軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

25 沈む瀬あれば

「いや――凄いな、今のは!」

背中にかけられたそんな声に振り返る。

ローブを目深に被った受講者が、どこか興奮した様子で近付いてきた。

背丈は俺と同じぐらい。――最初から生活魔法の維持ができていた組の一人だな。

貴族かどうかは不明。所作が洗練されていて姿勢もいいが、身なりが割と粗末なローブだから、貴族の出とも商家の出とも判別できない。とりあえず――。

「……それはどうも」

と答えるに留めておいた。

胡散臭いなと思っているのが伝わったのか、そいつは笑ってフードを脱ぐ。赤茶色の髪をした少年が顔を見せた。

「いや、いきなり不躾だった。僕はアルフレッドというんだ」

「僕はテオ――?」

……ん? アルフレッドだと?

思わず顔を二度見した。

まさか――アルフレッド=ブライトウェルト……か?

魔法技師アルフレッド=ブライトウェルト。BFOにもNPCとして登場していた人物である。

魔法技師を自称しているしアルフレッドを名乗っているが……れっきとした王族で、その正体は第4王子アルバートだ。

ええとゲームの情報から遡って考えると……後の月神殿の巫女マルレーンの実兄で、フォブレスター侯爵家令嬢オフィーリアの婚約者、という事になるか。

ゲーム中で語られている事から推察できる彼の今の人間関係はそれぐらいのものだが、彼自身は後にアルフレッドとして冒険者ギルドに依頼を出していたり、かと思えば別のイベントでは第4王子アルバートとして普通に顔を出していたりといったプレイヤーとの関わり方をしてくる。

変身用の魔法の指輪を――身に着けているな。間違いない。こんな頃からアルフレッドなんて名乗っていたのか。割と筋金入りだな。

後に結婚する事になるオフィーリアとは幼少の頃からの仲らしいが……さすがに同行はしていないようだ。

敵か味方かという話をするなら……アルバートなら味方側寄りだろうとは思う。あくまで現時点で解る範囲内ではの話だから、こちらが一方的に知っているといっても油断はしないが。

――アルバートは王宮内での権力基盤が弱いので冒険者ギルドとの結びつきを強くしている傾向がある。とすると、わざわざ接触を図って来た理由も想像がつくけどな。

「……テオドール=ガートナーです」

「ああ。よろしく」

フルネームで名乗ったのだが向こうはファーストネームだけだった。ブライトウェルトだと名乗ってくれれば万が一にも間違いないのだが。

握手を求められたので応えておく。俺が知っているはずのない情報なのでアルバートだと気付いてしまったからにはやや扱いに困るが……まあ、普通で良いか。お忍びで丁重な扱いなんて求めていないだろうし。

「う、ぐ……」

タルコットが頭を振りながら上体を起こす。

周囲を見渡し、最後に俺を見上げて呆然と呟く。

「負け……たのか、俺は。こんな子供に」

ただショックを受けているだけか。それで、約束を守るつもりはあるのか、ないのか。今の時点で判別はしにくい。試合という形に持ち込む事で、撃ち合いになっても被害が出ないようにはしてあったのだが。

「さて――」

先程までとは打って変わって大人しくしているタルコットを見やる。

「一応お聞きしますが。約束の履行をする気は有りますか?」

「負けた俺が……勝者の裁定に何かを言うつもりは無い。お前は俺より強い。それが全てだろう」

人間社会をそういう動物的なルールで動くのは止めてほしいところなんだが。だからそんな渾名を貰うんだよ。まあ……いいけどな。言行一致させる辺りは。

「では、そうしてください。僕としては生活魔法は勿論の事、貴族教育や座学も魔法の修行として無駄だとは思いません」

と、これを言っておけばタルコットが根に持つという事はないだろうと思う。

「……そう、なのか?」

魔法の修行と聞いて顔を上げる辺りタルコット自身は非常に行動原理が解りやすい。

猛犬なんて言われてはいるが、領民を搾りつつも後嗣となる長男に恨みを向けさせないためのスケープゴートにされているというのは解ったし。

「根気のいる修行の精神修養は制御能力の向上にも繋がりますし、本来の自分とは違う発想や考え方は、戦闘での読み合いの強さや引き出しの多さにも繋がりますから」

「……じゃあ、お前程の腕があって、今更生活魔法を学んだのも……?」

「迷宮に潜るから、雑事にかかる手間を減らすためですかね。僕はもっと強くなりたくて、迷宮に潜っている所もありますし」

収入を得る事や将来性を考えての事もそうだが……強くなっておくに越した事はないしな。

「そう、か」

トラヴィスはタルコットを連れて学長の所へ報告に行った。

事が事だけにカーディフ伯爵家へも人が遣わされ家人が呼び出される事になったようだ。

俺は指示があるまで残ってほしいとの事で空き部屋で待機。当然グレイスも一緒だが、アシュレイも俺達と一緒に空き部屋に待機している。アルフレッドは……割とあっさりとどこかに行った。

「アシュレイ様は他に講義があるのでは?」

「許可は頂きましたので大丈夫です。証人がいた方が良いかと思いまして」

証人、か。カーディフ伯爵家の者も自分が居ればそう強くは出られないと思っての事だろうな。

アシュレイもあまり多くは語らないが、心配してくれているようだ。

「……わかりました。時間も余っていますし、循環錬気の一件を済ませてしまいましょうか」

話を詰めると同時に実際にこの場で行ってしまおうと思う。俺の提案に、アシュレイは笑みを浮かべて頷いた。

「……どうですかね?」

「お風呂に入った後みたいに、身体の真ん中が温かくなる感じです」

循環錬気を終えてから身体の調子を聞いてみると、アシュレイはそんな事を言った。

体力回復の魔法を習得した事もあり、以前よりは快適にアシュレイは過ごせるようになったらしい。だがそれでもやはり体調が良い悪いという事はあるようで。初級回復魔法より循環錬気の方が長期間高い効果が持続するとの事だ。今度専門家であるロゼッタも交えて意見を聞いてみるか。

グレイスは日当たりの良い窓辺で刺繍を続けている。さっきの騒動が嘘みたいに静かな時間になってしまった。

「お二人が迷宮に潜っているお話を聞きたいです」

「今は地下12階です。浅い階層ですので、それほどの大冒険というわけではありませんよ? もう少し進むと色々面白い所に出るんですがね」

魔力を温存したりして程々の安全マージンを取ってはいるから一足飛びというわけにはいかないけれど。まあまあ順調であるとは言えよう。

「20階ぐらいまでは問題ないとテオドール様は仰っていますね」

「守護者が出てくることも無いからね」

「守護者?」

「ああ、守護者というのは――」

所謂ボスキャラと思っていい。但しどのフロアにいるとも言えず、上下21階以降のどこかを徘徊している感じだ。ボス、というよりはレアキャラか。

そんな風にしてグレイスの刺繍の続きを二人で見たりして待機していると、空き教室にロゼッタが入ってきた。

「ロゼッタ先生?」

「こんにちは。アシュレイも一緒だったのね」

アシュレイの姿を認めると、彼女は相好を崩した。

「ええ。まあ。タルコットの件でしょうか?」

「……そうね。彼の処遇が決まったから、私が事情を伝えにきたというわけ」

ロゼッタは肩を竦める。

「まず彼自身の話からかしらね。彼はカーディフ伯爵家から相続権を剥奪、勘当されてしまったわ」

……まあ。あれだけの問題行動を起こせばな。

制御していたとはいえ魔法を実際行使したとなると。例えて言うなら刃物を抜いて当たらない場所で振り回した……よりももっと重いか。当たらないように銃を撃った、ぐらいの感覚かもしれない。

軽くて謹慎、重くて禁固刑もあり得ると見ていたが……伯爵家が見捨てたとなると、少なくとも学舎からの除籍は免れ得ないだろう。

「まあ、学舎には残れる事になったけれど」

――と思っていたのだが。ロゼッタは苦笑して補足してくれた。

「彼とあなたの賭けの内容を随分と気に入った人が二人ほどいてね。ここは学び舎だから、そうやって将来に見込みの余地がある若者を放逐するべきではないって反対したのよ。だけど次何か問題を起こしたら即除籍と……そういう所で落ち着いたみたい」

「まあ確かに……彼も魔法行使に限った話をするなら優秀ではありますからね。できるならそうした方が国としても得というのは解りますが。僕との約束というのは口実で、寧ろカーディフ伯爵家から切れたのが良かったのかも知れませんね」

「……その優秀な武闘派魔術師の卵を、殆ど何もさせずに降したのは誰かしらね。でもまあ……概ねあなたの言う通りよ。伯爵家と切れていなかったら逆に除籍されたかも知れないわ」

モーリス伯爵の影響力を排除できるからな。後は彼が約束を守る限りは勉強をして、自分で色々考えてくれるようになるだろう、と見ているわけか。

「彼を庇ったのは学長と……もう一人は訳あって名前は言えないけれど、偉い人ね」

「ふむ。タルコットの身柄を預かりとかしたわけですか?」

「あら。よく解ったわね」

「実家から切れたら学舎に通うどころじゃないですから」

俺のように金稼ぎを考えなきゃならないだろうし。

それにしても名前が言えない偉い人……ねぇ。

まあ、十中八九アルバート王子だろうな。流石に学舎側に秘密で紛れ込むというのは無理があるし。

伯爵家が廃嫡したから将来性を見込んで、その場で手を差し伸べる事でタルコットに恩を売りつつ、俺との繋がりを作る気のようだ。

アルバート王子は権力基盤が弱いのでタルコットのような人材を欲していただろうし、周囲からもタルコットは縦横の繋がりが切れて孤立した存在なのであまり問題視されない。要するに……放蕩王子にお似合いの人材としか見られない、か。

「タルコットはあなたにお礼を言っておいてほしいって。首の皮一枚で繋がったのはあなたのお陰だしね」

「そうですか」

俺は俺で基本的には自分の事しか考えてないから、そんな筋合いでもないけどな。アルバートには貸し1という事で考えておこうか。