軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第115話「最高のベンチを目指して」

バルカス領から帰ってきて、一週間が経った。

あの賑やかだった旅行から一転、僕の毎日は平和そのものだ。

朝、遅めに起きて朝食を食べ、午前中は庭の木陰でゴロゴロする。

昼食を食べて、午後は自室のベッドでゴロゴロする。

そして夕食を食べて、お風呂に入って寝る。

(はぁ……最高。やっぱり家が一番。何もしないって素晴らしい……)

僕は自室のベッドの上で、怠惰の極みのようなポーズで天井を見上げていた。

ここしばらくは、ほとんど毎日こんな調子だ。

《メル。警告します》

脳内に、相棒の冷静な声が響く。

《疲労回復に必要な期間は既に経過しています。ここ数日の活動レベルが著しく低下しており、筋力および魔力回路の活性が下がり始めています》

『いいの。これがスローライフなの。充電期間なんだよ』

《充電にしては長すぎます。このままではスローライフではなくニートライフ……あるいは植物化と定義を変更する必要があります》

『植物……。それも悪くないかも。光合成だけで生きていきたい……』

僕がそんな馬鹿なことを考え始めた、その時だった。

バンッ!!

部屋のドアが、壊れそうな勢いで開け放たれた。

「ちょっとメル! いつつくるのよ!」

入り口には、腰に手を当てて仁王立ちするイリ姉の姿があった。

不機嫌そうに口を尖らせて、僕をじろりと睨み下ろしている。

「えー……なにを?」

僕は布団を被って、寝ぼけたふりをした。

「誤魔化しても無駄よ!」

イリ姉がズカズカと歩み寄ってきて、僕の聖域である布団を容赦なく剥ぎ取った。

「ブランコよ、ブランコ!帰ったら広場に作るって約束したじゃない! ルカたちも楽しみにしてるのに、もう一週間よ! 父様に聞いたら、まだ設計図すら描いてないって言うじゃない!」

「あー……うん。そうだったっけ……」

目を逸らすと、イリ姉が僕の顔を覗き込んでくる。

「まだ、どんな形にしたら一番楽しいか、じっくり考えてるところなんだよ……。頭の中で、すごいのを組み立ててる途中というか……」

「嘘おっしゃい!アンタ、帰ってきてから毎日ぼーっとしてるだけじゃない!」

(うっ……。バレてる……)

「それに、今日は天気も悪いし……」

「快晴よ! 雲ひとつないわ!」

イリ姉が窓を指差すと、そこには憎らしいほどの青空が広がっていた。

「うぅ……。分かったよ、明日やるよ……」

「だーめ! 今すぐやるの!」

イリ姉は僕の腕を引っ張ろうとして、ふと手を止めた。

そして、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

「……ふーん。そんなに嫌なら、父様に言いつけちゃおうかな」

「え?」

「メルが最近、運動不足で体がなまってるみたいです。剣のお稽古をつけてあげてくださいって」

「ッ!!」

父様の剣の稽古……。

それは真面目な父様が、僕と触れ合えると思って張り切ってしまう、逃げ場のない長時間の熱血指導だ。

魔法でズルをして肉体的な疲れは誤魔化せても、何時間も拘束されて汗を流すなんて、今の僕には耐えられない。

「わ、分かったよ! やるよ! やればいいんでしょ!」

「よろしい。じゃあ、設計図ができたら呼びに来なさいよね!」

イリ姉は満足そうに頷くと、パタンとドアを閉めて出て行った。

(はぁ……。平和な午後が……)

僕はしぶしぶ机に向かい紙を広げた。

『はぁ……面倒だなあ。ナビ、ブランコの設計図お願い。』

《提案があります。単体のブランコ設置は推奨しません》

『え、なんで?』

《ブランコを一基だけ設置した場合、イリス様や村の子供たちがその周囲に集中します。順番待ちによる口論や、衝突・転倒などの事故リスクが上昇します》

『ああ……なんか、イリ姉とルカとリリィが、一台のブランコを取り合ってる絵が浮かんだ……』

せっかくブランコを作るのに、それがトラブルの種になるなんてごめんだ。

『じゃあ、どうすればいいの?』

《子供たちが喧嘩せずに、自分たちだけで長時間自律的に遊び続けられる環境の構築を推奨します》

『そんな魔法みたいな遊び場あるの?』

《はい。複数の遊具を配置し、子供たちの興味を循環させる複合施設――「 公園(パーク) 」です》

『公園……!』

《ブランコに加え、シーソー、丸太渡り、砂場、土の丘などを配置します。彼らは勝手に遊び続け、体力をごっそり消費します。その間、メルは完全に自由です》

『採用!公園作ろう、公園!』

《了解しました。プロジェクト公園建設を正式に登録します》

『だってさ、子どもたちが勝手に走り回ってくれて、僕は日陰でゴロゴロしてるだけでしょ?それこそが真のスローライフだよ』

《さらに公園には、ある設備を設置するのが一般的です》

『ある設備?』

《管理監督者、つまり保護者が座って見守るための屋根付きベンチ(東屋)です》

『ベンチ……?』

《はい。もしイリス様に「メルも来なさい!」と強制連行された場合でも、このベンチがあれば監督という名目で、堂々と寝ていられます》

『……それだ!』

普段は家でゴロゴロし、もし連れ出されてもベンチでゴロゴロする。

完璧な二段構えの構想だ。

『よし、公園を作ろう!最高のベンチがある公園を!』

僕はペンを握り猛然と紙に向かった。

『ナビ、まずはメインのブランコだ。広場に作るなら、木に吊るすんじゃなくて、ちゃんと土台から作るやつね』

《了解しました。丸太を組んだ支柱を採用します。イリス様の全力運動を想定し、支柱は太い丸太を使用、基礎部分は地面深くまで固定します》

『うん、それなら安心だ』

僕はナビが脳内に投影した線を紙へ写し取っていく。

『次はシーソー。ギッタンバッタンするやつ』

《構造は単純化します。地面に太い丸太を横向きに固定し、その上に長い板を乗せる形式を推奨します》

『それだと、遊んでるうちにズレて板が落ちちゃうよ?』

《板の裏と丸太の接点に溝を掘って噛み合わせるだけにします。複雑な留め具は使用しません》

『なるほど。それなら簡単だし、落ちても乗せ直せばいいだけか』

《はい。地面を少し掘り下げて、柔らかい土や藁を盛れば、お尻への衝撃も緩和できます》

よし。次は……体を動かす系の「丸太渡り」と「土の小さな丘」だね』

《はい。丸太渡りは、森の間伐材を並べて固定する構造にします。図面には丸太の太さと間隔を明記してください》

『了解。……で、こっちが丘。土を盛って固めるだけだけど、高さはこれくらいでいいかな?』

《イリス様の跳躍力を考慮し、勾配はこの程度を推奨します》

『いいね! あと小さい子向けに砂場もって話だったよね』

《はい。木の枠を作り、川からさらった綺麗な砂を入れるだけの単純な構造です。使用しない時は、木の板で蓋ができるようにします》

僕のペン先から、次々と遊具の図面が生み出されていく。

どれも釘や金具すらほとんど使わない、木と土だけの素朴な遊び場だ。

そして最後に一番重要なエリアを描き込んだ。

『……そして、ここ。全体が見渡せて、かつイリ姉たちが暴れ回っても巻き込まれない安全地帯』

《広場の南東、大きな木の下が最適です。ここに屋根付きベンチを設置します》

『完璧だ……』

書き上がった設計図を見て僕は満足げに頷いた。

子供たちは遊び疲れ、僕は安全なベンチで微睡む。

そんな輝かしい未来予想図が、この紙には描かれていた。