軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

580 もう1人の高位魔人

追手は――速度自慢の飛行特化型ということなのか、直線ではそれなりに早い。そして中々にしつこくはあった。

ネメアとカペラの膂力で空中を疾駆して、距離を稼いでいる。既に魔人2人は脱落したが……それでも残った1人は一向に諦める様子がない。

ヴァルロスにああ言って出てきた手前、退くに退けないということなのか。それとも――。

バロールを使って一気に引き離してしまうことも考えたが、それがヴァルロスに伝わっても困る。シリウス号にいる面々の力も含め、今の時点で手の内は見せたくないのだ。

追手を片付けてしまってもいい……と言うより、そうするべきなのだろうが。

俺が断ったというのに奴が言動を律儀に履行して追撃に加わらなかった以上、この状況でこの連中を叩き潰すというのも些か筋が通らないだろう。

あれが奴の一方的な口約束だったとは言ってもだ。あの場で断ったのもそのためではある。

魔人相手に正々堂々などと甘いことを言うつもりはない。馴れ合うつもりもない。だが、だからこそ余計な感情や考えは残さない。次に奴と戦う時、ほんの僅かでも躊躇わないために。

「もう帰ったらどうだ?」

風魔法で声を拡大して送るようにして、後方の魔人に言う。

「馬鹿な! 貴様の首をヴァルロス殿のところへ持ち帰るのだ!」

といった具合だ。なるほど。こいつはヴァルロスに心酔している口か。

他の魔人はどうだったかは知らないが、残ったこいつには強い動機があるということらしい。ならば、説得も無駄だし諦めもしないだろう。

「警告はしたぞ」

レビテーションを併用しながらネメアがシールドに爪を立てて急激な方向転換を行う。魔人が目を見開いたその瞬間、シールドからシールドへと反射しながら動いた。

馬鹿げた相対速度で突っ込み、先頭の魔物に竜杖を叩き付ける。落ちていく魔物の身体に隠れるように下方に一度跳んで、そこから真横に鋭角に反射。こちらの姿を見失っている魔物の横腹を打ち抜く。

次。魔人の死角に入るように魔物の身体の陰に入りながら、別の魔物を殴り倒していく。シールドを蹴って次を読ませないように緩急をつけて跳び回りながら、打撃を加えていけば、魔物がバタバタと落下していった。

最後に残った魔人が周囲を見回すが、空中に残っているのは既に俺と奴だけだ。真正面から飛び込んでいく。

「お、おのれ!」

放たれる瘴気弾を真っ向からウロボロスで弾き飛ばし、ウロボロスを鳩尾に向かって突き込む。

「ぐはっ!」

ウロボロスを回転させて上から叩き付ければ魔人も地上に落ちていった。

そこにマジックサークルを展開する。掲げたウロボロスの先端で膨れ上がった大火球を――眼下に落とされた魔人と魔物達ではなく、そこから少し離れた雪原目掛けて着弾させた。雪原の雪が蒸発するほどの火柱が上がる。

「に、人間如きが……! 情けをかけるつもりか!」

落とされた魔人はそれが意外だったのか、それとも気に入らなかったのか。それを呆然とした面持ちで見やると、こちらに向かって激昂する。

「違う。今お前らを殺すと、筋が通らない」

「筋だと……?」

「次は無い。帰れ」

連中の頑強さなら少しすれば回復するだろう。身を翻すも今度は追ってはこなかった。

やがてその姿が見えなくなったところでバロールに乗って速度を上げていく。あたりは段々と暗くなってきたようだ。

追手もいなくなったので、通信機で連絡を取る。

シリウス号は――そう離れた位置にあるわけではなかった。隠蔽術と光のフィールドを解いて姿を現す。遠くに見えるそれに向かって飛んでいく。

一応、俺を有視界で捕捉可能な距離を付かず離れずで飛んでいたわけだ。

本来ならああいう追手がかかったとしても、戦線を長く伸ばした上でシリウス号の人員と共に罠にかけてしまうということも考えていたのだがな。

そうしてシリウス号に追い付く。みんな甲板に出てきている。心配そうな表情だ。

「ええと……。ただいま」

「お帰りなさい!」

甲板の上に降り立つと、みんなが駆け寄って来て、そのままアシュレイとマルレーンに抱きつかれた。

「ああ、うん。心配をかけた」

2人の髪を撫でながら答える。

「転移魔法の準備をしながら見ているっていうのは中々くたびれたわ」

と、クラウディアが言った。戦闘中に危なくなったら転移魔法で助けに入るつもりだったのだろう。ヴァルロスとの戦いに転移魔法で割って入られるというのも俺としてはぞっとしないというところだが。

「転移魔法を連中に、はっきり見せずに済んで良かったかな」

そんなふうに冗談めかして言うと、クラウディアは少し目を丸くしてから苦笑して、俺の頭を抱くように軽く抱きしめてくる。

そうして3人から離れると、赤い瞳のままでグレイスがおずおずとやってきた。

「テオ、良くご無事で……」

とグレイス。呪具を発動してやると、そのまま抱きしめられた。

「うん。大丈夫だったから」

「はい……」

抱きしめたままでグレイスが頷く。

「本当。怪我らしい怪我をしなかったようで何よりだわ」

ローズマリーが羽扇で顔を隠したままで言う。そして……グレイスの背中に手を回すようにして、俺と一緒に抱き合う。

「良かった、テオドール!」

と、セラフィナが抱き着いてきた。あー、この流れだとシーラとイルムヒルトもだったりするのか。

2人は顔を見合わせ、イルムヒルトが軽く微笑む。

「ん。お帰り、テオドール」

「お帰りなさい」

「ただいま。2人とも」

シーラとイルムヒルトとも、再会を喜び合うように抱きしめ合った。

まあ……何というか今回のヴァルロスとの顛末は、色々話しておくべきだろう。

艦橋に場所を移し、ヴァルロスとのやり取りと、追手とのやり取りについて話をする。

「――約束を守るためにヴァルロスは追ってこなかったと。ヴァルロスらしいと言えば、らしいですね」

話を聞いたフォルセトは目を閉じる。

そうだな。ヴァルロスの人物像に少し修正を加えないといけない。あいつは自分の掲げた目標のために手段を選ばないのだろうが、その強固な意志故に言行を翻すこともしない、という前提がつくわけだ。

まあ、今は他にもみんなに言っておかなければならないことがある。

「だから。俺はみんなに謝らないといけない。筋を通したくて、追手の魔人を1人見逃した。後で……戦うことになるだろうにな」

そうだ。分かっていて見逃した。損得で言うなら殺すのが最善だっただろうに。

そう言うと……エリオットが静かに答えた。

「問題有りません。相手は決戦の日まで戦力を温存するつもりのようですし、元々そういった取り巻き連中は我々の相手です」

「確かに。我等の仕事を奪われては困りますな」

エリオットの言葉に、エルマーが笑って頷く。他の討魔騎士団達も、下位の魔人1人が増えた程度で負けたら自分達がみっともないなどと笑っている。

「そうね。テオドールは働き過ぎだわ。アルフレッドもだけれどね」

「王の名代としても不問ね」

「そういった貸し借りがあると肝心なところで剣が鈍る、と父様は言っていました。筋を通す、というのは大事なことかと」

と、ステファニア姫の言葉に、アドリアーナ姫とエルハーム姫も同調する。

あー、うん。そう言って貰えるのは有り難くはあるが。

ともかく、次は遠慮なくやらせてもらう。それは奴も追手を返した時点で分かっているだろう。奴とは相容れない。その一点に間違いはない。

「シーカー達からの情報なのだけれど」

と、話が一段落したところで、ヴァレンティナが艦橋のテーブルに置いてあったモニターを引っ張り出す。

「ああ。そちらはどうなりましたか?」

「まだ気付かれてはいないけれど……距離が離れたからかしら。映っているものや聞こえる音が時々乱れるのよ。原因がわかるかしら?」

言われてモニターを覗いてみれば、どれもこれもノイズが走っていた。まだ向こうの様子も分からなくもないが。

距離……もあるかも知れないが、それだけだろうか。考えられるとしたら――。

「あの黒い建材――」

得体の知れない魔力を放っていたからな。あれが干渉して、影響を及ぼしている可能性がある。

「あれか。あの建材も、試料を手に入れたかったね」

と、アルフレッドが言う。そうだな。少しだけ砕いて持ってこれたら何か分かったかも知れないが。

「まあ、それでもな。お主が戦っている間も調べられるだけ調べておいた。儂らは戦いの役には立てんからな」

と、ジークムント老が言う。役割分担ということで、きっちり仕事をしていてくれたらしい。

「まず、大広間には魔物の集団が整列して控えておったよ」

「それから、魔人達らしき連中の姿も、他の場所で捉えているわ。城内の間取りも限定的だけれど情報収集しているし」

ああ。何だかんだと結構情報は収集できているな。シグリッタとカドケウスもその映像を見ているので、後で再現できるだろうしな。

そうやって集まった情報の確認をしていたその時だ。モニターの1つから、冷たい声が聞こえた。

「――騒がしいことですね。ザラディ殿」

シーカーの映像は中庭からのもの――。他の魔人達に指示を出していたザラディの姿を固定で映している。ここのシーカーは、あえて動かさないことで察知されないようにしているというわけだ。確かに、下手に動かさなければ向こうも気付きにくいだろう。

「ミュストラ殿か……。この忙しい時にどこに行っておられたのか」

そのモニターが……ザラディに話しかける、もう1人の魔人らしき男を捉えていた。酷薄な笑みを浮かべる男。

……こいつ。こいつも何か、嫌な感じを受けるな。研鑽された武が立ち居振る舞いから垣間見えるヴァルロスとは、また違う。何――だろうか。違和感、と言えばいいのか?

言葉にしにくいが、武術を修めた者の立ち姿や足運びなどとも、何かが違う。

「地下区画で眠っていましたよ。ここのところ少しばかり忙しかったのでね」

ザラディに非難がましい目を向けられるが、どこ吹く風といった感じでミュストラは肩を竦めた。

「それより、何があったのですか? 随分と騒がしい様子ですが」

「人間達の斥候でしょうな。近くまで忍び寄って来ていたのです。ヴァルロス様が迎撃に出ましたが、しかし侵入されている可能性がある。特に、使い魔等に潜り込まれていると厄介です」

……シーカーはまだ見つかっていないが、どうなるやら。直接的な脅威ではないからか、ザラディに感知はされていないようだが、あの能力の性質からいうといつ発見されてもおかしくはない。不安定というのが、また対策を立てにくくしている。

「なるほど。それでこの騒動と」

ミュストラは城内を見回っている魔物や魔人達を見て小さく笑った。ザラディは不快げに眉を顰めるが、ミュストラは意に留めた様子がない。

少なくともザラディと同格と見るべきだろう。

「しかし、いるかどうかも分からない使い魔を探すというのは骨が折れるでしょう? 感覚の同調を遮断して、炙り出すというのは如何です?」

「そのようなことができるのですかな?」

「ええ。何のためにこの城を覆ったのかと言えば……まあ、そう言ったことができるようにでもあります」

そう言って、ミュストラの全身から瘴気が立ち昇る。

城の外と違って、城内は黒い建材で覆われていない部分もあったが、そうでない部分――あの黒い建材が、ミュストラの動きに呼応するように魔力の輝きを放った。

これは――。

考えるより早くモニターに触れて、シーカー達に身を隠してこれ以上の行動をしないようにと指示を飛ばす。その間にもモニターに走るノイズが酷くなっていく。

指示が間に合ったかどうかは分からない。だが、ほんの僅かな間にモニターからの映像も音声も、激しく乱れて完全に途切れてしまった。

「……やってくれる」

シーカー達は潜入したままだが、その安否は分からない。これ以上の継続的な情報収集も望めない、か。

距離を詰めれば映像が復活する可能性はあるが……ザラディとヴァルロスの探知能力を考えると、藪蛇になる可能性が高い。

少なくとも、高位の魔人が3人。ヴァルロスとザラディ。そしてミュストラ、か。

あの建材を生成したのもミュストラだろうか。能力に関わるものか、それとも何かしらの魔法的知識か。ともあれ、奴には警戒が必要だな。