軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

頼りない囮(2)

「よし、次が最後だ。あまり何度もやって疲れても、本番でできなくなるかもしれないからな」

「じゃあもういちどあっちの部屋にいってくる」

皆で作戦を決めた後、隻眼の騎士は私たちが敵からすぐに逃げられるように移動術の練習をしようと言い出した。

二人部屋にいる隻眼の騎士のところへ、四人部屋からクガルグと一緒に飛ぶのだ。

移動術なんてあまり失敗した事ないし、この練習に意味はないように思うけど、これで隻眼の騎士が少しでも安心するならいい。

「よし、完璧だ。上手だぞ」

クガルグと一緒に隻眼の騎士のところに余裕で移動すると、わしゃわしゃと頭を撫でながら褒められ、それぞれジャーキーを貰った。

ラッキー!

でもこれって犬の躾そのままじゃない? と何だか腑に落ちない。

ご褒美で釣らなくても、危なくなったらちゃんと移動術を使うから!

隻眼の騎士は私たちの練習に付き合った後、今度はハイリリスの元へ行って尾行の心得を説いていた。

この作戦に反対だったけど、決定してしまった事には従わなくてはならないので気持ちを切り替えたみたい。

心配をかけさせてしまうのは申し訳ないけれど、自分にもできる事があって私は嬉しいのだ。

森で襲撃されるのを待ち、皆が戦っているのを何もできずに見守るより気持ちも楽だった。

「ミル、クガルグ」

移動術の練習を眺めていた支団長さんが、ふいに声をかけてきた。

「なぁに?」

「こっちへ」

部屋を出て行く支団長さんを追って、私とクガルグも廊下に出る。支団長さんが向かったのは隣の四人部屋だ。

今は皆二人部屋の方にいるから、こっちには荷物が置いてあるだけで誰もいない。

部屋の扉を閉めて三人だけになると、支団長さんは私とクガルグをひしと抱きしめた。

「やめろっ」

抜けだそうとするクガルグを気にせずに拘束したまま、支団長さんは言う。

「すまない、お前たちを囮にするなんて……俺は何て残酷な作戦を……」

震える腕に抱きしめられながら、私は支団長さんを元気づけようと顔を舐めた。私とクガルグの体に顔を埋めているので、黒くてサラサラな髪の毛しか舐められなかったけど。

「わたしがやりたいって言ったんだよ」

それに別に残酷な作戦ではないと思う。普通の子どもを囮にするならともかく、私たちは精霊だから。

移動術を使えるように、人間の子どもと違ってある程度は自衛できるのだ。

「だいじょうぶだよ、しだんちょうさん。うまくいくよ」

口に入ってしまった支団長さんの髪を吐き出そうと口をもしゃもしゃさせながら言った。

出そうとしているのにどんどん入ってくるのは何故なの。

「黒幕は必ず捕まえるからな。お前たちの勇気は無駄にはしない」

支団長さんは顔を上げると、私の口から自分の髪を取り戻しながら真剣に言った。

……私たち、死地に赴くんじゃないんだよ?

私たちの作戦はこうだ。森で敵から襲撃されるのを待たずに、この街で、こちらから仕掛ける。

クガルグと私がおつかいのふりをして二人だけで街をぶらつき、敵が誘拐してくれるのを待つのだ。

上手く誘拐されたら、ハイリリスが空から私たちを追う。

一方、隻眼の騎士たちは敵の目を欺くために宿に残ったまま、誘拐になんてちっとも気づいていない振りをする。

そしてタイミングを見て私たちを追ってきてもらう。

追う時に頼るのは、ハイリリスが作って残していってくれるという妖精だ。その妖精についていけばハイリリスの元まで案内してくれる。

私たちが攫われて行く先はどこか分からないけど、黒幕が分かった時点で隻眼の騎士たちが乗り込んでくるという計画である。

「戻りましたー」

「キックス、ティーナ、どうだった?」

宿の部屋にキックスとティーナさんが戻ってきた。

二人は馬の様子を見に行く振りをして、昨晩からこちらの監視を続けているであろう敵に聞こえるよう、小芝居をしてきたのだ。

『一度目の襲撃から何もしてこないしさ、敵もとっくにミルたちを諦めたんじゃねぇの? もう警戒する必要なさそうだけど』

『そうね、もう警戒する必要はなさそうね』

『ミルたち、二人で街を見て回りたいって言ってたけど、行かせても大丈夫そうだな』

『そうね、大丈夫そうね』

打ち合わせの時のティーナさんの大根っぷりは気になったけど、キックスはこういう小細工がやたらと上手いので、自然な演技で敵に信じ込ませる事ができたんじゃないだろうか。

こっちはもうほとんど警戒してないよ、という雰囲気を伝えると同時に、私とクガルグが二人で出歩くという情報を教えたのだ。

そこが誘拐チャンスだよ! と。

キックスはカーテンの閉まった窓の方にちらりと視線を向けた後、言う。

「夜のうちに交代したのか、こっちの監視をしてる男は昨日とは違う奴でした。人数は二人。一人は黒尽くめの男の一人で、もう一人はハイリリスが言ってたようなチンピラ風の男です。きっと新しく雇った奴ですね。そいつは黒尽くめの男と違って気配丸出しだったんで、どこにいるか分かりやすかったっす。二人は向かいの建物の陰にいてちょっと距離があったんすけど、俺たちの会話は聞こえたと思いますよ。チンピラ風の男がすぐにどこかに走って行きましたから」

「そうか」

支団長さんは頷いて、ショールの上から私にウサギリュックを背負わせた。

もう少したら、さっそく作戦実行である。クガルグと二人でおつかいに出るのだ。

隻眼の騎士はふとクガルグを眺めて言う。

「街の人間たちに、クガルグが猫に見られるか微妙だな。ミルは犬で通せるだろうが」

「キツネっぽくないっすもんね。鼻低いし」

失礼なキックスに向かって小さな牙をむき出しにし、怒りを表現する。

毛はモフモフと長いし、目は丸いし、最近は自分でもキツネじゃなくてポメラニアンなんじゃないかと思っているけども。

でもクガルグは人間を信頼しきって飼い犬風な私とは違い、見知らぬ他人を思いきり警戒しているし、それが目の鋭さにも出ている。

それにまだ幼児とはいえ、仕草や身のこなしにも野性味もあるのだ。

耳も猫より丸いし、手足も幼児らしい柔らかさを残しつつ力強くて太い。

この国の人たちはあまり豹に馴染みがないとはいえ、見る人によっては猫ではない事に気づくだろう。

大型肉食獣の子どもだと気づかれて街が騒ぎになったら、敵に誘拐されにくくなってしまう。

「安心しろ。いいものがある」

と、そこで支団長さんが珍しくにやりと笑って言った。

「わぁ、可愛い!」

「似合うわよ」

ティーナさんとハイリリスがクガルグを見て囃し立てる。

クガルグは豹の姿をしたまま、仮装をしていた――というかさせられていたのだ。支団長さんに。

「かわいくない。おれ、これ着たくない」

チャーミングな触覚のついたフードを被ったまま、拗ねた口調でクガルグが呟く。

「しだんちょうさん、これ……」

私もクガルグを見て言った。

彼が今、どんな格好になっているかというと、ずばりミツバチだ。

上半身は黄色い布で作られていて、ちゃんと前足を通す袖がある。下半身は黄色と黒の縞々模様で、お尻からは針の代わりにクガルグの黒いしっぽが出ている。

頭にぴったりサイズの触覚付きフードは、少し走ったくらいでは脱げそうにない。そして背中には白い羽がついていた。

飼い主にハロウィンの仮装をさせられているペットみたいだ。

確かにクガルグの丸い耳は隠れて、豹ではなく猫っぽくみえるかもしれない。……いやミツバチか。何だか混乱する。

「ミルもショールは止めてこっちを着るか? もちろんミルの分もあるぞ」

「え……」

荷物を漁る支団長さん。

団長さんや隻眼の騎士、キックスたちも見学する中、私も仮装をさせられた。

何の仮装かって?

モコモコの白い羊だ。

フードには、くるんと丸い茶色い角がついている。

「ミルちゃん、可愛いー!」

「キツネなんだか犬なんだか羊なんだか、わけ分かんないわね」

ティーナさんとハイリリスが感想をもらした。しかも私はこの上からウサギリュックを背負うのだ。動物キャラが私の中で渋滞している。

「クガルグにはリュックの代わりにこれを。ゴーダの街で売っていたから、つい買ってしまった」

ミツバチ装備のクガルグの首にかけられたのは、紐付き財布だった。子ども用のがま口型だ。

「支団長、ゴーダでいつの間にそんなものを……」

キックスが唖然として独り言を呟いた。支団長さんは私とクガルグを満足気に眺めていて聞いていない。

財布はゴーダで買ったものだとしても――たぶん私たちが質素な巾着にお金を入れて使っていたのを見て、財布も用意しておけばよかったと衝動買いしたに違いない――このミツバチと羊の服は事前に用意していたものだろう。

ゴーダで着た合羽を持参していたのは支団長さんだと分かった時に嫌な予感はしていたものの、本当に彼の荷物にはまだ私たちの物が入っていたのだ。

これ以上もう何も出てこないよね?

「クロムウェルは変わったな」

ズレた私のフードを喜々として直している支団長さんを見て、団長さんが隻眼の騎士にこそっと言った。

だけど団長さんも嬉しそうだ。

支団長さんは二人からの生温かい視線に気づいたのか、表情を引き締めて恥ずかしそうに咳払いした。

だけど、我ながらこの姿を見れば笑わずにはいられない。キツネが羊の格好してウサギを背負っているのだ。そして隣にはミツバチの格好をした豹がいる。

すごく馬鹿らしくて、ちょっとした悩みくらいならどうでもよくなるような光景だ。

「かなり面白いから街の人間の注目を集めそうっすけどね」

「あんまり人があつまってきたら、さらわれやすいように路地とかにはいってみるよ」

「無理はするなよ」

隻眼の騎士が近づいてきて、羊のフードの上から頭を撫でた。

そして反対の手に絡みついていた父上のヘビを、私の背負っているウサギリュックに入れる。

その気になればヘビはそこそこ戦えるはずなので、支団長さんが言ったように、もしもの時の護衛代わりだ。

ヘビは嫌がる事もなく、されるがままにリュックの中で落ち着いた。妖精だからかあまり重さは感じない。

「中にはいってる手紙、つぶさないでね」

母上の大事な手紙なのだ。

色々あって忘れそうになっていたけど、これを王様に届けるのが私のおつかいなのだから。

ヘビは私の声を聞いて、リュックの中でごそごそと身をよじった。

手紙、潰してたな?

母上の妖精も、私の頭の上で迷うようにぐるぐる回った後、リュックの中に入っていった。

妖精はヘビと違って戦えるほどの力は分け与えられていないけど、どうやらついて来てくれるみたい。

一応私たちを心配してくれているのかな。

「さぁ、二人とも、もう一度復習だ。危なくなったらどうするんだ?」

私たちの目の前に膝をついた隻眼の騎士に、羊の私がハキハキと答える。

「いどうじゅつでにげる! すぐに!」

「なら、何かの原因で移動術が使えなければどうする?」

「え? えーっと、父上のヘビにたすけてもらう。それから、大きなこえで鳴いてハイリリスにもたすけをもとめる!」

「そうだ。そして助けてもらっている間は何をするんだった?」

「もう一度いどうじゅつをためす。せきがんのきしがだめなら母上、あと父上、それかクガルグにヒルグパパのところに飛んでもらう」

ハイリリスと揉めていた時に母上のところに飛べなかったという事をうっかり話してしまったため、隻眼の騎士は心配になっているようである。

けど、あの時は母上が私を守るために自分のところに来させないよう拒否していたせいで、今は大丈夫なのに。

「よし、いいぞ。じゃあ、そろそろ……時間だな」

隻眼の騎士は言いたくなさそうに言った。

他の皆も私とクガルグの事を案じてくれているような表情だけど、私とクガルグがこんな格好をしているので、いまいち真面目な雰囲気が出ない。

私が真剣な顔をすればするほど、皆の口元が笑いを堪えて歪んでいくのだ。

失礼だよ!