軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第108話「桟橋の朝ごはん」

ドンドンドン!

翌朝、イリ姉の容赦ないノックの音で、僕は目を覚ました。

「メル!起きなさい!遅刻したら許さないって言ったでしょ!」

(うーん、もうちょっと……)

僕がベッドの中で返事をしないでいると、ガチャリと無遠慮にドアが開く音がする。

「ちょっと、メル!聞こえてるの!?」

よそのお屋敷だっていうのに、イリ姉がズカズカと部屋に入ってきた。

「イ、イリス様。あの……よそのお屋敷の中ですので、もう少しお声を……」

「うっ……!だ、だってメルが起きないから悪いのよ!」

イリ姉が声を潜めながら僕を睨んでくる。

「……おはよう、イリ姉、リディア」

「おはようじゃないわよ!ほら、早く顔を洗って支度しなさい!」

「メルヴィン様、おはようございます。朝のご支度を」

リディアはそのままテキパキと部屋のカーテンを開けていく。

大きな窓を開け放つと、ひやりとした朝の空気が一気に流れ込んでくる。

(……あ、昨日と同じ匂いがする)

風に乗って魚とあの香ばしい燻製の匂いが漂ってきた。

「リディア、これって昨日の燻製の匂いかな?」

「はい。そのようです」

「昨日より、匂いが強く感じるね」

「風が、こちらに向いているのかもしれません」

「メル!リディア!何してるの、早く行くわよ!」

僕たちはイリ姉に急かされて急いで支度を済ませ、階下へ向かった。

玄関ホールには、すでに父様と母様、そしてクラリス嬢とエレオノーラ様が集まっていた。

「おはようございます、皆様。昨夜はよくお休みになれましたか?」

「ええ、それはもうぐっすりと!」

「はい、よく眠れました」

エレオノーラ様が、にっこりと微笑む。

「本日はバルカス領の朝の活気をぜひご覧いただきたくて。朝食は桟橋の朝市で、お好きなものをお好きなだけ召し上がっていただこうと思いましてよ」

「まあ、朝市で?屋台のお料理をいただきますの?」

母様が少し驚いたように聞き返す。

「ええ。漁師たちが食べる、うちの領地の味ですわ。さあ、参りましょう」

僕たちは護衛の従者さんに連れられて、朝のひんやりとした空気の中を湖の 桟橋(さんばし) へと向かった。

桟橋は朝の活気にあふれていた。

小舟から銀色に輝く魚がどんどん水揚げされて、職人さんたちが手際よく選別している。

そして、その桟橋の入り口付近には、湯気を立てる屋台や小屋がいくつも並んでいた。

「うわあ!いい匂い!」

あっちでは魚団子の串焼きを焼いているし、こっちでは大鍋に魚骨スープが煮立っている。

「さあ皆様、どうぞ。お好きなものをお選びくださいませ。代金はうちの者が払いますから」

エレオノーラ様のその言葉が終わるか終わらないかのうちに、イリ姉が走り出した。

「わたし、あの串焼きがいい!」

「まあ、イリス様、お早いこと!」

クラリス嬢も慌ててイリ姉を追いかける。

僕は迷わず燻製の屋台に向かった。

「すみません。この燻製の炙ったやつと、あとスープをください」

「あいよ、坊ちゃん!うちのは美味いぜ!」

熱々のスープと黒パンを受け取り、炙りたての串の燻製を手に取る。

がぶりと一口かじった瞬間、脂がじわっと溶けて煙の香りがふわっと抜ける。

(……!おいしい!昨日食べた冷たいのとは違って、脂がじゅわっと溶けて、煙の香りがすごい!)

次に、熱々のスープを一口。

(こっちも、魚の出汁がすごく出てる……)

「父様、母様!これ、すっごく美味しい!」

僕が興奮して呼びかけると、イリ姉も口の周りにタレをつけながら串焼きを頬張っていた。

「こっちの魚団子の串焼きも、ふわふわで最高よ!」

「もう、イリス様ったら。お口が汚れておりますわよ」

クラリス嬢がスープを夢中で飲みながら楽しそうに笑っている。

父様と母様も黒パンをスープに浸しながら頷いていた。

「うむ。これは冷えた体に染みるな。漁師飯、なかなか 侮(あなど) れない」

「ええ、本当に。この燻製も、うちの領地にはない素晴らしい味ですわね」

(……そうだ。これ、家でも食べたいな)

「父様!これ、お土産に買って帰れないかな?家でも食べたい!」

「うーん、燻製は日持ちするから持ち帰れるが、生の魚は家に着く前に傷んでしまうから無理だな」

「えー、そんなあ……」

(せっかくこんなに美味しいのに……)

《問題ありません、メル》

『え?でも、父様が傷むって……』

《父上の懸念は常温輸送を前提としています。輸送用の木箱に魚を入れ、そこに水を満たした上でメルが魔法で箱ごと凍結させれば、フェリスウェル領まで品質を維持したまま輸送可能です》

『そっか!冷凍すればいいだけじゃないか!』

「父様、大丈夫!木箱に魚と水を入れて、箱ごと魔法で凍らせるんだ!それならお屋敷まで絶対もつよ!」

父様は僕の自信満々な顔を見て、やれやれとちょっと楽しそうに首を振った。

「……確かにお前の魔法なら大丈夫か。メルがそう言うならいいだろう。バルトール卿に話をつけて明日の朝、積めるだけ積ませてもらうか」

「やったー!」

明日の買い出しを想像しながら、燻製をもう一口、大きく頬張った。

そのあともしばらく僕たちはそれぞれ好きな屋台を回りながら、朝市の空気を味わった。

ひと通りお腹も落ち着いたところで、バルトール卿が「せっかくなら職人たちの仕事場も見ていかれるといい」と提案してくれた。

僕たちはその案内で、湖畔の職人街へ向かうことになった。

湖畔の職人街の通りを歩いて燻製小屋へ向かうあいだ、道すがら桶や樽、縄や網を作る工房が並んでいた。

「この辺りは、うちの領地の水産業を支える職人街ですの」

クラリス嬢がざっくりと説明してくれる。

その説明を聞きながらリディアは工房の軒先に積まれた樽の内側や縄の材質を、さっきよりも真剣な目で観察していた。

「……メルヴィン様。あの樽なら、香草油や薬草酒の長期保存にも向きそうです」

「へえ、うちのとは違うんだ」

「……はい。木の組み方が、違います」

僕たちはそんな話をしながら湖畔の職人街を歩いていった。

通りの奥へ進むと、ひときわ煙の匂いが強い一角に建つ燻製小屋の前に出た。

中に入ると薄暗い空間に、たくさんの魚がずらりと吊り下げられている。

火は思ったより弱く、煙と風が小屋の中をゆっくりと回っていた。

(うわ、すごい煙……。火はあんなに小さいのに)

煙たさに目をぱちぱちさせていると小屋の主らしい職人さんが、その様子を見てニヤリと笑った。

「ようこそ、坊ちゃんたち。そんなに火が小さいのが不思議かい?」

職人さんは吊り下げられた魚を誇らしげに見上げた。

「こいつは焼くんじゃなくて 燻(いぶ) すんだ。だから火を強くしすぎると、ただの焼き魚になっちまう。だが、煙が止まると魚は腐っちまうからな」

煙の流れをじっと見つめながら続けた。

「だから、この弱い火を絶やさず煙と風の流れを一日中見張り続ける。それが、わしらの仕事でさ」

『ナビ。これってさ、風の循環を魔法で補助したり、温度をもっと安定させたりって、できそうだよね?』

《はい。風魔法による定常流の生成と、熱魔法による温度制御は可能です。生産効率は最低でも30%向上するでしょう》

『ナビ!決めた!』

《はい。なんでしょう》

『領地に帰ったら秘密基地で燻製小屋を作ろう!そこで僕の理想の燻製を作るんだ!』

《承知しました。プロジェクト「スモーク・ハウス」を仮登録します。メルのスローライフの食生活向上に貢献する有意義な計画です》

(よし!帰ってからが楽しみになってきたぞ!)

「まあ、せっかく来たんだ。試食していくかい?」

職人さんに案内されて、別の小屋でできたての燻製を少し試食させてもらえることになった。

薄く切られた燻製を一口いただく。

(……うん。スモークサーモンのような味だけど、僕が前世で食べてたスモークサーモンとは違う。もっと、しっかり火が通ってる感じだ。でも、魚の旨味がぎゅっと詰まってて……これはこれで、かなり美味しいぞ!)

父様たちも試食させてもらっている。

「おお、これは見事な燻製だ。バルトール卿、これは……酒が欲しくなりますな」

「はっはっは、フェリスウェル卿も分かってらっしゃる!」

その横でリディアも小さく頷きながら燻製を味わっている。

「……おいしい、です」

「お、嬢ちゃんもかい。よかったよかった」

リディアは煙の匂いや魚が吊り下げられている様子に興味があるのか、じっと小屋の中を見回している。

(リディア、こういう薬草の乾燥にも似た保存技術に興味があるのかな……)

大満足の見学と試食が終わり、僕たちは燻製小屋を後にした。

冷たい風が 火照(ほて) った顔に心地いい。

「ふう、美味しかった……」

(お腹いっぱいだし少し眠くなってきたなあ……お屋敷に戻ったら、こっそり二度寝しよっと)

僕がそんなお昼寝プランを立てていると、イリ姉とクラリス嬢がなにやら盛り上がっているのが聞こえた。

「クラリス、この後はどうするの?」

「ふふっ。昨日お約束した、湖の見える場所をご案内しますわ!このまま参りましょう?」

「やったー!行く行く!」

イリ姉が元気に返事をする横で、僕のお昼寝プランはあっけなく崩れ去った。

「メル!行くわよ!」

「う、うん……」

イリ姉に手を引かれ眠たい目をこすりながら、次の遊び場へと連れて行かれることになった。