軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

679裏 光弾と爆炎 後編

ラーヴァサーペントの放つ高熱に身を晒し、溶岩弾を避けながらイグニスとマクスウェルが飛ぶ。

いくつもの首が矢継ぎ早にうなりを上げて巨体での薙ぎ払いを見舞い、四方八方から大顎による一撃を見舞ってくる。

どれもこれも大質量の一撃。まともに貰えばイグニスとてただでは済むまい。

魔力光での加速。シールドでの反射。ローズマリーは守りを仲間達に任せ、遠隔からの制御と同時に魔力を練り上げることに集中していた。

動きの先を読ませずに飛び回り、交差する瞬間に一撃を見舞い――儀式場に向かって吐息を放とうとする頭部に肉薄して妨害する。

サーペントの頭部の周囲に、いくつもの光球が浮かぶ。

吐息とは別に火炎弾や熱線として放つことができるようだ。魔法の類に近いのだろうが、炎熱はラーヴァサーペントにとって何の痛痒も感じないものなのだろう。他の頭への誤射を気にすることもなく、何発もの熱線や爆炎を放ちながらイグニスを追い立てる。

引っ切り無しに浴びせられるその中で、イグニス達は反撃を繰り出していく。

イグニスとマクスウェルのすれ違いざまの斬撃と打撃は、確かにラーヴァサーペントに痛みを与えているのだろう。

だが、それ以上に凄まじいのがその回復力だ。無尽蔵、不死身とも思えるほどにあっという間に傷が塞がっていく。無論、その再生能力とて無限ではないのだろう。体力にしろ魔力にしろ、何かしらを消費しているはずなのだ。

だが、ローズマリーやイグニス、マクスウェルの魔力とて無限ではない。消耗戦を挑んでいては負ける。打開策が必要だ。

拠点を防衛するための魔物。原初の精霊の共鳴が、致命的な事態を引き起こすまでの時間稼ぎ。でありながらも長射程で大きな威力の吐息を備え、こちらの対抗儀式を直接妨害できる能力を持つ、厄介な魔物。

どこまでの傷なら再生が間に合わないのか。どんな種類の攻撃なら有効なのか。

どんな性質で、何が弱点なのか。観察しながらローズマリーは魔力を練り上げていく。どちらにしてもまだ――まだ魔力の練り上げが足りない。

その攻防の中で――大きく息を吸い込みながらイグニスを追っていたラーヴァサーペントの頭部が、不意に離れた場所にいたローズマリーに突然向き直った。浮かぶ火球から真っ直ぐ火線が伸びて、ローズマリーの四方八方――逃げ道を塞ぐ。

怒りに燃える目。ローズマリーがイグニスを操っていると気付いたのだろう。制御に集中していたローズマリーが、背筋に冷たい物を感じた瞬間――巨大な吐息が吐きかけられていた。

その熱線を――遮ったのはシリウス号だ。射線上に出ることで、火線の檻を撃ち破り、溶岩混じりの吐息を船体で受け止めている。

ローズマリーの周囲にもシーラやマルレーンのソーサーが何時の間にか集まって来ている。分断を狙った熱線をイルムヒルトの破邪の矢で撃ち抜き、そこにシーラ達が割って入ってきた。

「大丈夫!?」

ステファニア姫の声だ。シーラは頷くと、また迫ってくる魔物の集団を押しとどめるように一団の中へと身を躍らせる。

「ええっ、助かったわ!」

幸い、使い魔のアンブラムはシリウス号にいる。自分の考えを直接言葉で艦橋に伝えながらシリウス号側のステファニア姫達やアルファと連係を試みる。

そこに――マルレーンの使役する闇の精霊が駆けつけてくる。ラーヴァサーペントが直接ローズマリーへの狙いをつけるのを難しくするように、あたりに暗黒の空間を作り出していく。仲間達や、姉と妹に支えられている。その事実にローズマリーは口元を僅かに綻ばせた。

幾度かのサーペントとイグニスの攻防。イグニスの握るマクスウェルが雷撃をサーペントに浴びせかけたその瞬間――。シリウス号が魔力光推進で突っ込んでいった。アルファの咆哮が響き渡り、その船体が金色の闘気に包まれる。

巨大な金色の狼が咆哮を上げながら駆け抜ける。そんな、幻影が見えた気がした。

首の幾つかを跳ね飛ばし体勢を崩したそこで――イグニスが動く。1つの頭部を目標と定め、張り付くようにその頭上に降り立つ。迷うことなく、左腕のパイルバンカーでヒュドラの頭を撃ち抜いていた。

一匹の頭部。その瞳から光が失われる。意識を飛ばすことができたが、その程度で終わりではあるまい。程無くして再生してしまうはずだ。

だが。別々の頭部がそれぞれ異なる意思を持っているということは確認できた。ならば――!

その時、あちらこちらに滞空していたローズマリーのマジックスレイブが動きを見せた。

ローズマリーの手から操り糸が放たれ、マジックスレイブに接合。遠隔から更に操り糸が伸長されて頭部を撃ち抜かれたヒュドラの身体に絡みつく。

ローズマリーに操られるままに、ヒュドラの頭部が別の頭部を襲った。不意をついて別の頭部の頭を咬み砕く。咬み砕いたかと思えば操り糸が解放され、次に攻撃を受けた頭部に接合。次の頭を操って別の頭部へと――!

「はあああああっ!」

膨大な魔力を送り込んで同士討ちを起こさせる。同時に射程の延長に使われていないマジックスレイブも動きを見せる。

「不信の雲よ!」

第6階級。水、闇の複合魔法。ディストラストクラウド。

猜疑心や恐怖を煽り、正常な判断能力を失わせる術だ。暗雲がマジックスレイブから生み出され、再生しようとしていた頭部に押し寄せる。通常ならば、ラーヴァサーペントはその術に抵抗していただろう。しかし――意識を奪われて、再生の途中であるならば抵抗のしようもない。

大混乱に陥った。己が身体を己が牙で貫き、理解が追い付かぬ状況で不信を煽られた首達は互いに威嚇し合い、攻撃し合って転げ回る。月面を砕き、全身が露わになる。それでも――。一瞬の優位を掴んだに過ぎない。再生能力の早さは解毒の早さでもある。すぐにでも正常な判断能力を取り戻すだろう。だから、その前に。

ラーヴァサーペントから離れた魔力糸は――イグニスとマクスウェルに繋がっていた。但し、マジックスレイブを介してではなく。間合いを詰めたローズマリー自身の手によって。マジックスレイブを通してでは減衰がある。全力を振り絞るならここしかない。

「狙いは、それぞれの首が交わる接合点よ!」

「承知――!」

ヒュドラの弱点。心臓の位置はそこだ。再生能力の源を断つ。

マクスウェルの纏う雷をイグニスも纏い、魔力光推進で直上からラーヴァサーペント目掛けて突っ込んでいく。ローズマリー自身は水と風のフィールドによる防御によって、高熱を防ぐ。テオドールの得意とする、高熱に対抗する術だ。

送り込まれるローズマリーの魔力。そこからの魔力光推進の加速。大上段に振り被られるマクスウェル。

振り下ろされる瞬間に磁力線が斬撃の軌道上に展開され、必殺の一撃が雷光の速さで打ち落とされた。

外皮も骨格も。何もかも問題にせずにイグニスとマクスウェルは一撃を振り切った動作のままで狙い通りの場所を寸分違わず切り裂いて――勢い余ってラーヴァサーペントの身体を貫き――逆側から飛び出してくる。

いくつもの首が断末魔の咆哮を上げて――力なく崩れ落ちていく。

ローズマリーはと言えば――ありったけの魔力を送り込んだ時点で糸の接続を切って、空中に留まっていた。ほとんどの魔力を使い切って朦朧とするローズマリーを、闇の精霊が支えてシリウス号が甲板で受け止めに行く。そうして、ローズマリーは静かに笑みを浮かべたのであった。

――光弾、光弾。それは光の雨。

降り注ぐ無数の輝きを転身しながら舞うようにグレイスは避ける。

弾幕の一瞬の隙を縫うように闘気を研ぎ澄まし、飛来する光弾を紫色に放電する斧で両断しながら突破。

分かたれた光の弾丸はグレイスの後方で弾け、僅かに彼女の力を殺いでいくが、支払う代償は最小限に留めていると言える。

コロッサスの大剣が振り下ろされる。目測を誤ったのか、その切っ先はグレイスが合わせようとした斧を僅かに掠めて通り過ぎていった。

そのままの勢いでグレイスが踏み込めば、全く同じ軌道で斬撃が戻ってきた。

「誘い――ッ!」

寸でのところで、もう片方の斧で受け止める。真っ向から受け止めてしまったことで、重い衝撃が突き抜けて体勢が崩れた。

振り被るコロッサス。暴風のような連撃がグレイスに迫る。シールドで体勢を立て直して斬撃に斬撃で応じるが、初動が遅れている分、防戦一方となった。その中で左腕の砲口が跳ね上がり、マジックサークルを展開しながらの掌底を叩き込んで来る。

斧による迎撃は間に合わない。ならば闘気を集中させての防御――!

闇の性質を宿す闘気と、光の魔法の間で干渉が起こり、爆発が生じる。だが、グレイスは退かなかった。闘気の防御で爆風を凌ぎ、シールドで踏みとどまって。そのままの位置からコロッサスと切り結ぶ。先程のような防戦ではない。

意を決して踏みとどまった分だけ反撃が早い。真っ当に斬撃を応酬することができる。

一度離れてしまうと再度接近するのに相当神経を削られる。テオドールのゴーレムとの訓練が無ければ、とっくに光の弾雨に呑まれていただろう。

剣技にしても一様尋常ではない。グレイスに匹敵するほどの膂力に任せて力押しで来たかと思えば受け流し、巻き上げては切り崩してくる。

月の民の武芸と光の魔術を組み込まれた巨兵。間違いなくグレイス達に対抗するために作り出された魔法生物。一瞬の判断の間違いが生死に直結するだろう。

押し切れない理由は分かっている。光弾を切って落として突破するにしても、相手の大剣と自身の斧が激突するにしても、いちいち余分に力が殺がれていく感覚がある。

翻って、コロッサスにとってはグレイスの闇の性質を宿す闘気は、弱点とは呼べない。相性としての不利は否めない。

内側に抑えこんでいる吸血種としての性質が刺激されているのも分かる。

それは光の魔術を相手に戦うことに、本能的な危機を感じるからか。

恐怖。それはグレイスに、幼少期に1人、山野を彷徨った頃のことを思い出させる。

光を恐れ、闇に逃れては闇の深さに怯え、どこにも居場所を見い出せずに逃げ惑い――そしてリサとテオドールに出会った頃の――。

グレイスの不意をつくように。軌道を途中で変えて打ち下ろされた剣への対応が遅れた。不完全な形で受け止めることになって、そのまま振り切られ、体勢を崩されて月面に激突する。

危機に陥った際の仲間達の救援は分かっているとばかりにコロッサスの手から放たれた光の壁が、グレイスとシーラ達とを分断していた。斬られるのも厭わずに魔物が殺到して、シーラ達の動きを阻む。

同時にコロッサスの胸の辺りに、大きなマジックサークルが展開していた。

そこからグレイスに向かって白光が放たれるのと、イルムヒルトの巨大矢が壁を貫いてコロッサスに命中するのがほぼ同時。大きな爆発が起こる。

薄らいでいく爆風と土煙。その中に――赤い光が揺らいだ。

「助かりました。今のは――危なかったです」

グレイスの声。

血の色に染まった、赤い瞳を輝かせて、自身の掌を見つめる。黒い雷としか形容しようのないものが、その四肢に纏わりついている。巨大矢はコロッサスの体勢を崩し、グレイスへの狙いを僅かに逸らしていたのだ。

「――けれど、もう大丈夫。ああ。こんな感覚は随分と忘れていましたが」

光に追われる恐怖。逃げ込んだ闇の深さに怯える不安と孤独。

しかし、あの頃と今とは違う。自身の内側にあるものの輪郭や性質を、よりはっきりと感じることができる。吸血鬼とは何度か戦ったから、肌身で実物とその性質をより深く理解している。

だからと言って。恐怖から逃れるために破壊衝動に身を委ねるでもない。グレイスは自身が随分と落ち着いているのを感じていた。それはきっとこんな自分でも良いと言ってくれた人や、傍で一緒に笑ってくれる人達、助けてくれる仲間がいるから。

グレイスのその深奥。光の魔術に晒されて呼び起こされた力に、吸血種であることとは違う方向性を与え、そしてそれを人間の部分を用いて闘気の中に練り込んで制御していく。

これはテオドールとの循環錬気で知った感覚だ。即ち、自身の内側にある力の流れの制御――。

「行きますッ!」

赤く染まった目を見開き、グレイスが飛んだ。蹴り足の反動で月面が砕ける。応じるようにコロッサスが迎撃の構えを見せた。

左手から無数の光弾を撃ち放つもグレイスが斧を振り払えば、そこから暗黒の衝撃波が放たれて光弾をかき消していく。

脆弱な光など深い闇の中までは届くことはない。山野で過ごした夜。幼いグレイスが知ったことだ。

コロッサスの放った弾幕の全てを一振りでかき消して、あっという間に間合いに踏み込む。そのまま、光を帯びた大剣と、闇に染まった斧が幾度となく交差する。

異常はすぐに見て取れた。コロッサスの剣に闇が纏わりついて、その光の魔法を薄れさせていくのだ。

最早コロッサスの用いる光の術が、グレイスの力を殺ぐことはなく。

剣戟の中で、前にも増した力と速度でコロッサスを押し込んでいく。しかし――技量の面ではコロッサスに分がある。

コロッサスは気圧されるような心を持たない。勇気も油断も慢心も怯懦もない。ただただ正確、精密に事を成す。

グレイスの尋常ならざる一撃を、正確無比なタイミングと技で巻き上げ、コロッサスが武器の内側へと間合いを詰める。

左手にマジックサークルが展開してそこから掌底が放たれた。グレイスも迷うことなく右手をそれに合わせる。

「――マリー様も仰っていましたね。手や関節の部分は、機構が細かいから脆くなりやすいと」

グレイスの静かな声。コロッサスの左手は――グレイスの右手に放とうとした魔法ごと握り潰されていた。そこから繋がる機構を、力任せに引き抜くような仕草を見せれば、コロッサスの左腕の肘関節が致命的な齟齬をきたして部品が弾け飛ぶ。

次の瞬間、引き寄せたコロッサスの胸板に重い掌底が叩き付けられ、その巨体が後ろに吹き飛ばされていた。

間髪を容れず、闘気を纏ったグレイスが双斧と共に突っ込む。合わせようとした大剣に目もくれず。破壊されて動かない左腕側に転身。勢いに任せて双斧が叩き込まれる。

魔力光を噴出しながら離脱しようとするコロッサスに、グレイスもまた同じく魔道具から魔力光を噴出させ、等速で間合いを詰めながら両手の斧を縦横に振るう。

吹き飛ぶ左腕。その接合部から外装の継ぎ目へと。目まぐるしく斧が叩き込まれ、破壊された部位を皮切りに、あっという間にそこから破損個所を拡大していく。内部の機構や外装が、ばらばらと月面に撒き散らされた。

それでもグレイスは勿論、コロッサスも止まらない。

破壊されながらの胴薙ぎの一撃を、グレイスは上へと回転しながら避けた。シールドを蹴って体勢を入れ替え、猛烈な勢いで踏み込んで行く。

その一撃は――寸分違わずコロッサスの頭部を捉えていた。真っ二つに叩き割られたコロッサスが、グレイスの背後で爆発、四散する。

グレイスが大きく息を吐き、黒い闘気を収めていく。

追い詰められたにも関わらず、吸血衝動や破壊衝動は寧ろコロッサスと戦う前より減じていた。

それはグレイスの中にあった、制御不能だった部分を力に転用して消費した、ということを意味している。確かな手応えにグレイスは大きく息をつくが、すぐにかぶりを振って視線を上げた。

「まだ、ですね」

まだ――戦いは終わっていない。

大物は片付いたが、依然として数的な不利は否めない。テオドールとイシュトルムの決着もついていない。

儀式場を守らなければならない。テオドールの勝利を信じるが故に。任された戦場で戦い抜く。