軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

幕間8 笑う魔人

北方。黒く染まったベリオンドーラ王城の奥――。

かつての魔法王国の大書庫にヴァルロスの側近、ザラディの姿はあった。

ザラディは崩れ落ちた書棚の中からぼろぼろになった書物の残骸を見つけ、それに手を伸ばしたが……拾い上げた途端崩れ落ちてしまう。

「やれやれ。徹底しておるのう」

そう言ってザラディは小さく溜息を吐いて首を横に振った。

大書庫は――ベリオンドーラ首都陥落の折に七賢者の残した魔法の数々が魔人側に渡ることを恐れ、持ち出し切れないものは焼き払われて、念入りに術式を用いて書物の類を風化させたのだ。

その決断に至るまで人間側の間にどのようなやりとりがあったのかはザラディの知るところではないが……魔人との戦火の結果としてこうなった、ということは分かる。ザラディとて、最古参の魔人の1人だからだ。

故に今の大書庫は片付けの済んだ一角を、ザラディが研究室として利用しているだけの場所だ。ザラディの補佐するヴァルロスならともかく、書物のない書庫になど他に足を運ぶ者もいない……はずだった。

「――探し物は見付かりましたか?」

どこか楽しげな声がザラディの背に掛けられる。

「……ミュストラ殿か」

ザラディが振り返ると、そこには笑う魔人、ミュストラの姿があった。ザラディは肩を竦める。

「どこもかしこも駄目ですな。ま、今になって見つかるのであれば、ここが落城した時に我等は貴重な書物を得ているでしょうし……余程情報を渡したくなかったと見える。どこかに隠し書庫でもあればと思っておるのですが」

「それらしきものも見当たらないと」

「まあ……そうなりますな。もしかすると、書庫ではなく別の場所に入口があるのやも知れませんが」

「それがあれば転移魔法の研究とて進むのでしょうに」

ミュストラの言葉に、ザラディは頷く。

「それは確かに。ですが魔法に関しては最初からあまり期待しておらぬのです。後身であるシルヴァトリアでさえ、魔法の流出には随分神経を尖らせている様子。その考えはベリオンドーラから引き継がれたものでしょう」

「ほう? とすると……ザラディ殿はいったい何をお探しで?」

問われてザラディはミュストラに話すべきかどうか逡巡したようだが、やがて口を開く。

「お恥ずかしながら……興味本意と申しますか、個人的な好奇心という奴でしてな。七賢者が地上に降りた時代の、月の状況を記した書物でも残っていればと」

「月――ですか」

ミュストラは笑みを深める。

「そう。あの方が人間達相手に戦いを起こした時に七賢者を遣わしたのに……ベリオンドーラが落城した時に月の王は動いていない。もしかすると月の都にはいられぬ事情ができて地上に降りたのではないか、或いは七賢者こそ月の王族そのものだったのではないかなどと……空想を巡らしてしまうのですよ」

「それはそれは。ザラディ殿は興味と仰いましたが、私は大事なことだと思いますがね。これからの私達の戦いに、月の都から横槍を入れられても困りますし」

確かに。ミュストラの言うことには一理あるとザラディは思う。

これで月の都は放逐されたという記述でも見つかろうものなら、不確定な要素を省くことはできるし、そうでないというのなら警戒はするべきだ。

とはいえ、やはりベリオンドーラ落城の際に月が干渉してこなかったのであれば、ヴァルロスが動いたとて月の都が今更動くとも考えにくい。

そういう意味ではあまりザラディは心配をしていない。だからこそ興味本位で探していた、という表現になるのである。

「ま、今更動くとも考えにくいでしょうな。以前は相当戦火が広がってから七賢者がやってきたわけですし……此度のヴァルロス様の動きを月が察知した時には、何かしらの結論が出てしまっている時ではありませんかな?」

今まで潜伏して動いてきたのだから……ヴァルロスが勝負に出て、その結果が出る時には干渉したくとも手遅れ、というわけである。

「かも知れませんね。仮にまだ月が生きているのなら、彼らと一戦交えることにも吝かではありませんが」

そう言って、ミュストラは笑みを深くする。戦うことが嬉しいのか、殺すことが嬉しいのか。その能力の得体の知れなさも含め、魔人であるザラディをして尚、薄ら寒さを感じさせる表情であった。

だからこそ、ザラディには分からない。ミュストラが何を望んでヴァルロスに協力しているのか。ヴァルロスの望む魔人による支配と秩序を、ミュストラもまた望んでいるとも思えないのだ。

「ミュストラ殿……。貴方はいったい、何故ヴァルロス様に協力なさっているのですかな?」

ザラディが尋ねると、ミュストラは冷たい笑みを貼りつけたままで言った。

「私はね……この世界が嫌いなんですよ」

「嫌い、ですか」

ミュストラの返答はザラディからしてみると意外なものだった。ミュストラは享楽のために殺しを嗜好し、戦いを好む類の魔人だと思っていたから。そこに何かしらの理由があるとは、思ってもみなかった。

だが……ミュストラの語るそれは、生きとし生ける者全てへの憎悪と言えばいいのか。その瞳の奥に、薄暗い炎のようなものを見たように思えて、慄然とするのをザラディは感じた。

「ええ。迷宮の女神やイシュトルムの提唱の否定……。いくつかの者を踏み越えて成り立った世界です。しかし今、そこを闊歩するのは、ただ日々を無為に生きるだけの下らない者達。ですから月の民も地の民も――それに大半の魔人達もですね。殆どのものにはそれだけの価値がありません。ほら、それならそんなものは精々、私の糧にするぐらいしか意味がないでしょう?」

イシュトルム。月の反逆者。魔人化の方法を最初に唱え、迷宮に干渉して死罪となった者。恐らく彼がいなければ盟主ベリスティオも、ヴァルロスという存在も有り得なかっただろう。

だが、それを理由として挙げるというのは……どういうことなのか。

「では……貴方はイシュトルムが月の王に成り代わろうとしたのではなく、純粋に月の民を救うために魔人という存在を提唱し、行動を起こしたと?」

ザラディなりにミュストラの言葉を噛み砕いて、そう尋ねる。

「さあ、どうでしょうか。イシュトルムが何を考えていたとしても今となっては遥か遠い昔の出来事。真実など知る由もない。貴方が私をどう思おうが……少なくとも、ヴァルロスの行おうとしていることを見届けたいとは思っているのですがね」

「……なるほど」

「まあ、殊更信用しろとも言いませんが――」

そう言ってミュストラは肩を震わせ、ザラディはかぶりを振る。

少なくとも……ミュストラはヴァルロスの思い描く理想そのものの実現には協力的だ。彼の言う通り、信用するに足るかどうかはともかくとして。

信用。そう、信用だ。

こうしてミュストラと相対してどうしても警戒してしまうというのは、その性格や言動以上にミュストラの出自を知らないからというのもあるのだろうと、ザラディは思う。

盟主ベリスティオと共にハルバロニスを出奔した魔人達の系譜は、そう多くない。最古参の1人であるザラディは、ベリスティオの率いた魔人の系譜を、一応は把握している。誰それの子孫だと、聞けば分かる自信はあった。

だが魔人達はわざわざ自己紹介などしない。どこで何をしてきたなどとも、いちいち聞きもしない。瘴気が操れるのを見せれば、仲間であることが確認できるから。必要なのは名前と能力。それで充分なのだ。

それ故に……ミュストラがどこから来たのかをザラディは知らなかった。勿論、ミュストラが魔人としてあちこちに残した爪痕は知っている。だが、それだけだ。

能力の本質も一向に分からず、出自――つまり利害が分からない故に、こうして会話を交わしていても語った言葉が本音であるかすら分からない。

そんな得体の知れなさが、ザラディにミュストラという魔人を警戒させている理由なのかも知れない。

考えてみれば……それは異常なのではないだろうか、とザラディは思う。

魔人は長命であるがゆえに、本人が語らずとも出自を知る者ぐらいいるはずだ。ましてこれだけの数が集まっているのだ。噂ぐらいは聞こえてきてもいいのではないか――?

だが、その疑問を直接ミュストラにぶつけることは憚られた。笑う魔人の深淵は、安易に覗いてはいけないもののように思えて。

もしもそれが彼にとって大きな不利益となるのならば、ミュストラはすぐにでもザラディの首を掻くだろう。そう確信させるだけの冷たさと狂気をミュストラは秘めている。

幸いにして、ヴァルロスもザラディもミュストラに気を許してはいない。ならばザラディからヴァルロスへ、十分警戒するようにと伝えればいいだけの話だ。

現実問題としてミュストラの力は必要なのだから、今この時波風を立てるのは下策だ。それに盟主が封じられた後、散り散りになった魔人達の系譜がどうなったのか、全てを把握しているわけでもない。

そんなザラディの内心を知ってか知らずか、ミュストラは変わらず冷たい笑みを浮かべてそこに佇むのであった。