軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

676 儀式と均衡

オーレリア女王や月の将兵達と共に、採石場跡に向かって進軍する。

シリウス号は月の将兵達の駆る浮石に足並みを揃える形だ。

進軍の途中でまた地震が起こった。イシュトルムによる、精霊達への強引な干渉だ。地震の規模が最初の時よりも大きくなっているのを見る限りでは、あまり悠長なことは言っていられまい。

「見えてきたわ――!」

モニターの画像を拡大し――遥か彼方に見えてきた光景に、ロゼッタが言った。

大きく掘り抜かれた月面のオリハルコン採掘場跡地に蓋をするかのように、黒い城を乗せた月の船が陣取っている。

「ラストガーディアンは……恐らく採掘場の奥底じゃな。荒ぶる精霊というのは何度か見てきたが……直接出てきたわけでもないというのに、何という反応か」

アウリアが顔を顰めた、その時だ。

月面から大蛇のような魔物が飛び出したかと思うと弧を描き、再び月面を貫いて地面に潜っていくのが見えた。黒々とした岩のような肌の隙間から灼熱の輝きが漏れている。

ラーヴァサーペントと呼ばれる、溶岩溜まりに住まう大蛇。巨体に加えて高熱を武器とする、かなり高位の魔物だ。

採掘場の周囲を警護するように悠々と泳ぐその巨体は……鱗の隙間から漏れ出している赤熱とは別に、ぼんやりとした光を纏っていて……高位精霊の守りを受けていることを窺わせる。

ライフディテクションを用いて見れば――採石場周辺には他にもサンドワームと呼ばれる魔物の影が、地下を多数泳ぎ回っているのが見えた。

ラーヴァサーペントよりはかなりランクが落ちるが、地下からの襲撃を得意とする魔物達である。

「この布陣は……地上と地下からの攻撃対策だな。ヴェルドガル王国での決戦の時に、足元からの攻撃っていうのは見せてるから……」

採掘場跡という場所も、ああいった魔物達を活用しやすい部分はあるだろう。

前の戦闘でベリオンドーラの保有していた地上部隊は壊滅的な被害を受けている。

ヴァルロスが率いていた時は人間の拠点を空と地上から攻めるための編制であった魔物達だったが、今は明らかに目的が異なっている。ベリオンドーラを動かさないと決めたから、拠点の防衛に適した魔物を改めて生産し直したのだろう。

「前とは……構成が随分違うのね。どこから魔力を工面しているのかしら」

ステファニア姫が眉根を寄せてかぶりを振った。

「――例えば前の決戦で生き延びた魔物達から魔石を抽出すれば、戦力をある程度維持したままで、魔物の構成だけを変えて軍勢を再編し直すこともできるかと思います」

ベリオンドーラの保有していた魔物そのものが、イシュトルムにとっての資源というわけだ。

「地上に魔法陣を描いて、こちらから精霊への干渉をしようとした場合、それに横槍を入れられるような選択でもあるわね」

ローズマリーが険しい顔で言う。

そうだな。精霊に対して、こちらからも干渉して鎮める。その選択は当然視野に入っているが――イシュトルムはその場合、地下から攻めて来ようというわけだ。要するに攻めにも守りにも使える編成というわけである。

航空部隊としては……シャドウレイヴンやゲイザーもまだ残っているようだ。

更に目を引くのは――ベリオンドーラの城門を守るかのように立つ巨兵。馬鹿げたサイズの大剣を携えて仁王立ちしている。

「……コロッサス。拠点防衛用の巨兵ね。エンデウィルズの城門を守っていた鉄の巨人と同じようなものよ」

クラウディアが言う。

イシュトルムの出自は月の民だからな。ああいったものを作る知識も持ち合わせているわけだ。

やはり、城や採掘場跡の奥にある儀式場に対しては、まともに攻めるとなると相当骨が折れそうだ。

「敵の編成に前とは違いがあるけれど……作戦は変わらずだな」

「ワームやサーペントの攻撃に対しては?」

「それはまあ、俺が何とかする」

対策については幾つか考え付いたが……まあ、これも通達しておこう。

「では、オーレリア女王にも作戦に細部の修正を加えて実行すると連絡を」

「はっ!」

と、エリオットの命令を受けて討魔騎士団が伝令に動く。

イシュトルムを引っ張り出して、叩き潰さないといけない。そのために必要なのは、まず奴の攻撃用の手札を叩き潰し、奴自身が動かざるを得ない状況を作ることだ。

採掘場までの距離を詰めていくと、連中もこちらの接近に気が付いたらしい。

ベリオンドーラの城内からも魔物が出てくるが……迎撃の構えを見せており、まだ攻めてくる気配はない。

敵の出方は時間稼ぎか。原初の精霊の共鳴による大破壊までは、それほどの時間を必要としないのかも知れない。

「急げ!」

一定の距離を取ったところで、討魔騎士団と月の将兵達がシリウス号とオーレリア女王を中心に陣形を整えていく。船から飛竜に跨った騎士達が飛び出し、慌ただしく準備が進んでいく。

それを尻目に敵も十分に魔物達を城の外部に放出。攻めも守りも、どちらでも可能な布陣を整え、戦力を展開できるだけ展開しているようだ。

そうだな。城内の守りは、イシュトルム1人控えていればそれで事足りる。守りは採掘場の深奥に潜むラストガーディアンのためのもの。来たるべき破局のために原初の精霊を邪魔させないためのものだろう。

「……戦闘になる前に、大魔法をあの魔物の群れに対して先手として撃てれば、魔物を撃退する苦労も減るのでしょうが」

甲板に出て戦場の動きを見ながら、そんなふうに呟くとオーレリア女王が苦笑した。

「数的な不利を覆してしまう程の魔法で先制するとなると……10階級規模の大魔法が必要だわ。禁呪は流石に、使用を躊躇うわね」

……第10階級魔法は特別な位置付けだ。

それはユグドラシアブレイドのように奥義であったり、術の性質如何によっては禁呪と呼称されている。

個人が対個人に用いる魔法ではなく、通常ならばもっと大規模な戦闘で何十人もの術者が魔法陣を描き、力を合わせて戦術的に用いられるものという位置づけなのである。

禁呪と呼ばれるのにも理由がある。迂闊な行使によって不毛の地になったとか逸話が残っているので、おいそれと用いるわけにもいかないのが実情だ。

ベリオンドーラや儀式場まで吹き飛ばしてしまう可能性があるのも、撃ったこちらの消耗やその後のイシュトルムの動きを考えると、上策とは言えまい。

それに……状況を加味しながらでないと、精霊の怒りを助長してしまうということも有り得る。

「そうですね。あの魔物の群れだけはどうにかしないとなりません」

「ええ。イシュトルム以外は私達の仕事です」

オーレリア女王が頷く。俺達も予定通り船から降りて、月面での作戦行動に移る。エリオットも船外で討魔騎士団の指揮だ。

「船は任されたわ」

ステファニア姫達が真剣な面持ちで俺達を見てくる。

「よろしくお願いします。緊急回避等の機動はアルファに任せればやってくれるはずです」

俺の言葉に、アルファが自信ありげに笑う。

船に残る面々で戦局を見ながらの指揮をするのに適役なのは、ステファニア姫達ということになる。ステファニア姫とアドリアーナ姫はそういう大部隊の指揮を得意分野としているからな。コルリス達が船から降りるのも、五感リンクで戦況を把握しやすくなる側面があるだろう。

そんなわけでシリウス号から降りて、すぐさま準備を進めていく。

その間にも、3度めの精霊の共鳴が起こった。1度目、2度目よりも大きな地震が月を揺るがす。精霊達の異常な動き。確実に迫ってくる、破滅の予兆。

「準備は良いかしら?」

宙に浮かぶオーレリア女王が、俺達に尋ねてくる。

「こちらは問題ありません」

返答をする。頷いたオーレリア女王がオリハルコンの細剣を頭上に掲げた。

「シュアストラス家の名の下に。開け――月の扉よ」

巨大なマジックサークルが月の上空に浮かぶ。オーレリア女王の魔力の眩い輝きが月の荒野を照らす。

変化は――すぐに訪れた。俺達がやって来た時と同じ。月の結界に外部へと繋がる門が開く。クラウディアの用いた術式と違うのは、その門が閉じないことだ。

結界に開けた円形の『門』は閉じることなく際限なくどこまでも広がっていく。

それはつまり、月の結界を一時的に解除することに他ならない。月の、外部からの守りを一時的に解き放つことで、ルーンガルドとの魔法的な繋がりを強靭なものにする。

「行くぞ!」

急造の祭壇の前でアウリアが声を上げた。

魔石の粉末で描いた魔法陣が光を放てば、精霊王達から預かったアミュレットの宝石が眩い輝きを放った。

「来たれ、精霊達を統べる、偉大なる四大の王よ――!」

魔法陣の四隅から赤、青、緑、黄の四色の柱が立ち昇る。地上からの召喚と顕現とまではいかずとも、アミュレットがあればその力と意志を引っ張ってくることができる。

立ち昇った光の柱と共に、膨大な精霊の力が月面に溢れていく。原初の精霊との共鳴で混乱していた様子の、精霊達がこちらを向く。そして荒れ狂う何かから、逃げるようにこちらに向かって集まってくる。

アウリアに倣うようにヴァレンティナ。シャルロッテ、ロヴィーサが、目を閉じてアウリアと同様の文言を唱え続ける。

精霊の力を借りて、ラストガーディアンの精霊としての力を抑えこむ儀式を行う。荒ぶる精霊を鎮め、共鳴を抑え込み、均衡を作り出す。

それは、イシュトルムの手と同じ時間稼ぎではあるだろう。だが――。

「来るぞ!」

誰かの言葉。迎撃の構えを見せていた魔物達がこちらに向かって動き出した。

そうだ。そう出るだろうさ。儀式を途切れさせてしまえばイシュトルムの勝ち。逆に言うなら、こちらの儀式が完全に成立してラストガーディアンの動きが阻害されてしまうというのは避けたい状況であるはずだ。

そしてこちらの対抗儀式の規模が不明だからこそ、イシュトルムも攻めに転じる。転じざるを得ない。

4度目の地震が起こる。それは先程の地震よりも確実に規模が小さくなっていた。儀式の効果は、間違いなく出ている。

俺達の作戦は、攻撃のための防衛だ。奴の構築した拠点を力技では押すようなことはせず、禁呪を用いてリスクを背負うことも無く。

こちらの構築した儀式場を魔物達から守りながら、イシュトルムを戦場に引き摺り出す。そのために必要なことは――奴の攻め手である、あの魔物達の撃退、ということになる。ラーヴァサーペントやらコロッサスのような大物も叩き潰さねばなるまい。

空と地上。そして地下から。魔物達の群れがこちらに向かって殺到してくる。それを――討魔騎士団と月の将兵達が迎え撃つ形となった。