軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

平和な日常

レッカさんとグレゴリオが訓練で対戦した日から数日も経つと、レッカさんはすっかり砦に馴染んでいた。

彼女は貴族出身らしいけど、女性ながら騎士団で何年もやってきた事もあって、精神は体育会系だ。趣味は筋トレらしく、その辺ちょっと隻眼の騎士と被るところもあり、陰で「女版鉄人」と囁かれ始めている。

しかしそんなキャラだからこそ、この北の砦には合うのかもしれない。

真面目なレッカさんはキックスやジルドを始めとする不真面目なメンバーに時々注意をしたりもするので、しっかり者のお姉さんみたいなポジションにもなった。

キックスたちも、支団長さんや隻眼の騎士に叱られた時と同じように、レッカさんに注意された時も反省している振りをしてみたり、そそくさと逃走したりしている。

新しいメンバーが仲間に入ってもいつも通りの平和な砦で、私は満足していた。

そして今日、私はみんなが夜の自由時間を楽しんでいる時間帯に、レッカさんの様子を見に砦へ行く事にした。

昼間の様子は知ってるけど、夜もみんなと仲良くやっているかなと気になったのだ。

なにせ私はレッカさんと比べると砦の滞在歴は長い。つまり北の砦の先輩だ。そして先輩は後輩の面倒を見てあげなきゃいけないのだ。

隻眼の騎士が談話室にいたので、移動術を使った私も談話室に到着する。

この季節、夜は普通に寒いので暖炉では赤々と炎が燃えていた。あっちには近づかないようにしよう。

「ミル、こんな時間にどうした? もう寝る時間だろう」

隻眼の騎士は読んでいた本をソファーに置いて、代わりに私を膝に乗せた。ほんのりお酒の匂いがするから、少しだけ飲んでいたようだ。

「まだねないよ」

だって今、八時過ぎだよ。私を幼児扱いするのはやめてほしいな。夜はこれからじゃん!

夜にこちらに来るのは久しぶりなので、修学旅行で友だちと夜更かしするみたいにテンションが上がる。

ここには隻眼の騎士以外にもたくさんの騎士がいて、談話室は満員だった。みんな楽な格好をしてお酒らしきものを軽く飲んだり、ゲームをしたり、ただお喋りをしたりしている。

隅の方では酔ったジルドがギターに似た楽器をかき鳴らして熱唱していたけど誰も聞いていない。

支団長さんはいないけど、キックスとレッカさん、ティーナさんは、暖炉の前で談笑している。ちょうどレッカさんの話をしているようだ。

「レッカさんもだいぶここに慣れてきましたね」

「北の砦も来てみれば結構いいところだろ? 田舎は田舎だけどさ」

「ああ、そうだな。思ったより酷くなかった」

レッカさんはそう冗談を言って笑ったが、次には少し不安そうな顔をした。

「しかし、この地域の厳しさは冬に本領が発揮されるからな。どんなものかと少し心配だ。夜も長くなるし……」

レッカさんは一日中太陽が昇らない極夜になるんじゃないかと心配しているようで、ティーナさんにそう尋ねていたけれど、ここではそうはならないと説明を受けている。

「だったらよかった」

レッカさんは見るからにホッとしていた。まぁ、一日中暗いと気が滅入っちゃうよね。

と、そこで、キックスがじっとレッカさんを見て言った。

「ところでレッカ、お前もう寝たら?」

「何だ、急に」

「だって目の下、うっすら隈できてるぞ」

そう指摘されると、レッカさんは「そうか……?」と呟きながら自分の目の下を指でなぞった。

そしてこう言い訳をする。

「ベッドや枕が変わったから、まだ慣れなくて。熟睡できてないのかもしれない」

「繊細だなぁ。そりゃお前の実家のベッドより寝心地は悪いだろうけど、本団の宿舎では同じようなベッド使ってたろ?」

「まだ緊張感が抜けていないせいかもしれないわ。私だって環境が変わったら、しばらくはよく眠れないかも」

ティーナさんはレッカさんを庇うようにキックスに言ったが、「ティーナに限ってそれはない」と返されている。

「私は繊細じゃないって言いたいの?」

ティーナさんは怒ったように言うけど、あまり怖くなかった。

「ここに来た初日の夜もぐっすり寝てただろ? 次の日の朝、『よく寝た!』って顔して食堂に来たじゃん」

「そ、そんな顔してない! ……確かに昔から寝つきはいいけど」

頬を赤らめるティーナさんに、レッカさんも唇の端を持ち上げた。

「ふふ、今も灯りを消して五分と経たずに寝息が聞こえてくるよ。一度眠ると、私が多少物音を立てたくらいでは起きそうにないし。しっかり眠れるのはいい事だ」

レッカさんはそう言って褒めたが、ティーナさんはひたすら恥ずかしがっていた。

そしてレッカさんは話を戻して言う。

「じゃあ、早いけど部屋へ戻って眠ろうかな。だけど風呂をどうするか。私たちの入浴時間は、今日は最後だったよな?」

「はい。空くまではまだ時間がかかりますから、体だけ拭いて、お風呂には明日の朝入るのはどうですか?」

「うん、そうしよう」

「じゃあ、私ももう寝ます」

レッカさんに続いて、ティーナさんも立ち上がる。

「私に合わせてくれなくてもいいんだぞ」

「いえ、私も眠くて……」

照れくさそうに笑って言う。

「よく寝るな」と余計な事を呟くキックスの耳を仕返しに軽く引っ張ってから、ティーナさんはレッカさんと仲良く自室へ向かったのだった。

「ミルはレッカの様子を見に来たのか」

膝の上で仁王立ちになってレッカさんたちの方を見ていたため、隻眼の騎士も私の目的に気づいたようだった。

しっぽを触りながらそう尋ねてくるので、私は振り返って答える。

「そう!」

私のしっぽは隻眼の騎士と目が合うと自動的に揺れる仕様になってしまっているので、今もぱたぱたと動き出した。

しかし隻眼の騎士が根本の方をふんわり握っているので、先っちょだけがぴこぴこ振れる。

隻眼の騎士はそれに気づくと、握る位置を徐々に上にずらして行きながら、しっぽの変な動きを楽しんでいた。

何やってるの。

(レッカさんも問題なくみんなと仲良くしているし、来たばかりだけど、もう母上のところに帰ろうかな)

やっぱり私はまだ幼児のようで、レッカさんたちと同じくそろそろ眠くなってきたのだ。

しかし隻眼の騎士におやすみを言おうとしたところで、ふと視界の端に黒いものが見えた。

談話室の壁に開いている小さな穴だ。

床に近いところに開いているその穴の奥には、ネズミの巣があるんだと思う。私がまだこの砦に来たばかりの頃にその穴を覗こうとしたら、ネズミが出てきて悲鳴を上げたトラウマ穴だ。

その後すぐ、私と同じくネズミが苦手なティーナさんによって板が打ちつけられ、穴は塞がれたけど、ネズミは再び板をかじって穴を開けてしまった。しかしティーナさんも負けじと再度板を張り直した。

そこでやっとネズミは諦めたのか他の出入り口を作ったのか、大人しくなった。壁に穴を開ける事はなくなったし、物音も鳴き声もしなくなったのだ。

ネズミ対、私とティーナさんの戦いは終わったかに思えた。

しかし、である。

最近になって、いつの間にかまた穴を開けられていたのだ。

元のネズミなのか新しいネズミがやって来たのかは分からないが、とにかくまたそこに巣を作ったようだ。

この間なんて、私はとんでもなく恐ろしい目に遭った。

皆が仕事中で暇だったからこの談話室のソファーでごろんと横になり、一人昼寝をしていると、さわさわと後ろ足に触れるものがあった。

何かと思って目を覚まし、顔を起こすと、なんとそこには茶色いネズミがいたのだ! 巣穴から出てきて、私の足をかじろうとしていたのである!

私は悲鳴を上げるとともにすぐさま飛び起き、ソファーから転がり落ちると、半開きだった扉を頭突きで開けて廊下へ避難した。混乱のまま隻眼の騎士のところまで逃げて足をチェックしてもらったけど、欠けている肉球はなく、無事だった。

側にいたキックスたちは私の慌てっぷりを笑ってたけど、本当に怖かったんだから。

ネズミはキツネの肉球を絶対に食べないって言える? 私のは薄ピンクでぷにっとしてて美味しそうだから、食べ物と間違えたのかもしれないじゃん。

「せきがんのきし、あそこ、穴ふさいでっておねがいしたのに」

私は隻眼の騎士を見上げて言った。

だけど隻眼の騎士は私のしっぽを延々とにぎにぎしながら「穴か」とぼんやり呟くだけだ。

声がしっかりしていないし、少し様子がおかしい。

(もしかして酔ってる?)

隻眼の騎士は意外とお酒に弱いので、少し飲んだだけでもいい気分になってしまうようなのだ。

ただしあまり顔色が変わらないので、傍からは酔っている事が分かりにくい。

「ねぇ、穴、ふさいでよー!」

「そうだな、塞ごう」

隻眼の騎士は両手で私の耳を塞ごうとする。

違う、耳じゃない。耳の穴を塞いで欲しいんじゃない。

「ちがうよ、ネズミの穴だよ」

「ネズミ? ミルはネズミじゃないぞ」

知ってるよ!

話が通じない。これは駄目だと諦めて、私は隻眼の騎士がキス魔になる前に退散する事にした。

ネズミの穴は、隻眼の騎士が酔っていない時にまた頼もう。