軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1話「転生、そして新しい日々のはじまり」

チカチカと不規則に点滅する蛍光灯の光が、やけに目に染みた。

深夜、というにはあまりにも深く、夜明け、と呼ぶにはまだ早い時間。

ビルの中は静まり返り、聞こえるのは自分のキーボードを叩く音と、時折響くサーバーの低い唸りだけだった。

珈琲はとっくに冷めきって、ただの苦い水になっている。

それを喉に流し込み、無理やり意識を覚醒させた。

目の前のモニターには、終わりが見えないデータの羅列。

頭痛が酷い。

こめかみが脈打つたびに、視界の端がぐにゃりと歪む。

「……もう、のんびりしたい……」

それは、心の底から漏れ出た、あまりにも漠然とした願いだった。

緑の匂いがする場所で、暖かい日差しを浴びて、時間に追われることなく、ただ穏やかに。

そんな、叶うはずもない夢想が頭をよぎった、その瞬間。

ガクン、と首から力が抜けた。

最後に見たのは、無機質で、どこまでも白い、病院の天井。

それがゆっくりと闇に溶けていくのを最後に、僕の意識は完全に途切れた。

ぱちり、と目を開いた。

目の前に広がるのは、先ほどまでの白い天井ではない。

木目が美しい、見慣れない天井だ。

体を包んでいるのは、信じられないほど肌触りの良い産着で、ふかふかの寝台に横たわっているらしい。

何が起こったのか、まるで理解が追いつかない。

僕がいたのは、冷たく無機質な病院のはずだ。

なのに、今僕がいるこの場所は、温かい陽の光と木の匂いに満ちている。

「あら、メルヴィン。起きたのね」

ふわりと、優しい声が降ってきた。

見上げると、そこには美しい女性が微笑んでいた。

彼女は僕をそっと抱き上げると、その胸に優しく抱き寄せる。

メルヴィン。

どうやらそれが、僕の新しい名前らしい。

転生。

その言葉が、妙にすんなりと胸に落ちた。

前世の記憶は確かにあるが、不思議と混乱はなかった。

むしろ、あの終わりなき労働から解放された安堵の方が大きい。

もう、あの場所に戻ることはないのだ。

そう思うと、全身の力が抜け、ただこの温もりに身を委ねたいという欲求だけが残った。

それから、どれくらいの時が経ったのだろうか。

日々の感覚はまだ曖昧で、眠りと覚醒を繰り返すうちに、少しずつ周囲の物事を認識できるようになってきた。

そんなある日のことだった。

いつものように、母親の腕の中でまどろんでいると、頭の中にふわりと、声のようなものが響いた。

それはまだ、はっきりとした言葉にはなっていなかった。

まるで水の中にいるかのように、くぐもった音の響き。

だが、冷たいものではなく、どこか温かみのある気配だった。

『……こんにちは……メル……』

『……これから……いっしょに……』

途切れ途切れの、でもなぜか安心する響き。

僕が意識をそちらに向けると、その気配は少しだけ輪郭を帯びて、僕を優しく包み込むようだった。

独りではない。

この未知の世界で、僕には誰かが寄り添ってくれている。

その事実だけで、僕の心は不思議なほどに平穏だった。

僕の新しい家族は、いつも愛情深く僕を見守ってくれた。

「まあ、なんて可愛らしいのかしら」

母のセリーナは、僕を抱きしめては頬ずりをする。

その笑顔は、まるで陽だまりのようだ。

「メル、私が兄のレオンハルトだ。よろしくな」

少し離れたところから、真面目そうな顔をした少年が、少し照れくさそうに僕を見ていた。

「もう、レオ兄様は固いわね!私がイリスよ、メル!可愛がってあげるから!」

元気な女の子が、僕の小さな手をきゅっと握る。

その手はとても温かかった。

このフェリスウェル家は、貴族といっても、それほど裕福ではないらしい。

屋敷は立派だが、華美な装飾はなく、質実剛健といった趣だ。

領地も、のどかな田舎の村といった感じで、皆がのんびりと暮らしている。

まさに、僕が望んでいた環境そのものだった。

まだ何も分からないけど、この穏やかな日々がずっと続けばいいと、心から思った。

ある晴れた日の午後。

僕は、床に置かれた木製の積み木を、ただぼんやりと眺めていた。

母セリーナが、少し離れた場所でメイドと話している。

その優しい声を聞きながら、うとうとと微睡んでいた、その時だった。

ぽっ。

目の前の積み木の一つが、ほんの一瞬だけ、淡い光を放ったように見えた。

まるで、中に小さな灯りがともったかのように。

「……え?」

母の声が、微かに聞こえた。

彼女も、今の光に気づいたのかもしれない。

だが、僕自身は何が起こったのか分からず、ただ目をぱちくりとさせるだけだった。

積み木は、もう元の木の色に戻っている。

まるで、何もなかったかのように。

「……気のせい、かしら」

母は不思議そうに首をかしげた後、またメイドとの会話に戻っていった。

僕も、すぐにその出来事を忘れて、再び眠気の波に身を任せる。

その時、頭の中の優しい気配が、ほんの少しだけはっきりと、僕に語りかけた気がした。

『大丈夫。私が、あなたのスローライフを、ちゃんとサポートしますからね』

転生して手に入れた、新しい人生。

穏やかで、温かくて、少しだけ不思議な毎日。

僕ののんびりスローライフは、まだ始まったばかりだ。

僕は、未来への確かな希望を感じながら、深い眠りへと落ちていった。