軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

475 ユスティアの決意

「いやはや。水の精霊王様に海の国の争いか……。相変わらずだね、君は」

初対面の顔触れの紹介をしてから今の状況を簡単に説明すると……ヘルフリート王子は少し目を瞬かせていたが、やがて顎に手をやって愉快そうに笑った。

「ヘルフリートも元気そうで何よりだわ」

「ステファニア姉上も。……その、何やら変わった使い魔を連れていらっしゃるようですが」

「ふふ。可愛いでしょう。コルリスというの」

「……ステファニア姉上の家臣が知ったら目を丸くしそうですね」

「かも知れないわね」

手を振るコルリスにヘルフリート王子は流石に目を丸くしていたが、その様子を想像したのか肩を震わせると、コルリスに近付いて握手を交わしていた。

……うーむ。ヘルフリート王子はローズマリーのことで開き直ったからか、以前会った時よりも余裕のようなものが出て落ち着いたというか、生半可なことで動じなくなったように見えるな。コルリスに関しても俺の影響と見ているのかも知れないが。

ともあれ、まずは月神殿に行ってからだな。公爵の用意してくれた馬車に分乗して、するべきことを済ませてしまおう。もう少し詳しい話も、道すがら馬車の中で説明するということで。

「――というわけで、これから転移魔法の拠点をこの都市に作り、一旦タームウィルズに戻って諸々の準備を整えてこようかと思っていたところです。ヘルフリート殿下さえよろしければ、タームウィルズまで転移魔法で送っていきますが如何でしょうか」

俺の言葉に、ヘルフリート王子は少し思案した後で答える。

「うーん。デボニス大公はどうなさると仰っているのかな?」

「公爵との和解を家臣達と領民達に周知した後に転移魔法で領地に帰るという予定でしたが、極力こちらの転移魔法の温存をしたいので、海の国の状況が収まるまでは帰還を見合わせると」

「……なるほど。もし良ければ、僕も後方にてデボニス大公の身辺警護につこうと思うのだが、どうだろうか? 多少だが、魔法と武芸の心得があるし」

ふむ。デボニス大公の心境と立場はヘルフリート王子も理解しているということか。両家の友好を願って訪れているのに、その近海で騒ぎが起きている時に自分だけ帰るのでは筋が通らない。

それに、デボニス大公が事情を知った上でだからこそ帰らない、というのと同じ理由で、ヘルフリート王子も事情を知って背を見せるわけにはいかないというところだろう。以前のヘルフリート王子の考え方からすると、どちらかと言えばデボニス大公の考え方に共感しそうなところがあるしな。

ともかく、ヘルフリート王子は剣と魔法の両輪ということらしい。

「魔法剣士ということですか」

「ヴェルドガルの王族は、魔法を使えるのが普通みたいなところがあるから、嗜みとしてだね。まあ……僕はみんなと比べると大したことはないから、そこを武芸で補おうとしたわけだ。無論、武芸にしたところで君達と共に前線に出られるほどの力もないと思っている。そこは勘違いしない」

ヘルフリート王子が言うと、そのやり取りを聞いていたローズマリーは肩を竦めた。

「確かに……デボニス大公も残ると仰っている状況で、自分だけ帰れないのは確かでしょうね」

ふむ。ヘルフリート王子は開き直っているから自分の力量を分かった上での発言なのだろう。ローズマリーも反対しないということは、判断や評価として間違っていると思っているわけではあるまい。

まあ、ローズマリーは状況を見て危険性が少ないから殊更反対しない、と考えている可能性はあるが。

「そういうことだね。利害のない僕が共にいることで、不心得者がいたとしても抑制として働くだろうし……。何より、君のことだから他にも手立てを考えているのだろう?」

「ええ。一応と言いますか」

ドリスコル公爵の居城で待機してもらうのが普通だが、そのまま艦橋にて行動を共にするという手もないわけではない。転移魔法での撤退も考えるなら常に行動を共にしていたほうが安心という部分があるからだ。いずれにしても艦橋まで敵に踏み込まれそうな状況なら一時撤退を考えるわけだし。

火魔法が主体であるフラミアは水の加護を受けても戦場との相性が良くない。だから護衛に回ってもらおうかとも考えていたが……炎の術は敵にシリウス号に乗り込まれた場合を想定すれば十分有効だ。つまり、同行してもらう場合は戦力の分散を避ける意味合いも出てくる。

「危険度は低いと思うけれど、私としては……変装用の指輪を大公に使ってもらって、影武者を仕立てるというのも考えているわ」

と、ローズマリー。アンブラムがいるなら、それも可能か。本物の大公はヘルフリート王子が護衛すると。

「もし、影武者が狙われた場合は?」

「別の人間に変身してしまう、という手があるわね。ほら。アルフレッドが作った、音響閃光玉を持たせておけば……」

そう言ってローズマリーは薄く笑う。

なるほど……。そういうトリッキーな手もあるな。刺客からしてみると、爆音と閃光で怯んでいる間に大公がどこかに消えてしまうというわけだ。そんなものを使えば警備兵も駆けつけてくるだろうし、護身用としては打ってつけと言える。

どちらにせよ……デボニス大公にしてもドリスコル公爵にしても、今まで海千山千の貴族と渡り合ってきた大貴族である。他に比類ない経験と見識を持つ人物なので海王の考えを読む上でもその意見は参考になるだろうと思っている。というわけで女王との作戦会議には公爵共々参加する予定だし、その後でどうするかは、相談して決めればいいだろう。

さて。馬車で話をしている内に月神殿に到着し、クラウディアは到着するなり早速作業に取りかかった。マリオンが固唾を飲んで見守る中、クラウディアの足元から走った光が敷地の外周部を一周して戻ってきて……転移のための準備が整う。

「良いわ」

「は、はい」

振り返り、クラウディアが頷くと、マリオンが少し慌てたような面持ちで頷いた。あっさりと準備ができてしまったので心の準備が整っていないのかも知れない。

緊張している様子のマリオンに声をかける。

「準備は良いですか? 向こうの月神殿に出るので、近くの冒険者ギルドにいる彼女にもすぐ会えると思います」

通信機で話も通しているし、ユスティアがギルドを空けているということはない。案外……月神殿にまで来ているかも知れないな。

マリオンは余裕がない自分を自覚したのか、俺の言葉に目を閉じて深呼吸をしてから、こちらを真っ直ぐ見て頷いてきた。

「――はい。どうか……ユスティアのいるところへ連れて行って下さい」

「勿論です」

と、答えて、皆に向き直って声をかける。

「じゃあ、少し行ってくる」

「はい。いってらっしゃいませ」

俺の言葉にグレイスが頭を下げた。

タームウィルズに戻る面子は俺とクラウディアとイルムヒルト、それからロヴィーサ、ウェルテス、マリオンと……本当に必要最小限な面々だ。

拠点同士の転移魔法はクラウディアへの負担も少ないが、いざという時のことを考えると転移魔法の条件はできるだけ緩くしたい。

まあ、ドリスコル公爵の領地にはみんなが残るし、俺もすぐ戻って来るので滅多なことはあるまい。

「留守中は、任せて。イルムヒルトも、頑張って」

と、シーラがいつも通りの表情で自分の胸のあたりを拳で軽く叩いて見せる。

「行ってくるね。シーラ」

「ん」

「ああ。よろしく頼む」

そんなシーラに苦笑し、クラウディアを見やって頷いた。

「では、行くわ」

クラウディアの言葉と共に転移魔法が発動する。

光の柱に呑み込まれ――次の瞬間には目を開けば、そこはタームウィルズの月神殿……迷宮入口の石碑前であった。

「これは……」

「転移魔法というのは、凄いものですな」

一変した景色に、ロヴィーサとウェルテスは目を丸くして周囲を見回している。

「タームウィルズの、迷宮入口前です。転移先の場所としては都合の良いところなので」

迷宮から出てくる冒険者達もここに突然現れたりするからな。いきなり出てきても問題のない場所なのだ。

「姉さん!」

と、聞き覚えのある声があたりに響く。

マリオンが、弾かれるように振り返る。果たして――そこにはユスティアの姿があった。アルフレッドとエリオット、それにアウリア。それからフォレストバードに……ドミニクとシリルも一緒だ。どうやら護衛と付き添いで来てくれたといったところか。

「ユスティア!」

マリオンが駆け出すと、ユスティアもそれに応じるように走って来る。手を広げ、互いにしっかりと抱擁し合う、セイレーンの姉妹。

「ユスティア……急にいなくなってしまって、心配したのよ」

「うん……。姉さんも、元気そうで……」

抱きしめ合ったままで、2人は言葉を交わす。涙声だったが、やがて嗚咽へと変わった。

それを見て、クラウディアが穏やかな表情で目を細める。

「ユスティアの家族……見つかって良かったね」

と、そこにドミニクとシリルもイルムヒルトのところまでやって来て、明るい笑みを浮かべた。

「ん。そうだね」

答えたイルムヒルトはドミニクの手を取る。ドミニクは――そんなイルムヒルトに嬉しそうな表情を浮かべた。

イルムヒルトが転移魔法で戻ってきたのは、捕まっていた時期を一緒に励まし合って乗り越えた、ユスティアとドミニクの友人だからだ。ドミニクは心配してくれていることを分かっているらしく、明るい笑みを浮かべる。

「ありがとね、イルム。あたしは……今の暮らしが好き。だからこれは、気を遣わなくても大丈夫とかじゃなくて、あたしのほんとの気持ちなの」

そう言ってドミニクは自分の胸に手を当てて、目を閉じる。

……そうか。ユスティアもドミニクに話をしたんだな。なら……成功するかどうかは別にして、俺もドミニクには言っておくべきなんだろう。

「ドミニクの家族も、探したいとは思ってる。風の精霊王に話が伝えられるから、精霊から情報が集まるかも知れない」

そう言うと、ドミニクは目を丸くした。それから屈託のない、満面の笑みを見せて言う。

「ありがと。でも、もし駄目でも気にしないでね。色々助けて貰ってるもの。それだけでも嬉しいんだよ」

「そうかな」

そう言うとドミニクは頷く。

「そうなの。それより……今回はあたしも連れて行ってくれないかな?」

「連れて行ってって、海に?」

「そう。ユスティアの故郷が大変みたいだし。あたし達にも、一緒にできることがあるはずって話をしてたの」

「――ええ……。そう。そうなの」

こちらのやり取りが聞こえていたのか、ユスティアがマリオンと肩を抱き合ったままで、涙を拭いながら言った。

「私は……今の暮らしが好きよ。イルムやドミニクやシーラ、シリルと劇場で歌うのが好き。ドミニクとも、離れたくない。だから、私のいる場所はここだと思ってる。故郷のみんなには……私は無事で元気だって、知らせられれば、それで良いの」

「ユスティア……」

マリオンは……ユスティアの言うことを噛み締めるように目を閉じて、その言葉を理解しようとするように何度か頷いていた。同じ立場であるドミニクだからこそ、自分が傍にいてやりたい、というのがユスティアの気持ちなのだろう。マリオンの本音を言うのなら、ユスティアには安全な場所にいて欲しいのだろうけれど、それはユスティアがマリオンを見た場合でも同じなのだし。

それから……ユスティアは「だけど」と首を横に振った。

「故郷のみんなが危ないのに、ここでただ待っているだけなのは、嫌だわ。私は、姉さんやみんなも好きだから。だから……お願い。私達も連れて行って欲しい」

そう言って顔を上げてこちらを見てくるユスティアは……涙を浮かべていたものの、その表情には決然たる意思が込められていた。

……そうか。そうだな。

「シリルもそのつもりで来たのかな?」

「はい。劇場の仲間ですから! 気持ちを1つにすれば、呪曲ができなくても効果が強くなるそうですし……みんなで一緒に頑張りたいんです」

……どうやら、こちらも決意は固いらしい。

海王への対抗手段としてセイレーン達が果たすべき役割は、決して小さくない。呪歌と呪曲も作戦に組み込まれているのだ。

本来であれば、それはかなり危険を伴うものだったはずだ。後衛とは言え、戦場に出るのだから。

だが、今ならシリウス号がある。女王と水守り、そしてセイレーン達の負う危険度は格段に下がっていると言えよう。

だがそれは絶対ではない。ならば……残る問題は――俺が片付ければいいだけの話だ。

「分かった。一緒に連れて行くよ」

そう答えると、彼女達は顔を見合わせ、明るい表情を浮かべると手を取り合って喜ぶのであった。