軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

327 東国の記憶

天井から吊るされた魔法の照明が、暖かい色合いで母さんの家の食卓を照らしている。木製の大きなテーブルをみんなで囲み、その上に伯爵家の使用人が持ってきた料理が並ぶ。白パン、サラダにシチュー。パスタに七面鳥の香草詰めと川魚の塩焼き。そして母さんの家に実っていた果実も収穫してきたので食卓に並べられている。

「かなり甘い。美味しい」

果実を口にしたシーラが感想を述べる。

黒というか、濃い紫色をした 無花果(いちじく) の実だ。

要するに母さんの家は無花果の巨木である。木魔法で成長を促進させたり内側に居住スペースを作ったり……母さんは色々手をかけたのだろう。

「収穫には良い時期でしたね。もう少ししたら鳥に食べられてしまうところでした」

「これだけ甘いとジャムにしても良さそうですね」

「昔は作っていましたよ。後でジャムにして持ち帰りましょうか」

アシュレイの言葉にグレイスが微笑む。

「この実は魔力を含んでいるようね。恐らく魔法薬の材料にできるわよ」

ローズマリーが無花果を口にして感心したような声を漏らす。

「んー。昔は気付かなかったけれど、そうかもな」

テフラの温泉やノーブルリーフで育てたカボチャと同じだな。自然治癒能力を高めたり魔力を補給する効果があるといったところか。

「この分では……力ある木の精霊として目覚めるのも時間の問題ではないかな?」

肩にセラフィナを乗せたテフラが楽しそうに笑う。

「精霊が力を得て顕現しそうな条件は満たしているわね」

と、クラウディアが目を閉じて静かに笑う。……有り得る話だ。精霊であるテフラの言葉だけに信憑性が高いというか。核となる象徴的な大樹があり、それに対してみんながイメージを抱くことで精霊が顕在化すると。

夕食は宴もたけなわといったところだ。果実酒を口にしたハーピーのドミニクが窓辺に座って陽気に歌を歌いだす。和気藹々とした食卓であった。

「精霊……出てきたら素敵ね」

ステファニア姫の言葉にマルレーンが嬉しそうに頷く。

「浴室も星空が見えるようだし、この家は楽しいわ」

「客室からの眺めも綺麗だったわよ。天窓があって」

「寝台が足りないのでしょう? 湖畔に停泊させた船で1泊というのも良いかなと思っていたけれど……なかなか迷うわね」

といった調子で真剣な表情で相談しているステファニア姫とアドリアーナ姫である。まあ……ステファニア姫とアドリアーナ姫が全力で旅を満喫しているのは良いとして。

人数が多いので母さんの家だけでは収容し切れない。雑魚寝になってしまう者が出てくるということで、夜間警備も兼ねてシリウス号に誰かが宿泊するという話になっているのだ。

この後話し合って誰が泊まるかを決めようということになっているが、ステファニア姫とアドリアーナ姫はどっちも捨てがたいと迷っている様子である。

「それでしたら、ブロデリック侯爵領へ向かう日をずらすというのはどうですかな?」

と、それを聞いていたマルコムが提案する。

「ブロデリック侯爵のご予定は大丈夫なのですか?」

「1日ずれる程度ならば全く問題ありませんぞ。というより、飛行船の速度が分からなかったのでいつ到着してもお迎えできるようにと準備させております」

んー。ブロデリック侯爵にしてみると飛行船の速度が分からないからある程度融通が利くようにしてあるわけか。なるほど。

「では……お言葉に甘えて、出発を少し遅らせることにしましょうか」

少々の予定変更だが……少し母さんの家で過ごす時間が長くなるだけだ。こちらとしても問題はあるまい。マルコムがそう言ってくれた以上、気遣いを無にしてしまうほうが失礼になってしまうだろう。

「……さて。すっかり長居してしまった。遅くなる前に、私達は屋敷へ戻るとしよう」

そろそろ戻る頃合いと見たか、父さんが静かに立ち上がる。

「ガートナー伯爵、美味しい料理を感謝します」

「勿体ないお言葉」

「道中送っていきましょう」

ステファニア姫と挨拶をかわし、戸口へと向かう父さんに続く。

「それは心強いな」

と、父さんは苦笑するのであった。

「はぁ……」

湯船に肩まで浸かり、星空に向かって立ち昇っていく湯煙を見上げて大きく息をつく。

父さんとマルコムを伯爵家へと送り届け、戻ってきて風呂に入っている。

母さんの家の風呂場は湯船に浸かったまま星空と遠景を見ることができるのが特徴だ。高所から湖が見えるので、昼間に入ってもまた眺めが綺麗だったりする。

今は――湖のほとりにシリウス号が停泊しているのが見えるな。夜でも白い船体は目立つというか。

「失礼します」

寛いでいると脱衣所で湯浴み着に着替えたグレイスが入ってきた。今日は一緒に風呂に入るのはグレイスという順番である。

白い肌と湯浴み着が魔法のランタンによってぼんやりと照らされている。艶やかな金色の髪と青い瞳が光を反射して煌めいているように見えた。

んん……。相変わらず破壊力の高い湯浴み着だ。グレイスも最近発育がというか何というか。

……うん。あまり考えないことにしよう。

「手伝うよ」

「ありがとうございます」

大きく空いた背中の部分を洗って桶でゆっくりと湯をかける。

髪を洗って、グレイスと一緒に再度湯船に入って……湯の温かさに静かに息をつく。

「星が綺麗ですね」

「うん」

空気が澄んでいるから星空はとても綺麗だ。夜空一面に広がる、星々。魔法の明かりを落としてやると、更によく見える。

静かな水音が耳をくすぐる。階下から小さく聞こえてくるイルムヒルト達の演奏と虫達の鳴く声が、余計に夜の静けさというか、穏やかな雰囲気を増しているように思う。

「こうしていると、懐かしいです。リサ様やテオと一緒にお風呂に入ったことを思い出します」

「それは……あまり憶えてないな……」

「テオの小さかった頃のお話ですから」

と、グレイスは月明かりの下で微笑みを浮かべた。それから、僅かに遠いところを見るような目をした。だから、ふと尋ねる。

「グレイスは……東に行くのは大丈夫?」

「ブロデリック侯爵領ですか? 大丈夫ですよ。今にして思うと、ヴェルドガル王国に入ってからはずっと人里から離れて逃げていましたので、この国で特に何かがあったわけでもありませんし」

グレイスが俺や母さんと初めて会った場所はガートナー伯爵領の森だが……逃げてきた場所はもっと東からだ。グレイスが母さんに会う前に色々あったのは国外での話となるわけだが……。

グレイスも幼かった頃なので記憶は些か曖昧とのことだが、西に向かって逃げていたそうである。

「父は吸血鬼でしたが、母を逃すために吸血鬼達と戦い――それで命を落としました。私は小さかったので父のことはほとんど覚えていませんが……母に手を握られたまま消えていった父の記憶だけがあります」

……ガルディニスと戦った時に出会った吸血鬼――ヴァージニアもグレイスに対して随分と敵意を燃やしていたな。吸血鬼にとって混血の子は敵で、それを守ろうとしたグレイスの父も裏切り者という扱いをされてしまった、ということなのだろう。

「ごめん。辛いことを思い出させたかな」

そう尋ねると、グレイスは首を横に振って微笑む。

「いいえ。心配してくれているのは分かりますし……嬉しいです。今はテオもみんなも、いてくれますから」

「……ん。そうだな」

「はい」

そう言って、寄り添うように軽く身体を預けてくる。

グレイスの肩越し、頭に手を回して引き寄せる。柔らかい髪の感触とグレイスの体温。

グレイスは母親と共に山中に隠れ住んでいたが……やがて人里にその存在を知られ、家を追われた。

混血であっても、或いはタームウィルズなら受け入れてもらえるかも知れない。グレイスの母親はそれを希望に西へと向かっていたそうだ。

結果としてはグレイスは母さんと出会い、父さんが呪具を条件にグレイスを領地に置いてくれたわけだから、選択として正解だったのだろう。

それに加えて今の状態を考えるなら、メルヴィン王もグレイスがダンピーラであることを知ったうえで騎士爵位を与えている。それは吸血衝動という問題さえ解決されるなら、ヴェルドガルは受け入れるという回答に他ならない。

メルヴィン王が掲げている方針も、俺個人としても……。そして異界大使という立場から見た場合でも、その目的は一致している。グレイスを守るための環境は整っていると言える。

だからもしも……グレイスにとってその出自や過去から害が生じるようなら。そして吸血鬼が敵に回るのなら。それらも俺が受けて立つだけの話だ。

見上げれば黄色い月が夜空に輝いていた。穏やかに微笑むグレイスと寄り添ったままで、夜は静かに更けていく。