軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

347 古王イグナシウス

「まずは謁見の間で話をするとしよう。この広間では、魔物が入ってこないとは限らない」

ラザロはそう言って、謁見の間へと戻る。俺達もその後を追った。謁見の間に入ると、ラザロはこちらに向き直る。

「貴女の出自は伝えなくていいのかしら?」

「手合わせをしてしまって今更、という感じもするのですが……」

ローズマリーがミルドレッドに尋ねると、些か切り出しにくそうに苦笑した。それでもローズマリーに言われて伝えるべきと思ったのか、ミルドレッドは一礼してラザロに言う。

「改めまして自己紹介を。私はミルドレッド=カルヴァーレ。ラザロ卿の子孫にあたるとされる家系の者です。もっとも、私は分家筋ですが」

「子孫か。我はラザロの影ゆえ、先祖と名乗るのはややおこがましいが、承知した」

一礼するミルドレッドに、ラザロは頷いた。

「我も研鑽を重ねてきた。テオドールもそうだが、今の魔術師や騎士達の強さに驚いているところがあってな。それこそ――我が望んだことでもあるのだが」

そんなふうに言うラザロは、どこか楽しそうでもあった。

後の世の平和を望んだからこそ、ラザロは今こうしてここにいる。自分を超えていく者、超えようとする者というのは、ラザロにしてみると歓迎すべき相手なのだろう。

「故に――再戦はいつでも受け付けよう」

「では、いずれ必ず」

ミルドレッドは胸に手を当て、戦意に満ちた表情で応じる。

ラザロとの差や違いを感じて、これから明確な目標を定めて修行に打ち込むわけだから……ミルドレッドの性格と技量を見る限り、腕を上げるのだろうなとは思う。それもまた、ラザロにとっては喜ばしいこと……だろうか。

「ん。誰か、来る」

と、シーラとイルムヒルトが謁見の間の入口へと振り返る。階段を登ってくるその人物が、視界に入る。その人影の姿を認めたラザロは臣下の礼を取った。

正面からその人物が堂々と入ってくる。恐らくは城砦前の石碑から転移してきたのだろう。過去の――ヴェルドガル国王。その、影か。いや、しかしこれは……。

「お目覚めになられましたか、我が主」

それはリザードマンに似て非なる姿と言うべきか。翼と尾を持ち、2足で歩く……人の姿に近い竜であった。竜と言ってもさほど大きくはない。エベルバート王やザディアスが変化した姿とも似ているが、また違う。長い顎髭を生やし、ローブに錫杖という出で立ちが何やら柔らかい印象を与えているのが大きな違いと言うべきか。

「よい。楽に致せ。儂は王の影に過ぎぬ。敬われるほどのものではない」

と、臣下の礼を取る俺達に竜人は笑う。

「本来ならば儂が目覚めるのはもう少し先――封印の扉の解放と同時となったのであろうが……此度は何やら騒がしいようであるからな」

ふむ。封印を施した当事者だし、他の精霊殿で起こっていた出来事を何らかの手段で感知可能だったとしてもおかしくはない。そのせいで早く目を覚ましたというわけだ。

「まずは自己紹介をすべきよな。儂はイグナシウスと呼ばれた王の影。この姿は――竜のホムンクルスにイグナシウスの意識を移した物、と考えてくれればよい」

……竜のホムンクルスときた。ラザロのことも踏まえて考えるなら――水竜のペルナスとインヴェルから材料の提供を受けて作った魔法生物に、イグナシウス王の意識を移した影なのだろう。

「テオドール=ガートナーと申します。メルヴィン陛下より異界大使として任ぜられ、迷宮と魔人に関することを一任されております」

「ほう……。これはまた思い切ったものよ。ラザロが道を開けたということは、間違いのない人選なのであろうが」

「テオドールは我を退けております。魔力循環を用いる魔術師。その力の程は高位の魔人にも匹敵するかと」

「もしや……あの魔術師達に連なる者ということかな?」

「そのようです。一応、子孫ということになるのでしょうか」

「なんたる奇縁よ。では、生前のイグナシウスとは遠い遠い親戚ということになろうか!」

その言葉にイグナシウスは目を見開いた後、楽しそうに大笑した。

どうやら……かなり豪快な人物のようである。聞きたいことは色々あるが――まずは皆の紹介を済ませてしまおう。

「結局――人の身や人の精神というのは永劫の時というものには耐えられぬということよ」

イグナシウスは自身の姿について、そんなふうに説明した。人が単に長命になるだけなら幾つか方法がある。

例えば吸血鬼になるといった方法なら不死化するのは手っ取り早いだろう。ザディアスの目指した魔人化もそうだ。不老不死をザディアスが夢見たなら、そこに力もついてくる魔人化は魅力的に映っただろう。しかしイグナシウスとラザロは、最初から目的が違う。だから自分の一部だけを残すことを選択した。

「後世に儀式を伝える役は必要。しかし野心や変心は不要と儂は考えた。そこで考えたのが竜に極めて近い器というわけじゃな。何十年という眠りを可能とし、悠久の時を経ても朽ちぬ身体を持つ。何より、人とは全く違う姿をしておるというのが良い。なまじ、人の姿をしておるからいらぬ欲が出るのだ」

人の姿をしているから人を支配しようとする……と。それは……一理あるかも知れない。心の変容や野心の発露で後世に害を及ぼしてしまう可能性を恐れたわけか。

確かに名君と称えられた王が不死であるなら周囲が担ぎ出してもおかしくはないし、本人が野心を抱くのも有り得る話だが……その姿が竜であるならまた事情が変わってくるだろう。

「我に関しては、イグナシウス様と同じ方法を取るには素材不足でな。別の方法が取られた」

「儂への忠義立てなど……生きている間だけで充分であろうに」

イグナシウスは嘆息すると、小さく笑って首を横に振った。

「心が耐えられないというのは――月の民も同じ意見でしょうね。私にも永い時間を経ても変わらないようにと、策が講じられているわけだし」

「迷宮の主……。水竜のペルナスやインヴェルから多少の事情は聞いておりますぞ。人を避ける貴女と迷宮に、更なる負債を押し付けてしまったことは謝らなければなりますまい」

「いいわ。きっと目的は同じだから。人目を避けていたのも、少し前までの話だし」

クラウディアは目を閉じる。その言葉に、イグナシウスは静かに頭を下げた。

イグナシウスは敢えてクラウディアに接触しようとしなかったのだろう。まあ、会ってしまえば挨拶をしないというわけにもいかないのだろうが。

しかし……竜の魔法生物に、七賢者の関係者である魔法技師の王妃ね。

「もしかして、この杖をご存じではありませんか?」

と、イグナシウスにウロボロスを見せてみる。イグナシウスは興味深そうにウロボロスを手に取って眺めていたが、やがて首を横に振った。

「残念ながら分からぬな。竜を模した魔法生物を組み込んだ魔道具か。儂の妃からそう思ったのかも知れぬが……力になれず済まなんだな」

「いえ。少し気になっただけのことで、それほど大事なことではありませんので」

んー。空振りか。ウロボロスの由来が分かるかと思ったのだが。

イグナシウスが知らないだけで昔の王妃が作ったという可能性が無くなったわけではないが……当人であるウロボロスは静かにしているし、その推測は違うのかも知れない。視線が合うとウロボロスは小さく喉を鳴らした。

まあ、こちらは空振りだったが当時のことを色々と知っていそうだし……魔人や七賢者についての話が聞けそうではあるな。

「炎熱城砦で長話というのも些か辛いものがあるわ。まずはタームウィルズに飛び地を作って、多少の融通が利くようにしたいのだけれど」

と、クラウディア。

「ラザロ卿にもお話をしたことなのです。影として迷宮にのみ縛られなければならない理由もないだろうと。僕はクラウディアとも、いつか必ず迷宮から解放すると、そう約束していますので」

「ほっ。我等にも手を差し伸べようと言うか。中々愉快な御人よな」

俺達の言葉に、イグナシウスは愉快そうに笑うのだった。