍しそうに噂している。

やってきたのは、一台の、小ぶりだが装飾の美しい馬車だった。以前ヨナスさんが乗っていた、旅慣れた幌馬車とは比べ物にならない。

「おや……? あれは――ヨナスさん!?」

御者台から飛び降りた人物を見て、村の誰かが驚きの声を上げた。

「よお!みんな、元気でやってたかい!」

そこに立っていたのは、旅商人のヨナスさんだった。

しかし、その姿は、数ヶ月前とはまるで別人だ。

着古した旅人の服ではなく、上質な布で作られた、動きやすそうな仕立ての良い服。その指には、キラリと光る指輪までしている。

「ヨナスさん!?」

「おお、坊ちゃま!ご無沙汰しておりやす!」

ヨナスさんは、僕の姿を見つけると、満面の笑みで駆け寄ってきた。

「どうしたんだい、その格好は!まるで、どこぞの金持ち商人じゃないか!」

村のおじさんの言葉に、ヨナスさんはがははと豪快に笑った。

「へっへっへ。旦那、その通り!このヨナス、あんたたちの領地のおかげで、ちいっとばかし、成り上がっちまったんでさあ!」

久々の再会に村人たちと盛り上がった後、ヨナスさんはすぐに父様へ挨拶をするため、屋敷に案内されることになった。

父様の執務室は、ヨナスさんが持ち込んだ熱気で、むんむんとしていた。

父様とレオ兄様が、ゴクリと息を呑んで、一枚の羊皮紙に書かれた報告書を睨みつけている。

「……信じられん。ヨナス殿、この数字は、本当に正しいのか?」

「へえ!もちろんでございます、旦那様!これでも、かなり控えめに書いたくらいでさあ!」

ヨナスさんが持ち帰った報告書は、衝撃的な内容だった。

僕が発明した品々、特に紙とトランプは、王都でとんでもない熱狂を巻き起こしたらしい。

「貴族も、金持ちの商人も、誰もが見たことのない紙の滑らかさと、トランプという遊びの面白さに、あっという間に夢中になりやした!あっしが持ち込んだサンプルは、初日で言い値の10倍の値がつきましてな!」

ヨナスさんの報告に、レオ兄様が頭を抱えている。

「……父上、これは、我々の想像を遥かに超えています。王都の商人たちが、今、血眼になってこの紙の出所を探している、と……」

「うむ……」

父様も、嬉しいというよりは、事の重大さに、難しい顔をしていた。

「旦那様!どうか、どうかお願いします!このヨナスに、正式な販売代理人としての契約を!」

「ねえヨナスさん、ぼくのお土産は……?」

僕の、あまりにも場違いな一言。

それに部屋中の全員が、きょとんとした顔で僕を見た。

「え?」

「メル?」

僕は、そんな周りの反応にはお構いなしに、ヨナスさんに向かって、期待に満ちた目で言った。

「ヨナスさん、約束、覚えてるよね?面白いお話と、美味しいお菓子、持ってきてくれるって」

僕の言葉に、ヨナスさんは一瞬だけぽかんとした後、腹を抱えて大笑いした。

「はっはっは!坊ちゃまは変わりませんな!もちろんでさあ、坊ちゃま!あんた様との約束を、このヨナスが忘れるはずがねえ!」

彼は、そう言うと、持ってきた荷物の中から、ひときわ大きな包みを取り出した。

中には、僕が見たこともない、王都で流行しているという、キラキラしたお菓子や、美しい絵が描かれた物語の本がたくさん詰まっていた。

「うわー!」

僕がはしゃいだ声を上げたその瞬間――

「なによ、メルだけずるいわ!」

どこからか聞きつけたのかイリ姉がドタドタ乱入してきた。

『ナビ、こうなると思ってた?』

《はい。お菓子の紛争発生確率は97%と算出していました。ですが、兄妹の笑顔が見られる確率も同じく97%です》

「メル!そのクッキーよこしなさい!」

「だめだよ、これは僕の分!」

……まあ、甘い戦争なら、それも悪くない。

その日の夜。

父様とレオ兄様は、二人きりで、執務室の暖炉の前に座っていた。

「……レオ。これは、我々の手を離れて、大きな渦になろうとしておるぞ」

「はい、父上。この紙という発明は、もはや、この小さな領地だけで抱えきれるものではございません」

「うむ。下手をすれば、他の貴族からの、妬みや、圧力も……」

二人の顔は、喜びよりも、むしろこれから訪れるであろう困難への覚悟の色に染まっていた。

――そうして執務室には、重苦しい静けさが落ちていた。

けれど、その頃の僕は。

『ナビ、このクッキー、イリ姉から守れる?』

《はい。推定勝率は……残念ながら17%です》

『そんなに低いの!?ナビ、もっと本気出してよ!』

父様と兄様が真剣に未来を語っていたのと同じ夜、僕はお菓子防衛戦線の真っ只中にいた。