軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

122 侯爵の相談事

「侯爵は大使様を2日後、晩餐へ招待したいとの事です。こちらが招待状になります」

と、侯爵家の使いは書状を恭しく差し出してくる。

内々の話で、晩餐への招待状……ねえ。2日、とはやや急な話ではある。調査をするには些か時間が足らない。

「……他に何かお話があるのでは?」

それだけとも思えなかったので尋ねてみると、使いはあっさりと認めて頷いた。

「はい。その席で是非、大使様にお話ししたい事があると。今この場では、私の口から申し上げられません」

ブロデリック侯爵が、今更俺に何の用だというのか。

どうせロクでもない内容だろうが、向こうが正面玄関から来たのなら出方を見るか。

門前払いでも良いのだが、表向き実家とは疎遠という事になっている以上、そういう態度に出て実家との繋がりを勘ぐられても困るしな。

或いは、それを聞きつけて話をしに来たのであれば、父さんにまたちょっかいを出す気なのかも知れない。

「分かりました。それでは後日という事で」

「ありがとうございます。務めが果たせて安心しました。それでは失礼いたします」

答えると使いは頭を下げて帰っていった。

侯爵が何か企んでいるのだとして……父さんに関わってくるような事なら警告するにしても何にしても、もう少し探りを入れてからするべきだろう。

「何の御用だったのですか?」

「ブロデリック侯爵家の使いだそうだ。晩餐に招待するって」

答えると、グレイスが眉を顰める。

「それは……大丈夫なんでしょうか?」

「分からない。侯爵が俺に何の話があるんだか。多分、実家絡みじゃないかと思うんだけど」

考えられる可能性としては実家絡みか、俺への意趣返し辺りだろうが。意趣返しというのは無い気がするな。ブロデリック侯爵家とあまり接点がないし、そもそもあの家の情報収集能力には難があるように思う。

一応というか当然というか……破邪の首飾りや耐毒装備だとか、その辺はしっかりと準備していくか。

招待状には婚約者も一緒にどうぞ、とあるが。友好的に話を進めたいなら俺に話があるにしたって、彼女達も招待して歓待するのは筋ではある。……いったい、何の用なんだか。

「お待ちしておりました。大使殿」

当日。馬車に乗ってブロデリック侯爵家に顔を出すと、家令が玄関先で出迎えに出てきて、俺達を案内してくれた。

同行したのは婚約者3人。それぞれドレスや装飾品で着飾っているが、実際のところドレスなのは見た目だけだ。プロテクションを発動できたり、装飾品も破邪の首飾りや解毒魔法、空中戦装備やらの魔道具で固めてある。完全武装で敵地に乗り込んでいる感覚なわけである。まあ、招待した客に対して滅多な事はしないだろうとは思うけど、な。

前にカドケウスを潜入させたので侯爵の屋敷の中の構造は知っている。玄関を入ってすぐ正面がダンスホールになっているのだ。そこで秋口から冬の間、連日宴会だのなんだのをやっていたわけである。

と言っても、そこに来るのは若手の貴族などでそれほどの大物はいないという話だが……。そして今日は晩餐会ではなく、晩餐だ。ダンスホールではなく、食堂の方へと通された。

まあ、仮に多くの人間が招待されている席であったら来なかったけどな。こぞって若手貴族や商家から挨拶をされるなんてのはうんざりしそうだし、それをして王の直臣と仲が良いなどと侯爵に喧伝されても困るし。

「おお、来てくださいましたか、テオドール殿」

そこには恰幅が良い、と表現すれば聞こえが良くなるであろう壮年の男がいた。

ジャレッド=ブロデリック侯爵だ。

「本日はお招きいただきまして」

と社交辞令的に挨拶をする。ブロデリック侯爵は相好を崩し、俺達を席に案内させる。

「いやいや、我が家の晩餐に足をお運びいただき光栄です。楽しんでいってください」

歓待慣れしている、と言えば良いのか。招いた客に対して愛想は良いようだ。

運ばれてくる料理もまた贅を凝らしたものだが……侯爵の懐事情と健康状態には疑問を抱かざるを得ないというか。こんな事をしている余裕なんてあるのだろうか?

ディナーが終わりに差し掛かると、ブロデリック侯爵が家令と一言二言言葉を交わして立ち上がる。

「テオドール様。少々よろしいでしょうか」

家令はそのまま俺の所にやって来て耳打ちしてきた。

「何でしょうか?」

「旦那様から内々に相談したい事がと仰せつかっております。よろしければ別室まで御足労願えませんか?」

「それは構いませんが――」

グレイス達に目配せすると、小さく目だけで頷き返してくる。カドケウスを彼女達に付けて俺は席を立った。

「いやはや。見目麗しいお嬢様方ですな」

案内役の家令が、言う。

「僕には勿体ないぐらいですよ」

「旦那様との歓談中、ご婚約者様方の歓待は当家にお任せを。本日は芸人一座を呼んでありますので、退屈はさせませんよ」

正直言えば、ブロデリック侯爵との話より俺もそっちの方がいいのだが。

……はぁ。そういうわけにもいかないか。まあ、彼女達に危険が及ばないのなら俺としてはそれで良いというか。

「こちらの部屋です」

と、応接室に通される。

「おお、テオドール殿。ささ、お掛けください」

侯爵の向かいの席に座る。すぐに使用人がティーカップに茶を注いできた。

「珍しい茶葉が手に入りましてな。どうぞ、ご賞味あれ」

「これはどうも」

いきなり本題を切り出すような事をせず、まずは社交辞令から、というところか。何と言うか……ブロデリック侯爵に関しては全く信用していないので、こうやってもてなされればもてなされるほどに裏を勘ぐってしまうのだが。

「……僕に相談事だと伺いましたが」

「ええ。実はそうなのです」

大仰に弱ったような表情を浮かべる。演技がかっていて胡散臭いのだが、今のところは話を進めさせてやる。

「我が家は知っての通り、様々な貴族や名家の者達が集まり、天下を語る社交場。その伝手で、様々な者との知己や伝手がありましてな。あちこち手広くやっておるのです。我が家はそのようにしてヴェルドガル王国に貢献しておるのですが」

「ふむ」

……そんな風に表現されると、何やら侯爵の影響力や顔の広さが強調されて聞こえる気もするが。実際のところ落ち目である事は既に知っているし、社交場としての重要性も、あってもなくても同じレベルだ。話半分に聞いておくべきだろう。

「先日も才能ある画家や有望な商人に、投資をするという形で資金を貸し付けましてな。まあ、いずれ金の卵を産む鳥と思えば安い投資。後で何倍にもなって返ってくるのです。金というものは、そうやって回っておるものだと、大使殿ほど聡明であればご存じの事と思いますが」

立て板に水を流すように熱弁を振るうが……何だと言うんだ。

「ですが、その。実は雪解けによる鉄砲水で、街道が崩れてしまったと報告が入っておりましてな。我が領地からの物資の輸送が随分と滞ってしまっておるのですよ。天災には敵いませんが、それにより金の流れまでも滞ってしまうのはいただけない」

それは知っている。父さんのブロデリック侯爵への策の1つだから。ええと。その話の運び方は何と言うか――薄々何を俺に相談したいのか見えてきた気がするんだが。

「その不幸な事故のお陰で……些か手元が不如意なのです。ですので、大使殿。この話はこうお考えいただきたい。これは我が侯爵家への投資である、と」

やっぱり、な。

……はぁ。予想以上にくっだらない用事だった。何かの陰謀だとか、意趣返しだとか、身構えて来たのが馬鹿馬鹿しくなるほどに。

言葉の虚飾を全部取っ払えば、侯爵は俺に「金を貸してくれ」と。そう言っているのだ。貸せる金がないと答えれば「金を借りたいから名前を貸してくれ」という事になるだろう。

手元に金が無いのは分かる。秋と冬に連日浪費をしていたのだし、返済には春の領地経営による収入を当て込んでいたのだろうさ。

恐らくはあちこち声をかけて断られて、窮余の策として俺の存在を思い出したというところなのだろうが……。何で俺なんだ? 俺の肩書と功績から金を持っているとでも思ったか? それにしたって理解に苦しむ。はっきり言って、侯爵が俺に声をかけてくる意味が解らない。

伯爵家と疎遠だという情報を流しているから? 偽情報とは言え、半分は本当だ。疎遠の原因はキャスリンやバイロンにあるが、その辺の事を知らないのだろうか。

いや、たとえ知らなかったとしても借金を頼む相手としては、縁があるからというには遠すぎる。はっきり言って赤の他人以下だとしか思っていない。

「これはお互いにとって……いえ、ヴェルドガル王国にとって有益な話なのですよ。当家がタームウィルズに住まう貴族や名家の者達にとってどれほど重要な位置を占めているか――」

侯爵はまだ何か言っていたが……俺はやや口元が引き攣るのを自覚しながらも、はっきりと答えた。

「いえ。残念ですがお断りします」