作品タイトル不明
666 旅の前の宴
造船所にシリウス号を戻し、船内の各種設備に問題がないことを確認。それから積み込む物資の目録等をチェックしてから東区の自宅へと戻った。
「お帰りなさいませ、旦那様」
家に帰ると、セシリアやミハエラ、それから使用人のシリルやクレア達が笑みを浮かべて迎えてくれた。エリオットも宴会に参加するので、カミラも料理の手伝いにやってきている。
「こんにちは、アシュレイ様」
「はい、カミラ義姉様」
アシュレイは微笑んでカミラにスカートの裾を摘まんで挨拶をする。戦いの後に無事だったということもあって、2人とも嬉しそうだ。
「今日は腕によりをかけて料理を作りましたよ。皆で無事に戦いを切り抜けたお祝いと、月への旅に出る前の特別な日ですから」
「ミハエラ様の料理は楽しみです」
穏やかに微笑むミハエラに、グレイスも笑みを浮かべる。
普段はミハエラは使用人達の助言役といった役回りで、あまり実務面では動かないのだが、今回は特別なので料理班に加わったようだ。
「テオドール様達には、今日はのんびり寛いでいただけたら嬉しいです」
「戦いの功労者ですからね」
ケンタウロスのシリルと、アルケニーのクレアがそんなふうに言った。
俺達は宴会で持て成される側で、何もしなくても良いとのことで。
宴会が始まるまで来客を出迎えつつも、このまま待っていればいいというのが楽なところだ。
「んー。それじゃ俺達は遊戯室にでも行ってるかな」
というわけで、みんなで遊戯室に移動する。
マルレーンは以前からクラウディアやイルムヒルトからリュートの扱い方を教わっていて、最近腕を上げてきたということで、それを披露してくれた。
イルムヒルトが太鼓判を押すだけあって、中々の技巧だ。明るく穏やかな曲を、にこにこしながら楽しそうにマルレーンが奏でる。
「これは良いね。上手いな」
「マルレーンも随分腕を上げたね」
何曲かの演奏の後で、アルフレッドと共に拍手を送ると、マルレーンははにかんだように頬を赤くした。ローズマリーは羽扇で表情を隠しながら、静かに頷いている。
そんなローズマリーの反応にもにっこりと笑ってから、演奏の出来栄えを報告するように、クラウディアとイルムヒルトのところへ小走りで駆けていく。
「ふふ。演奏する前は不安だったみたいだけど、ちゃんと練習した成果が出てたわ」
「ええ。上手だったわ。マルレーン」
イルムヒルトに抱き寄せられたり、クラウディアに髪を撫でられたりして、嬉しそうにしているマルレーンである。
今度はイルムヒルトの奏でる曲を聴きたい、というようにリュートを差し出し、イルムヒルトも楽しそうにそれを受け取る。そして、遊戯室に穏やかな旋律が流れ出すのであった。
中庭では宴会の準備が着々と整っていく。鼻孔をくすぐる香ばしい匂いが漂ってくる頃に、あちこちからの来客が続々と到着し始めた。
討魔騎士団の主だった者達。王城からの面々。冒険者ギルドの人達。ロゼッタに、オフィーリアやロミーナ達、学舎の知り合い、エルドレーネ女王を初めとしたグランティオスの面々やヴェラ達ハーピーの部族長。ペネロープ達、月神殿の巫女達と孤児院の関係者、工房や迷宮商会の関係者等々……。
ペルナスとインヴェルの水竜夫婦も人化の術を使ってやって来ていてラスノーテが嬉しそうに抱きついたりしている。
「うむ。良い雰囲気だ」
「うんうん。私も賑やかなのは好きだわ」
と、核を明滅させるマクスウェルの言葉にハーベスタを抱えたフローリアが頷いている。ハーベスタも首を縦に揺らしているあたり、色々フローリアの影響を受けているのかも知れない。
もう、タームウィルズ中の知り合いが出発前の宴会の席にやって来てくれている、という印象だな……。中庭に面した客室も開放してそこにも料理を運び、出迎えの挨拶をしてから来客を通していく。
そして――魔人達2人もやって来た。監視役の騎士と魔術師も同伴している。
「う、む……。こういう場合、何と挨拶したものか。戦場での振る舞いなら慣れているのだがな」
テスディロスもウィンベルグもこういう席は不慣れなのか、若干戸惑っているような印象だ。王城で聞き出した彼ら自身の話を纏めると、2人とも人間の傭兵のふりをして戦場を転々としてきたという経歴らしい。
「見送りに来てくれたみんなにとっては、月に向かう俺達を皆で勇気付けるための席で……俺達にとってはイシュトルムと戦うための英気を養う席だ。だから、挨拶の言葉っていうのは、俺達の間では確かに難しいかもな。ただ、これから先のことを考えると、互いに慣れていったほうが良いのは確かだとは思う」
「かも知れんな」
テスディロスは頷くと、少し遠い目をする。
「もし……聞きたいことがあるならば聞いて欲しい。特にミュストラ――いや、イシュトルムに関しては、知っている限りのことを答えよう。とはいえ、奴は秘密主義だったから、参考になる情報があるかどうかは分からないが」
「いや。それは助かる。後で色々聞かせて欲しい。他にも……今の体調の話も聞きたいし」
互いにまだ戸惑っている面はある。だからこそ今は共通の目的のために動いていくことが重要、というのは理解出来る話だ。
「封印術で種族特性を抑制している、という話だったか。確かに、以前とは色々な物の感じ方が変わっている気がするが」
「それを……不快に感じたりは?」
「いや、そんなことはない」
「そうですな。落ち着いて過ごすことができている」
そう言って。テスディロスとウィンベルグは俺の言葉に心配ない、というように少しだけ笑った。それは何というか……魔人らしからぬ、穏やかな笑みにも見えた。
それからテスディロスとウィンベルグは一礼し、監視の騎士達と共に中庭に面した一室へと通されていった。
その背を見送ってから目を閉じる。
母さんの遺した術は……橋渡しになってくれるだろうか。
テスディロス達は同意しても、他の魔人達がそれを望むかどうかは分からない。自身の力や研鑽を誇りに思っている者も多かったから。
「――私は、リサ様に感謝していますよ」
物思いに耽っているとそんな言葉が背中に掛けられた。振り返ると、グレイスが俺を見て、静かに頷いた。
「……ん。そうだな」
俺もグレイスに頷き返す。
……客も揃った。宴席を始めるとしよう。
「既に皆さんも聞き及んでいるかと思いますが――先日の大きな戦いを切り抜けても尚、まだ脅威は去っていません。あの戦いを無駄にしないためにも、僕達は再び戦いの地に赴くことになるでしょう。しかし戦いに向かう前の今日という日に、こうして皆さんが集まって下さったことを、何より嬉しく、そして心強く思います」
家主として、宴が始まる前の挨拶をすると大きな拍手が起こった。みんなに一礼し、自分の席に戻る。
今日の料理は例によって米、味噌、醤油を使ったものだ。
炒飯……というよりは調味料が和風寄りなので、焼き飯と呼ぶべきかも知れない。ベーコンやネギを小さく刻み、卵を溶いてそこにご飯を入れて、肉やらネギと共に炒めて味を整えれば出来上がりだ。
ぱらぱらとした米の口解けのよい食感と醤油の程良い香ばしさ、絶妙な味加減の炒飯が口の中に広がる。
「ん。美味」
シーラの耳と尻尾が反応している味噌汁は――鰤のあら汁である。海老の頭で出汁を取っていたりして、何とも言えない深みのある旨味だ。見た目にも鰤の切り身が入っていたりして、贅沢感がある。
帆立のバター醤油炒めもまたシンプルながら食欲をそそる。タームウィルズは海の幸が豊富で有り難い限りというか何というか。
クラゲと海草、オニオン、レタスのサラダ。酸味を利かせてあり、こりこりとしたクラゲの食感と海草の風味、しゃきしゃきとしたオニオンが爽やかな味わいだ。
醤油や味噌を使った料理は皆に好評だが……テスディロス達にとってはどうだろうか。視線を送ってみると、スプーンで炒飯を口に運んで、目を丸くして顔を見合わせている姿が見えた。
「驚いたな……この味は」
「むう。封印術を用いてからというもの、普通の食事でも味を感じるようになりましたが……確かにこれは美味ですな」
これは――2人にも好評、なのだろうか。食が進んでいるのは間違いなさそうだ。
彼らの様子に少しの間、注視してから視線を戻す。
「怪我の調子はどうかしら」
と、そこにロゼッタが様子を見に来た。
「もう大丈夫かなとは思います」
腕の骨折も土魔法で固定していたが、それももう外れている。ロゼッタに右手を預けて、手を握ったり閉じたりしてみせる。違和感も痛みもないし、体内の魔力の流れも正常である。これなら完全に復調したと言って良いだろう。
ロゼッタは暫く俺の腕の調子を見ていたようだが、やがて頷いた。
「確かに……良さそうね。ところで、今回については私もあなた達に同行したいところなのだけれど、どうかしらね」
「相手が死睡の王だから、ですか」
「それもあるわね。けれど、私としては治癒術師の数も大事と思っているのよ。私はそこまで空中戦に精通しているわけではないけれどね。後衛としてなら役に立てると思っているわ。相手は、あの死睡の王なのでしょう?」
「それは確かに」
治癒術の専門家であるロゼッタの同行は確かに心強い。
病魔をばら撒いた死睡の王――その分体が持っていた能力は母さんの封印術で本体諸共封じられているのだろうが、イシュトルムを見ているとそれだけではないように思えるし。
「危険は、承知の上だわ」
「……解りました。では、僕からもお願いします。力を貸して頂けると助かります」
「ええ、勿論。頑張らせて貰うわ」
そう言ってロゼッタは自信ありげににやりと笑って見せた。
さてさて。何やら続々とみんながこちらへ挨拶に来ているようだ。皆の応対をしなければいけないな。