軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

3 バトルメイジ

「――行きます」

言って、グレイスが踏み込む。その踏み込み一つで地面が爆ぜた。

街道とほとんど平行に、弾丸のような勢いで飛んでいって斧を振るえば、蟻の身体が胴体から真っ二つになって宙高く舞った。

細身のグレイスの姿と相まって、中々に現実離れした光景である。

グレイスの戦い方は単純明快だ。ケタ違いの膂力を前面に出した力押し。

武器を振る軌道そのものは直線的で読みやすい部類だが、その初速が尋常一様ではない。例えば武器であれ盾であれ、まともに受けたら諸共に叩き潰されるだろう。

蟻の頭を踏み砕き、首を造作も無く片手で毟り取る。縦横に両手の斧を振るい、投げつけ、振り回すその度に蟻が文字通りに粉砕されていく。

これで夜間や屋内なら更に腕力が強化されるというのだから恐れ入る。単純な怪力というのは、それだけで恐るべき脅威なのだというのがよく解る実例だ。

血のような緋色の目が細められる。

思うさま斧を振るうグレイスの口元には牙が覗いて――笑みさえ浮かんでいた。ガートナー家では大分彼女に忍耐を強いていたし、相手が蟻だしで、今日は思う存分暴れられるというわけだ。

実際、蟻相手なら彼女の心配はいらないだろう。お互いの背中はフォローすると決めているが、正直そこまでの相手でもない。

俺は俺で、一応実戦は初めてなので様子見をしながらという事になるから油断はしないが。

身の丈より長い魔法杖を構え、迫ってくる蟻を杖で掬って巻き上げる。と同時に魔法を展開。空中を舞う蟻へと火球を射出した。一瞬で全身が燃え上がり、後には消し炭しか残らない。

竜巻の魔法を杖に纏って薙ぎ払えば、迫ってくる蟻の列が、こちらの攻撃範囲と同じ分だけ 削れて(・・・) いなくなる。

距離が空いたので杖を地面に突き立てる。足元から魔法陣が広がり、少し離れた位置で土の槍が地面から無数に飛び出して蟻の一団を串刺しにした。

「……蟻相手じゃ、ちょっと 過剰火力(オーバーキル) 気味だな」

溜めの必要が無い初級の魔法しか使っていないのだが。

居合抜きのように杖を抜き払い、風の刃で蟻の群れを思うさま両断していく。

バトルメイジの売りは杖術や体術を用いた近接戦の中で魔法を放って戦う、というものだ。

専用技能『魔力循環』の習得とその発動による恩恵は主に二つ。自己の身体能力強化と、魔法の大火力化である。

但し――循環によって体内で練り上げた魔力を用いて火力を上げる、その代わりに射程を犠牲にしてしまっている。だから身体能力強化によって解放される武技の修練も併せて行い、近接戦の技術も練り上げる必要があるというわけだ。

大火力且つ紙装甲。ピーキーでプレイヤーズスキルが問われるのは確かだ。

普通の魔法職のように砲撃役もこなせるが、その場合循環は発動させられない。真っ当な撃ち合いなら、遠距離戦のための技能を習得している他の魔法職に軍配が上がるだろう。

それにしても……蟻は慣らし運転には丁度良い感じだ。

恐れを知らないし数をたのみに攻めてくるが、それだけしかない。特に連携もしてこないので触れた所から倒していける火力さえあれば、寧ろ戦いやすくはある。

「モニカ! そっち抜けたぞ!」

「解ってる!」

フォレストバードの面々も、上手く防御結界を利用して、無理矢理結界に侵入しようとして動きの鈍っている蟻を各個撃破している。この調子ならさして苦戦もせず、遠からず撃退できるだろう。

「お、終わった――」

森から飛び出してくる蟻の群れが途切れ途切れになり、散発的になり、そしてようやく最後の一匹となり。

その頭部にロングソードを突き刺して動きを停止させたところで、フォレストバード達が地面に座り込んだ。

俺とグレイスはまだ余裕がある。

俺の方は循環で強化されているし魔力を体力に変換する手段もある。魔力が尽きない限りは体力もなくならない。攻撃に使っていたのは然程ランクの高くない魔法ばかりだったし。

立てた作戦は単純明快だった。俺とグレイスが前に出て蟻を潰して回り、フォレストバードが脇から結界まで抜けた蟻に対処する形で馬を守る。以上。

自分達は切り抜けられても馬が食われました、では困るのだ。今後の旅に差し障りが出るのは避けたい。

だから第七階級の光魔法、ディフェンスフィールドという半球状の防御結界を張る魔法を使って、迫ってくる蟻の動きを阻害しつつ攻撃役と防御役に分かれて対処という形を取った。

第七階級と言えば中級と上級の間ぐらいの魔法である。これを使ったのは端的に実力を示して見せる事で、俺がオフェンス役になるのを全員に納得してもらうためだ。

出し惜しみして逃げ回るような事をするぐらいなら戦って押し通ると決めている。群れとは言えキラーアント如きに背を向ける理由はない。

「今日は……色々信じられないものを見ました……」

「天才っているとこにはいるんだなぁ……」

……というような目を向けられてしまう事は許容しよう。

「テオドール様」

グレイスに名前を呼ばれて振り返る。

「よろしくお願いします」

「うん」

彼女の手を取り、指輪に触れて制限を元に戻す。少しグレイスがふらついた。思わず彼女の身体を支える。

「大丈夫?」

「――はい。相手が蟻でしたので、 酔う(・・) 事もあまり無くて、お見苦しい姿を見せずに済みましたから。空腹感もありません」

ほんの少し気恥ずかしそうにグレイスは頷いて、胸の辺りを押さえて大きく息を吐く。

……解放されていると生き物の血の臭いで、グレイスは酔う、らしい。今日も戦いの中で少し笑っていたけれど、あれは戦いの中で多少吸血鬼側に振れていたのだろう。

これをグレイスは「浅ましい」と呼んで、自分では好んでいないようだけれど。

ダンピーラである彼女の吸血衝動はこうやって呪具で抑えられるが、人間側に傾かせるという事は、衝動がそのまま人間側の感覚に――つまり空腹感に転換されたりしてしまうそうな。

グレイスの様子を注意深く見てみる。やや頬が紅潮しているがこれは動き回ったためだろう。先程まで軽々振り回していたはずの斧が重そうだ。

……怪我らしい怪我はないようだし空腹感も酷くないとなれば、グレイスに問題は無いかな? となると、後やらなくちゃいけない事は――。

「今日は――野宿かなぁ」

俺は空を見上げて言う。雨は降らなさそうで助かる。

「え? 急げば次の町までは何とか――」

それができない理由があるのだ。俺は彼らに言った。

「休憩したら――剥ぎ取りしようか」

俺の背後には、蟻の死骸が山のように積まれている。

魔物は特定の部位に魔力を溜め込んでいるから、素材として加工できるし、売ると金になるのだ。

つまり――キラーアントの顎は回収しなきゃね?

大丈夫だ。山分けである。そこは安心していい。

引き攣った笑みを浮かべながらも彼らはどこか嬉しそうに頷いた。反対意見が一切出なかった辺り、やっぱり彼らも冒険者である。

何とか日が暮れるまでに顎を回収し、蟻の死骸を焼き払って後始末を終えた。

夜間はウィスプやゴーストなど、比較的性質の悪い魔物に遭遇する確率が増えるため、強行するより結界を張り巡らせて朝まで待ってから出発という事になった。

戦いがあったその場で野宿するというのも色々嫌だったので、そこからもう少し街道を進んで、開けた場所で野営である。

しかし結界があっても夜盗の類には効果がないので見張りを立てないというわけにはいかない。

今日は特別という事で、体力に余裕のあるこちらが先に見張り番を請け負って、彼らには休んでもらう事にした。

どうせ日中は馬車で気楽に過ごせるのだから、このぐらいは問題ない。

というか、俺としては今晩のうちに魔法杖の様子をしっかり見ておきたかったのだ。戦闘中に何だか嫌な音を立てたからな……。

「うーん」

微細な亀裂が走っている。どうも循環させた魔力の過負荷に耐えられなかったらしい。

……実戦一回でこれである。やっぱり新品でも間に合わせじゃ駄目だという事なんだろう。

「何か問題ですか?」

焚火の明かりに翳して唸っていると、グレイスが首を傾げて尋ねてきた。

「ほら、これ」

「……ヒビが入っていますね。これは新品だったはずですよね?」

「杖が耐えられなかったみたいでさ」

と言っても、伯爵領ですぐに手に入れられる物の中では一番ましな部類だったのだ。

買い替える必要があるのだろうが、同程度の品質だと循環状態から中級魔法や上級魔法を撃ったら一発で砕けてもおかしくはない。

素手でも戦えるけど元々杖術系技能をメインにしていたし……本当、もっと良い杖が欲しいものだ。

「大丈夫です。タームウィルズできっと良い物が手に入りますよ」

「うん。だといいけどね」

「私もおりますので。それまではご無理をなさらないでくださいね」

「……グレイスこそ、頻繁に解放して大丈夫? 遠慮して不調を隠したりとかしないでくれよ?」

「それこそ心配いりません。戻した時の反動ぐらいしか私には負担がありませんし、たとえ反動が酷くても一時的なもので、長く引き摺るわけではないのです」

グレイスは少し首を傾げて、言った。

「今日は……何だか少し落ち着かなかったぐらいですかね」

「落ち着かなかった?」

「いえ。もう収まっていますよ。不快な感じはしなかったので、大丈夫だと思います。この体質との付き合いも長いですし」

ふむ……。その辺の事は今後もグレイスの様子を見ながら、かな。

火の揺らめきに照らされる端正な横顔を見ていたら、何だか嬉しそうな微笑みを向けられてしまった。