軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第47話「お姉ちゃんの大発明」

その日の昼下がり、僕は屋敷の談話室で、静かに読書を楽しんでいた。

窓から差し込む陽の光は暖かく、時折ページをめくる音だけが聞こえる。完璧な、のんびりスローライフの時間だ。

「メルのおかげで、お洗濯もお料理も、本当に楽になったわねえ」

刺繍をしていた母様が、しみじみとそう呟いた。

その言葉に、ぴくりと反応した人物が一人。

「ふん!メルばっかり褒められてずるい!シャンプーくらい、私にだって作れるんだから!」

イリ姉は勢いよく立ち上がり、頬を膨らませる。

そして胸を張って、堂々と宣言した。

「見てなさい!メルが作ったのなんかより、ずーっとすごくて、もっといい匂いの、最高の美髪薬を作ってみせるわ!」

そう叫ぶや否や、イリ姉は嵐のように談話室を飛び出していった。

母様は、そんな姉の背中を「まあ、元気なこと」と、にこにこしながら見送っている。

『ナビ、なんだかすごく嫌な予感がする』

僕が心の中でそう呟くと、ナビは即座に分析結果を提示した。

《はい。対象人物イリス様の性格データ、及び現在の行動目的を分析した結果、今後3時間以内に、メルの快適な読書環境が、外的要因によって妨害される確率は、92%です》

『やっぱりか……』』

僕はナビの無慈悲な予測に、深いため息を一つついた。

薬草園では、リディアが静かに作業していた。そこへイリ姉が飛び込んでくる。

「リディア!力を貸して!」

突然現れたイリ姉の元気いっぱいの声。

薬草の手入れをしていたリディアは驚いて顔を上げた。

「……はい、イリス様。何をいたしましょうか」

「決まってるでしょ!メルに負けない、最高の美髪薬を作るのよ!リディアは薬草に詳しいから手伝ってほしいの!」

イリ姉の無茶苦茶な要求。

それにリディアはいつも通りの落ち着いた声で、しかしプロとしてきちんと意見した。

「……イリス様、薬草の調合には、きちんとした手順と配合がございます。闇雲に混ぜ合わせても、効果は期待できませんが…」

「分かってる!でもね、いい匂いのやつとツヤツヤになるやつを集めれば、きっと素敵な美髪薬になるわ!」

リディアは、深いため息を一つつくと、いろいろ諦めたようだった。

彼女はイリ姉の言う通りに、いくつかの安全なハーブを摘み始め、その背中にぽつりと呟いた。

「後で、奥様や旦那様に叱られても知りませんからね……」

僕がしばらく静かに本を読んでいると、どこからか、甘ったるい、むせ返るような匂いが漂ってきた。

そして厨房の方から、メイドさんたちの「きゃー!」という悲鳴が聞こえ始めた。

『ナビ、なんだか、すごく騒がしくなってきたよ。』

《緊急事態です。イリス様が高粘度の糖類を広範囲に飛散させ、厨房の機能が完全に停止しています。人的被害も拡大中です》

『やっぱり、イリ姉の仕業か!』

僕は深いため息をつくと、『仕方ない、様子を見に行くか』と、重い腰を上げた。

僕が厨房へ行くと、そこは想像を絶する光景だった。

壁も、床も、そしてイリ姉自身も、甘くてベタベタの蜂蜜まみれ。メアリーは床に足を取られて動けなくなり、ヒューゴは頭から蜂蜜をかぶって呆然としている。

そして、真ん中で泣きそうな顔のイリ姉。

「だ、だって、蜂蜜をたくさん入れた方が、髪に良いと思ったんだもん…!」

イリ姉が泣きそうな顔で言い訳している。

どうやら厨房の隅を借りて実験をした結果、魔力を込めすぎて蜂蜜の壺を爆発させてしまったらしい。

『ナビ、あのベタベタ、どうにかならない?』

《はい。蜂蜜の主成分である糖分は、高温のお湯で溶解します。水の魔法で大量のお湯を生成し、同時に風の魔法で排水路へと誘導するのが最も効率的です》

僕は深いため息を一つつくと、二つの魔法を同時にそして静かに発動させた。

厨房の天井から、温かいお湯のシャワーが、ざあっと降り注ぎ始める。

「きゃっ!」

「まあ、温かいお湯?」

そのお湯が、壁や床の蜂蜜を、見る見るうちに溶かしていく。

そして風の魔法で、床に広がった甘い香りのするお湯を、床を滑らせるように、一滴残らず綺麗に厨房の排水溝へと導いていく。

数分後。

あれだけ大惨事だった厨房は、完璧に綺麗になり、後には甘い花の香りだけが残っていた。

「……え?あれ?消えちゃった……」

イリ姉は、自分だけがまだベタベタなことに気づき、ぽかんとしている。

その時だった。

「……イリス」

静かだが、有無を言わさぬ迫力のある声。

声がした方を見ると、そこには、にこりと微笑んだ母様が立っていた。

しかし、その目は、全く笑っていない。

「母様……!あ、あの、これは、その……」

母様はイリ姉の言い訳には耳を貸さず、床に広がった甘い水たまりを、ため息と共に見やった。

「イリス。これは皆で作るはずだった蜂蜜菓子の材料ですわよね?」

「は、はい……」

「後で、あなたのお部屋で、ゆっくりとお話を聞かせてくださるかしら?」

母様の完璧な笑顔。

イリ姉は顔を真っ青にして、こくこくと、人形のように頷くしかなかった。

僕はそんな姉の姿を横目に、少し笑って一言だけ告げる。

「イリ姉、お風呂入った方がいいんじゃない?……次は一緒に作ろうね」

そう言うと、イリ姉はきょとんとした後、ほんの少しだけ表情を緩めた。

談話室に腰を下ろし、再び本を開いた瞬間――。

「メルー!タオルちょうだい!」

……やっぱり、僕の平和は長持ちしないらしい。