軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

465 海中遊覧

「それでは、道中お気をつけて」

「またいつでもいらして下さい」

と、屋上にて、伯爵一家の見送りを受けて船に乗り込む。

オリンピアは……仲良くなったみんなやマール、使い魔達との別れを惜しんでいたが、やがて気持ちの整理もついたらしい。

「またね。あそびにきて、ね」

しばらくマールに抱き着いて髪を撫でられたり、夫人に肩を抱かれて声を掛けられたりしていたが、ゆっくりと離れて言うと、マールは目を細めて頷く。

「ええ。また会いに来るわ」

「……ふうむ。こちらからタームウィルズに訪れるというのも良いかも知れませんな」

「それは状況が落ち着いたらでしょうか。その時は歓迎しますよ」

伯爵の言葉にそう答えると、オリンピアも明るい笑顔になった。伯爵がオリンピアを抱き上げて、肩に座らせる。

船に乗り込み……甲板からコルリス達共々手を振って。伯爵一家もこちらに手を振り返す。ゆっくりと領主の館を離れていく。

遠ざかる伯爵達。そして領主の館。眼下に広がる港と青い海。白い港町――ウィスネイアは段々と遠くなっていくのであった。

ウィスネイアを出て……シリウス号は輝く海原を進む。

航路を行き来する商船や、ウィスネイアの港から沖に出て漁をしている漁船。ウィスネイア近海の海は賑やかだ。

「海の色……綺麗だわ」

シグリッタがモニターを眺めながら呟くと、マルセスカが頷く。

「海の色が違う場所というのは、何なのでしょうか?」

「ああ。あれは浅い場所は明るく、深い場所は暗くなってるんだ。後は、雲から差し込む光の加減でも浅い場所の色合いが違って見えるかな」

シオンが尋ねてくるのでそう答えると、感心したように頷いてまた食い入るようにモニターを見やる。

……ふむ。少し思いついたというか……試してみたいことがある。

光魔法ライフディテクションを、操船席から回路を通じて、船の下部カメラに向かって用いる。ライフディテクションが発動し――海面を映しているモニターに、海中の魚群などの生命反応の輝きが映し出された。

海底にある貝やヒトデ、珊瑚、海草等々……それぞれ別の色で輝く反応として感知できる。普通は見通せない暗青色の深みから無数の生命反応が輝きを返してきて……星空のようで中々に綺麗だ。

「これは――」

と、公爵がその光景に反応する。

「操船席から回路を通して、ライフディテクションを監視役の魔法生物に向かって発動させました。この分なら……応用すれば普通の視界とは違うものが見られそうですね」

恐らく、暗視の魔法で海底まで見通す、というのも有効だろう。だがそれをするには高度を下げて普通の船のように航行しないと無理だ。周囲の明るさが暗視の魔法を妨げてしまうからだ。

……ふむ。どうしたものか。空から海を眺めるというのも確かに綺麗なのだが。

マールなどは上空から海を見下ろすというのが物珍しいらしく、喜んでいるし。

だが、海の中を詳しく見てみるというのも面白いかも知れない。今のところ順調に海図通りに進んでいるし、水上での航行速度も普通の帆船とは比べ物にならないわけだし。

ゆっくりと高度を下げて、極力波を立てないよう、静かに着水する。

真下だけでなく、船体下部のカメラ全てに暗視の魔法を発動させる。海面から差し込む光の量を見ながら、船の陰になる部分とそうでない部分で暗視の魔法をそれぞれ微調整し、なるべく多くのモニターがより深くまで見通せるように調整していく。

「うわあ……」

「すごいわ……」

オスカーとヴァネッサの声。海底の様子がありありと見て取れる。元々透明度が高いだけあって、割と見通しが利くな。

揺らめく海藻と、色取り取りの珊瑚礁。珊瑚の周囲に集まる小魚と、その小魚を餌とするもっと大きな魚達。甲殻類にタコ。ウミウシやナマコ、ヒトデといった種々様々な海洋生物達。

賑やかでカラフルな世界かと思えば、深くなっていて奥まで見通せない底知れない場所もあった。水面を進んでいるというのに、ごつごつとした岩場の上を飛んでいるような感覚と言えばいいのか。

「まるで海の中を泳いでいるみたいね」

マールにとってはまた少し別の感想を抱くものらしい。その光景に静かに頷いている。

見通せない深みというのは、人間にとっては些か根源的な畏怖を抱かせるものだが、水の精霊にとっては何てことのないものだろうしな。

「これはまた……見事なものですな」

「私達ですら見たことのない光景ですな。何とも興味深い」

大公と公爵にとっても物珍しい光景のようで。レスリー共々楽しんでくれているようだ。

景久の記憶になってしまうが、海の観光地となるとこういうのは付き物で、船体下部に透明なアクリルなり強化ガラスなりが嵌っていて海中を見ながら進める、というのがある。確か、グラスボートだったかな。それと同じようなものだ。

「魚……」

と、モニターを見ているシーラは、若干食欲も刺激されているように思えるが。シーラを見たイルムヒルトがくすくすと笑って、リュートを奏で出す。

ゆったりとした神秘的な曲調。モニターに映し出される景色と相まって、海中を進んでいるような印象を受ける。

「綺麗ですね、マリー様」

「そうね。それに……面白いわ。本で知っているつもりだったけれど、こうして実物を見ると違うものね」

グレイスに声を掛けられてローズマリーも羽扇の向こうで頷く。

まあ、浅い場所にしろ深い場所にしろ、変化に富んでいて見ていて飽きないのは確かだ。モニターの画像は拡大もできるので、気になったものを詳しく見ることもできる。

ステファニア姫もアドリアーナ姫、エルハーム姫と共に、モニターを操作してあれこれと見て、楽しんでいる様子である。

同様に、マルレーンがモニターを操作して指差し、隣にいるアシュレイやクラウディアと顔を見合わせて微笑み合う。

拡大されているのは……タツノオトシゴだな。確かに、海を生活圏にしているのでもなければまじまじと見る機会の少ない、珍しい生物かも知れない。

みんな楽しんでくれているようで何よりである。では、このまま目的地まで進んでいくことにしよう。

ドリスコル公爵の本拠地となる島だけでなく、離島にも港町がありそこにもやはり月神殿も存在するという。

月神殿を巡り、無人島を下見してから公爵の本拠地に一家を送っていくということで予定を立てている。

カドケウスを変形させ、ドリスコル公爵から預かった海図を立体的に再現する。その上にシリウス号の模型を作り出させて進んでいくわけだ。

移動速度と方向、周囲の島の形や位置関係などから正確なシリウス号の座標を割り出しているので迷うことも無い。今のところは海図通りに進んでいる。

ドリスコル公爵から提供してもらっている海図には暗礁を注意するべき海域なども記してあるが、暗礁に乗り上げた程度でシリウス号は傷付かないし、何より空を飛べば暗礁海域も無視することが可能だ。このままの調子でカドケウスのナビを用いて行くのが良いだろう。

「テオドール様」

と、そのまましばらく進んでいるとアシュレイが声をかけて来る。

「ん? どうかした?」

「いえ。これを見ていただけますか。妙な反応が」

アシュレイの指差したモニターは、海面上に出ている下向きのモニターだ。より高所から遠方の海面下を見通すためにライフディテクションを用いてある。

アシュレイの示すモニターを覗くと……そこには何やら、妙な輝きが映し出されていた。

一際強い輝き。つまり生命力が強いということだ。だが、色合いといい形といい、何とも厳つい生物である。

生命反応から判断できる全体的なシルエットとしては――鰐に似ているか?

手足など人型に近い部分もあるが……まさかこれが半魚人ではあるまい。こんなものが目撃されていたなら、とっくに公爵領でも噂になっているはずである。

尻尾の先端は鮫の尾びれのように広がっていて、水を掻き分けて進むのに向いている。例えるなら――鮫や鰐と亜人を足して3で割った、とでも言えばいいのか。

公爵を見やるが、案の定というか、ゆっくり首を横に振る。となると……。

「亜竜種かな。亜種は色々いるから……」

野生での海洋の魔物は割と珍しいのが多い。BFOでもプレイヤーの拠点は陸上寄りになるし、生息域によっては把握できない部分も出てくる。

そいつは真っ直ぐに……目的を持ってどこかに向かっているようにも見えた。その向かっている先をモニターで詳しく見てみる。

「人魚と……人?」

シーラがそれを見つけて、首を傾げた。

そう。人魚の手を引いて泳ぐその光のシルエットは先程見たシルエットよりももっとスマートで人型に近い。

手足があって確かに人に似ているが――。手に何か……トライデントのような武器を持っている。光の中に、生命反応のない武器のような影がちらつく。指の間には水かきもついているようだ。

「こちらは、間違いなく人魚と半魚人でしょうな」

と、公爵。その半魚人が、人魚の手を引くようにして泳いでいる。しかし2人とも、気侭に泳いでいるというようには見えない。

つまりは……後方から追ってくる影から逃げているのか、それとも人魚を連れ去っているのか。シルエットだけでは状況までは何とも判断しようがないな。

「空から急行して、直上から助けに入る」

俺がそう言うと、みんなも俺を見て頷く。

友好的な魔物の保護はヴェルドガルの方針であり、異界大使の仕事でもある。

もう一方がどんな生物かは分からないし、事情も不明だが、少なくとも人魚達は公爵にとって交易の相手でもあるのだ。

危機が迫っているなら割って入って助ける理由としては十分過ぎるし、元より事情を聴くつもりだったのだから。

「私にも……少し手伝いができるかも知れません。水中での戦いで、不利が無くなる程度には」

と、真剣な表情でマールが言うのであった。