軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

345 武人の夢

朝。身体を解す意味合いで軽い訓練を行って、朝食をとってから少し休んでいるとミルドレッドがやってきた。玄関ホールでミルドレッドを出迎える。

「おはようございます、ミルドレッド卿」

「おはようございます。今日はお世話になります、大使殿」

そう言ってミルドレッドが一礼してくる。

「いえ。どうぞこちらへ」

まずはミルドレッドを応接室へ案内する。

「炎熱城砦について詳しいことはご存じでしょうか?」

「冒険者達の知る噂話程度には。しかし話に聞くのと自ら見るのとでは大違いでしょう。無理を言って同行させてもらう以上、迷宮では大使殿の指示に従います」

ミルドレッドとしては不慣れな場所であるためにこちらに従うという方針らしい。

騎士団長という肩書きに気負わず拘らないあたり、メルヴィン王からの信頼が厚い理由も分かる気がする。

「では、まず炎熱城砦の対策装備が何点かありますので、それを身に着けて説明させていただければと思います」

「分かりました」

ということで、アルフレッドから預かっていた魔道具や装備をミルドレッドに渡す。冷却の魔道具と、ファイアーラットの毛皮で作った外套だ。

「なるほど。これで鎧を着ていくこともできると」

「そうですね。火傷することはなくなると思います」

炎熱城砦はどこも高温であるために、金属鎧などを対策せずに身に着けて行くと、高温になった金属鎧で逆に火傷を負ってしまうことがある。なので最低限冷却の魔道具を用意してやる必要があるわけだ。

というわけで魔道具の使い方や炎熱城砦での諸注意などをミルドレッドに伝えておく。

「分かりました」

ミルドレッドは真剣な面持ちで頷く。首飾り型の魔道具をかけて、ファイアーラットの外套をサーコート代わりに鎧の上から羽織る。

準備が整ったところで応接室を出た。玄関ホールではグレイス達も炎熱城砦に向かうための準備を整えていた。

「こちらの準備は整っています」

「うん。それじゃあ出ようか」

ホールの壁に立てかけてあった大剣を手に取る。

「それがラザロ卿の大剣ですか」

「はい。興味がおありでしたら手に取って見てみますか?」

ミルドレッドが興味深そうに見ていたので少し預けてみると、彼女は僅かに鞘から抜いて刀身を見た後、元通りに鞘に収めて目を閉じた。

「なるほど。相当な業物ですね」

そう言って大剣を返してきてからミルドレッドは静かに一礼する。

そのまま準備を整えて、家を出る。

「では行ってきます」

「いってらっしゃいませ、旦那様」

「怪我をせんようにな」

「気をつけてね」

と、セシリア達使用人や、ジークムント老達、フローリアに見送られて馬車に乗り込む。

「……やはり、伝説の騎士は特別ということなのかしらね。他の騎士ならいざ知らず、あなたが同行を希望するとは思わなかったわ」

ローズマリーが言うと、ミルドレッドは苦笑した。

「確かにローズマリー様がそう仰られるのも分かります。今まで周りは周りと分けて考えて、自らの研鑽と与えられた仕事の達成に努めてきたところはありますから」

冒険者ギルドの副長オズワルドはミルドレッドに対して地味な戦い方を好むと言っていたか。

炎熱城砦に降りてからの方針といい、堅実さを信条としている部分はあるのだろうが。ローズマリーは以前、騎士団にも目を向けていたからな。ミルドレッドにしては珍しい行動と思っているのだろう。

「私とて、迷いが生じることもあるのです。ラザロ卿に会ってどうすると決めているわけではありませんが……そうですね。或いは私は目指すべき道標が欲しいのかも知れません」

「なるほど……」

ミルドレッドの言葉に、ローズマリーは目を閉じて頷く。ミルドレッドの返答は、ローズマリーを納得させるものであったらしい。

道標。騎士団を預かる者としてか、1人の騎士としてか。

聞いた話によるとミルドレッドの家は、本家の後嗣にはあまり剣の才能がなく、それで小さな頃から頭角を現していたミルドレッドに期待が集まった部分もあったそうだ。

ミルドレッドについては……父親も本家の当主も早々に飛び越え、ヴェルドガル王国でも五指に入る剣の使い手と言われた天才剣士ということだった。政治力はあまりないが、実直で実力は抜きん出ており、騎士達からは慕われる……と、そういう人物評だ。

その点で言うなら、ラザロは確かに彼女の道標足り得るのだろう。ミルドレッドの祖先にして伝説の騎士。自分の技術や騎士としての在り方。

過去のヴェルドガル騎士と今のヴェルドガル騎士。ミルドレッドにとって比較して我が身を省みるにはうってつけの相手、と言えるのかも知れない。

入り口の石碑から炎熱城砦へと飛ぶ。場所は前回に引き続き、ラザロと戦った城砦本丸の城門前だ。

流れる溶岩と、天井を覆う炎熱結晶。それらの放つ赤々とした熱に照らされた荒れ果てた庭園と、眼前に聳える無骨な城砦の門。見た目からして強烈な空間だ。

ラザロは……いないようだ。まあ、ラザロとてずっとこの城門前に待機しているわけではないのだろうが……ラザロがこの場所に組み込まれているなら、俺らが来たことにもすぐに気付くだろう。

「まず、周囲の安全の確認。それが終わったら祝福と魔道具の効果の報告」

石碑の周りは安全が確保されている。庭園の向こう側にいる魔物もここまで近付いてはこないだろうが、念のためだ。

「ボムロックらしき岩は……無いようですね」

「テフラ様の祝福も働いています」

「象の姿も、ない」

指示に従い、みんなが手早く状況を確認していく。マルレーンも俺を見て頷いた。

ブロデリック侯爵家で貰った片眼鏡をキマイラコートのポケットから取り出して周囲を見渡してみる。かなり離れた場所にある岩のいくつかが、ぼんやりと魔力を帯びているのが見えた。

……ボムロックの判別も付くと。

「私も魔道具と外套のお陰で当分は問題無いと思います。聞きしに勝る光景に圧倒されているところではありますが……」

言葉とは裏腹に、自然体に見えるミルドレッド。

「懸念だったボムロックは、この片眼鏡で見分けが付くようになりました。これならば探索もしやすくなりますが……テフラの祝福で活動しやすくなっている僕達とは若干条件が違うことを念頭に置いてください」

「はい。体力の消耗を感じたらすぐに申告します」

ミルドレッドの言葉に頷き、城門へ向き直る。

「では――」

解放状態のグレイスとイグニスが城門の左右に手をかける。そのまま力を込めていくと、重厚で巨大な門が奥へと開け放たれていった。

無骨な印象は城砦内部に入っても同じだ。石造りの城砦。入口を入ってすぐの場所は広間になっており、正面に大きな階段、左右に広々とした通路が続いている。階段の両脇に巨大な石像があるが……これは単なる装飾か。片眼鏡で見ても魔力は感じない。階段を登ったところにまた大きな扉。普通の城ならば謁見の間に当たる場所だろうか。

「ソリッドハンマー」

まずは土魔法で岩を生み出し、探知したボムロック目掛けて飛び込んで叩き付ける。次。動き出す前にボムロックを砕いて回る。

ふむ……。片眼鏡自体も装着中は魔法で固定されているらしい。ボムロック破壊の際に多少動いたが、全く外れるような様子が無い。

「……良し。これなら問題ないな」

想像以上に便利だな、この魔道具は。

バロールも肩に乗せて、いつでも発射できるように魔力を補充しておこう。

「どっちに進む?」

「それじゃあ……城砦の上を目指していこうか。まず、正面の扉から確認して、奥へ行けそうならそっちに進もう」

順路は変化するのだろうが、それでも城主がいる以上はその場所については基本的に上を目指していくのが正解だろう。城砦周辺の結界も上空からの侵入を拒むように張られていたし。

「敵がいるような臭いは――感じられない。音もしない」

「同じく私も感じないわ。でも私の探知はここではあまり利かないから」

シーラとイルムヒルトの言葉に頷いて扉を開く。魔物が押し寄せてくる可能性もあったために身構えていたが……静かなものだった。

赤い絨毯が奥へと続く。白い柱の立ち並ぶ広々とした部屋の奥はピラミッド状に高くなっていて、その上に玉座らしき立派な椅子が見える。やはり、謁見の間か。

そして――柱の前に立つ人影が1つ。エレファスソルジャーから奪った大剣の柄頭に手を置いて直立不動で佇む、銀色の鎧を纏った騎士の姿。

「ご無沙汰しています、ラザロ卿。約束通り、剣を返しに来ました」

「来たか、テオドール」

ラザロはこちらに向き直る。兜の下で、少し笑ったようだった。

ラザロの前まで歩いていき、大剣を渡す。

「確認しても?」

「勿論です」

「では――」

答えるとラザロは長大な剣を抜き放ち、刀身の様子を見る。闘気を込めたりと様子をみていたが、やがて頷いて剣を鞘に収める。

「見事なものだ。これを修復した者はひとかどの鍛冶師と見える」

「そう伝えておきます。きっと喜ぶと思いますよ」

「正直なところを口にするならば、象兵達の剣は使い捨てにするしかない酷い代物でな。その分、調達に苦労はしないが」

と、苦笑する。それからミルドレッドを見て、言った。

「ところで、前回は見なかった顔触れが混ざっているようだが」

「ミルドレッド卿です。僕から説明するより、彼女の口から話してもらったほうが良いかも知れません」

俺からの紹介は最低限に留める。ミルドレッドは一歩前に出て敬礼した。

「お初にお目にかかります、ラザロ卿。ミルドレッド=カルヴァーレと申します。此度は私の我侭で、異界大使テオドール卿に同行を許していただきました」

「……その作法。ヴェルドガル王国騎士団の者か」

ラザロは興味深そうにミルドレッドを見やる。ラザロも大剣。ミルドレッドも大剣。同じような武器を持つ2人だが……これは恐らく偶然ではないだろう。

「騎士団の大剣使いか。我の代より時は流れたのだろうが、騎士団の者達の持つ業がどのように変化したのかには興味がある」

ラザロにとってはそれこそが生きた証のようなものだろうしな。

「かの高名な騎士、ラザロ卿には私の剣舞などお目汚しでありましょう。しかし……許されるのならば、一手御指南いただければ望外の喜びと存じます」

「決闘や殺し合いでないのならば、それはヴェルドガル王家に仕えた騎士として拒む理由などない。しかしここは謁見の間。場所を移しても構わぬかな?」

「勿論です」

2人は示し合わせたように頷き合うと、謁見の間を出て階段の下の広間で対峙する。前時代的だが、分かりやすい2人だな。

「ほう……」

ミルドレッドの構えを見た瞬間、ラザロは楽しそうな声を漏らした。

「我が剣が流派として残っているか」

「故に――私はここに来ることを望んだのだと思います。歯に衣着せずに申すのならば、開祖と剣を交えたいと望むは全ての武人にとっての夢でありましょう」

「違いない」

ミルドレッドの言葉に、ラザロは愉快そうに笑った。俺と戦った時は自然体だったラザロが――対峙するミルドレッドと全く同じ構えを見せた。