軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

272 男爵家の事情

「アシュレイ、少しいいかな?」

エリオットと共に船室に向かい、アシュレイに声をかける。

「なんでしょうか?」

「シルン男爵領のことで話があるんだ」

エリオットがそう告げると、アシュレイは真剣な面持ちで頷いた。

「エリオットさんが、少し心配してるんだ。自分が帰ったら家督絡みのことで騒動が起きないかって。だから今の段階で話をしておく必要があるかなと思って」

「確かに……そうですね。今まではシルン男爵家には無縁な話と思っていましたが」

アシュレイの気持ちを離れた部分でシルン男爵領の領主の話をするのなら、エリオットが領主となるのを歓迎する者も多いだろう。本来の後嗣で長男。領主となるのも順当なところと言える。

ただ、アシュレイやシルン男爵領が少し特殊な点も考慮しなければいけない。というのも、以前怪我をした冒険者を迷宮入口のところで治療したことで冒険者からの人気が上がっているようで……かなりシルン男爵家に対して好意的なようなのだ。

タームウィルズから口コミで広がって、シルン男爵領に来ている冒険者達にもアシュレイに対する好印象からかなり協力的であるようだ。

シルン男爵領近くの森は若干魔物が多い難所ではある。冒険者達の協力は引き続きかかせない場所ではあるし、シルン男爵領の方針と噛み合っている。

ブロデリック侯爵領の立て直しという観点からも、シルン男爵領の安定はヴェルドガルとしては後押ししていきたいところがあるだろう。

まずはアシュレイの考えを聞くことからだな。3人で再度甲板に出て話を続けることにした。

「私が帰ることでシルン男爵領にもそれなりに波紋が広がるとは思う。しかし私達が話し合い、意志統一がなされていれば後になって揺らぐこともないし、家臣達も滅多なことは言わないだろう。だからこそアシュレイの考えをはっきりと聞いておきたいのだ」

揺らぐ……。確かに、エリオットのほうが相応しいのではないかという声が広がればアシュレイの耳にだって入るだろう。

その時にアシュレイに自信や覚悟が無ければ、そういった声が大きくなることも考えられる。エリオットが領主となった場合でも同じだ。領内の冒険者達からはアシュレイが領主であり続けてほしかったという声が上がる。そうなればアシュレイを担ごうとする者が現れる……かも知れない。

俺と婚約していることが……そういった輩にとって魅力的に映らないという保証はない。婚約しているからエリオットに家督を譲るべきという主張もあるが……俺が王の直臣であるから男爵領にとって利点であると見ることもできる。そのあたりは立場次第で評価と解釈が変わってしまうものだ。

まあ……俺との婚約を理由にアシュレイを利用しようなんて真似は、させないけれど。

「私は……父様や母様が亡くなり、エリオット兄様が帰ってこなかったことでずっと塞ぎ込んでいました。外が、怖かったんです」

アシュレイはエリオットの言葉に目を閉じて、自分の胸に手を当てる。

「リサ様に勇気づけられ、テオドール様に会って……それから色々な物を見て、たくさんの人に会いました。マリー様の徹底した覚悟の仕方や、クラウディア様の生き方……。そういうものを見て、私はあの人たちと肩を並べられる領主でありたいと思っていました。今、その生き方を曲げようとは思いません。あの方たちに顔向けできなくなってしまいます」

アシュレイは、はっきりとエリオットの目を見て、そう言った。

貴族として生まれて領主となった。切っ掛けが望んでのものではなかったとしても……母さんの話を聞いて、領主に相応しくなろうとしている。だから俺も、アシュレイの歩こうとしている道は肯定するし、協力もしたいと思うのだから。

「……分かった」

エリオットはすっきりとした顔で笑みを浮かべる。

「今の私はきっと至らないことばかりで……エリオット兄様や、シルン男爵領の皆に心配させてしまうことも多いのかなとも思います。ですが、どうか信じていてくださいませんか?」

「勿論だ。私としては、アシュレイの領主であることに対する気持ちを確認できれば、それで良かった。私が不甲斐ない兄だから、負担を強いてしまったのではないかとも考えてしまってね」

「そんなことは。今では、領主でいられることが私の支えでもありますから。帰ってきてくださったことも、嬉しいです」

アシュレイが微笑みを浮かべる。

「ありがとう、アシュレイ」

……うん。アシュレイとエリオットはこれで大丈夫だろう。兄妹とは言えずっと離れていたのだし、しっかり話し合いをして意思の疎通を図っておくのは大事なことだ。後で不信感を抱いたりせずに済むからな。

「今のお話を踏まえたうえで、メルヴィン陛下にもお話を伺ってみましょう」

2人の考えを確認したからには俺からの後押しもできる。領主に関わる話であるし、メルヴィン王の意見も聞いておきたいところではあるな。

エリオットのヴェルドガル国内での立場がどうなるかはまだ不透明なところはあるが……あれだけの実力を持っているのだ。ヴェルドガルからは厚遇で迎えられるだろう。

「よろしくお願いします、テオドール様」

「ん。それじゃあ、船室に戻って少しゆっくりしましょうか」

「良いですね。ようやくカードのコツも分かり始めてきたところなので」

そう言ってエリオットは笑みを浮かべた。

ステファニア姫の領地が見えてきたのはその日の夕暮れ時だった。なかなか良い頃合いだ。今日はステファニア姫の領地に滞在し、明日になったら月神殿に寄るなどしてから南下することになるだろうか。

ステファニア姫の居城に隠し部屋を作るという約束もしていたな。今晩中にやっておくのが良いだろう。

ステファニア姫の領地はフォブレスター侯爵領と同じく、海に面した港町だ。街から少し離れた小高い山の上にステファニア姫の居城がある。元々は砦を増築したものらしく、結構厳つい印象のある城だ。

「飛行船でこのまま近付くと混乱が起こりそうだから、説明のために少し飛竜で先行させてもらうわね」

ステファニア姫は飛竜の内の1頭に乗って、領地の家臣達に話を通しに行くようだ。

「では、護衛します」

「ふふ。よろしくお願いします。うん。飛行船を見た時の皆の顔が楽しみだわ」

と、中々上機嫌そうなステファニア姫だ。ローズマリーとはまた違った意味で困った人である。

「私達もいることを伝えて、二度驚きというわけね」

……アドリアーナ姫である。どうもこの2人、悪友という気がするが……深くは突っ込むまい。

飛竜に鐙と鞍をつけてステファニア姫が甲板から飛び立つ。俺もリンドブルムに乗って共に飛ぶ。

海の上を飛んで、港の近くまで行ったところで、城からも飛竜が飛び立ち、こちらに向かってくるのが見えた。

「これは――ステファニア殿下……!」

飛竜に跨って向かってきた騎士達はステファニア姫の姿を認めるなり敬礼する。

「お勤めご苦労様。あの空飛ぶ船はシルヴァトリアの物よ。エベルバート陛下とアドリアーナ殿下もお乗りになっています。失礼のないようにお迎えして」

「は……はっ!」

騎士達は一瞬目を見開いたが、すぐに敬礼を返し、飛竜の向きを変えて動こうとした。しかし騎士の1人をステファニア姫が呼び止める。

「あなたは、港に集まっている人達に心配はいらないと伝えてもらえるかしら」

「かしこまりました」

言われた騎士は飛竜を駆ると一直線に港に集まっている人達のところへ向かっていった。

城に向かって先行する騎士の後ろを飛んで、城の敷地内にある広場に降り立つ。

「殿下……!」

血相を変えて駆けつけてきたのは鎧に身を包んだ老騎士であった。

「ただいま、ゲオルグ」

老騎士――ゲオルグに向かってステファニア姫が笑みを浮かべる。

「お戻りになられましたか。お帰りなさいませ。空飛ぶ船がこちらに向かっているようですが……殿下がお乗りになっていたのですか?」

「ええ。シルヴァトリアの船です。間もなくエベルバート陛下とアドリアーナ殿下がいらっしゃいます。急な話ではありますが、しっかりと歓待の準備を進めるように」

「なんですと……?」

ゲオルグは血相を変える。船自体に脅威が無くとも賓客を乗せているとなれば、別な意味で気が抜けないだろうからな。

「となれば……この鎧は必要ありませんな。着替えて参りましょう。お前達! 聞いていたな! 大至急歓待の準備を進めよ!」

ゲオルグは指示を飛ばしながら城の中に戻っていく。

ステファニア姫は予想していた反応が見られたことで、満足した様子であった。