軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

284 父と祖父と

竜籠には父さんとケンネル、カミラとその父、最低限の使用人。そして他にも乗ってきた者がいる。ダリルとキャスリンだ。

「テオドール様」

ダリルから呼び掛けられ、視線を合わせると2人は静かに俺に頭を下げてきた。

「こんにちは、お二方とも」

「お久しぶりです」

キャスリンの外出に関しては――父さんから意見を求められて俺が承諾した。

父さんからの連絡によれば、母さんの血縁者がタームウィルズに来ているということでキャスリンも頭を下げに行きたいと言ったそうだ。ダリルに関してはキャスリンの付き添いかも知れないが……。

母さんの出自については詳しいことを話していないし話せないところはあるが……キャスリンから謝りたいというのは、あれから更にキャスリンの心境に変化があったということなのかも知れない。

2人と挨拶を交わしている間に日が暮れて、急速にあたりが暗くなってきていた。

周囲の変化を目にしたカミラがエリオットに頷く。もう大丈夫ということなんだろう。

「では行きましょう。護衛します」

みんなが竜籠に乗り込んだところで、引き続きエリオットと共に竜籠の護衛開始だ。

暗視の魔法を使って周囲を見回しながらタームウィルズまで護衛していく形になる。

「父さん、タームウィルズに到着してからの予定を話しておきたいのですが」

父さんの乗る竜籠の隣を飛び、窓越しに話をする。

「うむ」

「家の改築をして人を雇いました。夕食の準備を進めていますし、そのまま全員での宿泊が可能です。別邸にいきなり向かうというのは、慌ただしくなってしまうと思いますので」

「改築……。承知した。使用人達には、明日以降別邸に向かうということで連絡をしておこう」

前回タームウィルズに来た時に父さんは俺の家を少し見ているが……まあ、かなり見た目には変化があるかも知れない。

「私達は……街で宿を探そうと思っていたのですが」

と、カミラが言う。

「今はエリオット卿も滞在しています。僕達の使用している母屋と、客を迎える棟は別々になっているので……差し支えなければ遠慮なく滞在していってください。夕食の準備も進めていますので」

そう言うと、カミラとその父は笑みを浮かべた。

「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」

「……夕食の前に、ジークムント殿にお目通り願えるだろうか。まずは私1人でお会いしたい」

父さんが尋ねてくる。キャスリンがどう思っているにしても、父さんとしては責任は自分にあると思っているのだろう。

「分かりました。話をする場はこちらで用意します」

「すまんな、テオ」

通信機でセシリアやミハエラと連絡を取り、家に到着すればすぐに話ができるよう段取りを進めておく。

タームウィルズまでの道中は順調だった。監視塔に挨拶を通し、そのまま俺の家に誘導する。

「改築……。まるで別物になっているのだが……」

「隣の家も買って組み込んだと言いますか。あちらの棟の中は昔の家が残っていますよ」

上空から俺の家を見て父さんが怪訝そうに言ったので、家の説明をしながら、中庭に竜籠を降ろす。

「それじゃあ、リンドブルム。また明日な」

みんなを降ろしたところでそう言うと、リンドブルムは一声上げて、竜籠ごと王城に引き上げていった。そこにセシリアがやってきた。

「おかえりなさいませ、旦那様」

「準備はできてる?」

「はい。万端整えてございます」

セシリアが静かに頷く。

「では……父さん。こちらへ」

ジークムント老には応接室で待ってもらっている。父さんは頷くと俺の後ろについてきた。

「他の皆様方はこちらへ。夕食までまだお時間がございますので、少々お待ちください」

セシリアがケンネルやキャスリン達を家の中へと案内する。まあ……あちらは任せておこう。キャスリンはかなり緊張しているようで、寛ぐどころではなさそうだけれど……。

中庭から家の中に入り、玄関ホールの近くにある応接室へと父さんを案内する。

「お祖父さん、いらっしゃいますか?」

「うむ……」

扉をノックすると中からジークムント老の返答があった。入室するとジークムント老が立ち上がり、咳払いする。

「お初にお目にかかります。ヘンリー=ベルディム=ガートナーと申します」

父さんはジークムント老を見ると、最敬礼でそう名乗った。

「……シルヴァトリアより参った。ジークムント=ウィルクラウドと言う。パトリシア……こちらではリサと名乗っているのじゃったな。リサの、父に当たる」

どちらの声にも……緊張があった。

「もう1人、パトリシアに妹分として可愛がられていた者が来ておってな。その者にのみは、此度の顛末を話すが構わぬかな?」

「勿論です」

父さんはそう言うとおもむろに床に膝をついて、ジークムント老に頭を下げる。

「真に――申し訳ありません。今日の事態は、全ては私の至らなさが招いた結果です。パトリシアにも貴方にも、合わせる顔がありません」

ジークムント老はその言葉を受けて、しばらく無言でいたが、やがて目を閉じて息を吐き出してから、重々しく口を開いた。

「面を上げられよ、伯爵殿。子息の前で父親が、そのような姿を見せるものでもありますまい」

「……しかし……」

「良いと言うに」

ジークムント老の言葉。沈黙の後で父さんが言う。

「……私は……あんな結果になる前に、もっと何かができたのではないか、リサ……パトリシアに対して……もっと何かをしてあげられたのではないかと……。あの日、魔人に対して剣を向けることさえできなかった、私自身を他の何よりも許せないのです。何故……あの場にいられなかったのかと……」

父さんのその言葉に、俺も目を閉じる。父さんの独白と悔恨。それは俺にさえ明かさなかった言葉だ。

だけれど知っていた。父さんが悔いていることぐらい、分かっていた。

沈黙が落ちる。ジークムント老が口を開きかけた時、ノックの音が響いた。

「どうかお願いです。わたくしにも……話をさせてください。あの人のことなら、わたくしにも責任があるのです」

それはキャスリンの声だった。

「キャスリンに責任は……。責任は全て私にあります」

父さんは言うが、ジークムント老は静かに答える。

「細君を庇う気持ちは分かった。どちらの責任とも思わぬが、話は聞こう」

キャスリンは部屋に入ってくると、父さんと同じようにジークムント老に頭を下げる。そうしてガートナー伯爵家と、ブロデリック侯爵家の話をする。

「後になって約束を反故にしたのは……わたくしと、その父なのです」

……先代ブロデリック侯爵の代の、政略結婚の話だ。

母さんが冒険者時代に父さんと出会って……それから先代伯爵と先々代侯爵との間で取り交わされた政略結婚の話が舞い込んで。そして父さんはキャスリンと結婚することになった。

約束。それは後で母さんを伯爵の屋敷に迎えるという話だろうか。

「わたくしは……最初からあの人が眩しくて、怖かった。わたくしにない何もかもを持っている人だと、そう認めるのも怖くて……」

眩しくて怖かった……。キャスリンの口から、母さんについてどう思っているのか聞くのは、初めてかも知れない。

母さんが眩しくて。だから身分に縋った。身分に縋って、貴族でないから屋敷に入れさせたくないと働きかけた。それが……約束を反故にしたということなのだろう。

その後は、先代ブロデリック侯爵がキャスリンを操ろうとした。

父さんを裏切っているという後ろめたさや、母さんへの自責の念から逃れたくて……その弱さゆえに歪んでいったということだろうか。

「ですから……あの人のことについては、わたくしに責任が……。わたくし……わたくしはそれだけでなく、テオドールにさえ酷い仕打ちを……」

「じゃが……それをお主は、今悔いているのであろうが。……あの時ああしておればと、悔いて己が許せないのは、儂も同じじゃ」

キャスリンの言葉にジークムント老は首を横に振ると、天を仰ぐようにして自嘲気味に笑う。

「妾でなく、妻としてパトリシアを屋敷に迎え……或いはタームウィルズに身を置いておったかも知れぬ。そうすれば魔人の襲撃を知らずにいるか、そうでないならば……お主らを伴って死睡の王と戦うかじゃろうが……そうはならなんだ」

父さんがあの場にいたとして、何かが変わるわけではないだろう。キャスリンが約束を守ったとして、あの日の戦いが起こらなかったかなんて、分かるはずもない。

「恨む気持ちが、無いと言えば嘘になる。しかし……テオドールと話をしてのう。魔人と戦い、愛する者を守ったパトリシアのことで誰かを責めるのは、あの娘の心を蔑ろにすることではないかと思ったのじゃ」

そう言ってから、ジークムント老は目を細める。

「ゆえに、儂はお主らを責めぬ。2人とも面を上げて立ちなされ」

ジークムント老の言葉に、父さんとキャスリンは遠慮がちに立ち上がった。

「儂からは、もう問わぬ。お主らの言葉は確かに聞いた。その言葉だけで儂には足りた」

自分も後悔を抱えるがゆえにだろうか。ジークムント老の目を見て、父さんとキャスリンは頷いた。

父さん達が退出していき……それから近くの部屋で待っていたヴァレンティナのところへと向かった。

今回の顛末をジークムント老と俺の口から語って聞かせるためだ。2人の言葉を伝えると、ヴァレンティナは静かに口を開く。

「……分かったわ。ジークムント様やテオドール君が責めないのなら、私もあれこれとは言わない。後悔と言うなら、私だってそうだもの」

……そうだな。それは俺とて同じだけれど……。少し、話題の方向性を変えるか。

「母さんの冒険者時代の友人を知っていますが……その方は母さんのことで父さんに文句を言ったことがあるそうですよ」

「そうなの?」

「ええ。悔やんでいるのが分かったから意味がなかったと、その人も言っていました」

「……そうね。私の代わりに言ってくれたみたいなものね」

ヴァレンティナは小さく苦笑する。

その当人であるロゼッタに通信機で連絡を取ってみる。ヴァレンティナのことを伝えると、今から行ってもいいかと返事があった。勿論構わない。食事は少し余裕があるように作っているという話だし。

「その方も……今日の夕食時に現れると思います」

「パトリシアの話もしてもらえるかしら」

「そうですね。後で思い出話などしましょうか」

「お互いの知らぬことを、というわけじゃな」

「――ええ」

母さんも賑やかなのは嫌いじゃないし、昔話に花を咲かせるほうが……きっと喜んでくれるはずだ。